映画のどこを見ているか、そして「顔が覚えられない」問題
速水さんは、映画を見る時にまず何を気にするかは人それぞれだと話します。自身はまずストーリーを追い、難解な映画では冒頭から全力で頭を使うと言います。
速水さんは、セリフを字幕で追うことが多いため、冒頭はなるべく字幕に気を取られずに画面に集中するよう意識しているそうです。それでもいろいろ見落とすと付け加えます。
次に速水さんが見るのが細部です。登場人物の服装、室内のテレビがブラウン管かどうか、車の車種などが気になってしまうと言います。
速水さんが細部を気にする理由は、年代の特定にあります。現代なのか60年代なのか、その前半か後半かをなるべく早く知りたいのだそうです。
一方で速水さんは、自分が映画でよくミスするのは「登場人物の顔を見ていなかった」ことだと明かします。髪型や服装で主人公だと覚えておくと、それが変わった場面でつまずくと言います。
他の場面で、服装とか髪型が変わった時に「やべ、こいつ誰だ?」ってなることが多々あるのね。
だからこそ、有名な役者を出すことは映画にとって大事だと速水さんは言います。マット・デイモンなら見失わない、というわけです。
「必ずゼンデイヤを出す」というアメリカ映画のルール
速水さんは、宇野書店でのイベントで宇野信正さんが語ったという「今のアメリカ映画のルール」を紹介します。
速水さんは、宇野信正さんと宇野常寛さんのダブル宇野イベントで、ここが一番面白かった箇所だったと振り返ります。
速水さんは、顔を間違えない役者としてアン・ハサウェイの名も挙がったと話します。ただ、自身はエマ・ストーンとアン・ハサウェイを取り違えることがあると打ち明けます。
速水さんは、女優の顔を覚えるのが特に苦手だと言います。ケイト・ウィンスレット、スカーレット・ヨハンソン、シャーリーズ・セロンなどは「苦手な系の顔」で、絶対に覚えられないのだそうです。
俺、ショーン・ペンですら顔わかんない人間だからさ。まあかなり相貌失認が入ってます。
軽度の相貌失認と、日常での「誰だっけ?」
速水さんは、人の顔を覚えないのは日常でもよくあることだと話します。雰囲気や髪型、その場の立ち振る舞いで人を把握しているのだと言います。
速水さんは、いつも決まった場所で会う人と、唐突に銀座の街中で会うと「誰だっけ?」となる経験を挙げます。これは自分に限らないだろうと話します。
速水さんは、これを軽度の相貌失認だと自己分析します。基本はわかるものの、アイドルグループを覚えるのはかなり不得意で、BTSは今もRMしか見分けられないと言います。
舞台は1990年。『バックルームズ』はどんな映画か
この回のテーマは、公開されたばかりの映画『バックルームズ』です。速水さんはまず、ゼンデイヤもアン・ハサウェイもレオナルド・ディカプリオも出ていないと冗談めかして触れます。
速水さんが重視する年代について、映画の舞台は1990年です。主人公が途中でポケットの中を探す場面があり、速水さんは自然と携帯電話だと思ったと言います。
速水さんは、この時代はまだ携帯電話が普及していないため、これは携帯電話がないことを観客に伝えるための意図的なフェイントだったのだろうと解釈します。
物語の主人公は、自分で経営する大型家具屋の店長です。ある日、店の地下で、あるはずのない空間の入り口を見つけてしまいます。
壁に見える場所をすり抜けると、広大な空間が広がっています。何度か入るうちに不穏さを覚えた主人公は、アルバイトの若いカップルを呼び出し、カメラを持たせて一緒に探索へ出ます。
その空間が、この映画のタイトルでもあるBackroomsです。黄色い壁の、ホテルの宴会場のバックヤードのような場所が延々と続いていきます。
色合い的にはちょっとロイヤルホストの従業員入り口の中ってあんな感じなんじゃないかなっていう、まあそういう空間だと思ってください。
速水さんによれば、元となったのはネットで話題になったショート動画です。不穏で黄色い迷路の中を何者かに追いかけられるという映像でした。
今回、その動画製作者が2時間の映画として制作したのが本作だと速水さんは説明します。配給・制作はA24です。
