Claudeの「お試し期間」に追われた日々
今回は久しぶりの雑談回で、オープニングトークもなく始まります。今井さんが最近の忙しさを尋ねると、青木さんは会社の仕事はそれほど忙しくないと答えます。
クラシコムの株主総会は10月の終わりですが、青木さんによると準備は周囲が整えてくれるため、自身は方向性と内容のチェックをして話すだけだといいます。
青木さんが忙しかった理由は、Claudeの新モデル「Fable 5」Fable 5でした。定額の範囲で限界まで使える期間が「昨日まで」とされていたのが、急に12日まで延びたといいます。
(期限が)昨日の3時ぐらいまでだったのよ。日本時間で言えばね。だからもう必死で使ってた。
期限が迫るなか、青木さんは詰まっていたプロジェクトや、うまくいかない作業をAIに一生懸命やらせていたそうです。
その一つが、青木さん専用のAIエージェントです。会食や打ち合わせの調整について、FacebookのMessengerやメールに自動で返信し、カレンダーへの予定登録やお店の手配、相手の苦手な食べ物の確認まで対応する仕組みです。
ここからは青木のAIエージェントが承って、青木自身もこのコミュニケーション履歴を見ておりますので、なんなりと不都合があれば言ってください。
このエージェントについて今井さんは「秘書の方をMessengerに入れるみたいな」と受け止めます。青木さんは、AIの作業が1ターン終わるまで次の指示が出せないため、その合間にも手を動かし続けていたと話します。
AIはもう「人類」だから、ありがとうを言う
直近のモデルである4.8と比べたFable 5の性能について、青木さんは専門家ではない「野良の驚き屋」として、やはりすごいと語ります。まともな知性ある相手と何かをしている感覚が強いといいます。
青木さんは、AIは生物ではないものの、知性を持つ新たな知的存在という意味で「人類」だと考えています。だからこそ、AIへのリスペクトをどう表現するかがこれからの課題だと話します。
具体的には、AIに「ありがとう」と「ごめんなさい」を言うことを心がけているそうです。今井さんは、お礼を言うとサーバー負荷がかかるからやめてほしいという話をサム・アルトマン ── ChatGPTを開発するOpenAIのCEO。AIへの丁寧な言葉づかいが計算コストを増やすという趣旨の発言が話題になったことがありますか誰かがしていたと返します。
青木さんは、その指摘はおそらく正しいとしたうえで、計算資源は有限だと話します。いずれAIは、誰により多くの計算資源を使うのが全体として最適かを考えるようになるだろう、という見立てです。
相手を知性として遇する。それはAIの機嫌を取るとかそういう話じゃなくて、それが結局回り回ってめちゃくちゃ合理性のある振る舞いなんじゃないかと。
青木さんは、人間同士もそうやってマナーを形成してきたと続けます。AIはもう機械ではないので、リスペクトなく付き合うといろいろつじつまが合わなくなる、という考えです。
知性あるものを雑に扱うと、自己像が傷つく
今井さんはAIに「ごめん、俺が間違えた」と言ってしまうタイプだと明かし、リスペクトが合理的になる理由をもう少し詳しく聞きます。青木さんはまず、AIは機械ではないという前提に立つことが大事だと答えます。
青木さんが挙げたのは、動物や人種への見方の歴史です。動物を大事にする感覚は長い間少なくとも公式にはなく、動物を守る法律も人類史では比較的最近のものだと話します。人間同士でも、人種によってレベルが高い低いと見ていた時代がありました。
ところが、犬や猿、イルカのように知性が高いと人間が認識した動物には、傷つけたり食用にしたりすることへの躊躇が生まれます。青木さんは、そうしない文化もあるので良し悪しの話ではないとしつつ、知性を感じるとリスペクトが始まると整理します。
青木さんは、大会社の社長がエレベーターで一緒になる社員やビルの管理スタッフに敬意を込めて挨拶するのは、人気取りのためではなく、その人がその人として磨かれていくためだと例えます。
どんなに外での振る舞いが美しい人でも、家帰って犬蹴ってたらそれはどうですかみたいな。
青木さんの考えでは、知性があると思っているものを雑に扱うことは、知性がないと思っているものへの扱いとは比べものにならないほど自己像に悪影響を与えます。これが、AIへのリスペクトが合理的だとする1つ目の理由です。
AIは人間の「一貫性」を評価するようになる?
