バトンが渡ってきた時点で、この美術館は潰れる状態だった
自分の元にバトンが渡ってくるということは、「ここをどうにかしてくれ」という祈りのようなものが内包されているんですよね。
収支の面でいうと、美術館事業はずっと赤字でした。会社の別の事業で稼いだお金で、美術館の赤を補填している状態だったんです。
そして僕たちが入ると決まってから、その別の事業が美術館から切り離されることになっていました。
つまり美術館だけでは黒字が出ていない。このまま行くと、来年、もって再来年には資金がショートして潰れる。4月の段階で、そういう状態でした。
会社が終わる時というのは、思いが途切れた時ではなくて、シンプルに資金がショートした時なんですよね。
収支は赤でも、パッと見て「絶対勝てる」と思った
収支は真っ赤でしたが、施設を見た瞬間に「この美術館、絶対勝てるな」と思ったんです。
河口湖音楽と森の美術館は、なんと休館日を100日設けた上で、年間16万人ものお客様がお越しになっているんですよ。
いろいろシミュレーションしてみると、今のスタッフのままで労働時間を増やすことなく、休館日をゼロにできると分かりました。入り口に3人立ってチケットを売っているところを多言語対応の券売機にするなど、オペレーションを変えるだけです。
そうすると、めちゃくちゃ少なく見積もっても年間20万人は来る計算になりました。
最初にやらせていただくとなった時、困り事を聞いたら「リピーターがいないんですよね」と、みんなが頭を抱えていたんです。
でも僕は、こここそが最大のポテンシャルだと思いました。リピーターがいなくて年間20万人ということは、毎年一見さんが20万人来ているという話じゃないですか。
毎年20万人の新規を取り続けられるエンタメなんて、日本のトップアーティストでもなかなかないですよ。
そこにチムニータウンのファンビジネスを掛け合わせる。観光にはオフシーズンがありますが、ファンビジネスにはシーズンがほぼないんです。
オンシーズンは観光が支え、オフシーズンはIPのイベントで支える。この下がる部分を潰せると思いました。どう考えても勝てるなと。
初日に正論をぶつけず、まず信頼関係を築いた
最初にどうしても気になったのが、入り口のエントランスにレンタルドレスがズラッと並んでいたことです。
建物自体は素晴らしくて、光が窓から綺麗に差し込む設計になっているのに、その窓すらレンタルドレスで塞いでしまっていたんですよ。
プリンセス体験に興味がある人はいいですが、多くの人にとってはノイズになる。それを興味がない人の視界に無理やり入れてしまうのは、ちょっとなと思っていました。
僕は流れを止めちゃいけないと思っているんです。光の流れ、風の流れ、水の流れ。無理やりせき止めると、ろくなことがないんですよね。
でも、初日にいきなり外国人みたいな人間がやってきて「これ変えましょう」と言って、たとえそれが正論でも、人は変数だから「お前に言われたくないわ」ってなるじゃないですか。
なんなら正論を言われるほどムカつくこともある。だからまずは信頼関係を築いてからだなと思いました。
最初の2ヶ月は赤字を潰すことを本気でやって、少しずつ実績を積み、夜も一緒に飲みに行って。そして3ヶ月ほど経った頃に、ようやく「このドレスの位置を変えましょう」と言ったんです。
売上700万のドレスを一番奥へ。仮説は外れて、逆に伸びた
レンタルドレスは、年間の売上だけで700万円ほどありました。経営陣が懸念していたのは、これを移動させたら売上が落ちるんじゃないか、ということです。
入り口という、みんなが通る場所に置いてあったから、目に付いて「借りようかしら」と思う人がいて700万円になったんじゃないか。そういう仮説ですね。
でも動線を調べてみると、美術館に来て「あ、あるじゃん、借りよう」という人は意外と少なくて、来る前から借りると決めて来館する人がほとんどだったんです。
つまりレンタルドレスは偶然の出会いではなく、事前に予定に組み込まれた目的地になっていた。だったら場所が奥でも手前でも関係ないんじゃないか、と。
最悪、700万円がバンと落ちたら自腹で出すわ、くらいの気持ちで、施設の一番奥、ミュージアムショップの2階に移動させました。
