ググっても出てこない「サロゲーション」とは何か
第2回のテーマは「サロゲーション」です。乗富さんが検索してもほとんど情報が出てこないと切り出すところから話は始まります。
妹尾教授はまず、この言葉が実務のツールではなく、研究で使われている概念だと説明します。
こちらは先ほどのOKRと違って完全に研究で使われている概念になります。
日本の管理会計研究でこのテーマを論文として発表している人はほとんどおらず、妹尾教授自身も研究を始めたばかりで、まだ分析も終わっていない段階だと話されています。
それでも、この概念は管理会計、つまり企業の中で数値情報を提供する仕組み全般に関わると言います。
管理会計というもの、企業の中で数値情報を特に提供するような仕組みにおいて、このサロゲーションという概念は全部役立つというか、逆に言うと注意しなきゃいけないところを教えてくれる話だと思っている。
顧客満足度の例で見る「戦略の代替」の正体
乗富さんが、サロゲーションとは何かを簡単に説明してほしいと尋ねます。
妹尾教授はOKRの枠組みに引きつけて説明します。定性的な「目標(O)」と、それを測る定量的な「主要な結果(KR)」があり、本来大事なのはOのほうだと言います。
例として、顧客満足を高めるという戦略目標を挙げます。これは定性的なもので、それを測るためにアンケートなどで顧客満足度という指標を設定します。
本来大事なのは顧客満足を高めるという戦略目標そのものです。しかし人は数値化された業績指標のほうを見てしまう、と妹尾教授は指摘します。
日本語訳に定訳はなく、妹尾教授は「戦略の代替」と訳しています。戦略を指標が代わりに担ってしまう、という意味です。
目標に関する何か手段の目的化みたいなイメージなんですかね。
妹尾教授はこれに同意します。管理会計の勉強を例に、本来は知識を高めるのが目標なのに、試験の点数や解いた問題数のほうに引きずられ、それを知識を高めることと同一視してしまう傾向だと説明しました。
報酬がなくても起きる、サロゲーション研究の歴史
乗富さんは、数値目標を持つとそちらを追ってしまうと反応します。妹尾教授も、これは昔からいろいろと言われてきた点だと認めます。
一方で妹尾教授は、そもそも戦略目標をきちんと測れる指標が設定できているなら、戦略の代替が起きても問題はないと補足します。
ちゃんと戦略目標を測るような指標が設定できてるならば、別に戦略の代替起きたって問題ないっちゃ問題ない。
ただし現実には、そんな理想的な指標ばかりは設定できません。だからこそこの心理的傾向が問題を引き起こすとして研究されてきた、という流れです。
妹尾教授は研究史をざっくり紹介します。もともと「サロゲート」という言葉自体は、日本の代表的な研究者である井尻裕治先生が会計を論じる際に用いた、目に見えない本体を映す「車体」という考えに由来すると言います。
現代的な研究として提唱されたのは2012年ごろで、チェさんたちの論文からだと説明します。
その有名な論文が「LOST IN TRANSLATION」です。同名の映画からタイトルが取られており、直訳すると「翻訳の過程で失われるもの」という意味になります。
戦略目標とか定性的な目標を定量的な業績指標、主要な結果に翻訳する過程で失われていくものがあるよっていうところをちょっとおしゃれに論文のタイトルにしたもの。
その後、2022年にブラックさんたちが行った研究を、妹尾教授は個人的に画期的だと評価します。
チェさんたちの研究では、指標が報酬と結びついていることが前提でした。なお、どちらも実際の実務観察ではなく、実験を使った研究です。
ブラックさんたちが示したのは、指標が報酬と関係ない条件下でも、サロゲーションは発生するという結果でした。
妹尾教授は、経営学者の伊丹先生の教科書でも「人は測っただけで測られたものに影響される」と言われてきたが、それを実験で実証した点が面白いと語ります。
妹尾教授は身近な例も挙げます。成績評価と関係なくても、ゼミの学生に「今日は50点だったね」と言えば気になってしまう、というものです。
こうして、サロゲーションは報酬と結びついていなくても普遍的に起きる現象だとわかってきた、というのが現在の状況だと整理されます。
