なぜ今、オーディション番組は「候補者以外」も見る番組になったのか
この回は、前回のHANA回のあとに二人が交わした雑談から始まっています。オーディション番組は昔からあるものの、その形が随分変わってきたのではないか、という話です。
昔はね、候補者が歌って、審査員が合格か不合格かを決めるような、そういう番組っていう印象でしたけどね。
今は候補者の成長を見る。視聴者も投票する。さらに審査員が何を言ったかまで話題になるっていうね。
つまり、候補者や出演者以外にも見どころが増えているという見立てです。前編ではオーディション番組の草分けである『スター誕生!』から、前回取り上げた『No No Girls』までの変遷を振り返ります。
前編ではこのオーディション番組の草分け的な存在であるスター誕生から、最近の野々川まで、どんな変遷があったのかを一回振り返ってみようかなと。
後編では、この歴史を踏まえてオーディション番組の未来を予想する予定だと二人は話しています。今回はまず、歴史をたどることから始まります。
プロがプラカードを上げた創成期『スター誕生!』
最初に取り上げられるのは、1970年代前半に始まったオーディション番組『スター誕生!』です。小林はリアルタイム世代ではないものの、番組の概要は知っていると話します。
番組では一般の視聴者が歌い、歌手などのプロの審査員がそれを評価しました。決勝大会では、芸能事務所やレコード会社の人が、契約したい候補者にプラカードを上げて意思表示したといいます。
決勝大会だと芸能事務所とかレコード会社の人が、契約したい候補者にプラカードをパッと上げるみたいな。
この番組は、それまで芸能事務所や音楽関係者の内側で行われていた新人選びを、テレビ番組として公開したものだと小林は整理します。芸能界の入り口を、お茶の間から見られるようにしたわけです。
ここから森昌子や桜田淳子、山口百恵、ピンク・レディーといった豪華なメンバーが登場していきました。ただし、デビューする人をお茶の間の票だけで決めるわけではなかった点が、今の視聴者投票型の番組との違いです。
選ぶ中心は、あくまでプロの審査員や芸能事務所でした。一方で視聴者もテレビの前で、この人がいいと思う、あるいは審査員の言う通りだと、自分なりに採点し始めるようになったといいます。
最初に視聴者に渡されたのは、投票権じゃなくて、スターを見分ける側の、どっちかっていえば気分みたいなものだったのかな。
つまり、最初に視聴者へ渡されたのは「選ぶ権利」ではなく「選ぶ側の気分」だった、というのがこの段階の整理です。結果を決める権利はないまま、審査に参加している気分だけを味わえたわけです。
バラエティで牛乳を吹き出さない力まで見られた『夕やけニャンニャン』
次に取り上げられるのは『夕やけニャンニャン』と、そこから生まれたおニャン子クラブです。小林は、ここでオーディション番組の空気がかなり変わったと感じています。
『スター誕生!』が歌手を発掘する番組だったのに対し、『夕やけニャンニャン』は放課後の生放送バラエティでした。その番組内のオーディション企画から、おニャン子クラブが生まれていきます。
候補者が歌うだけじゃなくて、番組のバラエティ企画にも参加する。歌じゃなくて、受け答えとかリアクションとか、番組の空気に入れるかも総合的に見られる。
歌唱オーディションに、いわばクラスの人気者選びのような要素が混ざってきた、と清水は言い換えます。歌手として完成しているかよりも、その人がいると番組の空気がどう変わるかが見られるようになりました。
番組には秋元康が深く関わっていました。企画に携わり、「セーラー服を脱がさないで」など、おニャン子クラブの多くの楽曲を作詞した仕掛け人の一人だと小林は説明します。
評価される対象は、歌唱力からどんどん広がっていきました。歌が得意な人もいれば、キャラクターや番組内での立ち位置が支持された人もいたといいます。審査内容もかなりバラエティ寄りでした。
今のバラエティでもたまに見ますけど、口に牛乳吹くみたいなのあるじゃないですか。笑いをこらえられるかって企画。この頃これが多分最初なんじゃないですかね。
歌手になりたい人が、歌唱力だけでなく、牛乳を吹き出さずにいられるかまで見られる。かなり独特な評価基準ですが、この時代はバラエティへの対応力が求められたのだと小林は話します。
二人はここで、『スター誕生!』と『夕やけニャンニャン』の違いを整理します。前者がスターとして選ばれる瞬間を見せたのに対し、後者はテレビの中で毎日一緒に過ごしたくなる人を選ぶ目線だったといいます。
歌手を発掘する番組。選ばれる瞬間を見せ、視聴者はプロの審査を見守った
放課後の生放送バラエティ。歌手というよりタレントとして、毎日一緒に過ごしたくなる人を選んだ
落選が第1話になった『ASAYAN』とモーニング娘。
続いて、二人の世代にも馴染みの深い『ASAYAN』が取り上げられます。特にモーニング娘。は、元々女性ロックボーカリストオーディションに落ちた5人から始まったと清水は振り返ります。
本来ならオーディションに落ちた時点で番組からいなくなるはずでした。ところが、この5人が落選したところから主役になっていきます。
落選が物語の第1話になると。
