フェスなみの重低音。YZERRが巻き込まれたマンション騒音トラブル
この回は、いつもと違って一通の「お便り」から始まります。近所の騒音問題についての訴えで、フェスでしか聞いたことがないレベルの重低音が、深夜から朝まで大音量で鳴り続けているという内容です。
管理会社が何度注意してもやめず、嫌がらせのように音楽が流れ続ける。マンション中が迷惑を被っているものの、隣や上下の階ではないため、どの部屋が発生源かも分からない状況だといいます。
ただし速水さんは、これはメールで届いた相談ではなかったと明かします。有名なラッパー、YZERRさんがSNSのストーリーズに投稿した内容を、メール風に読み上げたものでした。
今のメール読んだわけではなくて、有名なラッパーのワイザーさんのストーリーズの引用、それをメール風に読んだだけなんですけど。
YZERRさんは毎晩深夜から朝方まで大音響のパーティー音に悩まされ、健康状態を保てず、これから始まる全国ツアーを中止にするところまで被害が及んでいると速水さんは説明します。
発生源はおそらく音楽関係者だろうと、YZERRさん自身が推測している点も速水さんは面白がります。お金があって高いマンションに住み、毎日パーティーをするような「同業者」ではないか、というわけです。
高級マンションほど防音が効くはずなのに、なぜ揉めるのか
速水さんが気になるのは、月に300万円という家賃のマンションなら防音設備もしっかりしているはずなのに、なぜそんなトラブルに巻き込まれるのか、という点です。
気になるのはさ、そこまで高級マンションなのに、なんで防音とかの装置もちゃんと働いてるだろうに、そんなトラブルに巻き込まれるのかっていう話ですよね。
ところが、話は逆だと速水さんは指摘します。世の中の近隣マンションの騒音トラブルは、実は高級マンションの、しかも新しい物件で起こっているというのです。
その根拠として、近隣住民の騒音トラブルの68パーセントが20階以上のフロアで起きているというデータを挙げます。タワーマンションの定義がおよそ20階以上であることを踏まえると、トラブルの大半は高級マンションの上層階で起きていることになります。
この逆説は『騒音トラブルの逆説的社会論 ── 橋本典久による著書。騒音トラブルがなぜ現代の高級マンションで増えるのかを、寛容性や技術の観点から論じています。この回の下敷きになっています』という本で取り上げられており、なぜそうなるのかも本の中で説明されていると速水さんは紹介します。
騒音問題は「寛容さ」をめぐる問題である
速水さんが挙げる理由の一つは、騒音問題が「寛容性をめぐる問題」だという点です。かつて近所全員が顔見知りだった時代には、生活音は苦情になりにくかったといいます。
明治・大正から高度成長期まで、都市部の庶民は長屋などで暮らし、障子や襖一枚で隣家と接していました。誰が立てている音か分かっていれば、「うちの子が騒いですみません」とお互い様で済み、揉め事にはなりにくかったと速水さんは説明します。
農村部ではさらにその傾向が強く、生まれた頃から同じ顔ぶれで過ごすため、騒音くらいでトラブルになっては暮らしていけない、という感覚があったといいます。
では、隣人の顔を知らない生活が当たり前になったのはいつからか。速水さんは、おおよそ1960年代から70年代にかけて団地が造成され、その土地に元から住んでいた人以外が軒を連ねて暮らすようになった時期を挙げます。
じゃあいつから人は隣の人の顔を知らない生活が当たり前になったのかっていうと、おおよそ1960年代から70年代にかけて団地が造成され。
この団地の時代に、騒音問題がようやく社会的な問題として注目を集めるようになったと速水さんは話します。
団地の時代に立ち上がった騒音という社会問題
団地の時代に問題になったのは、子供の騒がしさよりも「夫婦の営み」の音だったと速水さんは指摘します。団地は若い世帯が入ることが多く、中高年が少ない場所だったためです。
速水さんは団地の研究をしており、当時の週刊誌が「今時の団地はこういう」と書き立てた記事を数多く読んできたといいます。団地の外にいる人たちが、団地の暮らしをよからぬものとして語り始めた時期でもありました。
関連して速水さんは、今年見た大塚慎一監督の映画『ぽかぽん』を思い出します。これはまさに団地と騒音を扱った作品でした。
この映画はもともとシングルマザーと家族の話で、そこに十数年前の殺人事件が絡んでくるプロットだったといいます。舞台が団地になったのは、ロケハンを重ねるうちに「ここだ」と思う団地に出会ったためだと速水さんは説明します。
