テーマを決めない回で、いま何に興味がある?
第36回は、あらかじめテーマを決めずに、お互いの興味関心を話しながら進める回として始まります。堀さんは、難しい話を続けてきたので改めて自分たちのことも話したいと切り出します。
たまにはこんな回あってもいいよなということで、一旦なんか難しい話いっぱいしてきたので、改めて自分たちのことも含めて話せたらいいかなと。
堀さんは、学生に対してもよく投げかけるという質問を、そのまま田代さんに向けます。「今あなたはどんな興味を持っていますか」という問いです。
(田代さんは)どんなことに興味を持ってますか。どんなところに関心を持ってますか。どう答えますか。
田代さんは、最近は文化系に寄ってきていると答えます。建築やアート、以前より読むようになった小説などです。
過去はゲームとかファッションが好きな時期もあったし、スポーツにハマってた感じでしたけど、最近ちょっと文化系に寄ってきてるなみたいな感じですかね。
芦屋のヨドコウ迎賓館と、世界遺産の落水荘
田代さんが最近訪れたのが、芦屋市にあるヨドコウ迎賓館です。堀さんによると、これはヨドコウという会社の関係者の別荘か本宅だった建物です。
田代さんが調べたところ、もともとは桜正宗の関係者が建てたもので、いろいろな経緯を経てヨドコウが所有するようになったといいます。
この建物を設計したのがフランク・ロイド・ライト ── 19世紀後半から20世紀に活躍したアメリカの建築家。近代建築の三大巨匠の一人とされ、自然との調和を重んじた設計で知られますです。堀さんはもともと建築が好きで、ライトの作品にも詳しいと話します。
堀さんによると、ライトの日本での代表作は旧帝国ホテルで、戦前に建てられました。帝国ホテル自体はすでに建て替わっています。
そして最も有名な作品として堀さんが挙げるのが、世界遺産になっている落水荘です。正式にはカウフマン邸という別荘で、滝と川の上に建てられています。
2、3メートルぐらいの滝のちょうど落ちるところに家を建てて、家の下に滝が通るという非常に複雑な建築を建てているというのが有名なところですね。
田代さんは、ヨドコウ迎賓館の四角い形と2つの材質を組み合わせる感じが、落水荘と近いものがあると感じたと話します。
石造りが苦手な日本と、海外の建築の違い
堀さんは、フランク・ロイド・ライトの特徴として、自然との一体感を挙げます。あわせて、日本と海外の建築の根本的な違いにも話が広がります。
堀さんによると、日本は建物そのものを石で組み上げる建築が非常に少ない国です。石を使うとしたら城壁で、海外では石造りが建築の基本になります。
堀さんは、その違いを三匹の子豚のたとえで説明します。海外はレンガ造りが多い一方、日本は地震大国なので石造りやレンガ造りを苦手としてきたといいます。
地震大国のため石造りやレンガ造りが苦手。建物を石で組むのは主に城壁で、木造が中心
石造りやレンガ造りが建築の基本。三匹の子豚のレンガの家のようなイメージ
田代さんは、建築の知識というよりも感覚的に好きだと話し、滋賀のミホミュージアムや佐川美術館のような雰囲気が好きだと挙げます。
山に埋め込まれたミホミュージアムと関西のヴォーリズ建築
田代さんが挙げたミホミュージアムについて、堀さんが解説します。神慈秀明会という団体の創設者が集めた美術コレクションを展示する場所で、滋賀県甲賀市の信楽ではなく甲賀にあるといいます。
堀さんによると、ミホミュージアムは山の中に埋め込まれた建築です。古代仏教が人の行きにくい山の上に寺を作る傾向を模していて、展示物よりも建築で有名だと話します。
展示物がものすごく有名というより、建築で非常に有名みたいですね。
滋賀という言葉から、堀さんは関西に多いヴォーリズ建築の話に移ります。関西学院大学の建築などが代表例で、こうした建物を回ってみるのも面白そうだと語ります。
さらに堀さんは、自身も関わりのある甲南女子大学の建築を挙げます。設計は建築家の村野藤吾で、いまは文化財として残されています。村野は堀さんと同じ北九州市の生まれです。
堀さんによると、甲南女子の建築は日本の大学建築8選のようなものに選ばれたといいます。ただし女子大なので、見たいと思っても外部の人は入れないのが特徴だと話します。
見たいが見れない大学という風になってます。
