患者が訴えるのは「現象」でしかない
今回のテーマは、患者さんは体の変化を「現象」として理解することしかできないが、医療者は「事象」として理解できることに価値がある、という話です。
薬局で患者対応をしていると、患者さんはさまざまな内容を訴えます。ただ、その多くは「現象」だとたいぞーさんは整理します。
たとえば「最近ふらつくんです」「夜眠れないんです」「食欲がないんです」といった訴えです。これらは体で起きている結果であり、すべて現象にあたります。
そして患者さんは、それがなぜ起きているのかまではわからないことが多いと話されています。
わからないからこそ不安になり、その原因を解決しに医療従事者のところへ来るのではないか、という見立てです。
ふらつきを「事象」に分解するとは
一方で、医療従事者がこの現象をそのまま受け取るだけでは、そこに価値はないとたいぞーさんは指摘します。
重要なのは一歩踏み込んで、これは一体何が起きているのかという「事象」として捉え直すことだといいます。
たとえば「ふらつき」という現象を、そのまま受け取るのではなく事象として捉えようとすると、さまざまな可能性が見えてきます。
血圧の低下によるふらつき、耳の機能によるふらつき、脳の機能の異常によるふらつき、そして薬によって起こるふらつきなどです。
現象
患者が訴える「ふらつき」
事象への分解
背景のメカニズムを考える
候補
血圧低下・耳の機能・脳の機能異常・薬の影響
こうして背景にあるメカニズム、つまり事象に分解していくことで、なぜ起こっているのかがわかると同時に、次の解決策に向けた一手が見えてくると語られます。
薬の作用機序から現象を読み解く
これを薬剤師の視点で見るとどうなるか。ここで手がかりになるのが薬の作用機序です。
この薬の作用機序は体のメカニズムをこう変化させる、だとすればこのメカニズムがこう変わり、結果としてふらつきを引き起こすかもしれない、という具合に考えていきます。
逆に、そのメカニズムで体に働くのであれば、ふらつきを引き起こすことは考えにくい、という判断もできると話されています。
こうした薬学的な視点で解釈を加えること。ここに薬剤師が専門家として関わる価値が生まれるのではないか、というのがこの回の中心です。
現象で止まる対応と、事象からの次の一手
現象をそのまま扱うのではなく、事象として再構築する。このプロセスがあるからこそ、次の一手が見えてくるとたいぞーさんはいいます。
薬が影響しているかもしれないなら、それが影響しにくいメカニズムの変化を起こす薬剤に変えるのも一つの手立てです。
逆に薬が影響していないのに現象が見られるなら、その現象をさらに正確に解き明かすための専門医にかかってみてはどうか、という提案にもつながります。
「そうなんですね」と受け止めたり、様子を見ましょうという、その場だけの対応で終わりがち
薬剤の変更や専門医への紹介など、次の一手に対する具体的な介入につながる
事象の理解を患者さんに還元する価値
もう一つ重要なこととして、事象としての理解を患者さんに還元することにも価値があると語られます。
医療者の中だけで完結させるのではなく、きちんと言葉にして患者さんに伝えることがポイントです。
そうすることで、患者さんは自分の体で起きていることを専門家の目を通して理解でき、自分の体や健康状態と向き合うことにつながります。
それが安心感や治療への納得感につながり、前向きに自分の体や治療に向き合って進んでいくことにもつながるのではないか、という見立てです。
薬学で患者を語るとは、まさに現象を薬学という知識を使って事象として捉える仕事だとまとめられています。
「これは現象か、事象か」という問い
目の前の症状をただの出来事として扱うのではなく、薬学的に意味付けをして考えていく。
この視点を持てるかどうかで、同じ現場にいても見えている世界は大きく変わるとたいぞーさんは話します。
日々の患者対応の中で、これは現象なのか、それとも事象として捉えられているのか。この問いを持ってみてほしい、と呼びかけて放送を締めくくっています。
まとめ
患者さんの訴えを「現象」で止めず、薬学の知識で「事象」に捉え直す。そのプロセスにこそ薬剤師の介在価値があるという、シンプルで芯のある回でした。
- 患者さんが訴える「ふらつき」「不眠」などは体に現れた結果、すなわち現象である
- 医療者はそれを血圧・耳・脳・薬など、背景のメカニズムである事象に分解して捉える
- 薬の作用機序を手がかりにすることで、現象が薬由来か否かを筋道立てて判断できる
- 事象として捉え直すと、薬剤変更や専門医紹介といった具体的な次の一手につながる
- 事象の理解を患者さんに言葉で還元することが、安心感と治療への納得感を生む



