アイドル事務所経営ゲームはなぜこんなにリアルなのか
この回の入り口は、今井さんが最近遊んでいるゲーム『シャインポスト Be Your Idol』です。今井さんは、このゲームを青木さんならうまくやりそうだと感じたといいます。
『シャインポスト』はアイドル事務所経営シミュレーションで、5年間で最大3グループを育て、できれば全グループを武道館に立たせることが目標です。各グループは3年以内に武道館へ行けなければ解散になります。
管理するリソースは3つあります。月の上旬・下旬で行動を決めるため5年間で120ターンになる時間、活動資金、そしてアイドルという人材です。
アイドル事務所経営シミュレーションなんですよ。
レッスン場が必要
最初は公園でレッスンしており、デビュー前に一定のスキルを身につけさせる必要がある
お金が必要
レッスン場を作るには資金がいる
スポンサー集め
資金を得るには交渉力を上げてスポンサーを集める必要がある
条件達成
中野サンプラザでのワンマン成功などの条件を満たせないと違約金を取られる
ゲームの序盤は新宿のタワーレコードのような場所から始まり、会場を大きくしていく流れです。今井さんは最初のグループに、番組名をもじった「感動的フラグメンツ」と名付けたそうです。
スポンサーの条件を追いかけていると、人材の側ではメンバーがどんどん病んでいきます。今井さんによると、病み方には2種類あるといいます。
(病みの)一つはその、最近全然社長が気にかけてくれない。
もう一個現代的だなと思うのが、このままじゃ武道館に行けないっていう。
病んだメンバーには差し入れをすると回復しますが、放置すると病みはほかのメンバーに伝染していきます。青木さんはこの仕組みを、差し入れという形で「ケアしている」というシグナルを出すことが大事なのだと受け止めていました。
解散ライブとヤフコメ、攻略サイトのない時代の攻略法
今井さんは5年分を3時間ほどで一通り遊びましたが、最初のグループは中野サンプラザまで進んだものの武道館には届かず、解散ライブを迎えました。武道館に行けずに解散すると、ゲーム内でヤフコメ風のコメントが表示されます。
いい解散ライブだったっていうのと同時に、いやもうほんと運営がクソみたいな。
今井さんが面白いと感じたのは、こうしたゲームには攻略サイトが作られないことです。ゲームの数が多すぎて、一定のアクセスが見込めないタイトルは攻略サイトの商売にならないため、ネット以前のゲームに近い感覚で遊ぶことになるといいます。
その代わり、プレイヤーそれぞれが独自の攻略法を発信しています。資金さえあれば事務所は潰れないので、メンバーの病みは一定放置するという人もいれば、1組目には稼がせるだけ稼がせて2組目に投資するという人もいます。
今井さんは、1組目で稼いで2組目に投資する方法は理屈ではわかるものの、自分にはできないと話します。そうすると運営が叩かれるからで、青木さんも「いやーわかる」と応じ、アイドル好きが「運営」に向ける目線のリアリティを笑っていました。
「合理・倫理・審美」の調和はなぜ美しいのか
ゲームの話から、今井さんはこの日のテーマ「仕事が美しいってどういうこと?」に移ります。きっかけは、青木さんがFacebookに書いた「美しいとは何か」という投稿でした。
今井さんが読み上げた投稿によると、青木さんは「合理と倫理と審美を高いレベルで調和させているものは美しい」と書いています。さらに、この3つを統合して回答を生み出し、その回答どおりに実践することを促す力が「理性」であり、理性を感じるものが美しいのではないか、という内容です。
今井さんは、この三角形を『シャインポスト』に当てはめてみます。曲の発注やセットリスト、ユニット曲や衣装の選択が審美、1組目に稼がせるだけにしないのが倫理、そして合理は常に求められるものだといいます。
曲の発注、セットリスト、ユニット曲や衣装を選ぶこと
1組目に稼がせるだけ稼がせて捨て石にするようなことをしないこと
多分だから三チームとも(武道館に)行かせる人は僕は美しい。
ビジネスを「アート作品」として鑑賞できないか
今井さんが投稿のきっかけを尋ねると、青木さんは何年も考え続けているテーマを語りました。それは、営利企業という素材を使って、「美しい」と鑑賞できるアート作品は作れないか、という問いです。
青木さんは歴史を引き合いに出します。今アートと呼ばれる絵や彫刻は、ルネサンス ── 14〜16世紀ごろのヨーロッパで起きた文化運動。古代ギリシャ・ローマの学芸を見直し、美術・建築・学問が大きく発展しました期ごろまではアートとは見られておらず、装飾や工芸品のような扱いだったといいます。
