積読を「波待ち」と呼ぶ理由
この夜のお便りは、ペンネーム・メイカウさんから。番組で以前「積読」を「波待ち」と表現していたのを思い出し、自分の波待ち本を手帳に書き出してみたそうです。
リストの一番上に「波待ち本」と書き、青いペンで波線を引いたところ、爽やかでワクワクした気持ちになったといいます。
バタやんは「積読」という言葉があまり好きではないと話します。読まずにとってあること自体は、自嘲的に言うことではなく、むしろ幸せをとってある状態だと考えているからです。
読みたいなと思って買ったけど、まだ読まずに置いてあるっていうものは、幸せが取ってあるみたいなことだから。
ただ、買った時の気持ちと今が違っていたり、忙しさから読み始めても乗り切れないことはあります。バタやんはそれを「波待ち本」と呼びます。
この回では、連休に読もうと実際にとってある5冊を、なんで面白そうと思ったのか、なんで今とってあるのかという視点で紹介していきます。
岸本佐知子のエッセイに感じる「言葉の作為」
1冊目は、岸本佐知子さんの最新エッセイ『あれは何だったんだろう』。つい最近出たばかりの新刊を買い、まだ少しだけ読んでとってあるといいます。
バタやんは、岸本さんの文章は一つひとつの言葉を意味を持って選んでいる感じがすると話します。例に挙げたのが「いちじく」という一編の冒頭です。
いちじくが好きだ。あれば必ず買う。買って食べる。
普通なら「見かけたら必ず買って帰って食べます」と書けるところを、わざわざ3つの文に分け、「買う」という言葉を重ねています。
さらにタイトルの「いちじく」は漢字なのに、本文の1文目はカタカナの「イチジク」。漢字が読めなかった人の気持ちを救うようなカタカナだと感じたそうです。
こうした一つひとつの工夫を、作為的といえば作為的かもしれないと認めつつ、バタやんはそこにこそ価値があると言います。
読めば絶対に面白いとわかっているからこそ、心がざわざわしている時に雑に読むのはもったいない。一文字一文字なぞるように読める時のためにとってある、という波待ち本です。
川上未映子「りぼん通信」の満足感
本の紹介から少し逸れて、バタやんが今とても楽しみにしている読み物として、川上未映子さんの「りぼん通信」を挙げます。
これは有料で読めるメルマガのようなものですが、メルマガと呼ぶには軽すぎると感じるほど、重たい封書が届くようなパワーのある文章だといいます。
内容は近況の日記のような回もあれば、昔のエピソードの切り取りや、今の文学界に思うことなど、有料の読者向けだからこその本音も含まれるそうです。
人が考えていることをこんなにこう表現できる、赤裸々に書けるってすごいなっていう、その才能に触れられる楽しさみたいなのを存分に味わえる。
「りぼん通信」というタイトルのメールが届くとキュンとするものの、帰りの満員電車で読むにはもったいない。メイクを落としてお風呂に入ってからゆっくり読もうと、開けずにとっておくこともあるといいます。
その結果、お金を払っているのにまだ読んでいないものが何本かある、と笑います。
すばる文学賞受賞作は「フレッシュさ」を取り戻してから
2冊目は、更地郊さんの『粉瘤息子都落ち択』という、すばる文学賞受賞の小説です。
これは一度波に乗れず、途中で挫折した本だといいます。タイトルからして意味がわからず、センスが炸裂していると感じたそうです。
純文学の新星のような作品は、「すごい天才だ」となる時と「全然意味がわからない」となる時があり、自分の状態や相性にもよるとバタやんは話します。
内容は、上司のパワハラで会社を辞めて無職になり、東京の西のほうに住む格闘ゲーム好きの男性が主人公。少し不思議な出来事に遭遇しながら、一人暮らしを清算して実家に帰る過程が描かれます。
この作品と向き合うには自分のフレッシュさを取り戻す必要がある。だから、感度が回復している連休の後半に読みたいという意味の波待ち本です。
11人の乗客に挫折した『異常・アノマリー』
3冊目も途中で挫折した本、エルヴェ・ル・テリエ著、加藤かおり訳の『異常・アノマリー』です。フランスで超ベストセラーになっているSFミステリーだといいます。