京都・宝ヶ池のプリンスホテルも村野藤吾の作品だと堀さんは紹介します。田代さんは、機会があれば行ってみたいと応じます。
なくてもいいものが人生で力を持つ。堀さんが惹かれるのは物語
田代さんは、最近の興味関心として「場作り」を挙げます。人が集まって刺激し合い、何かが生まれる場です。建築やアートへの興味も、その影響があるのではないかと話します。
堀さんは、アートや建築は究極的にはなくてもいいものだと言います。それでいて人生で大きな力を持つことを、いつも面白いと感じているといいます。
なくていいものというのが人生においてすごく力を持つっていうのが非常に僕はいつも面白いなというふうに捉えつつ。
堀さんは、美の巨人たちや美の壺、山田五郎さんのYouTubeチャンネルなどをよく見てきたと話します。そのうえで、美術を作る人と美術が好きな人は別のカテゴリーだと整理します。
美術を作る人と美術が好きな人たちっていうのは基本的に違うカテゴリーにいて、僕なんかも完全に美術が好きな人のカテゴリーであると。
田代さんが、時計や靴が好きなのも美術的な観点からかと尋ねると、堀さんは「クラフトマンシップが好き」だと答えます。出来上がったものより、作る工程に惹かれるといいます。
出来上がったものではなくて、作る工程が好きなんですよ。
堀さんは、屋根の板金をどう曲げているのか、張り出した廊下をどう支えているのかといった構造の仕組みに興味があると語ります。美しいと感じるより先に、作り方を見ようとするといいます。
コレクションではなく、作品の裏にある物語に惹かれる
堀さんにとって、クラフトマンシップの究極は「作る時の物語」だと言います。美術品を集めて愛でるより、その裏にある物語を読み解くことに惹かれるといいます。
美術品を収集してその美術品を愛でるっていう感覚はあまりないんですよ。その品の裏にある物語が好きです。
堀さんは村上春樹や宮崎駿を好むものの、本人のエッセイはあまり読まないと話します。理由は、練り込まれた一つの作品として作られたものに惹かれるからです。
エッセイって練り込まなくても書こうと思ったら書けるじゃないですか。だからやっぱり練り込まれたもの。
堀さんが惹かれるのは、しっかり作ろうとする目的があり、表現しようとするテーマがあるものです。その根っこにあるのがクラフトマンシップだと語ります。
クラフトマンシップ
作る工程や作り手の手仕事に興味を持つ
作る時の物語
設計から作品作りまでの一連の物語を読み解こうとする
目的とテーマ
しっかり作ろうとする目的と、表現しようとするテーマに惹かれる
30年前のインド放浪と、まだ見ていないタージマハル
田代さんは、堀さんが9月末にインドへ行くことに触れ、何を見てきたいかを尋ねます。堀さんは、タージマハルくらいだと答えます。
堀さんは30年前に1か月ほどインドを放浪しており、見たいものはある程度見てきたといいます。ガンジス川沿いのベナレスや、アジャンター・エローラ遺跡もそのときに訪れました。
インドに30年前に1か月放浪して、放浪の旅に出てたので、見たいものっていうのはそこそこ見たんですね。
一方で、タージマハルだけは見ていませんでした。当時の堀さんはインド人に騙されることに疲れており、詐欺師が多いと言われたアグラの街を避けたためです。
あんなとこ行ったら心がやられるぞってデリーにいた人たちにみんな言われたんですよ。それ信じて行かなかったんですよね。
今回はデリーが目的地で行きやすいこともあり、最も重要なインドの建物を見ていないのはよくないと考え、タージマハルには行くつもりだと話します。
最古の国インド。仏教発祥の地とブッダガヤの菩提樹
田代さんが、インドで歴史や文化に触れられる場所を尋ねると、堀さんはインドの歴史の深さを語ります。ムガル帝国のタージマハルから、それ以前の仏教発祥まで幅広く広がります。
堀さんによると、カルカッタはマザーテレサがいた地であり、ムンバイはボリウッド ── インドのムンバイを拠点とする映画産業の通称。ハリウッドをもじった呼び名で、インド映画の多くがここで作られていますの中心地です。映画スラムドッグ・ミリオネアの舞台もムンバイです。
堀さんは、インドが日本よりずっと古い文化を持つ国だと強調します。インダス文明の影響を受け、チグリス・ユーフラテスの文明ともつながる、最古の国と言っても過言ではないと語ります。
