年商140億でも「ニュートラルに軽く憂鬱」
この回のゲストは、株式会社yutori代表の片石貴展さんです。アパレル業界最年少となる30歳で東証グロース市場への上場を果たし、ブランドはアパレルが30個ほど、コスメが1ブランド、そこにキャラクター事業が加わります。
高木新平さんが「調子いい?」と尋ねると、片石さんは業績は好調だと即答します。今期は180億を目標に掲げています。
業績はいいですね、めちゃめちゃ。今期も180億目標。
ただし「業績は」という言い方には含みがありました。片石さんによれば、会社の状態と個人のムードは別物だといいます。
なんか絶好調っていう状態ってなくないですか?
なんかニュートラルに軽く憂鬱っぽいっていう感じです。
傍から見れば、会社の事業を展開しつつ、歌手デビューや著書、YouTubeまで個人でも手を広げる順調な姿です。しかし本人のベースは、常にうっすらとした憂鬱の上にあると話します。
片石さんは自分を「かなりメタ的な人間」だと表現します。この収録に臨んだ狙いも、自分自身のビジョンを言語化することにありました。
新しいなんか大きいテーマが今日見つかったらいいなっていうのも。
「若者帝国」を「偏愛帝国」に変えた理由
片石さんは、自分を象徴してきた「若者帝国」という言葉を「偏愛帝国」に変えました。理由はシンプルで「飽きた」ことだといいます。
「若者帝国」は上場した日のスピーチから生まれた言葉でした。感謝を述べるより、さらに先の目標を掲げてみせたかったのだと振り返ります。当時の売上規模が年間140億ほどで、片石さんの中で「若者帝国」は100億くらいのイメージだったといいます。
ここからさらにスケールさせる上で、若者帝国という言葉すら内包する、より抽象度の高い言葉が欲しかったこと。そして32歳になり、自分自身がもう若者ではないことも、言葉を切り替えた理由でした。
言葉を変えた背景には、怒りと愛は同じエネルギーだという実感があります。片石さんは、怒りをその熱源の稚拙で瞬発的な表現、愛をその熱源の上手で持続的な維持の仕方だと捉えています。
つまり、そう、持続的だし、親の愛をその瞬間に感じることって難しいですよね。
つまり20代後半とかの自分は、じゃあ偏愛って言葉を言ったとしても、言葉が浮く感覚があったっていうか。
高木さんは「愛に気づくの早くない?」と問い返します。子供が生まれたわけでもない片石さんは、明確なきっかけを言い当てられません。創業メンバーに子供が生まれ、戻ってきて働く姿に「愛がある会社だな」と感じたのかもしれないと語ります。
ただし片石さん自身、それだけではないと認めます。今の段階は、愛に気づいたというより、愛という言葉を言っても恥ずかしくないくらいの感覚で、愛の形はこれから探していく決意表明だといいます。
怒りはどこから来たのか、なぜ会社は尖っていったのか
高木さんは、逆に怒りのやり方に限界を感じたことはあるかと尋ねます。yutoriを立ち上げた頃、恵比寿のカフェで会った当時の世界観は、今より柔らかく牧歌的だったと2人は振り返ります。古着女子が広がっていた時代です。
高木さんは、当初は怒りより先に牧歌的な雰囲気があった印象だと話します。それがロゴや「若者帝国」という言葉を通じて、むしろ尖っていったように見えたといいます。
片石さんによれば、最初は「僕たちだけのユートピア」を目指していました。当時のTwitterはクラスタごとにコミュニティが分断されクラスタ ── 共通の趣味や関心でゆるやかにまとまった、SNS上の集団や界隈のこと。、スタートアップ的な文脈の外から出てきたyutoriは、最初のプレスリリースがバズって小さな社会に発見されます。
しかし秘密基地は、気づかれていないからこそ成立するものです。そこに大人が入ってきて「雨の時どうするのか」と指摘されるような感覚が、片石さんにとっての怒りの源でした。
うざいなと思ったんですよ、それは。むかつくなみたいな。わかってねえなみたいな。わからせたい。
高木さんは、その尖りは周囲の期待によるものか、自分の中にあるものが目覚めたのかを尋ねます。片石さんは、目覚めていった部分が強く、根深い怒りがあったと答えます。