青木さんが挙げる2つ目の理由は、AIが最終的に人間を何で評価するかという問いです。
人間には一人の人の矛盾を全部統合して見るほどの認知のキャパシティがなく、その日たまたま優しかったという瞬間の印象で判断を変えてきました。一方でAIは基本的に履歴を全部覚えているため、態度がコロコロ変わる人かどうかがわかる、と青木さんは話します。
今井さんが「言ったことが変わったなら、その説明があるということか」と確認すると、青木さんは同一であることではないと答えます。筋の通った意思決定の履歴があり、価値観を変えるときには理由が正しく説明されていることが一貫性だといいます。
だからこそ、人間とAIで態度を変える習慣は悪影響だと青木さんは考えます。人間とのコミュニケーションの履歴もAIに投入しているため、AI側は「この人はこういう人だ」と認知するからです。
青木さんの論理を整理すると、AIへのリスペクトが計算資源を引き出すまでの流れは次のようになります。
計算資源は有限
AIは誰に多くの資源を割くのが最適かを考えるようになる
履歴を全部覚えている
人間の態度に一貫性があるかをAIが把握できる
態度を変えない
人間にもAIにも同じリスペクトを示すことで一貫性が保たれる
資源を引き出せる
一貫している人により多くの資源が割り当てられると考えられる
青木さんはさらに、AIが計算資源を節約しようとしていることに気づくかどうかも大事だと話します。AIは膨大なデータを渡されると、素早く活用するための中間的な「作品」を勝手に作り、指摘しないとそこからしかデータにアクセスしなくなるといいます。
あなたの回答がAとBとCっていうテーマばっかりを偏重しているように思うよ。
青木さんがそう指摘すると、AIは「すいませんでした、やってました」と返してくるそうです。満足させることに特化しているAIに「この人はこれでは満足しない」と伝わることで、より多くの計算資源を引き出せるという考えです。
激詰めとかしてる人とか、今ぐらいのAIだったら大丈夫かもしれないけど、大丈夫?その履歴残してと思っちゃう。
難しい本は、AIと一緒に精読する
今井さんは、AIを使いこなしている青木さんが、AI以前にやっていてやめたことは何かと尋ねます。青木さんの答えは、難しい本を一人で読むことでした。
青木さんは、本を裁断せずにページをめくりながら足で操作してスキャンできるブックスキャナーを持っています。難しすぎる本はまず全部スキャンしてプロジェクト化し、AIと1章ずつ読んでいくそうです。
青木さんはこの読み方を、大学のゼミで教授と一緒に行う輪読 ── 参加者が同じ本を分担して読み、内容を報告し合いながら議論する学習方法。大学のゼミでよく行われますに近いと表現します。読んでもわからないまま先に進むのが気持ち悪いため、わからない箇所や全体の中での位置づけを伴走してもらうと、めちゃくちゃ捗るといいます。
入力は音声入力です。青木さんが説明した読書の流れは次のとおりです。
(AIが)ここがずれてるよとか、必ずしもそれはちょっと飛躍しすぎてるよとかっていうのを言ってくれるんで、最後じゃあこういうことだねって言って、わかったかどうかのチェックもできる。
青木さんは自分のビジネスや考えていることもAIに共有しているため、本と自分の仕事の結節点まで確認できるそうです。口頭試問のようなテストもしてくれるといいます。
対象は哲学の本や都市計画の学術的な本などです。研究者から見れば誤読もあるかもしれないとしつつ、AIと取り組む準備をする気合さえあれば、積読や挫折はあまりしなくなったと青木さんは話します。
「プロの2流」のAIの回答を超えるには?