当時は音楽や詩などの文芸が学問として高く評価される一方、形のある絵や彫刻は一段下に見られていました。そこへ、詩の鑑賞の仕方を絵や彫刻に援用する人たちが現れ、結果として今の私たちはそれらを芸術作品として見るようになった、と青木さんは説明します。
絵や彫刻は装飾・工芸品の扱いで、学問とされた音楽や詩より一段下に見られていた
詩の鑑賞の仕方を援用する人が現れ、絵や彫刻を芸術作品として鑑賞するようになった
青木さんの考えでは、企業についても「こういう定義で作られたものは美術作品として楽しめ、こう鑑賞すれば味わえる」と定義できれば、企業が芸術作品のように鑑賞される世界がありうるといいます。
その動機について、青木さんは資本主義批判の議論に触れます。ある美意識が共有されるだけで、ほとんどの問題は解決してしまうのではないか、という見方です。
ダセえことしたくないなってみんなが思うだけで、つまりある美意識が共有されるだけでほとんどの問題って解決しちゃうっていうか。
青木さんは「ビジネスってアートですよね」と言いたいわけではないと強調します。美とは何か、事業が美しいとはどういうことか、鑑賞者はどこをどう鑑賞するのかを一つずつ定義する作業を、発表のあてもなく、いろいろな人を壁打ち相手にしながら続けているそうです。
倫理と道徳はどう違うのか
青木さんは、ビジネスの作品性を考えるうえで三角形の各要素を説明します。まず合理性、主に経済合理性は、絵でいえばデッサンのような技術で、それだけでいい作品になるわけではないものの、欠けていると「そもそもお話にならない」ものだといいます。
次の倫理性について、青木さんは道徳と混同しないでほしいと話します。青木さんの言う倫理とは、他者から強制されることなく、自分はこうありたい、こうあるべきだと思うことに忠実であろうとすることです。
誰にも強制されず、自分や会社が「こうありたい」と思うことに忠実であろうとする感覚。パーパスやミッションがその例
社会がある程度定義していて、外から要求される感じがあるもの
よく会社が言うパーパスとかミッションみたいなものって極めて倫理的なものでね。だって別に誰もお前にそれ頼んでないし、強制してないよっていうものを掲げるわけなので。
青木さんによると、合理と倫理はよく衝突します。こうやれば儲かるけれど、自分はこの事業をこうありたいと思って始めたのだ、という葛藤です。
「ダサい」はなぜ卓越を阻むのか
3つ目の審美性について、青木さんはロゴマークや本の装丁、宣材写真のどちらがかっこいいかを選び取る作業の集積だと説明します。合理的で倫理観とも整合していても、シンプルにダサいものは卓越しない、というのが青木さんの見方です。
青木さんはここで、『攻殻機動隊』のアニメ監督である押井守さんの話を紹介します。押井監督は、イケてるSF映画の一番のポイントはプロダクトデザインがイケていることだと語っていたそうです。
今井さんも『2001年宇宙の旅』を挙げて同意します。青木さんは、ストーリーやキャラクターがよくてもクリーチャーや武器や宇宙船がダサければ誰も見ないし、逆にストーリーがつまらなくてもデザインがすべてイケていれば見る人は多いだろうと話します。
実は審美性っていうことは極めて重要なんだなって、僕それを見て思ったんだよね。
青木さんは、合理性・倫理性・審美性が高度に調和した形を作れたら、それは卓越していることだといいます。少なくともある一時期のAppleがそうだったと考えているそうです。
ただし、そうあろうとするのは難しいと青木さんは続けます。儲かるなら合理性だけでいいと妥協したり、こだわりの倫理性だけを振り回したり、かっこいいかどうかだけで仕事をしたりと、どれか一つに偏りがちだからです。
青木さんによれば、合理性・倫理性・審美性の3つが高度に調和し、卓越している状態こそが「美しい事業」だといいます。
企業の美しさは、どの層まで見通せるか
今井さんがAppleのほかの例を尋ねると、青木さんは他者への興味が薄いので事例をすぐ出すのは難しいとしつつ、一企業の美しさをどう見るかという考え方を語ります。
青木さんによれば、外から見て最初に目に入るのは、商品やサービス、ユーザー体験です。その奥にオペレーションやインフラがあり、さらに組織、財務、戦略、経営者の哲学がある、という多層構造になっています。
青木さんは、この層が一つのコンセプトから見て見事に調和していたり、破綻寸前なのにギリギリでバランスが取れていたりするものを、かっこいい、美しいと感じるといいます。
青木さんは、それが意図して作られている場合だけでなく、意図せずやってみたら気がつけばこうなっていた、という場合もかっこいいと話します。コンセプトを精緻に詰めた作品も、絵の具を偶然に任せて飛ばした結果一貫性を持った作品も美しい、というアート鑑賞の感覚に似ているそうです。
