コンサルに入ったのに点検会社へ。尾花さんとの出会い
なかけんさんの回想は、神輝興産の現オーナーである尾花さんとの出会いに入ります。当時、尾花さんは某コンサル会社に社員として在籍していました。自分で事業をしながら、勉強のために来ていた時期だったそうです。
なかけんさんもふらっとそのコンサルに行ったものの、社内には誰もいませんでした。始まったばかりの点検業務が忙しすぎて、みんな現場に出っぱなしになっていたのです。
(コンサルに)行ったけど、何も仕事も何もなくて。どないなってんねんここはみたいな思ってたら、なんか点検が忙しすぎるみたいな。
なかけんさんは「そっちに来てほしい」と言われるまま、点検をがっつりやる会社へ移りました。元々は補修工事の会社で、点検にも手を伸ばしたばかり。集まっていたのは点検が初めての個人事業主ばかりで、尾花さんがその間に立って取りまとめていました。
コンサルに入ったのに、受け会社に行ってくれって言われて。
なかけんさんは、この現場で尾花さんと出会い、「おもろい人やな」と感じたと振り返ります。
伝説の点検員のもとで1年。仲間を集めて会社が始まる
点検の大きな業務は1年で終わります。その後どうするかとなったとき、尾花さんはなかけんさんに、点検をしっかりやっている別の会社へ勉強に行くよう勧めました。
その伝説の点検がおるって尾花さんから言われて、その人について学んでこいって言われて、その人の下で1年間ずっと(その会社に)行ってたんですよ。
なかけんさんは2年目、ミクニヤという会社に個人事業主として通い、点検のイロハを学びました。
その後、初年度に一緒に働いたメンバーの1人が法人化を考え、なかけんさんと尾花さんに声をかけます。さらに知り合いを誘ってほしいと言われ、なかけんさんは友人の岡さん、へがわさん、高専時代の同級生を集めました。
天竺を目指すメンバーだ。
樋上さんが西遊記になぞらえると、なかけんさんも「猿が揃ったんです」と応じます。4人の会社に、当時は個人に戻っていた尾花さんが加わり、点検の仕事が始まりました。
メンバーはみな業界の素人でした。岡さんは以前、エアコンのクレーム処理をしていたそうで、出演者たちは「めっちゃ向いてる」と笑います。
最初に抜けて独立。個人事業主の集まりだった黎明期
4人で始めた会社は、尾花さんの傘下に入ったわけではありません。別会社として、今も現存しています。そこから最初に抜けたのはなかけんさんでした。
お互い別、個人で別で、個人同士で組んで一緒にやろうって。
3〜4年目ごろ、なかけんさんは個人事業主として独立し、尾花さんと組みます。尾花さんが集めた永瀬さんたちが加わり、岡さんは2年ほど元の会社に残ったあと合流しました。
その後、尾花さんがお父さんの急死をきっかけに神輝興産を継ぐことになり、永瀬さんたちは神輝興産の社員になります。一方でなかけんさんは、個人のままでした。
実は僕一回も(神輝興産の)社員なってないんですよ。
皆さんを採用してる時とかも、僕社員で一人だけ社員じゃなかったんですよ。
当時の現場は車で寝泊まりするほどの「スーパーブラック」でした。それでも、なかけんさんはその頃を良かったと振り返ります。
なんかみんなでやってる感がすごい。
尾花さんは、職場に机やパソコンより先にワインセラーを入れる人でした。酒を飲みながら仕事をし、永瀬さんには机すらなかったといいます。なかけんさんは、仕事が8〜9か月で、春は休めるサイクルも良かったのかもしれないと話します。
若い人を採用しよう。会社らしくなっていく転機
当時はまだ神戸ではなく西宮で活動していました。尾花さんは、個人事業主のパートナーシップのままでよいという考えで、会社を大きくすることには興味がありませんでした。
いやそれやったらあんまおもんないから、ちょっと人採用していきません?みたいな。
提案したのは、社員ではないなかけんさんでした。メンバーがみな30代以上だったため、20代を求めて採用したのが、王将の店長出身の八木君です。同じ頃、前の会社から「クレーマー王子」も合流しました。
吉田さんたちが採用されたのは、それから1〜2年後で、およそ10年前のことです。吉田さんたちが面接に来た頃には、会社は一応「会社っぽく」なっていました。
