「搾取される」の繰り返しは思い込みのせい?
この回は、前回の収録で吉田さんが話した「初年度は頑張り、2年目に搾取され、3年目に辞める」という繰り返しの続きから始まります。収録後、中さんは「吉田さんが握っている何らかの信念が、同じ出来事を繰り返させているのでは」と話していたといいます。
中さんが持ち出したのは、メンタルモデル ── 人が無意識のうちに持っている「世界はこういうものだ」という前提や信念のこと。物事の受け取り方や反応のしかたを左右するとされますという考え方です。自分の中にある信念が、目の前の出来事の受け取り方を決めてしまうというものです。
中さんは自分の例として、「僕のせいで」という信念を強く握っていると明かします。相手にそのつもりがなくても、何か言われると責められたと受け取り、反動で高圧的に出てしまうことがあるそうです。
(何か言われると)それって俺のせいって今言ってる?みたいに受け取っちゃうんですよ。
中さんは、吉田さんの「搾取される」という感覚も同じ構造かもしれないと指摘します。相手は搾取するつもりがなく、純粋に助けてほしいだけかもしれないのに、吉田さんの認知では「またこいつ搾取してきやがった」になってしまう、という見立てです。
そういうふうなフィルターを通して世界を見ているので、同じような現実がまた起きてしまうっていうロジックがあるんですけど。
信念
「どうせまた搾取される」「僕のせい」などの思い込みを握っている
フィルター
相手の言動をその信念を通して受け取る
反応
相手にそのつもりがなくても、責められた・搾取されたと感じて反応する
同じ現実
結果として似た出来事が繰り返される
3000円の経費で1000円を払わされた話
中さんの問いかけに、吉田さんは保護者の集まりで実際にあった出来事を語ります。3人で担当する役割があり、経費は基本的に割り勘という決まりでした。
その役割は、本来は外部に頼んでいて、6000円ほどかかっていたそうです。吉田さんは、少し簡素にはなるけれど自分ならできると提案し、経費を3000円に抑えました。他の2人の負担はほぼゼロだったといいます。
外部に依頼し、経費はおよそ6000円
吉田さんが自ら担当し、経費は3000円。それでも吉田さんも1000円を負担
ところが精算の段階で、吉田さんも他の2人と同じく1000円を払うよう求められます。吉田さんは「自分のおかげで負担が減っているのに払う必要があるのか」と伝えましたが、全員が払う決まりだと言われ、話は平行線でした。
払わざるを得なかった。モヤモヤした。モヤモヤした。
搾取っていうか、なんか不平等な感じ。えって。え?頑張り0円。
中さんは当初、参加費を均等に払うと決まっていたなら搾取とまでは言えないのでは、と返します。それでも吉田さんが自分から経費削減を提案していた経緯を聞き、「いいように使われた」という感覚には理解を示しました。
なぜ断れない?子どもが関わる場の難しさ
中さんは、平行線になったとしても「払わない」という選択肢もあったのでは、と尋ねます。吉田さんの答えは、子どもを通じた母親同士のつながりだったので、払わないという選択はできなかった、というものでした。
やっぱり私だけやったら別にどう言われても全然いいんですけど、ちょっと難しいですよね。
樋上さんも「お子さんが絡んでますもんね」と応じ、兄弟がいることも含めて、子どもに影響が及ぶかもしれない場では折れざるを得ない事情が共有されます。
吉田さんによると、こうしたことは繰り返し起きているそうです。家にいる母親と比べてパソコンなどが得意で、いろいろできてしまうため、その能力をうまく使われてしまう。そのため最近は、集まりにどっぷり入らず外枠にいるようにしているといいます。
「人のため」になるとオーバースイングしてしまう
中さんは、仮に吉田さん自身がいいように使われる状況を「仕向けている」としたら何をしているのか、と問いかけます。考えた末に吉田さんが気づいたのは、摩擦が起きるのは自分だけのときではなく、子どもや会社など「誰かのため」が絡むときだということでした。
会社に還元があったらいいなと思ってやったりとかすると、オーバースイングしちゃうかもしれない。
自分だけやったら結構もっとぶっきらぼうに断るんで。いや、嫌ですとか。
吉田さんは、根本では人のために頑張りたい気持ちがあると話します。ただ、人のために動くとうまくいかないことが多いため、結果的に自分のために動くようになっているそうです。
中さんはここで、前回の「1年目にめちゃくちゃ頑張る」という話も、自分の本来の力を超えたオーバーな頑張りだったのでは、とつなげます。1年目にオーバーした分が2年目にも同じように頼まれ、嫌になってしまうという流れです。
頑張った分は返ってくる?すれ違う相手の見え方
なぜオーバーしてしまうのかと聞かれ、吉田さんは「還元」という言葉を使います。力を出した相手に何かいいことがあったらいい、と思っているのだそうです。
1は自分で吸収しちゃうから、1.5来たら0.5は返るかなって。
お金とかもそうじゃないですか。自分がいる分が100万やとして、150万稼いだら50万は余るみたいな。そういう感覚。
中さんは、オーバーした労力は本来返ってくるはずでも、搾取されると返ってこない、と整理します。そして相手のほうは、吉田さんがオーバーしているとそもそも思っていないのではないか、と指摘します。
吉田さん自身も、頑張っていることが他人からは楽勝にこなしているように見えるのだろうと振り返ります。だから吉田さんが「無理」と厳しく断ると、相手は「やりたくないの?」と戸惑い、関係がさらにこじれてしまうのです。
