遅刻の言い訳は「もう一つの大宮」?
収録は東京・国立で行われ、今井さんの遅刻から始まります。中央線の遅延に加えて、乗り換えで電車を逆方向に乗ってしまったといいます。
東京に住んで15、6年目になる今井さんは、乗り間違いの話から学生時代の失敗談を思い出します。浦和レッズとマンチェスター・ユナイテッドの試合を見に埼玉スタジアムへ向かったときのことです。
大宮ってとこに行くんだというのでセットしてたら、大宮って千葉にもあるんですよ。
当時はGoogleマップもなく、車のナビの拡大範囲だけを頼りに進んでいた今井さんたちは、海やディズニーランドらしきものが見えても気づかずに千葉の大宮で降りてしまいます。ガソリンスタンドで尋ねて間違いがわかり、高いチケットを取っていたのに後半しか見られなかったそうです。
青木さんは「でも後半見れたんだ、よかったね」と返し、最後は「5分前行動でお願いします」と締めて本題に入ります。
老後の時間、そもそも取る予定はある?
今回のテーマは「老後は田舎でのんびり暮らしたい?」です。今井さんは、静かな場所でのんびり暮らす老後がテレビやメディアでよく理想として語られていると切り出します。
さらに今井さんは、リモートワークの普及でそうした暮らしを早めに始める人も増えている、あるいは以前からいたけれど見えるようになったのではないかと指摘します。
老後の時間を取る予定があるかと聞かれた青木さんは、未来のことはあまり考えていないと答えます。老後にやりたいことは特にない一方で、ずっと一線にいたいわけでもないといいます。
今仕事続けてるうちに何か邪魔がられる瞬間来るだろうなって思って。邪魔がられたらやめようって思うし。
青木さんは逆に、本気でいてほしいと思われているのに「俺には俺の人生がある」とリタイアしたい気持ちもないと話します。
今井さんは、日本の経営者には孫正義さんや稲盛和夫さん、ニデックの永守重信さんのように、最後まで現役を続ける人が多いと続けます。孫さんが一度後継者としてニケシュ・アローラ氏を迎えたことにも触れています。
二人は、老後とは引退後のことであり、社会的な役割や家族への責任を一通り果たし終え、自分の都合だけで生きられる状態を指すのだろうと整理します。
自然回帰も都心もない、郊外という「ちょうどいい」場所
週末によく山の方へ出かける青木さんに、今井さんはそういう場所に住みたいかと尋ねます。青木さんの答えは、ずっといたいとは思わない、というものでした。
青木さんは、YouTubeやNetflix、Amazonで届く本があれば困らないといいます。ただ住むなら、近所にスタバやコンビニ、本屋、映画館が少しあるほうがいいと考えています。
今ね、ちょうどいいのよ。国立って結構緑も多いし、高い建物もないから、空もすごい広いし。
国立は静かでありながら、本屋もスタバもコンビニもある郊外です。青木さんは、都心でゴリゴリ働いている人ほど、バランスを取るように老後は自然の中でと思うのかもしれないと推測します。
普段電車に乗らず歩いて仕事に行く青木さんにとって、極端な自然回帰もなければ、都心にも住めないというのが今の実感です。
なぜ青木さんは国立に住み続けたのか?