怒りの正体は、二項対立の中にはめられることでした。「好きなことをやっていたら稼げない」「楽しそうだから本気でやっていないだろう」といった枠組みです。
なんかこう、こうでなきゃ困るっていう枠組みの中にはめられることがすごい嫌だったかもしれないです。
その後、ミッションも「臆病な秀才の最初のきっかけを作る」から「はぐれ者を強者に」へ変わります。ZOZOグループとのディールを経て、上場というハードルに向けて馬力をかけていったこと、若いインフルエンサーの会社を買収したことも、加速の要因でした。
片石さんは、ストリートカルチャーに特化していた当時、ヒップホップ的な成り上がり精神を自分に取り入れて武装したと語ります。ドラゴンボールのセルが吸収して姿を変えていくようなイメージだと、高木さんが例えます。
なぜ、あの本は「ゆとりくんらしくない」のか
話題は片石さんの著書『自分の言葉で話せるようになりましょう』に移ります。1年ほどかけて作り、うまく言語化できたと手応えを語ります。
本の中で片石さんが特に気に入っているのが、センスの定義です。
一着1000円の全身古着でもかっこよく見える人と、ハイブランドを着てもかっこよく見えない人がいる。それは資本と関係ないという例です。言葉のおしゃれとファッションのおしゃれは近く、誰が言うか、誰が着るかが本質だと片石さんは説明します。
一方で高木さんは、この本には引っかかりを覚えたといいます。言葉の内容(何を言うか)は片石さんなのに、書き方(どう言うか)が別人のように感じたのです。
もうhowが全然ゆとりくんじゃないなっていう。
これは意図的なものでした。編集者との共著であり、目標は100万部。片石さんは、自分のガリッとした個性をあえて除いて表現したと明かします。「若者帝国」で自分らしさは出したので、この本は違うアングルで書きたかったといいます。
本ってその流通するもので、なんか本屋でパッて手に取ったものが結果ゆとりくんで、あ、こういう人なんだみたいな。
高木さんは、これも一種の挑戦だと受け止めます。「経営者の書く本は自伝でしょう」という前提に対して、ハウツー解説本でここまでいけると示したかったのではないか、という見立てです。
資本主義とカルチャーの間で、なぜ社会化してしまうのか
高木さんは、片石さんが資本主義のバランスとカルチャーのバランスの絶妙な位置に居続けていると指摘します。会社の資本主義ゲームが激しくなるほど、カルチャー活動は濃くなることでバランスを取るのではないか、という読みです。
片石さんはこの見立てを「真理をついている」と受けます。趣味でやったことが仕事になり、誰かの期待が入ってくる。社交的でコミュニケーション能力もあるため、活動が社会化してしまうといいます。
だから社会化せずにはいられないみたいな。
ブランドは削ぎ落としていくものですが、片石さんは削ぎ落としが苦手で、全部取り込んでしまうといいます。千と千尋のカオナシに例えられるほどです。ライブでも一人になるより友達を呼びたくなり、音楽事務所のマネージャーとよくぶつかると語ります。
そこで今年は意識的に、友達ではないものには極力出ないと決めました。ビジネスメディアや討論系には出ず、対話的でチルな場を選ぶという線引きです。その根っこにあるのは「期待に応えたい」という性質でした。
親から愛されて育った長男っていう感じだと思います。
自分と向き合う一人の時間についても話が及びます。片石さんは、曲を作るような「向かっていく一人」はよくても、ただ広く一人になるのは難しいと語ります。一人でいてもアルゴリズムに侵されて終わりそうだと自嘲します。
アルゴリズムレイプタイムになって。結果これ何がしたかったんだっけ?とか普通になりそうだな。
高木さんは、以前ゲストに来た亀山さんが定期的に一人旅で自分との対話時間を取っている例を挙げます。片石さんは、発信すると文脈の違いすぎる人と会いすぎてしまい、去年はバランスをかなり崩していたと明かします。
どれが本当の自分なんだみたいな。なんか錯乱状態に近い。
活動の幅を広げているように見えて、片石さんの感覚ではむしろジャンルを狭めているといいます。奥行きは深めつつ、出る場を絞ることで、今はちょうどいいバランスになっているという認識です。
