ゴスペラーズが大学の授業に? 山寺宏一さんを呼べる学生の正体
サイエントークは、レンさんとエマさんの夫婦が科学をエンタメっぽく語るポッドキャストです。今回は「声を語るなら最強」として、ゴスペラーズの北山陽一さんと音声学者の川原繁人さんがゲストに招かれました。
川原さんの出演は約2年ぶりで、前回は生成AIと子どもの話でした。普段のリスナーなら「なぜ北山さんが?」と思うはずだとレンさんが振ると、川原さんは2人の出会いから話し始めます。
きっかけは2021年秋学期、慶應義塾大学で川原さんが教えていた授業です。コロナ禍でオンライン開催だったその授業は100人を超える人気講義で、受講生の中に北山陽一さんがいました。
やっぱりゴスペラーズが自分のクラスにいると思わないから。
カメラオンじゃなかったから、おじさんがいることもバレなかったんですよ。
川原さんの授業では、声優を呼んで声を分析するデモを行っていました。誰か呼びたい人はいるかと学生に尋ねたところ、北山さんが「山寺宏一さんお呼びしましょうか?」と申し出たといいます。
川原さんは当初「北山くんは山寺さんの甥っ子なのでは」という仮説を立てていました。ところがSlackのやり取りで「山寺宏一さんとミーティングしてきます」と言われ、親戚説も崩れます。
北山さんには隠していた理由がありました。北山さん自身も2012年から大学で講師をしており、トリンドルさんや菊池風磨さんが受講した経験から、芸能活動をする学生の扱いがどれほどセンシティブかを知っていたのです。
そのため北山さんは、少なくとも成績がつくまでは所属を明かさないつもりでした。しかし声優とのコラボの話を聞き、親しくしている山寺さんなら絶対に好きな内容だと熱意が勝ってしまったと、配慮不足を反省しています。
最終的に川原さんが「君は誰ですか」と尋ね、北山さんは「ゴスペラーズです」と答えました。
その日ね、全く寝られなかったんですよね。よく覚えてます。
寝る前にメール見たら、そのゴスペラーズの人をくん付けでタメ口で教えてたっていう事実に。
「変な先生」の授業が歌手人生を変えた理由
北山さんが別キャンパスの川原さんの授業を取ったのは、2021年秋学期に歌や音楽の研究をするため修士課程に入ったからです。授業を探していたとき、先輩か先生から川原さんの授業を勧められました。
(その分野に)興味持ってるんだったら、川原先生の(授業)は受けた方がいい、すごい変な先生だからって言われたんですよ。
変な人が大好きだという北山さんは、ポケモンやプリキュアが登場する授業内容にも惹かれて受講します。そして、その授業はある種「歌手人生が変わってしまう」内容だったと振り返ります。
ここまで科学的にわかってるっていうことが、その歌手のお守りになるなっていうようなこう確信があって。
北山さんは、歌手は自分の歌に疑問を持たないと上達しない一方で、その疑問に科学的アプローチが可能だと知らない人も多いと話します。だからこそ、川原さんを「必要としている人につなぎたい」と感じたそうです。
川原さんは、当時テンションが高めだった背景を説明します。コロナ禍でキャンパスに通えず落ち込む学生も多かったため、プリキュアやポケモンの分析で楽しみながら学問の端っこに触れてもらうことを優先していたといいます。
北山さんが衝撃を受けたのは、授業で見たMRI動画でした。人が「T」や「S」を発音するときの舌の動きを断面で見ると、自分が感じていた舌の動きと違っていたのです。
僕の感じる自分の舌の動きと違ったんですよ、その動画が。
歌手は舌の動きを見たことも教わったこともほとんどなく、耳で聞いた音を再現する自己鍛錬だけで技術を身につけてきました。「田中」の「た」と「な」は舌の位置が同じで「か」だけ違う、という話に、北山さんは20年以上歌ってきてそれを知らなかったと驚いたといいます。
川原さんによれば、そのMRIを見せた文脈は、RHYMESTERのMummy-Dさんのラップで「S」と「N」が韻を踏む箇所の分析でした。2つの音は口の形が似ているので合わせているのかもしれない、という話がミュージシャン寄りに届いたのだろうと話します。
北山さんは後に、調音点 ── 子音を発音するとき、舌や唇などで息の通り道を狭めたり閉じたりする位置のこと。調音法は、その狭め方・閉じ方の種類を指しますや調音法が同じか違うかで、速いフレーズのリズムの乗り方が変わることにも気づいたそうです。こうして北山さんから授業後も話をしたいとアプローチしていきました。