青木さんが最も都心に近づいたのは、独身最後の20代後半に住んだ墨田区の向島で、それも1年ちょっとだったそうです。
今井さんが「世代的にはみんな真ん中に行きたかったのでは」と聞くと、青木さんも港区や世田谷区に憧れはあったと認めます。ただ、若い頃はお金がなく、向島が限界だったといいます。
その後、青木さんは国立で起業したため、会社があるのに世田谷に住む意味はないと考え、行きがかり上国立に住むことになりました。子どもが保育園や小学校に通い始めると、さらに動きにくくなったそうです。
気がついたら本当にもうずっと国立住んでるうちに、国立、考えればこれ超いいのかもって。
青山や世田谷の住宅街への憧れについても、青木さんは「今思ったら住めない」と話します。郊外でのんびり過ごして50歳を過ぎると、街の持つテンションや高い建物の近さに圧を感じるからだといいます。
港区や世田谷、青山に住んでみたいという憧れがあった
国立で長く暮らすうちに郊外の良さに気づき、都心には圧を感じて住めないと思うようになった
兼業農家育ちには米作り体験の楽しさがわからない
今井さんは滋賀県の琵琶湖のそばで生まれ育ちました。家から徒歩で行ける書店も図書館もなく、どこへ行くにも車が必要だったといいます。
今井さんが中学生の頃、徒歩20分の場所にコンビニができ、自力で雑誌が買えるようになりました。さらに当時はデジキューブという会社を通じて、コンビニでゲームが売られ始めた時期でした。
当時の僕はやっぱ祖母といかにおもちゃ売り場に近づくかっていうことを考えて。
ファイナルファンタジーVIIやバイオハザード2がコンビニで買えるようになり、今井さんにとっては「向こうから来てくれた」感覚だったそうです。
実家が兼業農家 ── 農業以外の仕事からも収入を得ている農家のこと。会社勤めをしながら週末や休暇に田畑の作業をする形が多く見られますだった今井さんは、米作り体験や芋掘りの何が楽しいのか本当にわからないといいます。
普通の人がさ、あの普通の人の家の家の掃除手伝ってキャッキャ言ってるみたいな、そういうのに近いふうに感じるよね。
今井さんの家では、ゴールデンウィークは基本的に田植えで、土日も畑仕事でした。そのため今井さんには、強い自然への憧れはないといいます。
理想は東京と快適な場所の2拠点生活
それでも今井さんは、いろいろな家を訪ねるうちに、景色のいい場所の良さは感じるようになったと話します。同世代でも東京以外で素敵な暮らしをしている人が増えています。
いい季節とそうじゃない季節、どこでもあるじゃないですか。でも大体いい季節に伺うから。
そこで今井さんが描く理想の老後は、東京と、ほかに小さくてもいいので快適な場所に家を2つほど持つ多拠点生活です。花粉の時期は北海道へ行く、といった暮らし方を思い浮かべています。
ただし今井さんは、そのためには健康でいる必要があり、かかりつけ医が必要になると動けなくなるとも付け加えています。
ゆっくりすることは、むしろ疲れる
青木さんは、老後にとにかくゆっくりしたいという感覚がよくわからないといいます。若い頃に毎日働かない時期を経験し、ゆっくりすることの苦しみを知っているからです。
なんか適度に嫌なことがあるっていう、日々、めんどくせーとかいうことがあるっていうことの方がなんかまだマシっていうか。
(苛立ちが)ないって本当に辛いのよ。もう本当に辛い、無重力って。
青木さんはここで村上春樹さんの「雪かき」の比喩を持ち出します。降り続ける雪のように、終わりがなく、意味があるのかもわからない面倒なことが日々あることが大事だと考えています。
青木さんの家事分担は、家中の掃除、1日の食器や調理器具の洗い物、そして庭の手入れです。もともと家事は大嫌いだったものの、メンタルが落ちているときにはありがたいといいます。
なんかとりあえず体を動かせばいいし、片付いたりすっきりしたりする。
悩み事があるときによく運転するのも同じ理由です。運転に注意が向くと悩みに割くリソースが減り、気分が少し楽になるといいます。
手を動かす
家事や運転など、しょうがなくやる作業をする
注意が移る
作業に注意が向き、悩みに向けるリソースが減る
小さな達成
片付いたりすっきりしたりして、気分が少し楽になる
「しょうがなくやる」ことの価値とは
青木さんは、PTAやマンションの理事会のような面倒な役回りも、自分は絶対に嫌だとしつつ、回ってきたものを引き受けるほうが何もないよりずっと幸せではないかと話します。
青木さんの考えでは、意味があるのかわからない面倒なことをしょうがなくやる割合を一定持っておくことが、しんどくならないために必要です。
晩年に「人生に意義があった」と思えるのは誰か?