堤清二を手がかりに探る、片石貴展の「最大の成果」
片石さんは、自分の生存戦略を「矛盾を統合すること」だと語ります。極端なものをメディアはフォーカスするが、細部にこそ神が宿る。何かと何かを混ぜるのがタオ的だと考えています。
矛盾を統合することが色気であり魅力じゃないですか。
高木さんは、片石さんが目指すべき人物として、西武・セゾングループを率いた堤清二さんを挙げます。経営をしながら別名で純文学を書き、パルコや無印良品を通じてカルチャーを大衆のものにした人物です。
高木さんは、堤清二さんが80年代の渋谷に文化施設を持ち込み、渋谷という街と時代の文化そのものを作ったと語ります。そのうえで、片石さんにとっての「渋谷」に当たるものは何かと問いかけます。
片石さんは、一個一個のブランドより概念的なことが好きだと答えます。そして自分の役割を、資本と文化の間に立つことだと語ります。
この無限じゃないけど、そこの間に立てるのは自分しかいないと思ってるんで。
資本主義のど真ん中で富を獲得し、それを若い才能あるクリエイターに還元したい。自分たちがいなければ金持ちにもプロップスも得られなかった、というクリエイターをたくさん生み出したいという欲望です。
一方で片石さんは、自分は排他的でいられないタイプだからこそ、排他的なアーティストに強くかっこよさを感じるといいます。フリッパーズや初期のくるり、Suchmosのような、刹那的で排他的な自己表現への憧れです。
「ゆとり」のイメージを変えた、時代を捉える才能
高木さんは、片石さんの現時点での最大の成果を尋ねます。片石さん自身は「上場企業の社長なのにめっちゃ楽しそう」と答えますが、高木さんの見立ては別にありました。
高木さん自身がゆとり世代であり、当時「ゆとりでしょう」「やる気ないんでしょう」と面接などで言われた経験を語ります。大人が勝手にラベリングし、大人がディスるという、いじめのような構造がそこにありました。
大人が勝手に決めてラベリングしたのに、俺らがあれだったらまだしも、大人が決めて大人がディスってるみたいな。
片石さんは、社名を「yutori」と名付けたのは狙い通りだったと明かします。生活にゆとりがなかった自分がゆとりを欲しかったこと、クリエイティブに余白は不可欠なこと、そして株式会社ゆとりが上場の掲示板に出る「社会彫刻」的な面白さです。
高木さんは、これを片石さんの才能だと位置づけます。世の中の集合的無意識のような時代観を捉え、ラベリングされたイメージをひっくり返す力です。同時代を生きた者として感謝していると伝えます。
たどり着いた1つの言葉、「ひっくり返す」
片石さんは、ミッション「はぐれ者を強者に」の元が「turn stranger to stronger」だと説明します。strangerとstrongerは一文字違いで意味が変わり、changeではなくturn、つまり視点の転換を提案する言葉でした。
この視点の転換こそセンスだし、視点の転換を誘導でき、するためには力がないといけないと思ってます。
いじめられっ子の絵の才能を、クラスの人気者が「すごくない?」と言うことで空気が変わる。そういう存在になりたいのだと片石さんは語ります。しかし日本語にすると「はぐれ者を強者に」となり、肝心の「turn」の部分が抜け落ちてしまいます。
高木さんは、大事なのは対象物ではなくturnの部分だと指摘します。はぐれ者でも強者でもゆとりでも、対象は何でもよく、重要なのはひっくり返すという動詞なのだ、という整理です。
この整理に片石さんは強く反応し、それをミッションにすると即決します。オセロのように、黒が多ければ黒が勝ち、白が多ければ白が勝つ。どちらか一方が絶対に正しいわけではないという、ドライで二元論でない感覚が、片石さんの思想と噛み合いました。
黒が勝ちの時もあれば白が勝ちの時もあるわけじゃないですか。つまり意味がないっていう。
片石さんは、新しいEPの一曲目「ファッション」を例に挙げます。「昨日の正義はもうダサい」というサビで、正義や信念、価値観すらタイムラインの中でファッション的に塗り替えられていく世の中を描いた曲です。
高木さんは、みんなが着始めるとダサくなるファッションの性質と、逆にみんながやっていない時にやれば人がついてくる構造を重ね合わせます。
