港の盆踊りで見つけた「好き」とは?
前回の「好きはなんだろう」という話を受けて、今回はメンバー自身の好きを語ることになりました。永瀬さんがまず聞きたがったのは、樋上さんが盆踊りを好きで、仲間と集まって練習までしているという話です。
永瀬さんの周りには盆踊りが好きという人があまりいないため、何がきっかけなのかが気になったといいます。
盆踊りが好きっていうのが自分の周りにあんまりいてなくて。しかもなんかこう集まって練習されてるっていうのを聞いて、すごいなと思ったんですよ。
樋上さんのきっかけは、神戸の港で開かれた盆踊りに行ったことでした。たくさんの人が一斉に踊り、知らない人同士なのに一体感が生まれる光景が印象に残ったそうです。
みんなのこの一体感と、踊りの振りの流れの無駄のなさみたいなのが、すごい心地よくて。
樋上さんは「ずっと踊っときたい」と思うほど楽しくなり、やぐらの上でお揃いの浴衣を着て見本を踊る人たちを見て、将来あそこで踊る人になりたいとなんとなく思ったそうです。年配の方が多いイメージだったことも、この憧れにつながっています。
阿波踊り、よさこい、そして会社主催の盆踊り
盆踊りの話から、中さんは四国の阿波踊りを話題に出します。樋上さんは阿波踊りには行ったことがなく、違いは詳しくわからないと答えました。
永瀬さんは、高知出身の知り合いでよさこいの指導をしている人の話を紹介します。強いチームが多く、そのために半年ほど高知で暮らしている人もいるそうです。中さんは、よさこいはパフォーマンスとして本格的に踊るものだと受け止めています。
よさこいには、ファンとして楽しむ人と本気で取り組む人がいるという話を受けて、樋上さんにとっては盆踊りくらいの「ふわっと」した関わり方が合っていたといいます。
中さんと永瀬さんは、会社で盆踊りを開催し、樋上さんがやぐらの上で踊ればいいと持ちかけます。樋上さんは、まだ曲を聞いてどの踊りが始まるか、どこで入るかを覚えきれていないため、一人で踊り出すのは難しいと話しました。
樋上さんが今練習に通っている団体は、自分たちで祭りを開くのではなく、夏祭りの主催者から声がかかって踊りに行く形です。永瀬さんは、前の会社で企業主催の祭りやライブが開かれていたことを挙げ、場所の使い方さえ守れば開催はできるのではないかと考えています。
一方で樋上さんは、盆踊りには地域ごとの踊りがあり、伊丹の団体が神戸に呼ばれて行けるかどうかはわからないと話します。永瀬さんは、団体をわざわざ呼ぶ形にするとややこしくなるかもしれないので、SNSで知って個人的に来たという形なら問題ないだろうと話しました。
大人になると減る「一つになる瞬間」
中さんが「一体感」という言葉を拾うと、樋上さんは自分がそうした感覚を好きなのだと振り返ります。合唱コンクールや吹奏楽でも、みんなで一つになった感覚が好きだったそうです。
大人になるとそういう瞬間ってあえて突っ込んでいかないとなくないですか?
樋上さんにとって盆踊りは、どこでも開かれていて、自分もその中の一人としてみんなと同じ感覚を味わえる場でした。中さんは、祭りが大昔から続いていることにも触れ、一体感やストレス発散が人間の本能的なところにあるのではないかと話します。
「来年もよろしく」がなぜ重いのか?