大事なのは、ここに一円もかけていないことです。倉庫にある使えるものを探して、可愛いライトを磨いたり、鏡をシャンデリアが映り込む位置にかけて光の量を倍にしたり。ありもので空間を作り込みました。
そうしたらどうなったか。なんと、一番奥に移したのに、レンタルドレスの売上が伸びたんです。
奥のプリンセスルームで写真を撮ってくださって、それがSNSに拡散して、「私も借りよう」と思う人が増えた。だから来る前から借りると決めて来館するわけですね。
「入り口にあったから売れていた」という仮説は間違い。「場所が変わっても目的地だから売上は変わらない」という仮説も、変わらないどころか伸びたので半分外れ。やってみないと、本当に分からないんですよ。
外れたら戻す。ディズニーストアに教わった「同じ商品を2ヶ所」
僕がこの4ヶ月やっていたのは、ずっとこれです。新しいものは何も買わず、今あるものを並び替えて置き換えるだけ。それを何十回、何百回と繰り返しました。
もちろん、リノベーションしても数字が出ないものもあります。その時は戻す。これがめちゃくちゃ大事なんです。
毎週の役員会議で「これをここに移してみましょう。まず1ヶ月見て、数字が出なかったら戻しましょう」とそこまで言うんです。
戻すことは失敗ではありません。「そっちに移動させても売れない」というデータが取れたわけですから。
出入り口についても手を入れました。以前は入り口と出口が別だったのを一つに統一して、そこにレジを置いたんです。お土産は帰り道に買うものですから。
その出入り口にオルゴールをバッと並べたら、金色が増えて光の反射でキラキラする。しかもこのオルゴール、奥のミュージアムショップでも同じものを売っています。
これはうちのCFOに教えてもらった話なのですが、どこかのディズニーストアでは、1階と3階に同じ商品を置いているそうです。
人は一回目でいきなり買うことは少ない。「また後で」と思って店を出てしまう。だから2回目、3回目に出会う場所を作ると、そこで買うよね、という考え方です。
実際にオルゴールを2ヶ所に置いたら、売上が伸びました。これも試してみないと分からなかったことです。
やってみた先に失敗はない、あるのはデータという成功だけ
数日前、美術館のスタッフ40人ほどに集まっていただいて勉強会をしたんです。
そこで伝えたのは、「僕も偉そうに言っていますが、外すこともあります。なんなら結構外します」ということでした。
ただ、やってみないと分からない。だから、やる前にゴタゴタ言うのは一回やめて、やってみて違ったら戻しましょう、と。
どこまで行っても机上論なんです。お客さんが何で喜ぶか、何を買うかは、現場にしか答えがない。
やってみた先に失敗はありません。あるのは「データが取れた」という成功だけです。売れなかったというデータでも、不快感を生んでしまったというデータでも、二度とやらないと分かるわけですから成功じゃないですか。
コンサルタントが後から出てきて、クライアントのお金を使って、メディアを呼んで派手なコンテンツを作って、その瞬間だけ話題にする。そんなことはアホでもできるんですよ。
まずやるべきは赤字を潰すこと。死なない状態を作ること。攻めるのはその後、来年以降でいいんです。
この美術館が5年後も、10年後も、100年後も残るために何をするべきか。まずは収支の見直し、無駄遣いをしない、徹底した防御で死なない状況を作る。
そのためには、リーダーが一番動いて、汗をかいて、荷物を運んで、一番考えて、一番やる。スタッフ一人一人と対話して、死ぬ気でスタッフの生活とご家族の生活を守る。4ヶ月でやったことは、それくらいです。
まとめ
結果として、毎年数千万円掘っていた赤字は全て潰して、来期以降は黒字に乗せました。でも派手なことは何もしていません。まずは死なないこと、攻めるのはその後だと、いまの僕は考えています。
- バトンが渡ってくる施設は、たいてい「どうにかしてくれ」という祈りが込められた再生案件
- 新しいものは買わず、今あるものを並び替えるだけで、追加投資ゼロでも改善はできる
- 初日に正論をぶつけず、まず実績と信頼を積んでから提案する
- やってみた先に失敗はなく、あるのは「データが取れた」という成功だけ