海賊なのか帝国なのか。作品に潜むユーモア
速水さんは、映画の入り口で自分の心をつかんだ点として、家具屋の店名を挙げます。主人公クラークの店の名は「キャプテンクラークの家具帝国」です。
自分は海賊の船長で、店名は家具帝国。この矛盾を、バイトの店員が主人公に突っ込む場面があります。
店長、この店の名前は海賊なのか帝国なのかはっきりした方がいいっすよ。これ全く逆の概念ですから。
速水さんは、海賊は帝国的なものに逆らう反逆者であり、海賊の帝国はありえないと解説します。「共和国のお姫様ぐらいありえない」と例えます。
速水さんは、こうしたユーモア感覚が作中にあることに触れ、もっと『キューブ』のようなアート系映画かと思っていたので、そうではなかったと話します。
なんかそこでちょっと引っかかってる人がいるとしたら、いや全然アート系じゃないですっていう話。
「犬を見たことがない人が描いた犬」のような空間
Backroomsの空間には家具が置かれていますが、どこかおかしいと速水さんは言います。椅子と椅子がくっついていたり、ドアノブが3つ付いたドアがあったりするそうです。
速水さんは、この不思議さを表す作中のセリフを紹介します。
速水さんは、これは本物とは違う、間違った認識の光景だと説明します。そして、生成AIが人の写真を再現する時に指を6本にしてしまうのと似ていると連想します。
速水さんは、この場所がどうやら人の記憶や脳と直結した空間であることが匂わされていくと話します。
鍵を握るのが心理カウンセラーの存在です。この人物は自己啓発書の著者でもあり、映画のもう一人の主人公でもあると速水さんは言います。脳内の世界とこの空間には関係があるらしい、と話は進みます。
同じ場所を巡る反復と、『タイタニック』の連想
速水さんは、人には追い詰められた時にいつも同じ思考回路に陥るパターンがある、と映画の中で何度か指摘されると話します。
そのため本作は、ひたすら空間を移動し、同じ場所を何度も巡っていく映画になっていると速水さんは言います。
ここで速水さんは、映画『タイタニック』の話を持ち出します。先週の金曜ロードショーで前半が放送されており、これも反復の映画だったと感じたそうです。
『タイタニック』では、主人公のジャックとローズが監視役から逃げて船内を走り回ります。ボイラー室や行き止まりに行き当たり、そこから逃げ切る場面があります。
俺はタイタニックを見て翌日にBackroomsを見て、ちょっと既視感があったっていうか、これ昨日なんかで見たな。あ、タイタニックじゃんみたいな。
速水さんは、両方を見た人は多いだろうと言います。金曜日の同じ日に、どちらも公開・放送されていたためです。
前半と後半で意味が変わる。『タイタニック』の構造
速水さんは、『タイタニック』で二人が走り回った通路が、後半にもう一度描かれると指摘します。逃げ回る案内場面の後、氷山に船がぶつかり、水が流れ込んでくるのです。
同じ通路を二度見せる。一度目は二人で逃げ回る場面、二度目は水が入りパニックになって逃げ回る場面です。速水さんは、これがタイタニックの構造だと話します。
速水さんは、来週の後編で確認できる場面として、大階段のシーンにも触れます。ジャックがローズに、大時計の前で落ち合おうと手紙で伝える場面です。
そのシーンでは、大階段の半ばにいるディカプリオの顔が見えず、宙に浮くようなカメラワークで上っていく途中に振り向いて、ジャックだったとわかります。速水さんは、ここに違和感が残ると言います。
速水さんによれば、これは伏線でもあります。船が沈んだ後のラストシーンに近い部分で、同じカメラワークで同じ空間が映され、海に沈んだはずの人々が生きている場面につながるのです。
ここは、ここは泣く。マジで、あの見た人全員が泣く場面なんですけど。
速水さんは、前半のシーンを不穏に見せて違和感を残したのは、反復した時に意味が変わることを演出でやっているのだと解釈します。
映画は死んだ人が生き返らないリアリズムでありながら、空想や回想、ローズの頭の中の絵であれば、観客が理解できればやってもいいと速水さんは言います。ここで演出の力が試されるというわけです。