企業はサロゲーションをどう使っているのか
乗富さんが、現時点での妹尾教授の解釈を尋ねます。妹尾教授はその前に、実験以外の研究についても紹介します。
企業へのインタビューや質問票を使った研究では、企業がサロゲーションをある種意図的に起こそうとしていることが明らかになっていると言います。
例として、経営を見える化するダッシュボードが挙げられます。海外では多く使われており、日本でも管理ツールとして注目されています。
研究によると、経営陣は戦略と業績指標が整合していると認識したうえで、現場レベルのダッシュボードに意図的に数値情報を提供している傾向があるといいます。
ちょっと乱暴に言うと、数値情報をわざと見せることで何か戦略の方を意識させるみたいな感じですかね。
妹尾教授はこれに同意します。戦略に合った指標をダッシュボードに入れ、意図的に戦略を意識させているという理解です。
ただし、それがうまくいく場合もいかない場合もあり、はっきりした成否は出ていないとも補足します。
戦略の代替という言葉を知らなくても、多くの企業は現場への数値管理を通じてそれを実践していると考えられます。
「戦略の代替」は悪いことなのか
乗富さんは面白いと反応します。妹尾教授は、サロゲーションという現象が存在するのは間違いないとしたうえで、一般的には悪く感じられるが、必ずしも悪くないと語ります。
定性的で測れない目標だけを渡されても、人は何をしていいかわかりません。だから数値化された目標に落とし込み、そちらに引きずられるのは自然なことだと言います。
ここから妹尾教授の解釈に入ります。OKRは抜群にサロゲーションが起きそうな仕組みであり、バランススコアカード(BSC)も同様だと指摘します。
さらに妹尾教授は、BSCやOKRに限らず、管理会計のほとんどが定性的な概念を数値化して情報提供する仕組みだと述べます。
しかも、それは報酬と結びつけなくても起きるかもしれません。妹尾教授は、管理会計情報を提供するだけで人に効くのなら、それは管理会計を使う人にとって朗報かもしれないと語ります。
実務家が本当にチェックすべきこと
一方で妹尾教授は、一番大事なのはあくまで定性的な戦略目標だと念を押します。
実務家の観点からは、定性的な戦略目標と数値情報である業績指標に、きちんと整合性があるのかをチェックすることが大事だと言います。
さらに、元となる定性的な目標そのものが企業に合っているのかを問い直すことも重要で、これは経営陣が中心になると述べます。
そのうえで整合性のある数値情報を提供していくこと。当たり前のようでいて、サロゲーションという現象があるならより大事になる、というのが妹尾教授の感想です。
乗富さんは、報酬と結びつけなくてもマネージャーに有効だという話に納得したと振り返ります。OKRは報酬と結びつけなくていいという思想と相性が良いと感じたためです。
妹尾教授は、研究史がまだ10年ほどと浅いため、報酬とのリンクの効果がないと結論づけてはいけないと慎重に補足します。状況によっては、報酬と関係なくても数値情報に意識が向きやすいことが今言えている段階だと整理しました。
最後に二人は、戦略目標と業績指標の整合性チェックや目標の見直しを実際の企業がどう行っているのか、今後インタビューで探っていきたいと語り合います。
まとめ
サロゲーションは、本来大事な定性的な戦略目標より、数値化された業績指標のほうに人が引きずられる心理的傾向です。悪いものと決めつけず、整合性をチェックしながら扱うことが実務では重要になります。
- サロゲーション(戦略の代替)とは、業績指標を戦略目標そのものと見なしてしまう人の心理的傾向を指す
- 近年の研究では、報酬と結びつけなくても、指標を測るだけでこの現象が起きることが実験で示された
- 企業はダッシュボードなどを通じて、意図的に数値情報を見せて戦略を意識させている場合がある
- サロゲーションは必ずしも悪くなく、管理会計を運用する前提として理解すべき現象である
- 実務では、定性的な戦略目標と業績指標の整合性、そして目標自体の妥当性を問い直すことが重要になる