青木さんは、出典は覚えていないと前置きしたうえで、ウェルビーイング ── 身体的・精神的・社会的に良好な状態を指す概念。単に病気がないことではなく、満たされた状態を幅広く捉える考え方ですの文脈で聞いた調査の話をします。さまざまな国や立場の人に、晩年に自分の人生に意義があったかを尋ねるものだったそうです。
青木さんによれば、その調査では現役時代にものすごく苦労した人ほど、人生に意味があったと答える傾向があったといいます。特にその傾向が強く出たのが、ホロコーストの生き残りの人たちだったとされています。
なんかまあ本当のとこどうかわかんないけど、なんか想像するとなんかわかる気がするじゃない?
逆に、人生に意味を感じられないと答えたのは、現役時代にあまり苦労も悩みもなかった人たちだったといいます。青木さんはここから、何が幸せなのかを問い直します。
晩年、自分の人生には意味があったと答える人が多かった
晩年、人生に意味を感じられないと答える傾向があった
青木さんは、老後にのんびりしたいと思えている今こそが幸せなのかもしれないと話します。実際にのんびりできたとき、人は「あの時が幸せだったんだな」と思うのではないかというのです。
未来の苦労はストレス、超えた苦労は自分を元気づける
青木さんは、祖父世代の戦争体験者が、戦争に行った者同士で当時を懐かしく振り返る様子を見たことがあるといいます。もちろん悲惨なことや苦労も多くあったうえでの話です。
青木さんは、未来に嫌なことがありそうだと萎えるのに、過去に乗り越えた思い出は自分を力づけ、楽しませてくれるという非対称を不思議がります。
怖く、ストレスになり、気持ちが萎える
懐かしく、自分を力づけ、楽しませてくれる
青木さんは、この番組を30年後も続けていたら82歳と70歳で楽しいだろうと笑います。そして、FIREやリタイア、山小屋暮らしを夢見ているその瞬間こそが、最高に幸せな状態かもしれないとまとめます。
トラブルシューターだった父が繰り返す思い出話
青木さんの父親は、60歳で会社をスパッと辞めて引退したタイプです。ソフトウェアの仕事をしており、難しい案件を任される火消し役、トラブルシューターだったようです。
生半可というか生じっか、それが何回かさ、解決できちゃうとさ、「じゃあまた青木じゃね?」みたいなことになる
引退から20年近く経った今も、父親はその頃の話を何度もするそうです。社長が大見得を切って受注した案件をアメリカのアトランタの会社に外注したところ、見に行ったらコードが1行も書かれていなかったという出来事です。
青木さんが中学生か高校生の頃、父親がアトランタに行ったきり何か月も帰ってこない時期があり、その事情を最近になって知ったといいます。当時は地獄でも、今振り返れば一緒に働いた人と会うと楽しいはずだと青木さんは想像します。
ただ青木さんは、人生100年時代に40年間同じ思い出を振り返り続けることが幸せかはわからないとも話します。80歳になっても面倒なことに怒りながら取り組むことが、90歳になって語れる充実のネタを生み出すのだと考えています。
老後ゆっくりしたいなと思えてるって素敵だなとも思うし。でもなんか実際ゆっくりできちゃうことに本当になっちゃうのも怖いなとも思うし。
絵に描いたような父の老後と、真似できない理由
青木さんの父親は今、埼玉の郊外にある実家の団地の近くに小さな小屋を建て、アトリエにしてずっと絵を描いています。今井さんは「絵に描いたようないい老後」と驚きます。
青木さんが父親のすごさとして挙げるのは、始めたことをずっと続ける点です。突然パスタ作りに目覚めて10年、20年単位で毎週作り続け、引退後は日本料理学校に通っておせち作りにも取り組み、今も黒豆を煮ているそうです。
