「ただの恋愛小説じゃない」というお便りから
第262夜の冒頭でバタやんさんが読んだのは、凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』を読んで「沼状態」になったというリスナーからのお便りです。
凪良ゆう先生の『汝、星のごとく』を読み、すっかり沼状態、小説の世界観から抜け出せない状態です。本屋大賞受賞後にテレビで小説紹介の際には、高校生が出会い成長し、15年にわたる恋愛小説と紹介されていましたが、そんな簡単なものじゃない。人生の選択、岐路に誰に遠慮がいるのか。自分が責任を負わねばならないのだ。そのために経済的に自立していることの重要さ。瞳子さんの言葉が真理をついていて、グサグサと私に刺さり、じゃあ暁海や彼女の母親をこんなに傷つけていいのかと怒り、やはり瞳子さんが好きになれないんですよね。言葉にならない感情がいっぱいです。こんな私に次に読むおすすめの小説を教えてください。
このお便りが届いたのは実は2023年で、バタやんさんは長く待たせたことを詫びています。『汝、星のごとく』の余韻に浸る人に次の一冊を薦めるのは、そう簡単に上書きできる小説ではないだけに難しかったといいます。
(『汝、星のごとく』で)沼状態になっている方に次に読む本を紹介するっていうのが、なかなかとても難しくて。
それでもあえて挙げたのが、少し前に番組で紹介した吉田修一さんの『タイム・アフター・タイム』です。夏の大雨に流されて沼から浄化されるかもしれない、とバタやんさんは表現し、逆に『タイム・アフター・タイム』を読んだ人にはぜひ『汝、星のごとく』も読んでほしいと話しています。
今回このお便りを紹介したのは、『汝、星のごとく』の映画がいよいよ公開されるからです。まさみたまさんの感想が「ほんとそう」と思えるほど的確で、原作既読の人、未読の人、映画から入る人と広く共有できると考えたといいます。
瀬戸内の島で出会った暁海と櫂、15年の物語とは?
『汝、星のごとく』の舞台は瀬戸内の小さな島です。主人公は、そこで出会った高校生の井上暁海と青野櫂の2人です。
暁海の母親は、夫である暁海の父親の不倫に傷つき、精神的に追い詰められていきます。暁海はそんな母親を支えるうちに、島に縛られていきます。
一方の櫂は、男性との恋愛に振り回される母親とともに、京都から島へ転校してきた少年です。2人はそれぞれの家庭環境に加えて、噂話が飛び交う島の狭いコミュニティの閉塞感も抱えています。
少しずつ距離を縮めた暁海と櫂は、「親のようにはならない」「自分の足で立って生きていく」と誓い合います。しかし卒業後、櫂は上京して漫画原作者として成功を収め、暁海は精神的に不安定な母親を置いていけないと島に残ります。
暁海と櫂の間には、物理的な距離と生活の違いから価値観のずれが生まれ、それが溝となってすれ違っていきます。2人がどんな決断をし、どんな結末にたどり着くのかが物語の軸です。
島の高校生として出会い、「自分の足で立って生きていく」と誓い合う
櫂は東京で漫画原作者として成功し、暁海は母親のために島に残り、距離と生活の違いからすれ違っていく
映画では櫂を横浜流星さん、暁海を広瀬すずさんが演じ、17歳から32歳までの15年間を演じ切ります。
小説はプロローグとエピローグを除くと、櫂の視点と暁海の視点が交互に、きっちり時系列で進む構成です。バタやんさんはこの点で、とても読みやすい小説だと話しています。
ただし、お便りにあったとおり、『汝、星のごとく』は単なる15年の恋愛小説ではありません。起承転結の「転」にあたる大きな場面転換が何度も訪れます。
瀬戸内の潮の流れのように穏やかなようでいて、いくつも何度もこう大きな波というか、渦が訪れて、思わぬ方向に運ばれていってしまう主人公たちが、まあそんなあの物語なんですね。
わかりやすい構成と、飽きさせないストーリーの起伏を兼ね備えた、読みやすい部類の長編だというのがバタやんさんの評価です。
凪良ゆう作品が「苦手」なのはなぜか
番組でこれまで凪良ゆうさんの作品を紹介してこなかった理由について、バタやんさんは「誤解をすごく恐れながら言う」と前置きしたうえで、凪良さんの小説が「すごく苦手」だと打ち明けます。
バタやんさんの言う「苦手」は、嫌いという意味ではありません。凪良作品を読むと、自分のあまり触れられたくない部分に触れられる感覚があるといいます。
そこはこう、つまびらかにはっきりさせないでおきたいみたいなところを、ちょっとこう詰め寄られるような感覚があるんですよね。
バタやんさんは、表現に触れたときに苦手と感じるポイントは人それぞれだと話します。人間の嫌な部分、暴力的なシーン、手術のシーン、仲の良すぎる家族や熱い友情、ラブシーンなどがその例です。
凪良作品の居心地の悪さは、ラブシーンが苦手という感覚に少し似ていて、それよりもう少し深いものだとバタやんさんは言います。自分が正しいと思ってきた倫理観が揺さぶられる感覚だということです。
特に口には出さないけど、そう思ってきた倫理観みたいなものが、ちょっとこう歪まされるというか、揺さぶられるみたいな。「なんか本当にそうなの?それでいいの?」っていうことを問われるような。
バタやんさんにとって「苦手」は、むしろ最大級の褒め言葉です。凪良作品の書き手としての鋭さを、次のように例えています。
だからこそ凪良作品を手に取るときには覚悟がいる、とバタやんさんは話します。倫理観を揺さぶられるという意味では『流浪の月』もそうだったといいます。
バタやんさんは、最新刊の『多類婚姻譚』のほうが、この感覚をわかりやすく味わえるかもしれないと話します。『多類婚姻譚』は婚姻、あるいは婚姻に至るまでをめぐる短編集で、「家族とは、夫婦とはこうあるべき」という気づいていなかった先入観や偏見が揺さぶられるといいます。
結婚にまつわる短編は、多くの場合、読者が登場人物に共感することを前提に書かれている、とバタやんさんは考えています。ところが『多類婚姻譚』では、共感できそうだと思った主人公が、思っていたのとは違う選択や発言をするため、ざわざわするのだそうです。
バタやんさんはこの感覚をジェットコースターに例えます。どこで落ちるかが見えていれば高低差が大きくても怖くないけれど、予想外の方向に曲がったり、思わぬところでふわっと落ちたりすると胃がキュッとなる、その感じが凪良作品にはあるといいます。
登って落ちる場所がわかっているので、高低差が大きくてもそれほど怖くない
思っていた方向と違う方へ急に進んだり、予想外の場所で小さく落ちたりして胃がキュッとなる
『汝、星のごとく』でも、暁海と櫂に強く共感するというより、2人の選択や相手に放つ言葉に「え?」となる場面が多いといいます。だからこそ、2人がどんな選択をし、何を言うのかが気になって読み進めてしまうのだそうです。
試写で観た実写映画、瀬戸内と東京の対比は?
