体調を崩して退職。焦る自分を肯定するには
今夜の入り口は、ペンネームまほさんからのお便りです。今年の1月から体調を崩し、仕事を退職して今に至ると綴られていました。
先のことを考えると不安と焦りが出てきて、今の自分を否定してしまうことが多い。そんな自分を肯定できる考えを持てるような本を教えてほしい、というリクエストでした。
バタやんさんは、まほさんの詳しい事情まではわからないと前置きしたうえで、春という季節そのものが焦りを生みやすいと話します。
4月は周りが動き出す季節だけに、焦りを感じやすい時期です。だからこそ今日は、あえて立ち止まって自分の体の声を聞くような話をしたいと切り出しました。
選ばれたのは、伊藤亜紗さんの『体の居場所をつくる』です。伊藤亜紗 ── 美学・身体論を専門とする研究者。障害や病を抱える人へのインタビューをもとに、体と世界の関わりを描く著作で知られる。
「できる」とは輪郭を書き換えること
バタやんさんは、これまでも番組で伊藤さんの本を紹介してきたと振り返ります。伊藤さんは東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の教授で、MITの客員研究員でもあり、専門は美学・身体論です。
以前紹介した『体はゆく「できる」を科学する』は、ピアノを弾く、自転車に乗る、変化球を投げるといった、体を動かしてできなかったことができるようになる過程を掘り下げた本でした。
印象に残っているのは、できないからできるへのジャンプの話だといいます。反復練習の積み重ねだけでなく、「偶然できちゃった」という経験も非常に大事だと書かれていました。
その偶然を再現できるかはまた別問題ですが、大きなジャンプを超えるときには偶発性が大きく働くのだと感じたそうです。
この視点は身体的な話にとどまらないと、バタやんさんは思いを巡らせます。仕事やコミュニケーション、恋愛や結婚も、できないからできるへの飛躍には偶発性が大きいのかもしれない、と話します。
そのうえで、この本の核として「できるっていうのは、その自分の輪郭を書き換えることなんだ」という言葉が強く印象に残っていると語りました。
11人の当事者が語る、ままならない体
今日紹介する『体の居場所をつくる』は、以前紹介した『記憶する体』の姉妹本、第2弾のような作りだといいます。
この本は、摂食障害、ナルコレプシー、診断のつかない複合的な難病などを抱える11人へのインタビューがもとになっています。
彼らがどのように自分の体と折り合いをつけ、日々の居場所を作ってきたかを、伊藤さんがインタビューを通じて描いた一冊です。
こう説明すると闘病記や社会への問題提起のように思えるかもしれません。けれど、読後感はむしろ明るいのだとバタやんさんは言います。
その明るさは、伊藤さんの文体や言葉選びによるところが大きいそうです。パラパラめくったり立ち読みしただけでも引き込まれる魅力がある、と評します。
11人がそれぞれ自分の体のままならなさを例え話や独自の表現で語る中に、バタやんさんはユニークネスを感じたといいます。ケラケラ笑う面白さではなく、独特さそのものに魅力がある、という意味です。
体は「噛み合わない大きな他人」
最初に登場するナオさんは、摂食障害と長く付き合ってきた人です。
ナオさんは自分の体を「私の体は噛み合わない他者だ」と表現し、他の人や世界との間に体という大きい他人が立ちはだかっている、とも語っています。
他の人と世界との間に、体という大きい他人が立ちはだかっている。そういう感覚なのかと、興味深く思いました。
伊藤さんは、ナオさんが「他者」と言ったり「他人」と言ったりする使い分けに注目します。他者より他人のほうが、より強い拒絶や自分とは関係ないという自己との切断感を感じる、と指摘しています。
ナオさんにとって体は、自分らしく生活することの阻害要因です。買い物に行きたい、週末に友達と会いたいといった日々の関心事に、体が協力してくれないと表現されていました。
そのままならなさの中で、ナオさんは印象的な言葉を口にしています。
神様が全部決めてくれたら、どんなに楽だろうって思っちゃう。
バタやんさんは、こうした言葉選びからナオさんを好ましい人だと感じ、1章目から心をつかまれたと話します。
前回紹介した『カウンセリングとは何か』でも触れた、その人のユニークネスに好意を持つという感覚に似ていた、とも振り返りました。
伊藤さん自身も、会う前のやりとりから想像したより一オクターブほど低い、いい声だったと書いています。そして、この声に嘘を言わせてはいけないと考えたそうです。
私への気遣いのために、後悔をするようなことを言わせちゃいけない。そういう緊張感を持って会いに行った。
インタビュアーがどういう人かによって、何をどこまで話すかは変わります。伊藤さんの柔らかさや美学にほだされて、11人が体との向き合い方を深く語り出す。そこにこの本の面白さがある、とバタやんさんは言います。
一人ひとりのストーリーは文学的でもあり、ノンフィクションや科学的な本をあまり読まない人にもぜひ手に取ってほしいと勧めました。
軽く見られがちな睡眠障害の居心地の悪さ
もう一人、興味を持った人としてナルコレプシーと付き合う駒沢典子さんが紹介されます。
ナルコレプシーは睡眠障害の一つです。日中に突然強い眠気に襲われ、眠り込んだり体が動かなくなったりする睡眠発作を主な症状とします。ナルコレプシー ── 日中に耐えがたい眠気や突然の睡眠発作が起こる睡眠障害。夜更かしや怠けとは異なる、脳の睡眠覚醒の仕組みに関わる病気とされる。