両思いではありますけどね。
川原さんの側にも、研究が音声学や言語学の外に伝わっていないというコンプレックスがありました。北山さんが「その思い込みは間違ってる」とグイグイ引っ張ってくれたことが、ありがたかったと語っています。
天才の歌は逆算できない、では歌手はどう練習するのか
アーティストは声の仕組みを勉強しているものだと思っていた、とレンさんが言うと、北山さんは芸事の世界の事情を語ります。基礎練習や流派はあっても、すぐそばに「化け物みたいな天才」がいる業界だというのです。
どう努力してもそこには行けない気がするなっていう人がいっぱいいるんです。歌が歩いてるみたいな人とか。
北山さんは例として夏川りみさん、玉置浩二さん、加藤登紀子さんの名前を挙げ、「この人は生きているだけで全部歌になってしまう」と感じることがあると話します。
(その人たちが)これまでの人生でどういうステップを踏んでいったらそこに行けたのかみたいなことって、今の現象を見ても逆算できないんですよ。
そのため歌手にできるのは、良いとされる反復練習や、自分で録音してブラインドで聞き比べるABテストくらいです。発声練習でピッチを測る人はいても、自分の声をスペクトログラム ── 音を周波数ごとの強さに分解し、時間の流れに沿って色の濃淡で表した図。声の響きや子音の特徴を目で確認できますで分析する歌手はほぼいないと北山さんは言います。
川原さんは、アナウンサーとの交流でも同じ構図を見てきました。サ行が苦手なアナウンサーは、サ行の早口言葉ばかり練習させられるそうです。
川原さんは、サ行を発音するとき舌がどう動き、空気がどう流れて音が生まれるかを知ってから練習すれば違うのでは、と数年前から提案しており、今のところ好評だといいます。
バットと自分がどうなってるのかっていうのを知らないで、ともかく1日1万回振っとけば打てるようになるって、これも事実ではあるんですよ。
北山さんは、川原さんがいると自分のスイングをスローで見られるようなものだと例えます。練習の考え方の違いは次のように整理できます。
仕組みを知らないまま繰り返し、耳と感覚で良し悪しを判断する。サ行の早口言葉を延々と練習する、など
舌の動きや空気の流れを知ったうえで練習する。自分のフォームをスローで見るように、何が起きているかを確かめられる
北山さんの場合、30年近く、生まれてからなら50年近く続けてきたことをひっくり返す試みなので、気づいてもすぐできないことのほうが多いそうです。それでも、なぜできないかがわかることは大きな助けになるといいます。
その道に今俺はいるってわかれば、今できないこと自体はそんなにストレスにならないんですよね。
レンさんは、世の中の経験則に法則や理由を見つけて検証するのが科学であり、活かさない手はないと応じました。
「アイ」で声が上に飛ぶのはなぜ?
川原さんはもう1つの例として、俳優で歌手の上白石萌音さんとの会話を紹介します。上白石さんは、「あ」から「い」へ音が並び、「い」の音符が高いとき、声が飛んでいってしまうことに悩んでいたそうです。
川原さんの説明では、「あ」から「い」へ発音すると喉頭が上へ引っ張られ、声が自然に高くなります。喉に手を当てて「あい」と言うと喉仏が上がるのがわかり、スタジオの北山さんとエマさんも確かめていました。
ピッチを変えようと思わなくても自然に上がってしまうってことですよね。
真面目な上白石さんは、音符に合わせて意識的に声を上げようとしていたのかもしれません。川原さんがそう伝えると、上白石さんは「すっきりした」と話したといいます。
「あ」→「い」と発音
母音の変化で喉頭が上へ引っ張られる
ピッチが自然に上がる
本人が意図しなくても声が高くなる
さらに意識して上げる
音符に合わせようと意図的にも高くする
ゴールを越える
自然な上昇分と足され、目標の音より上に飛んでしまう
北山さんは、科学に抵抗がある芸術分野の人にこそ伝えたいことがあると話します。
自分がすごくいいと思ってるものが科学によって陳腐化するわけではなくて、困ってることに対してなんかすごく助けてくれるんだよみたいなことは、すごくすごくそのミュージシャンとかに言いたいことではある