番組では、5日間でCDを5万枚売り切ればメジャーデビュー、といった無茶な条件が出されました。視聴者は売上を心配したり、課題を達成できるか毎週追ったりしていったといいます。しかも、自分がCDを1枚買えば、その5万枚に1枚加えられました。
『スター誕生!』では合否だけを見ていたのに対し、ASAYANのモーニング娘。では、合格までの過程に視聴者が加わっていけるようになりました。視聴者は審査員というより、支援者に近い立場になったと小林は整理します。
落選した人たちを自分たちが支援することで、自分たちが行動することでデビューに近づけられる。
モーニング娘。は追加オーディションを重ね、後藤真希や藤本美貴が加入するなど、物語が終わりませんでした。新しい人が入るたびに、新しいオーディションの物語が始まっていったといいます。
清水はこの時期を、オーディション番組が「一番歌が上手い人を決める番組」から「未完成な人たちがどう変わるかを見る連載企画」に変わったタイミングだと位置づけます。デビューがゴールではなく、成功へ向かう過程までが一つの番組になりました。
CDを買った1枚は、単なる買い物ではなく、彼女たちの成功に加わる一票のようなものになりました。一方で、候補者の苦労や失敗は、番組を盛り上げる材料にもなっていきます。
一人一票ではなかったAKB48選抜総選挙
次に取り上げられるのは、AKB48の選抜総選挙です。おニャン子クラブに関わっていた秋元康が、再び登場する形になります。今度はファンの投票を、グループ運営の中心に持ってきたと清水は見ています。
選抜総選挙はテレビのオーディション番組そのものではありません。ただ、活動しているメンバーを、ファンが選挙のたびに選び直すという意味で、オーディションの構造に近いと清水は話します。
一般の選挙は一人一票ですが、AKBの総選挙はそうではありませんでした。CDには投票シリアルが入っていて、買った枚数だけ票がもらえる仕組みだったと小林は説明します。
応援の気持ちがそのまま購買数と票数につながっていくっていう。
この仕組みでは、ファンは有権者であり、選挙運動員であり、資金提供者でもあると清水は整理します。推しがいれば、自分がもう1枚買わなければ順位が下がるかもしれない、と心配してしまう構造です。
この頃から「推しメン」や「推し」という言葉が広く知られるようになった、と清水は話します。好きな人がいるという段階から、推すために行動する段階へと変わった時代です。
ここでは、オーディションのような選抜競争が、デビュー後の日常にも持ち込まれました。グループに入って競争が終わるのではなく、総選挙のたびに順位や立ち位置が選ばれ直され続けます。
デビューしてからずっと競争環境にさらされ続けるので、自分が今どこにいて、何を目指して、どう成長しているのかをファンに見せ続けることが求められますよね。
見られるのは歌やダンスだけではありません。去年は何位で、何に悩んでいて、今年はどこまで上がりたいのか、といった背景まで見られました。大島優子や前田敦子の1位争いは、その背景を過剰に見せる面もあったと小林は振り返ります。
デビュー後も選ばれ続けるメンバーでいなければならず、ファンも選び続ける。途中で乗り換えも起きる。清水は、この関係性が更新され続ける仕組みを、苛烈で過酷なものだったと表現します。
視聴者が「国民プロデューサー」を名乗った『PRODUCE 101』
その先にあるのが、自分が推しの未来を動かしている感覚をさらに強めた『PRODUCE 101』、通称プロデュだと清水は言います。清水自身はあまり視聴していないため、仕組みをざっくり紹介する形で話が進みます。
急に専門家の顔はしすぎない。
この番組は韓国で始まったシリーズで、たくさんの練習生が参加し、トレーニングや課題に挑んでいきます。それを視聴者が見て、視聴者投票によってデビューメンバーが選ばれる仕組みです。
視聴者は「国民プロデューサー」と呼ばれました。日本版の『PRODUCE 101 JAPAN』からは、JO1、INI、ME:Iといったグループが実際に生まれ、活躍しています。
AKBがデビュー後の順位をファンが動かす仕組みだったのに対し、PRODUCE 101はデビューする人そのものを視聴者が選ぶ点が違います。視聴者の権限が強くなったと小林は整理します。
しかも、投票するだけではありません。ファンはSNSで候補者を紹介したり、動画を広めたり、投票を呼びかけたり、応援広告を出したりしたといいます。
プロデューサーというよりも、よく働く外注宣伝部ですよね。
でもね、外注だけど無給の宣伝部員なんですよね。
一方で、誰を長く映すか、どんな場面を使うか、候補者にどんな物語を持たせるか、投票のルールをどうするか、といった部分はすべて運営が決めます。視聴者は、運営が作った映像を見た上で選ぶことになります。
そうなると、視聴者は候補者だけでなく、この映し方は公平なのか、この運営を信用していいのか、という視点でも番組を見るようになります。ここから、選ぶ側や運営も審査される次の時代に入っていくと清水は話します。
候補者だけでなく「選ぶ側」まで審査されるタイプロとノノガ
この流れを受けて、最近のオーディション番組で重視されるようになったのが「選ぶ側への信頼」だと清水は言います。候補者の人気だけでは説明できない要素です。