他の難病や障害と比較するものではないと断りつつ、バタやんさんは睡眠障害が軽く見られてしまうところにも辛さがあると、この本を読んで思ったと語ります。
アルツハイマーの症状を伝えたときに「私も忘れっぽいよ」と返されるのと同じように、「私も日中しょっちゅう寝ちゃうよ」「更年期でよくあるよ」と片付けられてしまう。それも辛いだろう、と話します。
さらに、居眠りはネガティブに取られがちです。病気の症状というより、怠け者だとか、夜更かししていたのではと邪推されることもあります。
そのことが、恥ずかしい、申し訳ない、いたたまれないという居心地の悪さを生むと本には書かれています。病気を知られたくないという思いも強くなるでしょう。
この「居心地」こそ、本書の大事なテーマになっています。
薬があるがゆえに生まれる分断
居心地の良し悪しは、社会の価値観と密接に関わっています。時間を守る、時間を無駄にしてはいけないという価値観があるからこそ、昼間に寝てしまうことが罪や悪とされてしまう、とバタやんさんは整理します。
寝てしまうこと自体が悪ではないのに、その価値観が駒沢さんの居心地を悪くし、就職を難しくしているわけです。
睡眠障害は薬である程度コントロールできることもあるといいます。ただしそれは西洋医学的な対症療法で、うまくいったりいかなかったりします。
ところが薬があるがゆえに、新たな問題も生まれます。薬でなんとかできるのにできていないのは努力や治す意欲が足りないのだ、という見方です。
その結果、同じ症状で悩む人たち同士でも、ある種の差別や分断が生まれてしまうそうです。摂食障害やアルコール依存症でも、同じようなことが起こるのかもしれない、とバタやんさんは考えます。
抱えている人の中でも症状は千差万別なのに、上下関係や「こうあるべき」という空気ができてしまう。そのことに、なるほどと思わされたといいます。
原因は過去に、回復は未来に
そろそろこの本から神フレーズを紹介したい、とバタやんさんは切り出します。
これは伊藤さんの言葉です。今こうなってしまったのは何々だから、あの経験があったからだと過去に原因を求めること自体は、治療の過程で対策を講じるうえで大事な儀式かもしれません。
摂食障害になったのは親から言われ続けたからだ、思春期にいじめられたからだと原因を見出すことは、一つのナラティブを生み出す意味でとても意義があると本には書かれています。ナラティブ ── 出来事を自分なりに意味づけて語る、物語の形をとった理解のこと。原因や経緯を語ることで、経験に筋道を与える働きを持つ。
一方で、原因を敵と見なし、その影響力をなくすことにばかり必死になるのは危うい、とも指摘されます。それは自分を固定化し、自分の価値をまた他者の評価に依存させてしまうことに他ならないからです。
だからこの本では、回復を「元通りに戻ること」とは捉えません。
以前の自分に戻る、大多数の人と同じに近づける、ということではなく、回復を「新しい自分との出会い」として捉えているところが非常に素敵だとバタやんさんは語ります。
元通りに戻る、以前の自分に戻る、大多数と同じに近づける
原因の克服に固執せず、新しい自分と出会っていくこと
のびのびと心地よさに問いかける「余白」
エピローグの言葉を、バタやんさんはまほさんへのエールとして読み上げます。
願わくば、本書がどんなシビアな意思決定の場面でも、世間のプレッシャーにさらされて硬くならず、のびのびと自分の心地よさに問いかけることができるようになるための余白を作る手がかりになると良いなと思っています。
この言葉に触れて、確かにと思ったことがあるといいます。医療技術の進展に伴い、私たちが意思決定に使う判断材料は、これからも科学的に増えていくだろう、という点です。
出生前診断やDNA判定、遺伝的なリスクが結婚相手にわかったらどうするか。そうしたことが、科学とAIの分析力の進歩によって、判断する前にデータで提示される場面が増えていくと考えられます。
そうなると、意思決定は誰にとっても、病気を抱えていなくても、とても重たいものになります。これまでのように偶然や自然、なんとなくに任せることが、どんどん難しくなっていくのかもしれません。
だからこそ、プレッシャーに硬くならず、のびのびと自分が心地いいのはどちらだろうと問いかけられるようになれるといい。それを自分自身も思う、とバタやんさんは締めくくりました。
まとめ
体調を崩して退職し、焦りの中で自分を否定してしまうという相談に、バタやんさんは伊藤亜紗さんの『体の居場所をつくる』を手渡しました。ままならない体を抱える11人の語りを通して、回復とは元に戻ることではなく、新しい自分と出会っていくことだと伝わってくる回でした。
- 相談者は体調を崩して退職し、不安と焦り、自己否定に悩んでいた
- 紹介本は摂食障害やナルコレプシーなど、ままならない体を抱える11人へのインタビュー集
- 体を「噛み合わない大きな他人」と表現するなど、当事者の言葉のユニークネスが魅力として語られた
- 睡眠障害は軽く見られやすく、薬があるがゆえに努力不足と見なされ、分断も生まれると指摘された
- 神フレーズは「原因は過去に向かうけれど、回復は未来に開かれている」。回復を新しい自分との出会いと捉える視点が示された