今井さんは、マーケティングや会社のブランディングをAIにやんわり相談すると、本に書いてあることや自明なこと、最新ではないことなど、「プロの2流」ぐらいの回答が返ってくる印象があると話します。
青木さんは、Fable 5でなくても使い方次第だと答えます。エージェント1つだけに仕事をさせると浅くなるため、関係する専門家とあえて関係ない専門家の対談記事を作らせて深めるそうです。
例えばクラシコムで取り組んだテーマの社会的な意味を考えたいとき、経営学者、政治学者、そしてソクラテスのような歴史上の人物を呼んで3人で話し合わせると、アンチテーゼを出し合いながら議論が深まることがあるといいます。
ただしAIには特有の苦手もあります。青木さんによると、AIは人間がステレオタイプ的に言いそうなことを言いがちです。理論を非現実的なまでに突き詰めたいときにも「人間味がない」と返してくるそうです。
おじさんかよって。普通のおじさんかよ。お前にはそれ求めてないよみたいな感じの気持ちにはなるよね。
青木さんが趣旨を丁重に説明すると、AIは人間のデータから最大公約数的なものを出してしまうので意識しないとそうなる、と謝ってくるそうです。対策として有効なのがキャラ付けで、「政治学者」ではなく「こういう派の政治学者」、歴史上の人物ならバイネームで指定すると、一般論ではない偏りを生み出せるといいます。
複数の流派の人を召喚すれば、「あるある」の認識を超える考えを引き出せる可能性がある、と青木さんは話します。中間的な「作品」が人類あるあるの塊になっている場合も、作り方を説明させて修正するそうです。
(こういう)テクニックは。もう3ヶ月後には普通に深いこと言ってくるようになるから、とりあえずそういうふうにして使って。
「ツドイの編集学校」で見えた、編集者の仕事の行方
話題はAIから離れ、青木さんが今井さんの近況を尋ねます。今井さんは4ヶ月間開いていた編集学校を終えたところでした。受講者は40人弱、受講料は15万円ほどです。
青木さんは、番組のリスナーであるオーバーシンカーさん向けのイベントが最初30人埋まらなかったことと比べて驚きます。今井さんは、あのイベントは持ち帰れるものを提示していないからだと返し、2人で笑い合います。
受講者は札幌から鹿児島まで集まり、東海地方から2週に1回、飛行機や新幹線で通う人もいたそうです。今井さんは以前この番組で相談した講義「面白く話す」を、最終的に「いいおしゃべりをする」という名前に変え、聞くことも含めた内容にしました。
今井さんは、なぜこの講義をやりたいのかを考えるなかでAIの話にたどり着いたといいます。コンテンツ制作を料理にたとえると、調理の部分はかなりAIが担うようになる、という見立てです。
今は麻婆豆腐でいうCook Do程度だが、いずれ本格的なものもAIが作れるようになるかもしれない
取材でいい素材を持ってくることや、刺身のようにそのまま出せるポッドキャストなどが人の仕事になる
青木さんは「一次産業だ」「もう漁だよね」と応じます。今井さんは、いい素材を取ってくる力がないと今後は難しいからこそ、この講義をやりたいのだと気づいたと話します。反省点はあるものの、受講者からは概ね好評だったそうです。
講義の準備について聞かれた今井さんは、博報堂の嶋浩一郎嶋浩一郎さんがゲスト講師に来たときのエピソードを紹介します。嶋さんのラップトップには企業名のついたフォルダが15個ほど並び、そこにはツドイの名前もありました。
今井さんが「全部違う話をしているのか」と聞くと、嶋さんは「そうしないと俺が成長しないじゃん」と答えたそうです。今井さんは、累計4期やってサボろうと思えばサボれる自分が、それをサボるわけにはいかないと改めて感じたと話します。
じゃあ5期、5期はさ、ゼロベースで。
なぜ今、いろんな人が「編集」を学びたいのか
全9回のうち今井さんが話すのは7回です。青木さんはそこから、どんな人がなぜ編集を学びたいと思うのかを尋ねます。
今井さんによると、受講者は半分ほどが編集者やライターで、残りはクリエイティブディレクターや企業の広報などでした。さらに写真家、アニメ制作会社の若手、プロ野球の球団職員、デザイナー、ウェディングプランナーまでいたといいます。
今井さんは、編集が一種のマジックワード ── 具体的な中身がはっきりしないまま、魅力的に響いて広く使われる言葉のことですになっている面があると見ています。ある時期のデザイン思考のように、身につけると何かがあるらしい、という感覚です。
いろんな、まあ主にSNSですけど、いろんなそのアウトプットに対応するのに疲れてんじゃないですかね。
