発砲率15%という奇妙なデータ
水野さんはまず、多くの戦争で兵士の発砲率が思っているよりかなり低いという奇妙なデータを示します。第二次世界大戦では15〜20%しか撃っていなかったといいます。
つまり、8割の兵士は敵に向かって撃っていなかったことになります。ところがベトナム戦争になると、この発砲率が90%以上に跳ね上がります。
なんで?
この回はこの2つの奇妙なデータをめぐって進みます。水野さんは、一見すると言語学と無関係に見えるこのテーマが、突き詰めると言語学やキャリアの話にもつながると話します。
(『戦争における「人殺し」の心理学』は)言語の話です。最終的に、と思いました。
水野さんは、戦争や人殺しというデリケートな話題が続くと断ったうえで、あまり関係ないと思わずに聞いてほしいと呼びかけます。
装填されたまま落ちていた銃
具体例として挙がるのが、リンカーンの演説で知られるゲティスバーグの戦い ── 南北戦争中の1863年に起きた戦い。北軍が勝利し、戦争の転換点となった。この後リンカーンが有名な演説を行ったです。この戦場から回収された2万7575丁のマスケット銃を調べると、約90%が弾を装填したままだったといいます。
みんな怖くて撃てなかったんじゃない?「俺が人を殺すなんて」って思って撃てなかった。
水野さんは、突撃の途中で撃たれた、射程外から砲撃を受けたなどの可能性はあるとしつつ、90%がそうだったとは考えにくいと指摘します。
当時の戦場では装填済みの銃は貴重で、死傷者の銃を拾って撃ってもおかしくなかったはずです。それでも撃たれていない。ここから、ほとんどの兵士は敵を殺そうとしていなかったという事実が浮かびます。
水野さんは、ナポレオン戦争では発砲しては外しまくる兵士がいたこと、頭上にわざと撃つ兵士がいたことも紹介します。一分間に一人か二人しか倒せなかったという計算結果も出てきます。
練習量や発射速度から計算すれば百人単位で倒せるはずなのに、実際は一人か二人。水野さんは、人はぎょっとするほど人を殺さないという事実がこの本には並んでいると話します。
万人の万人に対する闘争みたいな話よね。
水野さんは、人の本性は暴力的だという言説はこのデータと整合しないと指摘します。しかも発砲しない兵士は逃げているわけではなく、戦友の救出や弾薬の運搬など、発砲より危険な仕事に進んで就いていたといいます。
やる気はあるんだけど撃ちはしないっていう謎のデータがめっちゃ出てくるんですよ。
距離が遠いほど、人は撃てる
水野さんは、殺すことへの抵抗が距離によって変わると説明します。戦車の火砲のように遠い攻撃は抵抗が少なく、ナイフのような至近距離は精神的な負荷が大きいといいます。
水野さんは、刃物より槍がずっと好まれた理由も距離にあるのではないかと話します。払ったり振り下ろしたりして「近づくな」と示せるうえ、相手を突き刺す意図を否定しやすいというのです。
ちょっと俺は距離取ってるだけだいっていう。それで刺しちゃっただけだいみたいな言い訳になるのかな。
堀元見さんは、マケドニアの重装歩兵が長い槍で他軍を圧倒したのは、長さゆえの強さだと思っていたと話します。水野さんは、そこに兵士のメンタルという要素もあったと本が指摘していると返します。
水野さんは、中距離のライフルでは自分が与えた傷や犠牲者の表情が見えにくいと説明します。さらにミサイルや爆撃機のような長距離になると、精神的なトラウマも負いにくいといいます。
水野さんは、陸上戦の兵士に比べ、水兵は精神的な病気になりにくいという話も紹介します。直接手を出さず、向こうからも直接狙われないからです。
堀元見さんは、陸軍にエリートでない人が回され、精神病になりやすいポストにあてがわれていたのかもしれないと推測します。水野さんは本には書かれていないとしつつ、興味深い仮説だと応じます。
水野さんは、同じ戦争でも陸軍と海軍では見える景色が違い、戦後にすれ違うのもさもありなんと話します。ここまでの結論は、人の本性は暴力的ではなく、むしろ戦場でもほとんど撃たないというものです。
仙水忍にこの本をあげたかった
堀元見さんは、この本を『幽☆遊☆白書』の仙水忍に渡したかったと話します。仙水は人間の残虐さを映したビデオを一本見て、人間を滅ぼさねばと闇落ちしたキャラクターです。
これが人間の本性かと思ってたけど、実は統計見ると違うんだなって気づけて、闇落ちしなかったんで、この本をあげればよかったですね。
