なぜ社会の話題から「自分の話」へ戻るのか
蒼葉レイさんはここ最近、stand.fmやほかの媒体で、政治などその時々に話題になっているテーマを取り上げてきました。自分の外の社会で起きていることに、自分の考えを述べるタイプの発信です。
ただ蒼葉さんには、政治や経済、昔なら野球など、どの分野でも一定程度探求すると「だいたいこういう感じか」と飽きてしまうタイミングがあるといいます。関心は持ち続けつつも、大きな進展がありそうな時までは一旦離れる。今がちょうどその時期だそうです。
(いろんな分野を)一定程度探求しちゃうと、まあ大体こういう感じかって思って飽きちゃうタイミングがあるんですよね。
蒼葉さんは、noteやXで政治について発信し続ける人たちにも目を向けます。日本が危機的な状況だから、関心のないノンポリ ── 「ノンポリティカル」の略で、政治に関心を持たない、または特定の政治的立場をとらない人を指す言葉ですでいるより発信しなければ、という強い思いがあることは理解できるとしています。
一方で、前回の配信のテーマでもあった「SNSの構造」に話はつながります。蒼葉さんは、SNSは感情を刺激することで儲かる仕組みになっていて、そこに搾取されたり消耗させられたりする環境になっている気がすると話しています。
あたかも自分がその代弁者かのように発信し続けるっていうのが、それを積み上げていくと、どんどんこうメンタルが麻痺していくんじゃないかなとか思ったんですよね。
もう一つのきっかけが、最近の「メタ的な話」の流行です。蒼葉さん自身、わかりやすく説明していると言われて嬉しかった一方で、同じような発信をする人が一気に増え、AIもメタ認知が得意になってきたと感じたそうです。
そこで蒼葉さんは、メタ的な話ばかりしていると人間として発信する意味が薄れていくと考え、自分が経験し、体感してきたものをもう一度発信するモードに入ったといいます。
語ってこなかった母の死を、なぜ今まとめたのか
蒼葉さんの発信テーマの一つには不登校がありました。けれど、それよりはるかに「闇の深い部分」として、小学生のときに母親を自殺で亡くした経験があると打ち明けます。
母親の死については過去の回でも部分的に触れてきたものの、きちんと向き合って言語化してこなかったそうです。家族や親戚への配慮があったこと、そして不登校は自分の話でも、母親のことは自分がすべてを理解できるわけではないことが理由でした。
大体今じゃないって思うことはあんまないんですよね。なんか基本的に思った時に何かしら言語化することが重要だなと思ってて。
母親の苦しみのすべては、本当の意味では理解できないだろうと蒼葉さんは話します。それでも、自分が察したこと、その時に考えていたこと、その日どう行動したかは、記憶があるうちにまとめておきたいと考えたそうです。
発信する理由として、蒼葉さんは2つを挙げています。1つ目は、話しづらいテーマで誰にも話してこなかったけれど、それでも誰かに聞いてほしかったという気持ちです。
2つ目は、自分が体験したことを、次の世代や同じ時代を生きる人と共有することに大きな意味がある、という蒼葉さん独自の価値観です。社会の前提や大切にすべきことは、長い人類の歴史の中で受け継がれてきたからこそ意味がある、と考えています。
強く印象に残った体験
自分だけの体験ではなく、社会のどこかで一定数の人が経験している
言語化して共有する
思いや感情、どんな辛さを感じたかを言葉にして残す
次の世代へ受け継がれる
似た経験をする人は、これからも必ず現れる
見直しのきっかけになる
次の時代が少しでも改善されたり、見直されたりする
上の流れのとおり、蒼葉さんは自分の経験が受け継がれることで、次の時代がよくなるきっかけになると考えています。AIの発展で知識は広く共有できるようになるからこそ、感情や辛さのほうを言葉にしておきたい、というのが蒼葉さんの考えです。
母親が亡くなったのは10年くらい前。30歳、40歳と年を重ねるにつれて、記憶や感情、感覚が薄れていくこともあるかもしれない。だから今の段階で言語化しようと、蒼葉さんはnoteにまとめたそうです。
背中を押したエッセイと、他人の人生に触れる意味
noteにまとめようと思った直接のきっかけは、最近たまたま読んだちしだなるみさんというエッセイストの文章でした。蒼葉さんによると、エッセイの世界では有名な方で、作品がドラマの元にもなっているそうです。
ちしだなるみさんは、お父さんを早くに亡くし、弟さんはダウン症 ── 染色体の数の違いによって起こる先天的な状態。発達のゆっくりさなどの特徴がみられ、成長の仕方は人によってさまざまです、お母さんも本人の学生時代に車椅子での生活になったといいます。傍から見ると過酷な家庭環境を、ポップで明るい文体で書いているのが印象的だったそうです。
ステレオタイプなイメージだけでなく、そうした環境でも家族がどう前向きに暮らし、乗り越えてきたかが書かれている。その点が、蒼葉さんにとって自分の話をもっとしてみようと思うきっかけになりました。
正直、自分の今話した話は、ちょっとその話として重すぎるので、あんまりこう明るくポップに書かれてるわけではないんですけど。
蒼葉さんのnoteは刺激の強い内容のため、メンタルが不安定なときは読まないほうがいいかもしれない、と蒼葉さん自身が添えています。そのうえで、考えるきっかけになればうれしいし、小説のように読んでもらってもいいかもしれないと話しています。
蒼葉さんは、時代を超えて読み継がれる小説や人生観には、いつの時代も人が大変だと感じたり、悩んだり頑張ったりする共通の要素があると考えています。小説や他人のエッセイを通していろんな人生に触れると、人生の視野が大きく広がるそうです。
自分の人生の中であらゆることをたくさんのことを経験したとしても、全ては経験できないので。
ニュースでも、出来事の一面だけでなく、その人に何があったのかを想像する力を持つこと。蒼葉さんは、それが個人の話にとどまらず、背後にある構造的なものを考えるきっかけになると話しています。だからnoteは、あくまで自分の視点から話せる範囲でまとめたそうです。
借り物の意見ではなく、軸を持って発信するには
最後に蒼葉さんは、元のテーマである「自分の話をしよう」に立ち返ります。ニュースや外の出来事に関心を持ち、それについて話すこと自体は大切だとしています。
ただし、誰かの意見をそのまま自分の意見として受け止めるのではなく、自分の中で解釈することが大事だといいます。自分の価値観と人生という軸があったうえで発信してこそ、自分が発信する意味のある話になる、というのが蒼葉さんの結論です。
自分はどういう価値観を持っていて、どういう人生でっていうのがあった上で、何か軸があって発信した方が自分が発信する意味のある話になるだろうなっていうところから、こういう話をしてみました。
まとめ
蒼葉レイさんは、SNSで消耗しやすい社会的な発信や、AIも得意なメタ的な話から一度離れ、母親の自殺という自分だけの体験を言葉にすることを選びました。誰かに聞いてほしい気持ちと、体験を次の世代へ受け継ぎたいという思いが、その背中を押しています。
- 他人の代弁者のように発信し続けると、メンタルが麻痺していくのではないかという問題意識
- AI時代だからこそ、知識ではなく自分の感情や辛さを覚えているうちに言語化したい
- 体験を共有すれば、似た経験をする次の世代にとって見直しのきっかけになるという考え
- エッセイや小説で他人の人生に触れると、視野が広がり、構造に目を向けるきっかけになる
- 借り物の意見ではなく、自分の価値観という軸を持って発信することが大切