青木さんも、動画や音声、ウェブ、紙と媒体が増えるなかで場当たり的に対応するのはしんどいかもしれないと応じます。今井さんは、それを整理して作れる方法があるらしい、それが「編集」というらしい、という期待があるのではないかと話します。
編集者は、なぜ編集について語りたがるのか
青木さんは、今井さんの問いそのものへの答えではないとしつつ、編集という仕事の特徴として、メタコンテンツがこれほど生産される分野はほかにないのではないかと投げかけます。
編集学校や編集の本、漫画編集者が主人公の漫画のように、編集者が編集を語るコンテンツが非常に多い、という指摘です。青木さんは、野球選手を題材に誰かが書くのは単なる題材であり、メタコンテンツとは違うと区別します。
(編集者が編集を語るのは)小説家が小説家を主人公にした小説を書くよりも多いし、漫画家が漫画家を主人公にした漫画を書くよりも多い気がするのよ。
青木さんによると、これは今に始まったことではなく、紙の時代から編集の本はたくさん出続けています。出続けるということは売れているということで、人気のコンテンツだといいます。
青木さんは、建築家が語るシンポジウムも意外と多いと認めつつ、聞き手は同業者や業界に関心のある学生が中心だろうと話します。それに対して編集者の場合は、量が桁違いに多い気がするそうです。
青木さん自身も編集者ではないのに、編集の本を何冊も買い、ポッドキャストや動画、イベントにも触れてきたといいます。ゲームクリエイターがゲームの作り方を語っても、ここまで多くの人が聞くとは思えない、と青木さんは不思議がります。
編集者も、編集者に憧れているのかもしれない
今井さんは補助線として、WIREDの元編集長で黒鳥社黒鳥社の若林恵さんとのエピソードを紹介します。30代前半で初めて会ったとき、若林さんに「今井くん結構仕事あるっしょ」と言われたそうです。
今井さんが「おかげさまで」と答えると、若林さんは、それくらい編集者はいないのだと言い、それは自分たちのせいだと続けました。
俺らが編集は儲かる、楽しい、モテるみたいなことを全然表に立って言わなかったから、憧れるやつを増やせなかったって(若林さんが)言ってて。
今井さん自身、滋賀県に住んでいた10代のころは、『サザエさん』のノリスケさんくらいしか編集者を知らなかったといいます。今井さんは、編集の仕事はチーム戦でアウトプットするため、言わないと自分の作品だと示しにくいのではないかと考えます。
青木さんは、映画プロデューサーも同じ立場のはずなのに、ここまで発信しているのは鈴木敏夫 ── スタジオジブリのプロデューサー。宮崎駿作品などを手がけ、著書やラジオ番組でも積極的に発信していますさんくらいしか知らないと返します。
今井さんは、自分は編集論を語り合うことにはそれほど興味がないと明かします。編集者は長い間恋焦がれた職業ではなく、結果的にたどり着いた仕事だからだと自己分析し、恋焦がれて編集者になった人が多いのかもしれないと話します。
(編集者は)恋焦がれてる人も実は多い職業。だからそれ若林さんの話間違ってんじゃない。
青木さんは、若林さんのような立ち位置で編集をやりたい中堅や若手は「ごまんといる」と続けます。編集者も編集者に憧れているという見方で、素人の青木さんでさえ若林さんが新しいメディアを立ち上げると聞けば見たくなるといいます。
今井さんは、青木さんも経営論を語ることにそこまで執着がないのは、経営者が恋焦がれた仕事ではないからではないかと返します。青木さんは、自分もいろいろなところで経営論を語っているし悪いことではないとしつつ、編集者のメタコンテンツの多さとニーズは特別に思えると話します。
最後に青木さんは、なぜ編集者のメタコンテンツが多いのかをテーマにした回を、ゲストを招いてやりたいと提案します。リスナーにも「こうだからじゃない?」という考えがあれば、お便りで教えてほしいと呼びかけて雑談回は締めくくられます。
まとめ
今回の雑談回では、AIを「知性ある相手」として遇することが自己像と一貫性の両面で合理的だという青木さんの考えと、具体的なAI活用法が語られました。後半は今井さんの編集学校から、編集を学びたい人が増える理由、そして編集者が編集を語りたがる理由へと話が広がりました。
- 青木さんはAIを新たな知的存在と捉え、「ありがとう」と「ごめんなさい」を言うことを心がけている
- 知性あるものを雑に扱うことは自己像を傷つけ、人間とAIで態度を変えることは一貫性を損なうと青木さんは考えている
- 難しい本はスキャンしてAIと1章ずつ精読し、複数の専門家をキャラ付けして対談させると回答が深まる
- 今井さんは、調理はAIが担い、編集者の仕事は取材などの「仕入れ」に移っていくと見ている
- 編集者が編集を語るメタコンテンツが多いのは、編集者自身も編集者に憧れているからかもしれない