水野さんは、この本が1998年に書かれたことに触れ、当時は暴力的なテレビゲームで子どもが残虐になるという信念が社会にあったのではないかと話します。仙水の造形にもその空気が影響したのかもしれないといいます。
ドローン攻撃とSNS誹謗中傷の相似
話は現代の戦争、ドローン攻撃へ移ります。ポイントは、自分は攻撃されずに相手を一方的に遠隔から攻撃できる点で、これが非人道兵器と言われる理由です。
水野さんは『ドローンの哲学』を挙げ、ドローンのオペレーターは都市に出勤して遠隔で仕事をし、夜は市民に戻ると紹介します。飲みに行き、家族と過ごす人もいるといいます。
水野さんは、都市で暮らすホワイトカラーのようなこの働き方が、SNSの誹謗中傷と構造的によく似ていると指摘します。この類似を述べたのが、『新写真論 スマホと顔』の大山顕さんです。
それで人を追い込んでも罪悪感に苛まれないし、みんなごく普通の生活をしている人が誹謗中傷してるもんな。
水野さんは、相手を面と向かってこき下ろすのは疲れる行為だと説明します。ところがSNSを挟むと相手の顔が見えず、ある程度ひどいことが言える。ここがドローン攻撃と変わらないというのです。
相手の顔・声・表情が見え、精神的な負荷が大きい。物腰が柔らかくなりやすい
相手の顔が見えず、負荷が小さい。ひどい言葉を書いた後も普通に生活に戻れる
水野さんは、SNSで強い言葉を使う人と対面すると、大体は物腰が柔らかいと話します。堀元見さんも、自分をボロクソに書いていた相手に生で会うと、逆に褒められることさえあると明かします。
お前昨日俺のこと本当に頭が悪くて文章が下手だなって書いてたやつだよなってなってっていうことありますよ。
面と向かって批判できる人は、かっこいい
水野さんは、SNSで手厳しく批判し、対面でもその姿勢を崩さない人はかっこいいと話します。堀元見さんは、クイズノック卒業生を批判した後、イベント本人にも同じことを言ったと述べます。
(対面でも姿勢を崩さない人は)マジで俺かっこいいと思う。
水野さんは、実際に面と向かって批判された経験を2つ挙げます。1つはゆる言語学ラジオへの批判noteを書いた人と話した場で、その人は媚びずに問題点を告げてきたといいます。
もう1つが、令和人文主義を批判したコミネヒズミさんです。この潮流を嫌うコミネさんは、令和人文主義とされる人たちが集まる大阪のイベントに金を払って一人で来ていました。
(コミネさんは)まず私は偵察として来たし、自分と違う立場の人間でもしっかり議論するべきだと思っているから一人で来たんです。
水野さんは、四面楚歌の状態で相手をこき下ろすその姿に気骨を感じたといいます。一方で大半の人はそうではなく、スマホを一枚挟むから言いたい放題言い、言った後は普通に生活へ戻ると話します。
堀元見さんは、批判を引用ツイートで指摘すると、相手がすぐ投稿を消すことが多いと明かします。二人は、非難だけして見つかったら消すのは気骨がないと語り合います。
非難だけするだけしといて見つかったら消すやつ。(それは)気骨ないからそれ。
水野さんは、これも相手の顔が見えないまま攻撃するドローン的な発想だと結びます。さらにドローンはレーダーで検出して画面越しに攻撃する場合もあり、顔が見えない分いっそうSNSに似ていると話します。
堀元見さんは、浦沢直樹の漫画『MONSTER』の殺し屋のエピソードを挙げます。凄腕の狙撃手が、ターゲットが自分と同じように角砂糖を三個入れてコーヒーを飲む姿を見た瞬間、撃てなくなり引退したという話です。
顔を見えるようになった瞬間に殺せなくなるんだなって思ったんですよね。
発砲率が9割になったカラクリ
水野さんは、人は相手と直接相対すると攻撃できないという事実が第二次世界大戦の終わりに明らかになったと話します。上層部はこの問題に気づき、手を打った結果、ベトナム戦争では9割が発砲するようになりました。
堀元見さんは、撃てなければ家族が投獄されるなどリスクを負わせたのではと予想しますが、水野さんは違うと答えます。正解は、パブロフの犬で知られる条件付け ── 特定の刺激と反応を繰り返し結びつけ、意識しなくても自動的に反応が起きるようにする学習。パブロフが犬とベルの実験で示したの応用でした。
以前の訓練は、草原で腹ばいになり丸い標的をのんびり撃つものでした。ベトナム戦争の訓練では、完全武装でタコ壺に立ち、人型の的が一瞬飛び出しては引っ込むのを瞬時に狙って撃ちます。