我々日本人なんかよりもずっと古い文化を持っている国の一つになりますし、最古の国と言っても過言ではないっていうのがインドです。
田代さんが仏教に触れられる場所を尋ねると、堀さんはブッダガヤの菩提樹を挙げます。シッダールタが断食の末に悟りを開いた場所です。
堀さんによると、シッダールタは苦行の断食を続ける中で、ある女性からヤギのミルクを受け取り、その後に悟りを開いたといいます。その場所がブッダガヤの菩提樹です。
堀さんは、この菩提樹をめぐる出来事にも触れます。30数年前、オウム真理教の信者たちが菩提樹の下で撮影し、麻原彰晃がブッダと関係があると主張して問題になったといいます。
田代さんは、手塚治虫の漫画「ブッダ」を挙げます。堀さんは、あれはシッダールタの話だと応じ、ヘルマン・ヘッセもシッダールタを題材にした作品を書いていると紹介します。
インドがバーラトへ。国名を変えようとする国々
堀さんは、インドにまつわる豆知識として、去年の万博に「インド館」がなかったことを挙げます。代わりにあったのが「バーラト館」でした。
インドって今国名変えようとしてるんですよね。インドからバーラトに変えようとしてるんですよ。
堀さんによると、これは脱植民地の動きだといいます。「インド」は植民地時代に大英帝国から呼ばれた名で、蔑視的な意味を含むため、もとのヒンディー語の「バーラト」に戻したいという狙いがあると説明します。
堀さんは、国名や呼び方を変える国は他にもあると挙げます。グルジアからジョージアへの変更や、チェコスロバキアがチェコとスロバキアに分かれた例です。
ただし堀さんは、これほど大きな国が古くからの読み方を突然変えるのは初めてだろうと話します。田代さんも、国は確固たるものと思われがちだが、それは近年のことで今後も変わり得ると応じます。
結構国ってこう、確固たるもので、あんまり変わらないようなイメージ持ちがちですけど、それも近年のことで。
蔑視的な名前を変える動きと、医療現場の呼称の変化
堀さんは、蔑視的な語源を持つ名前の例として、ロシアなどの民族であるスラヴ人を挙げます。スラヴの語源はスレーブ、つまり奴隷にあたるといいます。
堀さんは、名前を変えたい気持ちを理解しつつも、言葉の置き換えには難しさもあると指摘します。たとえば「殺す」という語は、野球のダブルプレーや将棋の言葉など日常に入り込んでおり、一律に使えなくなると困ると話します。
名詞一つを変えるのはいいと思うんですけど、漢字を使っちゃいけないってのは結構きついなと。
そこから話は医療現場の呼称へと移ります。堀さんが理学療法士になった頃は「痴呆症」と呼ばれていたものが認知症に、「分裂病」と呼ばれていたものが統合失調症に変わりました。
痴呆症、分裂病
認知症、統合失調症
堀さんは、統合失調症への変更は良かったと評価する一方、認知症という名称には反発したと明かします。不妊症が妊娠できないことを指すのに対し、認知症は認知ができることになってしまうという理由です。
建築の構造計算は、理学療法に応用できたはず
田代さんは、国際的な話や建築の構造の話が、医療とどうつながるのかを尋ねます。堀さんは、自分が家を建てるまで建築家の勉強会によく通っていた経験から答えます。
堀さんによると、建築家はデザインをする人と構造をやる人に大きく分けられます。家を建てるには構造計算が必須で、部材の配置によってどれくらいの地震に耐えられるかを計算する必要があります。
堀さんは、東大の優秀な建築家が、その構造計算を人工知能のような形で自動化していたのを見たといいます。柱の太さや配置を入れると、どれくらい耐えられるかがわかる仕組みです。
その仕組みを見た堀さんは、理学療法に使えると直感しました。患者にかかる荷重量が、体のどこにどう負担をかけるかを計算する発想です。
これって理学療法に使えるじゃんと思って。あの時にその人たちからいろいろ聞いて、僕が実装しときゃよかったって今思ってます。
田代さんは、この話を受けて、全く違う分野から応用できるところを探すことの面白さに触れます。他分野に興味を広げておくと、思わぬところでつながってくるのではないかと話します。
他分野へ手を伸ばす姿勢と、体系化されていない学問