糖尿病のために始めた水泳も続けているといい、青木さんは「全部三日坊主になる」自分にはかなわないと話します。
実際自分で描いたらなんか納得いかない絵しか描けなくて、もうすぐやめたくなってやめちゃうみたいな感じになっちゃうと思うから。
そのため青木さんは、老後にスパッと仕事を辞めるのは無理だと考えています。一方で、求められていないのに居場所を確保するのもしんどく、邪魔にされてきたと感じたらすぐ辞めたくなるといいます。
今井さんが妹さんについて尋ねると、青木さんは妹の佐藤さんのほうがやることを完遂する人で、クラシコムが続いているのは8割方妹のおかげだと話します。
相談される今井さん、相談されない青木さん
青木さんは今井さんに老後の希望を聞き返し、ゆっくりしたいタイプか、力尽きるまで動き続けたいタイプかで分かれると指摘します。
今井さんは、自分でもよくわからないとしつつ、1人の時間は好きで必要だと話します。一方で、課題を抱える人を誰かに紹介するなど、困っている人を助けるのは割と好きだといいます。
僕のカレンダー結構相談っていうのが入ってて、それはされる方なんですけど。
今井さんのもとには、フリーを続けるか迷う人や独立を考える後輩からの相談が多く寄せられます。世の中の役に立っている感覚があり、こうした関わりは一定続けたいと考えているそうです。
青木さんは「ニーズがあった方がいい」と共感しつつ、自分はあまり相談されないとこぼします。怖がられているわけではないとすると、相談しがいがないのではないかと自己分析します。
青木さんが「相談しがいのない人」になる理由
今井さんは、青木さんは最終的に励ましたり勇気を与えたりはしなさそうだと指摘します。青木さんも「やりたきゃやればいいんじゃない?」となってしまうと認めます。
青木さんの説明では、相談に来る人は一番情報を持つ本人が難しいと感じていることを持ち込むため、誰が見ても難しい問題であることが多いといいます。
結構ね、僕の回答が、それもうやめた方がいいんじゃない?になるケースが多いのよ。
青木さん自身、難しいことを延々と悩むより、無理だと判断してダメージ少なくやめ、次に行く方法に目が向きやすいといいます。10相談されたら7くらいはやめる話をしていそうだと話します。
青木さんは、相談者が責任感から抜けられずにいるのを見ると、こうすればやめられると具体的に話してしまうそうです。続けたくて相談に来た人にとっては、がっかりする答えかもしれません。
難しい相談が来る
本人が難しいと感じる問題が持ち込まれる
しんどさを見る
相談に来る時点でしんどそうだと受け止める
やめ方を考える
どうすれば綺麗にやめて次へ行けるかを話す
相談者が落胆する
続けたい人にとっては期待と違う答えになる
今井さんが「やめたい人は青木さんのところに来るといいかもしれない」と言うと、青木さんは「やめるの得意よ俺」と笑い、この回は締めくくられます。
まとめ
「老後は田舎でのんびり」という憧れは、郊外暮らしの心地よさや兼業農家育ちの実感から見ると、必ずしも誰にとっても理想とは限りません。青木さんは、面倒なことをしょうがなくやる日々こそが心を支え、のちに人生の意義や懐かしさにつながるのではないかと語りました。
- 青木さんは国立のような郊外を「ちょうどいい」と感じ、自然回帰も都心暮らしも望んでいない
- 兼業農家で育った今井さんは自然への強い憧れがなく、理想は東京と快適な場所の多拠点生活
- 青木さんは、家事や役回りなど「しょうがなくやる」面倒なことが精神衛生に良いと考えている
- 未来の苦労はストレスだが、乗り越えた苦労は自分を元気づけるという非対称が語られた
- のんびりしたいと思えている今こそが幸せなのかもしれない、という逆説が示された