その例として、まずタイムレスプロジェクト、通称タイプロが取り上げられます。すでに歴史あるグループへ、新しいメンバーを入れる企画でした。グループの名前も曲もファンの記憶も、すでにあったわけです。
視聴者は、候補者がタイムレスにふさわしいかを見ると同時に、既存メンバー3人がどんな考えを持っているのかも見ていた、と清水は話します。グループをどうしていきたいのか、これまで支えてきたファンをどれだけ大切に考えているのか、という表明も必要でした。
候補者を選ぶ過程を通して、選ぶ側であるこの3人の既存メンバーも、古いファンや新しいファンから見られていた番組なんじゃないかなと。
その象徴として挙げられるのが、菊池風磨の言葉です。「歌詞忘れてるようじゃ無理か」という発言が話題になりました。
「何々してるようじゃ無理か」「何々はしておかないと」みたいな、いろんな話に置き換えるミームが広がりましたよね。
いわゆる菊池風磨構文です。オーディションの審査コメントが、番組を見ていない人にまで届いた例であり、このミームがタイプロを知る入り口の一つにもなったと二人は話します。候補者だけでなく、選ぶ側の言葉や判断基準までコンテンツになったわけです。
新体制のTIMELESSはレギュラー番組も多く、人気グループになりました。売れた理由のすべてをタイプロで説明することはできないものの、既存メンバーが何を考えて誰を選んだのかを見せたことが、新体制をすんなり受け入れる土台の一つになったのではないか、と清水は見ています。
続いて、前回取り上げた『No No Girls』の話に戻ります。ノノガでも、候補者と同じくらい、選ぶ側であるちゃんみなの考え方が見られていた、と清水は指摘します。
応募時に身長・体重・年齢は不要とし、「あなたの声と人生を見せてください」というメッセージが話題になりました。ちゃんみな自身も、それまで何度もノーと言われてきた経験を持っているといいます。
ただし、番組で行われていたのは、無条件に「あなたはそのままでいい」と合格させることではありません。歌やダンスや表現、その努力についてはかなり厳しく見られていました。候補者がすでに持っている特徴を、どう技術や表現に変えていくかを、ちゃんみなが一緒に考えていたわけです。
プロデューサーがその人のマインドや表現や技術を変えていって、候補者自身が自分にイエスって言える状態にどう連れていくのか。
そこから小林は、ノノガで見られていたのは、ノーと言われてきた人をただ肯定することではなく、だんだんと自分にイエスと言えるようになっていく過程だったのではないか、と言い換えます。
候補者への「推し」と、プロデューサーへの「信用」の二重構造
こうした演出をしてきたちゃんみなへの支持も集まった、と二人は話します。候補者への応援だけでなく、ちゃんみながこの人をどう見て、なぜ選ぶのかを見届けたい、という信頼がちゃんみなに向けられていた印象だといいます。
以前の審査員は、候補者を点数で切る人という印象がありました。それに対し、最近の人気オーディション番組では、プロデューサー自身が番組の価値観を代表する存在になっているのではないか、と清水は指摘します。
この人が選ぶなら納得できる、そういうふうに思ってもらえるか。
その信頼が、番組の人気やデビュー後の応援にも影響しているという見立てです。実際、HANAもデビュー後に結果を出しており、タイプロもノノガも、オーディション後のグループが大きな結果を出しています。
清水は、オーディションで積み上げた信頼が、最初に応援する理由の一つになっていると整理します。番組をヒットさせるのは候補者の魅力だけでなく、選ぶ側の価値観が支持されるかどうかに、かなり左右されるというわけです。
候補者への推しとプロデューサーへの信用という、この二つの歯車が噛み合うと、デビュー後のグループも強くなる。
前編は、『スター誕生!』から『No No Girls』まで、オーディション番組がどう変わってきたかを振り返る内容でした。視聴者は審査を見る側から、買う人、投票する人、そしてプロデューサーを名乗る人へと変わってきた、というのが二人のたどり着いた整理です。
後編では、本屋大賞を受賞した小説『イン・ザ・メガチャーチ』を補助線に、候補者の物語がどう人を動かすのかを考え、その上でオーディション番組の未来を本命と大穴で予想する予定だと二人は話しています。
まとめ
『スター誕生!』から『No No Girls』まで、オーディション番組は「一番上手い人を選ぶ」ものから、視聴者が参加し、選ぶ側の価値観までが問われるものへと変わってきました。前編では、その変遷を年代順にたどっています。
- 『スター誕生!』では選ぶのはプロで、視聴者に渡されたのは「選ぶ側の気分」だけだった
- 『夕やけニャンニャン』は歌手というより、番組の空気に入れるタレントを選ぶ番組になった
- 『ASAYAN』のモーニング娘。以降、視聴者はCD購入という形で合格までの過程に参加する支援者になった
- AKB48総選挙とPRODUCE 101で、視聴者は順位やデビューを動かす存在になり、やがて運営の公平さまで見るようになった
- タイプロとノノガでは、候補者への「推し」と、選ぶ側への「信用」の二重構造が、デビュー後の強さにつながっている