反復とバイオハザード、「開かないかもしれないドア」
速水さんは、音楽ではすぐ反復と言うが、映画の反復もルールは違えど重要さは高いと話します。
『バックルームズ』でも、家具屋の地下通路の入り口が光る場面が何度か出てきます。それがホッとする意味を持つこともあれば、不穏さを感じさせることもあると速水さんは指摘します。
速水さんが挙げるもう一つの反復が「開かないかもしれないドア」です。この世界のドアは、必ずしも機能しない記号だけのドアもあり、逃げる時に「開かないんじゃないの?」と想像させます。
これはね、初期のバイオハザードの感覚がすごくある。
速水さんはプレイステーション世代で、バイオハザードは1から4までクリアしており、4は50周ほどしていると明かします。
速水さんは、バイオハザードもさまざまな映画の引用でできており、同じ場所に何度も戻り、さっきと様子が変わっているといった作りだと話します。バックルームズの監督も、ゲームから映像に入ってきた世代という印象を受けると言います。
MRIメーカーという設定と、脳とつながる空間
ここから速水さんは、ネタバレを含む後半の話に入ると断ります。鍵になるのが「犬を見たことがない人が描いた犬」というセリフだと繰り返します。
後半になると、この空間を調査している会社の話になっていきます。その会社は元々MRIのメーカーだと速水さんは説明します。
速水さんは、脳の活動を画像化する技術は70年代からあり、80年代に普及し、90年ごろに大きな変化を遂げたと話します。何らかのイノベーションが、この空間の秘密と結びついているのだろうと言います。
速水さんは、この構図をバイオハザードのアンブレラ社になぞらえます。薬品メーカーがある時から軍需企業になり、世界の鍵を握るという描き方に似ているというわけです。
『ストーカー』『惑星ソラリス』と、記憶が実体化する題材
速水さんは、自分の脳内の記憶が蘇る映画として、タルコフスキーの『ストーカー』と『惑星ソラリス』を挙げます。
『ストーカー』はストロガツキー兄弟のSF小説が原作です。作中には「ゾーン」という立入禁止の空間があり、地球の物理では説明できないことが起こると速水さんは説明します。
ゾーンは軍が封鎖して研究しており、中心には人の夢を実体化する家のようなものがあります。速水さんは、そこへ調査団が向かう話だと紹介します。
速水さんは、2000年代にゲーム化された『ストーカー』では、ゾーンがチェルノブイリに置き換えられたと話します。作品は事故以前に書かれ映画化されたものの、後に現実の立入禁止区域と設定が重なった形です。
速水さんは、謎の空間が出現し、それが何なのかという謎に突き進む点で、『ストーカー』は『バックルームズ』と似ていると指摘します。
もう一作の『惑星ソラリス』は宇宙ステーションが舞台です。ソラリスという惑星の海には、脳内の記憶の人物を実体化させる能力があると速水さんは説明します。
速水さんは、空想を実体化すること自体が映画だと言います。バックルームズはそれをゲーム内ホラーのようにやっている、という捉え方がしっくりくると話します。
エンドクレジット後の場面。MRIのスキャンを擬人化する
速水さんは、この映画のエンドクレジット後のパートに触れます。本国アメリカの最初の上映にはなく、後にネットで公開された部分が、日本ではセットで公開されているそうです。
速水さんは、この場面の解釈を友人の建築家あさこさんと話したと明かします。主人公は家具屋であり自称建築家なので、これは建築家映画だという話にもなったそうです。
最後の場面では、防護服を着た調査隊がその空間を調査しています。彼らは広告看板を見つけ、サイズや材質、規則性を計測していると速水さんは説明します。
速水さんが注目したのは、調査員が英語を喋っているのに、看板の「売り尽くしセール」という英語の意味が理解できないという点です。彼らは書かれている意味を理解していないのです。
速水さんは、この場面はMRIのスキャンという作業を擬人化したものだと解釈します。物理的なものをスキャンするだけで、そこに書かれた意味は理解していない、というわけです。