盆踊りを誘う話から、メンバーの一人が「踊る行為は好きだけど、人がいっぱいいて『来年もよろしく』と言われると嫌になる」と打ち明けます。フラッと来て踊って帰る自由参加なら構わないものの、盆踊りそのものを超えて「みんなで一緒に」が迫ってくると面倒になるといいます。
中さんは「軽いノリを一人だけ重く受け止めているのでは」と問いかけます。これに答える形で、永瀬さんが自分の経験を詳しく話し始めました。
永瀬さんは、目の前の人を大事にすることは得意で、頼まれれば一生懸命に物を作り、車の運転や荷物運びも素早くこなします。ところが、その働きで存在感を出しすぎてしまうのだといいます。
来年もやろうの時に、かなりのいつもなんかキーパーソンに当てられることが多いんですよ。
永瀬さんによると、周りは一回目の成功を受けて「みんなでやったチームでまたやりたい」と考えます。しかし永瀬さん自身は盆踊りを成功させるために頑張っただけで、一体感が目的だったわけではありません。このずれを、永瀬さんは「ミスマッチ」と表現しています。
でも私はその盆踊りを一生懸命成功させるためにやっただけであって、みんなと一体感になりたいわけやったわけじゃないってなって。
また頼まれたら、評価か負担か
同じ「今年もお願い」という言葉でも、樋上さんと永瀬さんの受け止め方は正反対でした。樋上さんは頼られると、前の自分が良かったから求められていると感じて喜ぶといいます。
前の自分良かったからまた欲されてるんやって思って。そこをまず評価してもらえたって喜んじゃう。
永瀬さんは「一切思わない」と即答します。中さんが、采配する側なら頼むのは自然だし搾取のつもりもないはずだと返すと、永瀬さんは負担の量が他の人と比べて度を超えるのだと説明しました。
それが他の人よりも度を超えてくるんですよ。だから檜垣さん1、私3ぐらいの負担。
中さんは「それなら去年ほど頑張らなければいい」と提案しますが、永瀬さんは目の前のことに全力で取り組む性格なので、手を抜くことはできないといいます。そのときごとの向き合い方があるのに、前と同じ頑張りを最初から決められてしまうことに引っかかりを感じているそうです。
前の自分が評価されたと感じ、また頼られたことを喜ぶ
去年と同じ頑張りを当然のように求められ、他の人より重い負担を背負わされると感じる
断るか続けるかを分ける「目的」
中さんが「断るという選択肢はないのか」と聞くと、永瀬さんは2回目は一度引き受けて、3回目はもう完全にやらないと答えます。そのうえで、断るか交渉するかを決める基準を説明しました。
永瀬さんの基準は、物事そのものに目的があるかどうかです。いいものを目指すから頼みたいという依頼なら引き受け、仲良くするためのネタとして労力を求められていると感じたら距離を取るといいます。
依頼を受ける
「去年みたいにこれも頼みたい」と声がかかる
目的を見る
物事をよくするための依頼か、チームで仲良くやるための依頼かを見極める
目的がある
交渉したうえで引き受ける
なれ合いだけ
次の回から距離を置く
ええものを目指すから頼む、やってほしいっていう感じやったらやる。
中さんはこの話を「自分では継続するけれど、それを強要されることにすごく反応する」とまとめます。さらに「新しくこれをやりたい」という話も、見方によってはネタの一つではないかと返しますが、永瀬さんは「理由が欲しい」という自分のロジックはそういうものだと答えました。
最後は話が盆踊りに戻り、中さんが開催すれば1回目は永瀬さんが一番頑張ってくれるはず、2回目はわからない、という冗談で締めくくられました。
まとめ
樋上さんの盆踊り好きから始まったこの回は、大勢で一つになる心地よさと、その一体感が「来年もよろしく」という負担に変わる場面の両方を描いています。同じ誘いでも、評価と受け取るか重荷と受け取るかは人によって大きく違うことが見えてきます。
- 樋上さんは港の盆踊りで、大勢で踊る一体感と振りの無駄のなさに惹かれた
- 大人になると、自分がその一人になれる一体感の場は自分から探さないとなかなかない
- 永瀬さんは頑張りすぎて2回目以降に重い役割を任されやすく、それを負担に感じている
- 「今年もお願い」を、樋上さんは評価として喜び、永瀬さんは負担として受け止める
- 永瀬さんは、物事をよくする目的がある依頼なら引き受け、なれ合いのための依頼なら距離を取る