うどん屋「まるか」の暖簾はなぜ美しいのか
今井さんは、オフィスのある神保町で思いついた2つの例を挙げます。1つ目は、オフィスの裏にある東京で最も有名なうどん屋の一つだという「まるか」です。
まるかは毎日大行列ですが、オペレーションが異様に優れていて、列はすごいスピードではけていきます。今井さんによると、経営者は元電通で、うどんに惚れ込んで自ら打っているそうです。デザインもかっこよく、フォントは1種類しか使っていないといいます。
今井さんは店員の様子にも触れます。ニコニコはしていないものの不快ではなく、歓迎されている感じはあるそうです。並んでいる間に注文を取り、着席するとすぐうどんが出てくる仕組みになっています。
その暖簾のその裾のところがめっちゃボールペンで汚れてるんですよ。注文聞いて戻るから。
1.5mほどある白い暖簾を、店員が注文票とボールペンを手に払いながら厨房へ戻るため、裾がペンの跡で汚れていきます。今井さんはそれを「すごい綺麗なんですよね」と表現し、青木さんも「かっこいいな」と応じました。
Googleマップで★1の喫茶店はなぜ機能するのか
今井さんの2つ目の例は、神保町のコインランドリーの2階、屋根裏のような場所にある「おとなりコーヒー」です。2〜3年前にできた店で、居心地がよくコーヒーもおいしく、今井さんは一人でも通っていたといいます。
ところがGoogleマップで見ると評価は1.2点ほどでした。態度が悪いわけでもないのにと不思議に思ってレビューを読むと、1点をつけながら絶賛している投稿ばかりだったそうです。
その店頭にレビューは1でお願いしますって書いてある。
今井さんによると、店主はネット社会に警鐘を鳴らしたいわけではなく、「それでおいしいの面白くない?」という気持ちでやっているそうです。点数だけを見る人は来ず、レビューを読んで「何これ」と思った人が行くので、仕組みとして機能していると今井さんは見ています。
青木さんは、この喫茶店の★1戦略を三角形で読み解きます。点数だけで来る人が集まる場所になりたくないという倫理観、★1なのにおいしいのはかっこいいという審美、そして大きな店ではないので本当に好きな人が繰り返し来るほうが合理的だという計算が揃っている、という見方です。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 倫理 | 点数だけで来る人が集まる場所になりたくない |
| 審美 | ★1なのにおいしいのはかっこいい |
| 合理 | 大きな店ではないので、店を好きな人が繰り返し来るほうがいい |
青木さんは、さらに誰も思いつかないやり方である点に面白さが乗っていると評価します。そして、こうした鑑賞は実は誰もが普段からしていることだと続けます。
一番儲かっているわけでも、一番高級でも、一番正しいわけでもないのに「絶妙に美しい」と語られるものがある。青木さんは、そうした美しさを企業の規模に関係なく同じ土俵で楽しみたいといいます。
大谷翔平選手のグローブ寄贈は何が美しかったのか
今井さんはこの話を聞いて、一昨年ごろの大谷翔平選手の取り組みを思い出します。野球はお金のかかるスポーツなので、野球を盛り上げるために、大谷選手が全国の小学校にグローブを贈ったという話です。
今井さんによると、贈られたのは大谷選手が契約しているニューバランス ── アメリカ発祥のスポーツ用品ブランド。スニーカーで知られ、野球用品も手がけていますのグローブでした。今井さんは、公立の学校に企業が寄付するのは多分難しいので、大谷選手個人からの寄贈という形を取ったのではないかと話します。
今井さんはさらに、大谷選手も大金を出しているはずだが、半分くらいはニューバランス側が負担するような卸値になっているのではないかと推測し、「これ考えた人すごいな」と感じたといいます。
青木さんは、まさに合理・倫理・審美がかみ合った例だと応じます。そのうえで、こうしたものは「美しい」以外にも「いい企画」などさまざまな言葉で、みんなが同じように評価しているのだと話します。
クラシコムは三角形をどう大きくしてきたのか
今井さんが、クラシコムがより美しくなるために合理・倫理・審美のどこかに課題はあるかと尋ねると、青木さんは「ずっとバランスを意識して経営してきたので、足りないところは実はそんなにない」と答えます。
ただ、青木さんによれば、バランスを成立させられるサイズは常に変わります。綺麗な三角形を作ること自体は意識すればできますが、それを一回り大きな三角形にしていくことを、クラシコムはずっとやってきたといいます。