本来の力を超えて頑張っている。超えた分は相手への還元のつもり
簡単にこなしているように見える。少し頼むくらいでいいじゃん、と受け取る
中さんは、この食い違いがすべて善意から始まっていることに目を向けます。
「頑張らない自分はダメ」という思い込み
吉田さんは、ここ5年ほどは自分のやることが充実して忙しくなったため、他人のためにオーバーすることが減ったと話します。逆に言えば、余暇があると簡単にオーバーしてしまうということです。
なぜそこまでやりたいのか、と中さんは掘り下げていきます。吉田さんは全力を尽くすのが正しいと思っており、サボると自分がダメになると考えていました。頑張っていなかった昔の自分は「マジでダメやった」とまで言います。
だから頑張ってない人間はダメってこと?ほら、きつい。
吉田さんは、人には求めていないと返します。それでも中さんは、頑張っていない自分をダメとする姿勢は、他人にも伝わってしまうと指摘します。
(頑張らない人を見たら)あ、頑張ってないなってやっぱ出ちゃう。
吉田さんは、そこが丸くなってしまうとハードなことを続けられなくなるかもしれない、と不安を口にします。中さんは、それこそが恐れから来ているのだと受け止めます。
頑張るのはいい、でも「頑張らない」を選べるか
吉田さんは、やりたいことのために必要な努力もあり、サボるとそれが遠のいて困るのでは、と食い下がります。中さんは、純粋にやりたいことのために努力するのはまったく問題ないと前置きしたうえで、問題は出発点にあると説明します。
そもそも頑張ってないとダメだってところから起点にスタートしてたら、それしんどくなっちゃうよねっていうとこです。
中さんの考えでは、頑張る自分も頑張らない自分もどちらもOKとしたうえで、目標のために頑張るほうを選ぶならフラットな状態です。一方、頑張らない自分を「なし」として蓋をしていると、そこに歪みが出てくるといいます。
頑張らない自分もOK。そのうえで、達成したいことのために頑張るほうを選ぶ
頑張らない自分は「なし」。頑張っていないとダメだという前提から頑張る
吉田さんは「頑張らない方法がわからない」と困惑し、中さんは笑いながら「重症ですよ」と返します。中さん自身も、怠けたらダメになると思っていた時期があったそうです。
でも意外に大丈夫かなみたいな。最近思うようになってきたんで。その方が自由なんです。どっちも選べるんで。
ビールとキャンプは「休む許可」だった?
吉田さんは、1日まるごと頑張らないことができないと話します。山の上でゆっくりできるのも、頑張りきった後だからだといいます。中さんは、それは頑張った後に初めて休む「許可」が出ている状態だと言い換えます。
頑張らなくてもゆっくりしたっていいじゃない。
さらに吉田さんは、ビールが好きなのも、酔うと何もできなくなるからかもしれない、と気づきます。キャンプで早くビールを飲めば、もう何もしなくていい状況になるというのです。
あえてビールが好きも怪しくなってきた。
中さんは、頑張った先で何もできない状況を作らないと休めない吉田さんのあり方を、「不自由ではある」と表現します。そして、頑張らない自分をダメにしないでほしい、と伝えます。
中さんは解き方として、何もしていなかった頃に感じきれなかった気持ちを、改めて感じてあげることが大事かもしれないと話します。吉田さんは、頑張らなかった頃より今のほうが楽しく、頑張ると次が見えて選択肢も増えるので、どうしても頑張らない方へ舵を切れないと率直に語りました。
吉田さんは「まず朝7時に起きてもいいと許せるところから始めないと無理」と笑います。7時に起きると自分を責めてしまうとわかっているから、結局5時に起きてしまうのだそうです。
「何もしていない人」は本当に何もしていない?
吉田さんは、同世代で何もしていない人を見ても、いいなと思えないとも話します。いいなと思うのは頑張っている人で、何もしていない人は話もあまりない、という感覚です。
中さんはこれを、フィルターを通した見え方だと指摘します。何もしていないように見える人でも、好きなことに夢中になっているだけかもしれないからです。
例えば好きでめちゃくちゃ昆虫ばっかり好きで、昆虫調べてて何もしてないように見えるけど、めちゃくちゃ昆虫に詳しくてとかあるかもしれないです。
中さんは、「頑張っていない人はおもしろくない」という括り方を雑だと言います。頑張っているかどうかも吉田さんの基準によるもので、その人なりのキャパシティの中で一生懸命やっているかもしれないからです。
頑張るフィルターのメガネを一度外してみると、「こんな世界があるんだ」という違う景色が見えるはずだ、と中さんは締めくくります。最後に吉田さんが「皆さんはどんなフィルターを持っているのでしょうか」とリスナーに問いかけ、回は終わります。
まとめ
この回では、吉田さんの「頑張っては搾取される」という繰り返しが、「頑張らない自分はダメ」という思い込みに根ざしているのではないかと掘り下げられました。頑張ること自体を否定するのではなく、頑張らない選択肢も持てるほうが自由だ、というのが中さんの提案です。
- メンタルモデルは、相手の言動の受け取り方を左右し、同じ現実を繰り返させることがある
- 吉田さんは「人のため」になると力を超えて頑張り、周囲には楽勝に見えるため、すれ違いが生まれる
- 根底には「頑張っていない自分はダメ」という思い込みがあり、休むにも頑張った後の許可が必要になっていた
- 頑張らない自分もOKとしたうえで頑張るほうを選ぶのが、フラットで自由な状態だと中さんは話す
- 「頑張るフィルター」を外すと、何もしていないように見える人の別の姿が見えるかもしれない