変化のきっかけは、現場も調書作成もすべて自分たちでこなす負担でした。内業を担う人を募集すると女性の応募が来るため、環境を整える必要が出てきたのです。
女性の方が来るから、ちゃんとせなあかんやろみたいな。ワインセラーマジあかんやろみたいな。
ワインセラーの撤去から始まり、尾花さんの強い主張で更衣室を確保し、打ち合わせ用のキッチンも別に借りるなど、準備が一気に進みました。仕事中のBGMは、吉田さんの入社時には有線になっていました。
ワインセラーを置き、酒を飲みながら仲間内で仕事。机もない
ワインセラーを撤去し、更衣室や打ち合わせ用キッチンを用意
「時間で縛られたくない」。社員を拒んだ理由
その後、身内のお兄さんの急死で役員に空きが出て、なかけんさんは役員就任を打診されます。個人事業主から、社員を経ずに一気に役員になりました。
社員は無理やってずっと言ってたんで。
なかけんさんが社員になりたくない理由は、時間を決められることでした。遅刻や欠席をしないことが苦手で、雇用契約で9時から6時に縛られることが嫌だったといいます。
吉田さんに、そのこだわりがいつ生まれたのかを聞かれると、なかけんさんは、以前勤めたJRでの経験から向いていないと感じたと答えます。
なかけんさんは、社員にも同じように思っていると話します。ただ、雇用契約では便宜上そうせざるを得ません。時間で縛ることへの違和感は、今も持ち続けているそうです。
社長は大変なのか? 属人化と休みづらさ
尾花さんが神輝興産を離れる際、なかけんさんが社長を引き継ぎました。吉田さんが「社長は大変ですか」と聞くと、なかけんさんは思ったより楽だと答えます。
業務を取る取らんみたいなところは僕も介入するとこありますけど、始まっちゃえば皆さんで回るんで。
社長が現場のプレイヤーとして全力で回さないといけない中小企業もあります。一方で、なかけんさんが引き継いだときには、すでに形ができつつあり、しんどさは少なかったといいます。
吉田さんが社長を大変そうだと思う理由は、属人化です。なかけんさんは「いつ休んでもいいから休みづらい」と認め、休んでいても連絡が来ると話します。
中さんは電話に出たらOKってことが多いと思うんですよ。でも中さんが電話に出なくて、吉田がええよって言ってOKになることはまずないんですよ。
引き継ぎをしておけば、休んでも困らない
判断が社長に集中するため、休みでも連絡が来る
社員と社長、リスクが大きいのはどっち?
なかけんさんは、社長には何か欠けている人や社会に適合しきれない人が多いという印象を語ります。一方で、自分で舵を取りたい人には社長が向いているとも話します。
吉田さんは、社員は目の前に目標があり、会社に行けばやることがあると話します。社長は仕事を生み出す側なので、リスクがあるという見方です。
リスクって観点ではみんな一緒な気はしますけどね。だって会社の仕事がなくなっていったら、社員にもリスクは一緒じゃないですか。
吉田さんは将棋にたとえ、王将はチームに1枚だけですが、歩はたくさんいると話します。会社員のほうが転職先の分母が多いという意味です。なかけんさんも、元社長は転職先で使いづらいと思われるかもしれないと認めます。
それでも、なかけんさんは「リスクはあまり変わらない」と考えています。社長として経験できることが多く、その広がりがリスクヘッジにもなっていると話して、第3章は締めくくられました。
まとめ
なかけんさんは、点検会社で尾花さんと出会い、仲間とともに神輝興産の土台を築きました。時間に縛られたくないという理由から一度も社員にならず、役員を経て社長になっています。
- コンサルに入ったはずが点検会社へ移り、そこで尾花さんと出会った
- 黎明期は個人事業主の集まりで、ブラックながらも「みんなでやってる感」があった
- 若手と内業スタッフの採用をきっかけに、会社らしい形が整った
- なかけんさんは時間で縛られることを嫌い、社員を経ずに役員、社長になった
- 社長の休みづらさやリスクについて、吉田さんとなかけんさんの見方は異なった