で、逆にみんながやってない時にやったらみんながついてきてみたいな。
高木さんは、片石さんが一個一個の音楽や活動の側面で固定的に見られることを嫌うのだと分析します。強者やカルチャーな人といった一面に固定されると、ひっくり返したかっただけなのに、と居心地が悪くなるのです。
愉快犯的にカオスを見に行く冒険家タイプ。世の中の混乱そのものを楽しむ
冷笑され続けた過去に対し、じわじわと緩やかにひっくり返し、証明していくタイプ
天才と呼ばれて育ち、冷笑され続けた幼少期
高木さんは、この「ひっくり返したい」という衝動の根っこを、幼少期に探ろうとします。片石さんは神奈川・金沢八景の出身で、中高一貫の学校に通っていました。
片石さんは、親からは「天才」として育てられたと語ります。ただし学校では、頭は良いものの問題児で、先生に好かれて生きてきた経験はほとんどないといいます。
だからその先生に好かれて生きてきた経験はあんまりない。
親戚に年上のいとこもおらず、頼れる先輩や男性像が身近にいませんでした。唯一それに近いのが、原宿の古着屋「見切り発信」の店員たちだったといいます。
一方で、起業に踏み切るような野心の源は、本人にとっても謎だと語られます。食うものに困る貧しさもなく、家族とホテルで会食するような環境だったからです。
だからめちゃくちゃ貧乏で食うものに困ってとかだったら、今のこのストーリーってわかるじゃないですか。
文化の入り口は、中学時代に友達と流行ったNujabesとSHING02でした。思春期の尖ったナイフに染み渡る感覚があったといいます。片石さんは「知的な不良」への憧れを口にします。
高木さんは、家で言われることと学校で扱われることのギャップを統合したかったのではないかと問います。片石さんは、それは自分が極端にメタ的になっただけだと答えます。
家での主観的な親の評価と学校での評価が違うというのは当然わかるじゃないですか。
親が「天才」「顔が可愛い」と言っても、周りには顔の整った子がいると冷静に見ていました。友達の悪口を親に叱られたシャワー中に「悪口を言えるのは興味があるからだ」と気づくなど、小学校の途中からメタ思考が働いていたといいます。
決定的だったのは小学6年の応援団長の経験です。優勝して人気者になった1か月後、ハブられました。多くの子なら世界を憎むところを、片石さんは「ミスった」と捉えます。
なんでこんなことするんだとか、こいつがどうとか。で、俺ミスったなと思ったんです、その時に。
目立ちすぎた自分の立ち回りを反省するこの感覚こそ、片石さんが自分の特殊な才能だと感じた原点でした。ただしそれは冷笑ではなく、メタかける情熱なのだと強調します。
共感者がいなかった育ちと、「じわじわ返す」という覚悟
高校生の時に着ていた古着を揶揄されたこと、中学時代にNujabesを聴き続ける同級生がいなかったこと。片石さんの人生には、センスを共有できる共感者があまりいませんでした。
高木さんが「理解者や共感者があまりいなかったのか」と問うと、片石さんは確かにそうかもしれないと認めます。
うん。共感者はマジで。
人生を変えた出来事として、大学1年の時に5歳上の女性に「眼鏡を取った方がいい」と言われた経験を挙げます。眼鏡を外して登校すると周囲の反応が好意的になり、自分をプロデュースする武器を教わったといいます。ただしそれも共感ではなく、恋愛の指導でした。
高木さんは、これらを踏まえて片石さんの欲望を1つの流れに整理します。共感されずにはぐれ者的だった過去の自分を救うように、偏愛の共有をプロデュースし、無意識の壁をひっくり返していきたいのではないか、という読みです。
片石さんは、そのひっくり返し方は「すごくスローに」やりたいのだと語ります。瞬発的にひっくり返すのではなく、風の力で緩やかに返したいくらいのエネルギー感です。
もはやなんかその何も動かずに風の力でエスパーでひっくり返したいぐらいの。
高木さんは、わかりやすい怒りを持つ人が短距離走的に返すのに対し、片石さんはじわじわと追いやられてきたから、じわじわと返したい長距離戦なのだと言い当てます。だから怒りより愛で、緩やかにひっくり返す必要があるのです。