そうか、判断の余地なく条件反射的に撃つっていうのがポイントなんですね。
命中すると即座にフィードバックがあり、的は生きているように倒れます。技量が上がれば褒められ、失敗すれば軽い罰がある。ここで鍛えられるのは射撃術ではなく、考えを入れずに反射的に撃つ能力です。
草原で腹ばいになり、丸い標的をのんびり撃つ。発砲率は15〜20%
タコ壺から人型の的を反射的に撃つ。命中で報酬、失敗で罰。発砲率は9割へ
水野さんは、風船に戦闘服を着せたり、赤ペンキ入りのミルク瓶を的にしたりすると、訓練がゲームのように面白くなると紹介します。面白くなると、環境が変わっても撃つ反応が確実に引き出されるようになります。
めっちゃ嫌な話ですけどゲーミフィケーションだね。
この訓練の効果は数字にも表れます。水野さんは、条件付けを受けた狙撃兵が敵の頭を的確に狙う、ヘッドショットをするようになったと話します。
条件付けが人を作り変え、そして壊す
水野さんは、この本がキャリアの話と関わるのはここだと話します。条件付けとは、迷わず考えない方向に振れていくことです。それ自体は善でも悪でもないが、やりすぎると人はどんどん考えなくなります。
水野さんは、条件付けが進むと個人とアメリカ軍という集団の境界が溶け、自他の境界が消えて、ただ兵士として振る舞うようになると指摘します。そしてそういう人がメンタルを壊すといいます。
水野さんは、ベトナム戦争後にアメリカ兵が大量にPTSDになったと話します。戦場でそうなる人も、帰還後にそうなる人もいました。堀元見さんは、そのドキュメンタリーを見たことがあると応じます。
ベトナム戦争は大義が薄く、国内世論が反戦に傾いた戦争でした。国のために戦って帰ると、兵士は人殺しと非難され、恋人を失ったり離婚されたりします。さらにゲリラ戦で民間人も相手にせざるを得ませんでした。
水野さんは、条件付けの最中は正気を保っていないような状態で、それが終わった瞬間に「俺がやったことは」と強烈なバックラッシュが起きると説明します。
条件反射でいっぱい撃つぞってなってるから、撃ってる時は気にならなくても、後から振り返ったらやべえなってなっちゃうかもね。
堀元見さんは、会社員の不正を扱う本と似ていると話します。山一証券では、簿外債務にする方法論が確立され、条件反射のように借金を国外へ飛ばし続けた結果、気づけば何百億円もの債務を抱えていたといいます。
まずい債務が出てきた瞬間に国外にこうやって飛ばせばいいやっていう違法な操作を条件反射にするって、やっぱ組織がおかしくなっていくことの一つのポイントなのかな。
水野さんは、仕事が忙しくなると何も考えずにこなそうとするが、それは会社の中の自分と個人の自分の境界が溶けることだと話します。常にチェックを利かせておかなければならないと語ります。
この後、堀元見さんが「経理の人はレシート一枚ずつに立ち返るべきか」とボケ続け、水野さんが「ていよくしてください」と制止する掛け合いが続きます。二人は、テンポが大事な場面と立ち返るべき場面の使い分けだと落ち着かせます。
戦場では「殺せる2%」こそが普通になる
水野さんは、昔の戦争でも死者は出ていることに触れます。ここで、後悔や自責を感じずに人を殺せるのは全体の約2%だというデータが出てきます。
サイコパスみたいなことかな。
水野さんは、この数字を「2%のサイコパス」と見ることもできるが、視点を変えると逆の結論になると話します。戦場という舞台では、ためらいなく撃てる2%こそが普通で、撃てない98%が普通でないことになるというのです。
水野さんは、似た例として医学部の解剖実習を挙げます。毎年数人、解剖が耐えられず辞める学生がいるといいます。仮にその2%が普通の感覚を持つとすれば、残る98%の医者が異常者だという論も成り立ってしまいます。
水野さんは、戦場という極端な舞台を用意しなくても、病院や大学の医学部でさえ「普通」の境界は簡単にずれると言いたかったのだと補足します。
堀元見さんは、ドラキュラの語源とされるルーマニアの串刺し公ブラド公を挙げます。敵を残虐に串刺しにして撃退したことで英雄視されましたが、平和になると異様な人間として迫害されました。
だから戦時下はこのブラドが褒め称えられて、でも平和になった後には2パーセントしかいない異様な人間っていうことで、マイノリティになって迫害される。