速水さんがそう確認すると、あさこさんも同意したそうです。速水さんは、その返事を雑な関西弁で再現してみせ、これはあさこさんも怒るだろうと笑います。
相貌失認とモンタージュは同じことなのか
速水さんは、この点がこの映画で重要だと話します。人は誰かの言葉や、前に見た映像を、2時間というフォーマットの中で曖昧に、抽象的に記憶しているというのです。
速水さんは、2時間のものを完璧に覚えることはできず、その中で語られるストーリーを、絵の連なりを都合よく解釈して物語にしていると言います。
速水さんは、AIがそれらしい絵を用意したり、自分が関西弁を勝手に再現したりすることを、かなり相貌失認的だと表現します。
顔を覚えられないから雰囲気や髪型、服装で覚える。速水さんは、それと映画を見る行為は似ていると話します。
反復とは伏線回収である。批評としての雑な比較
速水さんは改めて、『バックルームズ』は前半と後半で主人公が変わり、同じ場所を探索して二人が出会う映画だと整理します。それでも、どうしても『タイタニック』に引っ張られると言います。
速水さんは、前半と後半で同じ場所が違う展開を見せること、ディカプリオの腑に落ちないカメラワークが記憶に残ることを挙げます。
速水さんは、反復とはある意味で伏線と回収でもあると話します。はっきりわからなくても「さっき見たな」というものが、後で誰かと話すと共有できる、という体験です。
速水さんは、この絶妙な反復と回収の総合体として映画ができており、『バックルームズ』はそこをずっとくすぐってくれる作品だったと評します。
前半と後半で主人公が入れ替わり、同じ黄色い空間を巡って二人が出会う
同じ通路を、逃げ回る場面と浸水する場面の二度見せ、意味が反転する
続編、シャイニング、そして「雑な比較こそが批評」
速水さんは、『バックルームズ』に続編の話が出ていることから、『リング』『らせん』『ループ』を思い出すと言います。怨念がビデオの信号に変わり、コピーを増殖させて実体を復活させる話です。
速水さんは、コピーのコピーで劣化していくというバックルームズ的なテーマが、実は『リング』『らせん』『ループ』にもあったのかもしれないと連想します。
速水さんは、キューブリック監督の『シャイニング』にも触れます。予算をかけた、ホテルの通路やエレベーターホールから赤い水が溢れてくる場面です。
速水さんは、キャメロン監督がその場面を意識していないわけがないと言います。客室のドアが延々と並ぶ通路をジャックとローズが走り、後半はそこに水が流れ込むのです。
速水さんは、今週金曜日の後編で、ついに船内に水が侵入してくると予告します。今日はたまたま同時期に見たものの共通点を見出し、雑に比較してみたと振り返ります。
速水さんは、こうした連想力は、2時間の映画を見る中でいくらでも自分の脳内で起こっていることだと話します。今回の話はかなり後付けだ、という気もすると付け加えます。
まとめ
速水健朗さんは、映画を見る時に細部や年代を追う自身の見方と、顔を覚えられない相貌失認的な癖を入り口に、『バックルームズ』の反復構造を読み解きました。同じ場所を巡り、意味が変わっていく作りを、『タイタニック』やバイオハザード、タルコフスキー作品と結びつけ、反復とは伏線回収であり、その連想こそが批評だと語ります。
- 速水さんは映画をまず年代の手がかりとなる細部から見る一方、登場人物の顔を見失いやすい相貌失認的な癖があると明かした
- 『バックルームズ』は1990年を舞台に、家具屋の地下に現れた謎の空間を巡る、ゲーム的な反復とユーモアを持つ作品として紹介された
- 同じ空間を意味を変えて二度見せる手法は『タイタニック』にも共通し、反復とは伏線と回収でもあると位置づけられた
- 空間が人の記憶や脳と直結し、MRIのスキャンを擬人化した場面は、相貌失認とモンタージュが根本的に同じだという議論につながった
- 速水さんは、同時期に見た作品を雑に比較して連想することこそが批評だと述べ、今週の『タイタニック』後編を楽しみにすると締めくくった