速水さんは、貧困を描くときの住宅の扱いに注目します。是枝裕和監督の『誰も知らない』や『万引き家族』がアパートを描いたのに対し、『ぽかぽん』は貧困にも多様性があるとして、スケールの大きい団地を舞台にした点が対照的だと語ります。
タイトルの「ぽかぽん」という音は、隣の家から聞こえてくる騒音で、おそらくスーパーボールを投げる音です。この音が事件に関わり、菊池成孔の音楽と重なっていく「音響映画」でもあると速水さんは評します。
技術が進むほど、騒音トラブルはむしろ増える
団地の次にマンションの時代が来て、防音設備は一段上がりました。さらに2000年代にはタワーマンションの時代になります。それでも騒音トラブルの数は、近代・現代になるほど増えていると速水さんは指摘します。
理由の一つは、先に触れた寛容さです。もう一つは技術の進歩そのものだと速水さんは言います。高いお金を払っているのだから防音はしっかりしているはずだ、という思い込みから、子供が飛び跳ねるのを咎めなくなるというのです。
一方、被害に遭う側も、高い家賃を払っているのだから騒音に悩まされたくない、という気持ちが強くなります。結果として、どちら側も自分が被害者だと考えて折れなくなるのだと速水さんは分析します。
さらに速水さんは、近隣トラブルの中でも騒音トラブルだけが「解決不能」と言われている、という本の指摘を紹介します。
近隣トラブルっていろいろ種類があると思うんだよね。で、その中で騒音トラブルだけが解決不能って言われてるらしいんだよね。
大気汚染や水質汚染といった公害は、1970年代をピークにどんどん解決されていきました。それに対し、騒音トラブルだけは逆に泥沼化し、解決できない問題として取り残されていると速水さんは語ります。
防音設備が進歩する
マンションからタワーマンションへと防音は一段ずつ向上する
期待と寛容さが変わる
出す側は「防音は効くはず」と咎めなくなり、受ける側は「高い家賃を払った」と我慢しなくなる
双方が折れなくなる
どちらも自分を被害者と考え、騒音トラブルだけが解決不能な問題として残る
家の工事が11年。ザッカーバーグは近隣にノイズキャンセルヘッドホンを配った
ここで話は、騒音を出す側であるマーク・ザッカーバーグへ移ります。カリフォルニア州の高級住宅地で家を建設中のザッカーバーグは、YZERRさんとは逆に苦情を言われている立場です。
その工事があまりにうるさく、近隣住民が迷惑しているとニューヨークタイムズが去年報じました。驚くのは、その工事が11年間続いているという点だと速水さんは指摘します。
速水さんは、工事の前に「よろしくお願いします」と挨拶するかどうかで、その後のトラブルへの発展のしかたがかなり変わる、と建築系の人から聞いた話を紹介します。挨拶があれば人は「しょうがないな」と受け入れやすくなるといいます。
とはいえ、住民も工事開始時は「ザッカーバーグが来るのか」と興味を持っても、3年、5年と続けば「これいつまでやってんだよ」と怒るのは当然だ、と速水さんは語ります。
この話で速水さんが面白がるのは、ザッカーバーグが近隣にノイズキャンセルヘッドホンを配ったという点です。「うるさくてすみません」というより、「うるさいならこれをどうぞ」という感じではないかと推測し、人を怒らせる天才だと評します。
やっぱ人を怒らす天才だなっていう感じがして。
速水さんは、ザッカーバーグを描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』を引き合いに出します。前作の脚本家アーロン・ソーキンが今度は自ら監督した続編が今年10月9日に全米公開予定で、このヘッドホンを配る場面をオープニングに使ってきそうだ、と根拠のない予測を語ります。
ノイズキャンセルはどんな仕組みで、何が消せて何が消せないのか
話題は、速水さん自身も日常的に使っているノイズキャンセルのヘッドホン・イヤホンへ移ります。この5、6年から10年で急速に普及したものの、技術自体は80年代頃からあったはずだと速水さんは言います。
速水さんは、逆位相 ── 元の音の波形を反転させた音のこと。元の音と重ねると波が打ち消し合い、音が小さくなります。ノイズキャンセルの基本原理ですを使う仕組みを簡単に説明します。外の音をマイクで取り込み、それを打ち消す音を出して相殺し、ノイズを消しているのです。
精度が上がった理由として、速水さんはデジタルで逆位相をすぐ作れるようになった処理速度の向上を挙げます。加えて、シリコン製のインナー型イヤホンが普及し、耳の奥まで入れて遮音できるようになったことも大きいと語ります。
その逆位相を作るテクノロジーっていうよりも、シリコンが普通に普及したっていう方がヘッドホンの歴史にとっては重要だったっていうね。