映画『汝、星のごとく』を、バタやんさんは関係者試写で一足先に観ています。感想を一言でいえば「素晴らしかった」とのことです。
さっきね、苦手とかいろいろ言ってしまったけれども、まあとりあえず見てくださいって感じです。小説は読まずとも、ぜひ映画見てくださいっていう感じですね。
映像化で際立ったのは、瀬戸内の静けさと東京のせわしなさというビジュアル上のコントラストだといいます。ただし、どちらの土地にも光と影の両面が描かれています。
風景はとても綺麗で静か。一方で「退屈という名の病理」のような闇と重たさもある
刺激も情報量も多い。同時に利害関係の多さが、櫂と作画担当の直人の心身を削っていく
映画では2時間ほどに収めるため、小説のストーリーラインやディテールが大胆に削られています。バタやんさんは、その省略の仕方や一部の設定変更も含めて見事だったと評価しています。
小説ではそれほど印象が強くなかった漫画編集者の植木は、映画では濱田岳さんが演じ、東京に出てきた櫂を公私ともに支える大事な存在になっているといいます。
櫂の漫画は、原作を考える櫂と作画を担当する久住尚人の2人で作られています。尚人を演じるのは松村北斗さんで、バタやんさんは「最近本当に出るやつ出るやつすごい」と話しています。
映画では、櫂と尚人のバディの物語が原作以上にメインのストーリーラインとなり、深く心に届いたそうです。ただ、バタやんさんは先入観を与えすぎないよう、映画の話はこのあたりで止めています。
「自分の人生を生きることを他の誰かに許されたいの?」
最後にバタやんさんは、原作『汝、星のごとく』から「神フレーズ」として、林瞳子が暁海に言った言葉を紹介します。それが「自分の人生を生きることを他の誰かに許されたいの?」という一言です。
瞳子は暁海の父親の不倫相手です。まさみたまさんがお便りで「真理をついていてグサグサ刺さるけれど好きになれない」と書いていた人物でもあります。
「お前が言うなや」って感じなんですけど、でもほんと(瞳子さんは)真理をついているってことを結構ポツポツ言うんですよね。
瞳子は別の場面でも「あなたたち本当にいい子。でも褒めてないのよ」と言います。バタやんさんはこの言葉を、島の人や母親から見た「良い子」であることを優先し、それを自分の選択だと思い込もうとするのは、結局人のせいにしているだけだ、という意味だと受け止めています。
お叱りですよね。怖いんですよ。怖い人なんですよ、その瞳子さんっていう人が。
映画で瞳子を演じるのは石田ゆり子さんです。化粧っ気はないのに丈の長いワンピースでぬらっと現れる色気のある大人の女性で、地方の工房のアーティストにいそうなリアリティがあるといいます。
石田ゆり子さんの艶のある、言葉がよく通る声で「いい?ちゃんと考えて」と言われると、とても説得力があるとバタやんさんは話します。瞳子は、若い暁海と櫂に影響を与える存在として描かれています。
バタやんさんは、小説から入っても映画から入ってもよく、映画を観てから小説との違いを探すのもよいと締めくくります。そして、お便りをくれたまさみたまさんにも、ぜひ映画を観てほしいと呼びかけています。
まとめ
『汝、星のごとく』は、瀬戸内の島で出会った暁海と櫂の15年を描きながら、誰かのせいにせず自分の人生を選ぶことの難しさを突きつける小説として語られました。バタやんさんにとって凪良作品の「苦手」は、倫理観を深く正確に揺さぶられることへの褒め言葉でもあります。
- リスナーのお便りが指摘したとおり、『汝、星のごとく』は単なる15年の恋愛小説ではない
- 凪良ゆうさんの小説は、読者が正しいと思ってきた倫理観や先入観を揺さぶる
- 実写映画は瀬戸内と東京の対比が鮮やかで、櫂と直人のバディの物語が原作以上に際立つ
- 瞳子の「自分の人生を生きることを他の誰かに許されたいの?」は、作品の核心をつく一節として紹介された