SNSで見かけて面白そうと思い、すぐ読み始めたところ、最初からとても面白かったそうです。ただ、登場人物が非常に多く、11人の乗客が描かれるのが難所でした。
設定はこうです。ニューヨーク行きのエールフランス006便が乱気流に巻き込まれ、その3か月後、同じ機体・同じ乗客・同じ記憶を持つ全く同じ便が再び現れます。
この「アノマリー」と呼ばれる異常現象の中で、11人の乗客がそれぞれどう周囲と折り合いをつけるかが描かれる、知的な実験のようなエンターテインメントだといいます。
全く同じ人たちが同じ便で違う時間に現れるみたいな設定をどう描くかっていう知的な実験みたいなエンターテインメントです。なんかもう新しいって感じがしました。
乗客は殺し屋、がんを告知された人、売れない作家などさまざま。ところが途中で中断すると誰が誰かわからなくなり、挫折してしまったそうです。
連休に飛行機に乗る予定があるので、そこで集中して最初から読み直すためにとってあるといいます。「飛行機で読んだら怖いかな」とも。
フランスのミステリーはあまり読んだことがなかったものの、端的に言うと少し気取った感じがしていいと話します。
バタやんは、アメリカ発のSF『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読んでSFが好きかもと感じた人に、この『異常・アノマリー』もすすめています。
『傷のあわい』が示す「あわい」という言葉
4冊目は、宮地尚子さんの『傷のあわい』という文庫本です。同じ著者の『傷を愛せるか』は、この番組でも紹介した、バタやんが時折読み返す数少ない本の一つだといいます。
『傷のあわい』は『傷を愛せるか』より前に書かれたもの。タイトルの「あわい」について、文庫の解説を引きます。
「あわい」とは、二つのものが重なった間、交わっている領域のこと。「間」と言えばその通りだけれど、それより曖昧で、どっちとも言えないニュアンスがあると話します。
「傷のあわい」っていうタイトルだけで一晩飲めちゃうような、素敵な文章のグッとくる、じわじわくるお話。
内容は、精神科医である著者が若い頃にアメリカのボストンで行ったカウンセリングの記録。現地で暮らす日本人の心の健康について綴られています。
環境の変化で気持ちが揺れたり不安になったりする人たちの話を、静かに聞き見守る様子が書かれています。旅に向かう飛行機や長距離電車で読みたいと、とってあるそうです。
「読んだかもしれない」を再読する連休の楽しみ
最後の5冊目はガラッと変わってエンタメ小説、中山七里さんの『殺戮の狂詩曲』。講談社文庫でつい最近出たばかりです。
これは人気の御子柴弁護士シリーズの一作。少年時代に殺人を犯し、今は名前を変えて弁護士になっている御子柴礼司が主人公で、毎回楽しみにしているといいます。
今回の舞台は高級老人ホーム。入所者を次々と殺した犯人を弁護することになった御子柴弁護士が描かれます。
読み始めて「もしかしてこれ単行本で読んだかもしれない」と思ったものの、忘れてしまったので、また読んでみるつもりだそうです。
最後にバタやんは、聴いている人の波待ち本は何だろうと問いかけ、メイカウさんへのお礼で締めくくります。
まとめ
この回は、連休に読もうととってある5冊を、なぜ買い、なぜまだ読まずにいるのかという「波待ち」の視点で紹介する回でした。装丁や話題性ではなく、自分の心の状態に合う波が来るのを待つという読書の構えが伝わってきます。
- 「積読」を「波待ち」と呼ぶのは、読まずにとってあることを幸せの保留と捉えるため
- 岸本佐知子『あれは何だったんだろう』は、言葉の作為をゆっくり味わうための波待ち本
- 『粉瘤息子都落ち択』や『異常・アノマリー』は、自分のフレッシュさや集中を取り戻してから向き合う一冊
- 宮地尚子『傷のあわい』は、旅の飛行機や長距離電車で静かに読みたい本
- 「読んだかもしれない」エンタメ小説を再読するのも、連休ならではの読書の楽しみ