ただし、どんな音でも消せるわけではないと速水さんは注意します。一番消しやすいのは、録音中もずっと鳴っているエアコンのような定常的な音です。
逆に、喫茶店で人が喋る声を完全に消すのは無理だといいます。速水さんは昼間フードコートやスタバで仕事をしますが、夕方に高校生などが賑やかに話し始めると、ノイズキャンセルではあまり消せないと実感を語ります。
エアコンのように一定して鳴り続ける定常的な音。逆位相で相殺しやすい
喫茶店の話し声のように変化する音。完全には消せず、かえって気になることもある
自分の音に鈍感になる。ノイキャンがもたらす小さな弊害
速水さんは、ノイズキャンセルの弊害も挙げます。他の音を消してしまうため、音楽をかけても人の会話がかえって気になってしまうことがあるといいます。
もう一つの弊害が、隣の人の咀嚼音です。マックやモスバーガーで、くちゃくちゃと大きな音を立てて食べている人の耳元を見ると、たいていノイズキャンセラーを使っているというのです。
自分の立てる音っていうのに鈍感になるんだよね。
ノイズキャンセルをしていることで、自分が出している咀嚼音に無頓着になってしまう。速水さんは、その日一番気分が悪くなるのが隣の人の咀嚼音だったりすると苦笑します。
居酒屋でも会話できる。ノイズキャンセルが向かう次の段階
弊害はあるものの、ノイズキャンセラーはこの20年で普及した製品の中でも手放せないものの一つだと速水さんは評価します。電車や喫茶店で仕事をするとき、日常的に使われるようになっています。
速水さんは、その先の使い方も語ります。うるさい居酒屋でも、会話する人同士がAirPodsを使えば、どんな空間でも会話できるというのです。数人が持てば数人で会話でき、違う言語同士でもほぼタイムラグなく翻訳・通訳される。ドラえもんの「翻訳こんにゃく」のような機能も、市販の製品で実現できると話します。
次の段階として速水さんが挙げるのが、リアルな空間そのもののノイズを消す方向です。やり方は同じで、逆位相を作って音同士をぶつけて消します。
速水さんはこれを空調にたとえます。商業施設が年中同じ温度に保たれるように、うるさい空間のノイズをその空間ごと消してしまう発想です。
閉じた空間ならもっと簡単だといいます。速水さんが挙げるのは自動車の車内で、運転席と助手席で別々の音楽を流し、互いにミュートし合って別の音楽を聴くことは、すでに実現可能だという話です。
聴いてる音楽、別々の音楽を流して、やっぱお互いミュートし合うんだよね。それぞれの違う音楽を聴けるっていうようなことっていうのは、もう実際に可能だっていう話。
斉藤由貴事件とサカナクション事件。ノイズキャンセルは人類を滅ぼすのか
車内で別々の音楽を聴けることの意義について、速水さんは自身の夫婦喧嘩を持ち出します。奥さんはこのポッドキャストを聴かない前提だから話す、と前置きしつつ、最大の喧嘩は二度とも車の中で起きたと明かします。
速水家では運転する側にBGMの選択権があるルールでした。ある時、速水さんが運転中に自分の選曲で音楽をかけていたところ、奥さんにボリュームを下げられ、カチンときて口をきかなくなったといいます。これが「斉藤由貴事件」と呼ばれています。
その報復が後日起こります。今度は速水さんが「頭が痛くなる」と言って奥さんの選曲に介入した。これが「サカナクション事件」だと速水さんは打ち明けます。
普段はお互いの趣味を認め合い、介入しないといいます。ということは、別々の音楽をかけていれば喧嘩しない、というのが速水家の根本的なトラブルの構造だと速水さんは分析します。
しかし速水さんは、冒頭の騒音問題の話に立ち返ります。テクノロジーで解決できると思えば思うほど逆効果になる可能性があるというのです。ノイズをキャンセルするテクノロジーは魅力的だが、ひょっとすると絶滅をもたらすテクノロジーではないか、と語ります。
まとめ
高級マンションの騒音トラブルという身近な話題から、速水さんは寛容さの喪失と技術への過信という構造をあぶり出し、あらゆる音を消せるノイズキャンセル技術の行き着く先までを、半ば冗談まじりに、しかし核心を突く形で語りました。
- 近隣の騒音トラブルは68パーセントが20階以上で起き、高級な新築マンションほど深刻化している
- 技術が進み防音への期待が高まるほど、双方が折れなくなり、騒音トラブルだけが解決不能な問題として残る
- ノイズキャンセルは逆位相で音を相殺する仕組みで、エアコンのような定常音は得意だが、話し声は苦手
- 自分の立てる咀嚼音に鈍感になるなど、ノイズキャンセルには小さな弊害もある
- 音を消せると思うほど寛容さが失われかねず、速水さんは半分冗談で「人類を滅ぼす技術」ではないかと問いかけた