そのためには、一度美しくできたものを壊していびつにする作業が必要です。たとえば倫理観を優先して「こうありたい」を掲げても、クリエイティブや経済合理性がまだ追いついていない、という状態が生まれます。
調和
合理・倫理・審美のバランスが取れた三角形ができる
物足りなさ
完成すると「ちっこい作品だな」と感じてしまう
破壊
美しく出来上がったどこかを自ら壊し、いびつにする
追いつく
足りない要素を伸ばし、一回り大きな三角形を目指す
青木さんは、クラシコムについては課題があるというよりずっと無様だと思っていると話します。社員からは、せっかく無様な状態を耐えて綺麗になったのだから、もう少し楽しみましょうと嫌がられるそうです。青木さんもそう思いつつ、「作家ってそういうものだから」と語りました。
「小刻みに壊す」クラシコムの経営スタイル
今井さんが、合理・倫理・審美のどれを優先するかの順番は会社ごとにあるのかと尋ねると、青木さんは『シャインポスト』を例に、カードゲームのように何をどの順で出すかにスタイルが出ると答えます。
青木さんによれば、まず儲けてからという人、応援されるためにまず正しくあろうとする人、かっこいいことを追求すれば後はついてくるという人がいて、多くの会社は優先順位が明確だといいます。
一方、クラシコムは「ちっちゃい三角形を先に作ろう」から始まり、早め早めに小刻みにバランスを取っていくそうです。大きく壊すのではなく、少し壊して少し大きくする、を繰り返しています。
そのため外からは手堅い会社と見られがちですが、青木さんは、Eコマースのモールをやめる、BtoBの仕事を始める、北欧なのに北欧以外のものを売るなど、創業時と比べると変化量は相当大きいと話します。
経営者の個性や動機に沿って、合理・倫理・審美のどれかを優先する
小さな三角形から始め、少し壊して少し大きくすることを小刻みに繰り返す
青木さん自身は、儲けたい、あり方を通したい、かっこよくありたいという気持ちはどれもあまりなく、ただ調和したい、いろいろな人と「これでいいよね」と言いたい気持ちが強いといいます。
合理をおろそかにする編集者と「無」の経営者
今井さんは、自分は合理をおろそかにしている自覚があると打ち明けます。今井さんの優先順位は倫理、審美、合理の順になっていて、少しいびつだといいます。
(僕は)なんか合理をおろそかにしてる自覚がすごい。
青木さんは、それはこうしたいという世界があるからではないかと応じ、クラシコムの共同創業者である佐藤さんを例に挙げます。佐藤さんはやりたいことや作りたい世界が明確で、バランスを取ること自体には本質的にはあまり価値を見出していないそうです。
ただ、バランス型の青木さんと長い距離を走ってきた実感から、佐藤さんも途中から青木さんの考えに一理あると思ってくれるようになったといいます。
無だから、バランスって一番つまんないことに美しさを感じられるっていうところがあるんだと思うんで、あんまいいことじゃないのかも。
三角形を鑑賞する社会は経営をどう変えるか
今井さんがどう整えていけばいいのかと尋ねると、青木さんは、三角形にかっこよさや美しさを見出して楽しむこと、つまり見る側の変化を提案します。
青木さんによれば、経営者も単に儲かっているかやクリエイティブがかっこいいかではなく、バランスの取り方を見てもらえるほうがやりがいがあるといいます。このバランスこそが事業価値の本質なので、本質に向き合えば褒められる世界になるからです。
今井さんがパタゴニア ── アメリカのアウトドアウェアブランド。環境保護を経営の中心に掲げることで知られていますを挙げると、青木さんも同意します。何かが一番だからではなく素敵だと感じる会社は、どこかしら三角形の美しさを持っているのだろう、と青木さんは締めくくりました。
まとめ
この回では、アイドル事務所経営ゲームを入り口に、合理・倫理・審美の三角形が高いレベルで調和したものを「美しい事業」と捉え、その鑑賞の仕方を考えました。まるかの暖簾や★1の喫茶店、大谷選手のグローブ寄贈などの例を通じて、規模や儲けとは別の物差しで仕事を楽しむ視点が示されています。
- 青木さんは、美しい事業を合理性・倫理性・審美性が高度に調和した状態と定義している
- 倫理は社会から要求される道徳とは異なり、誰にも強制されない「こうありたい」に忠実であることを指す
- 審美性が欠けて「ダサい」ままだと、合理的で倫理的でも卓越しないと青木さんは考えている
- クラシコムは小さな三角形を作っては少し壊し、小刻みに大きくすることを続けてきたという
- 見る側が三角形の美しさを鑑賞すれば、経営者は本質的な価値に向き合うほど評価される世界になりうる