堀さんは、田代さんが語る「他分野から学ぶ」という姿勢を、自分にとっては当たり前のことだと言います。ただし、それにはエネルギーがいるとも付け加えます。
堀さんは、建築を学ぶために相当な数の本を読み、建築に関する論文まで書いたと明かします。一つのことに手を伸ばしたいタイプだといいます。
他分野っていうものに対して興味を持つってすごいエネルギーがいるんですよ。一からやり直さなきゃいけないので。
田代さんは、学問が細分化されすぎたことが、他分野に触れづらくなった一因ではないかと問いかけます。資格取得のために学ぶ範囲が決められ、学問の体系化が一般的になりすぎたという見方です。
これに対し堀さんは、あえて批判的な見方を示します。体系化された学問はほとんどなく、多くは体系化しようとしている段階にすぎないというのです。
体系化しようとしているのが学問であって、体系化できている学問って相当少ないな。
堀さんは、理学療法とは何かと問われると、多くの人が法律の話をすると指摘します。しかし法律ではない目的や手段を説明しようとすると、途端にできなくなる人が多いといいます。
TKAは変形性膝関節症ではない。関われる範囲を線引きする
堀さんは、講義のあり方への違和感も語ります。たとえばTKA術後の講義で、変形性膝関節症の話をする場面です。
堀さんは、TKAはすでに手術で膝を入れ替えた後の状態であり、変形性膝関節症ではないと主張します。抜歯した後に虫歯と言っているようなものだ、というたとえで説明します。
TKAは変形性膝関節症ではありませんっていうのが僕の主張なんですね。だってもうないんだもん。
田代さんは、この話を受けて、自分たちが関われる範囲の線引きをしっかりする必要があると応じます。幅広い分野を知っているからこそ、自分たちが見るべき場所が見えるのだと話します。
堀さんは、これをフォーカスをインアウトする能力という言葉で整理します。物事を1軸で見ているのか、2軸、3軸で見ているのか、その違いを常に意識する必要があるといいます。
若いうちの探究と、日本とアメリカの教育の違い
田代さんは、こうしたフォーカスの能力が、前回話した探究学習ともつながるのではないかと尋ねます。若いうちから探究をしておくと、後にこうした見方がしやすくなるのかという問いです。
堀さんは、そう思うと答え、海外の教育に関する説明を見た話を挙げます。日本は手計算で微分積分を解く力を鍛える、強いリテラシー教育をしているといいます。
一方でアメリカは、電卓を使い、解き方そのものの考え方を教える傾向があると堀さんは説明します。さらに、自分が何をやってきたかを固めなければ大学に入れないといいます。
決められたテストを受ければ誰でも入れる。手計算で微分積分を解くリテラシー教育を重視
電卓を使い解き方の考え方を教える。自分が何をやってきたかを固めないと大学に入れない
堀さんは、どちらが良いとは言えないとしつつ、失われた30年で国家が発展しなかったことには、教育のあり方も影響しているのではないかと話します。
教育っていうもの自体はちゃんと考えて変えていかなきゃいけないよなというのを常々思ったりはしています。
前半はここで区切られ、後半は引き続き興味関心の話へ続くことが示されます。次は田代さん自身の興味関心が話題になる予定です。
まとめ
テーマを決めない雑談から、建築、インド、国名、教育まで話題は広がりましたが、通底していたのは「他分野への興味が医療を見直す視点になる」という姿勢でした。堀さんは、なくてもいいものに惹かれる理由や、構造計算を理学療法に応用できたはずだという後悔を通して、フォーカスを自在に動かす力の大切さを語っています。
- 堀さんは建築を、作る工程や作り手の物語という視点から捉えており、美術も同じく品の裏にある物語に惹かれると話す
- インドは国名をインドからバーラトへ変えようとしており、これは植民地時代の蔑視的な名を元のヒンディー語に戻す動きだと堀さんは説明する
- 医療現場でも痴呆症が認知症へ、分裂病が統合失調症へと呼称が変わっており、名前の変化は分野を問わず起きている
- 建築の構造計算のように、他分野の発想が理学療法に応用できる場面があり、堀さんは実装しておけばよかったと振り返る
- TKAは変形性膝関節症ではないという指摘のように、自分たちが関われる範囲を線引きし、フォーカスをインアウトする力が重要になる