借りてきた言葉ではない、戦争に反対する理由
水野さんは、これまで戦争にはずっと反対してきたが、どこか借りてきた言葉で反対している感覚があったと打ち明けます。せっかく反対するなら、自分で理由を説明できるようにしておきたかったといいます。
水野さんは、もし堀元見さんが徴兵されたら、敵を撃つか撃たないかの葛藤を続け、運よく生き残っても、仲間を助けられなかった、自分が手をかけたという倫理的なトラウマを抱えて生きることになると話します。
水野さんは、ある世代の人だけがそのババを引き、戦争が終わってからもトラウマや倫理的な咎めを負い続けると指摘します。だから戦争は全然割に合わず、やるべきではないと語ります。
堀元見さんは、本性でないものをねじ曲げて植え付けるのは洗脳だと感じ、それが戦争に反対する理由になると話します。水野さんは、怖いのは兵士が訓練を楽しんでいる点だと付け加えます。
訓練自体楽しいんです。そしてそのまま訓練楽しいなと思って戦場に行ったら、それで敵兵を1.3発ぐらいで殺してしまう。
堀元見さんは、映画『時計じかけのオレンジ』も似ていると話します。犯罪者に女性の裸と気分が悪くなる薬を同時に与え続け、二度と犯罪をしないよう条件付けする筋書きです。
その条件付けを使って人間を都合よく改造しようみたいなやつは生理的に厳しいなって思って。
水野さんは、これは遠い話ではないと指摘します。上司に頼まれたら一秒以内に「はい」と言え、電話にツーコール以内に出ろといった教えも条件付けだといいます。付き合い方を間違えると危ないと二人は語ります。
怪しいソースをもとに話してしまった、という懺悔
番組の最後で、水野さんは冒頭の注意喚起について改めて説明します。典拠にした『戦争における「人殺し」の心理学』のデータの信憑性が怪しいと言われているというのです。
水野さんによれば、第二次世界大戦の発砲率15〜20%はマーシャルという人の調査ですが、聞き取り人数が場所によってぶれ、捏造ではないかとまで言う人もいるといいます。英語版Wikipediaには批判の項目もあります。
じゃあみんな撃てないと思ってたけど、意外と撃ててた可能性もあるわけだ。
水野さんは見苦しいと前置きしつつ、選んだ理由を明かします。堀元見さんは、著者のWikipediaを読んでから来ればよかったと詰めますが、水野さんもその面白さには納得します。
一個だけ見苦しいかもしれないけど言っていいですか?面白すぎると思ったんだよな。
水野さんは、ドローン攻撃についても『ドローンの哲学』を典拠にしたと話します。オペレーターの精神的負荷についてもこの本はPTSDになりようがないという立場ですが、実際にPTSDの報道もあり、異論があるといいます。
水野さんは、この回全体を、発砲率の低さと、距離が近いほどストレスを感じるという2点の紹介と位置づけます。発砲率の低さには批判があるため、興味深い仮説をもとにした独自見解として見てほしいと述べます。
二人は、この前編が次回への振りになっているためボツにせず公開すると判断したと説明します。次回のテーマは「嘘を嘘であると見抜ける人でないとインターネットは難しい」という発言です。
思いっきり見抜けないやつがインターネット使って今失敗して謝ってますよね、世界に対して。
水野さんは、専門外の本を読んで話すときは、これからは台本をAIに見せて内容に問題がないか聞いてみようと反省を語ります。堀元見さんも、調べる手段は多いほどいいと応じ、掛け合いで回を締めます。
まとめ
『戦争における「人殺し」の心理学』を入り口に、人は本来人を殺しにくい生き物であり、距離や条件付けがその抵抗を左右するという話から、SNSの誹謗中傷や仕事の忙しさにまで議論が広がった回です。典拠に信憑性の問題があるため、結論ではなく興味深い仮説として楽しむのが前提になっています。
- 戦場でも多くの兵士は撃たず、人が同種を殺すことには強い抵抗があるというデータが紹介された
- 攻撃は距離が遠いほど精神的な負荷が小さく、ドローンやSNSは顔の見えない攻撃として構造が似ている
- ベトナム戦争で発砲率が9割に上がったのは、反射的に撃つ条件付けの訓練が導入されたためとされる
- 条件付けは仕事や組織にも通じ、考えずにこなし続けると個人と組織の境界が溶ける危険がある
- 典拠のデータには信憑性への批判があり、回全体が独自見解として提示されている