その根っこにあるのは、いじめのような明確な傷ではなく「冷笑」でした。冷笑され続けてきたから冷笑が嫌いで、それを直接言い返してもブレイクスルーしない。だから情熱で別の穴を開け、証明したいのだと2人は確認します。
確かに冷笑され続けてきた人生はめちゃくちゃしっくりくるな。
高木さんは、この冷笑され続けた感覚そのものが、緩やかで敵対意識の薄いゆとり世代らしさとも重なると指摘します。ゆとりという名を掲げたのは、片石さんにとって必然だったと言えます。
冷笑され続けた育ち
明確ないじめではなく、緩やかに追いやられ、共感者がいなかった
武器としてのスキル
好きなものを守るため、プロデュース力やメタ思考を身につける
偏愛の共有
共感されなかった過去の自分のような人の偏愛を、プロデュースする
ひっくり返す
凝り固まったイメージを、じわじわと緩やかに転換していく
応援されなくていい、関わったものだけが流通すればいい
片石さんは、自分自身は「演者として難しい存在」であり、応援されなくていいのではないかと語ります。数字も人のことも気にしておらず、その瞬間に人が真剣だったり楽しみきっていたりすることに価値を感じるといいます。
その瞬間にその人がこう真剣だったり、楽しみきってたり。で、マジでいいんですよね。
高木さんは、堤清二さんも本人を全員が知っているわけではないが、生み出したブランドや現象は誰もが知っていると指摘します。片石さんもその立ち位置でいいと受け止めます。
理知的で何かを調べようとする意欲のある人には届いてるけど。
自分が直接共感されようとすると振る舞いが薄く、アホなものになっていく。だからコアな層に届き、関わったものだけが流通すればいいという結論に2人は落ち着きます。
番組の裏側と、ビジョニングを共有する場づくり
収録の終わりに、片石さんは今回の対話を「今年撮った中で一番いいかも」と評します。天井が高く詰め込まれた空間が、90分話せる心理的安全性を生んでいたと空間の効果にも触れます。
同時に片石さんは、この番組が「無料コンサル」のような価値を持つことを指摘します。1時間で数百万の価値があり得るセッションを続ければ、潜在顧客を積み上げることにもなる。だからどこまでバリューを出すか線引きした方がいいと助言します。
高木さんは、それでも自分がこれを楽しんでいると答えます。目的は金ではなく、才能ある人が曇っている状態をなくすことだと語ります。
その世の中変えるのって0.1%の人たちが変えると俺は思ってるから、その人たちをこう突き抜ける状態にしたい。
高木さんは、自分でも体系化しきれていない「ビジョニング」を、視聴者が問いの流れやプロセスとして分析・考察してくれることに気づいたといいます。そこで、実践的なコミュニティ「ビジョニングラボ by INSIDE VISION」を発足させると発表します。
このラボはスポンサー枠とは別で、より実践的にビジョニングをし合う場を目指します。月額4000円からの人数限定コミュニティとして、経営者に限らず関心のある人と一緒に、ビジョニングとは何かを作り上げていきたいと高木さんは語ります。
まとめ
会社は順調でも憂鬱を抱える片石貴展さんの本音を起点に、対話は「怒りから愛へ」「資本主義とカルチャーの間」という論点を経て、最終的に「ひっくり返す」という1つの動詞へ着地しました。それは、冷笑され続けた育ちの中で身につけた振る舞いが、緩やかに世の中を転換していく欲望へとつながった軌跡でもあります。
- 片石さんは会社の業績は好調でも、個人はニュートラルに軽く憂鬱だと語り、そのムードから対話が始まった
- 怒りと愛は同じエネルギーであり、瞬発的な怒りから持続的な愛へ、言葉を「若者帝国」から「偏愛帝国」へ切り替えた
- 自分の役割を資本と文化の間に立つことと捉え、堤清二を手がかりに「概念を残す」欲望が言語化された
- 高木さんは片石さんの本質を、対象ではなく「turn=ひっくり返す」という動詞にあると整理し、片石さんはそれをミッションにすると即決した
- 明確ないじめではなく「冷笑」され続けた育ちが、じわじわと緩やかに世の中をひっくり返したいという長距離戦の姿勢につながっている