北山さんも、努力不足や才能不足ではなく、人間の体の仕組みに合わせて戦略を変えればなりたい歌手に近づける、と言えることに意味があると続けます。北山さんが子音から母音への変化などの持論を早口でぶつけると、川原さんはほとんどに「それはわかっています」「同じ図があります」と答え、北山さんは泣きそうになったそうです。
「しゃべれるってすごい」を子どもに伝えたい
2人の会話の中で、川原さんは「発話できることや声をコントロールできることのすごさを、みんな知らない」と熱く語っていたと北山さんは振り返ります。いくつもの器官が協調しないと話せないのに、訓練を受ける人はほとんどおらず、なんとなくできているから偉大さに気づかないというのです。
歌える、話せることのすごさを子どもに伝えたい、という点で2人は強く共感し、出会いから半年以内には合意していたといいます。子どもに伝えるなら絵本だろう、というところまでは早く決まりました。
一方で、形にするまでの悩みは長く続きました。川原さんは子どもに、北山さんは子どもに加えて歌う人にも伝えたいという、二重の思惑があったからです。
北山さんは、子ども向けに説明できれば、それを見た大人も理解できると考えました。大人にいきなり「あなたの話し方はどうなっていると思いますか」と問いかけても、困っていない人はなかなか読まないからです。
アカペラや社会問題について語ってきた経験から、北山さんは子どもに熱意が向いているなら子どもにアプローチすべきだと確信していたそうです。そして、きっかけをくれたのは川原さんだったと話を渡します。
講談社への直談判と、牧村久実さんの登場
川原さんは講談社と別の仕事をする中で、体の中を擬人化する絵本なら『はたらく細胞』の絵本以上の形はないと考えました。
簡単に言うと、働く細胞に勝てないなというか
それなら正々堂々と、と川原さんは『はたらく細胞』の絵本を出している講談社の児童出版部を紹介してもらい、直談判に乗り込みました。
北山さんたちは、構造的に『はたらく細胞』そっくりになってしまう企画をそもそも絵本にしてよいのか、という相談から始めるつもりでした。ところが編集者は「牧村さんに連絡してみましょうか」と軽いノリで応じ、『はたらく細胞』の絵本を描く牧村久実さん本人に話が届きます。
編集者の磯村さん、川原さん、北山さん、牧村さんの4人チームが結成され、ついに絵本づくりが始まりました。ただ、嬉しさのあまり2人は最初の顔合わせで、息を吸って吐くだけでどれほどの協調が起きているかといった話を、約3時間ぶつけてしまったそうです。
牧村さんは慌ててノートを出して走り書きを始め、覗くと可愛い絵が描かれていて「それです」と盛り上がったといいます。
めちゃくちゃ楽しかったんですけど、(解散の時)明らかに牧村さんの頭から煙が出てるのが見えました。
北山さんも川原さんも、この顔合わせは今でも反省すべき点だと笑いながら語っていました。
上の流れは、この前編で語られた順序をまとめたものです。
主人公は「空気」、可愛さと正確さのせめぎ合い
レンさんは2冊の絵本を読み、声を出すところまでで1冊を使っている細かさと、空気をキャラクターにした発想に驚いたと話します。川原さんが「空気主人公は誰が思いついたのか」と尋ねると、北山さんは自分たちではないと答えます。
空気を主人公にする案は、牧村さんと磯村さんがいくつもの道筋を検討した末に出てきたものでした。北山さんは、細胞でも器官でもない存在を主役にした点を「天才」と評しています。
一番人間じゃないものを主人公にしたっていうのは素晴らしいなと思いましたね。
川原さんは、横隔膜、外肋間筋、内肋間筋は登場させたいと考えていました。自分が主導していたら筋肉中心になり、この可愛らしさは出なかったかもしれないと話します。
なんか結構絵本かなって思って読んだら結構詳しい内容が書かれてて、本当に大人も楽しめるなと思って。
北山さんによれば、擬人化する以上、科学的な厳密さを保ち切るのは難しく、声帯の振動のような時間変化も絵本では表しにくいといいます。そのため、ある種の「嘘」をつく必要があり、その嘘の選び方を徹底的に議論しました。
川原さんは、肺の場面でも吸うコマと吐くコマで、肺に触れる筋肉や後ろから支える筋肉が描き分けられていると明かします。
だから誰と誰が連動してるとかっていうのは、ちゃんとあの科学的に正しい表現になってるんですよ。
レンさんも、外肋間筋や横隔膜といった用語をぼかしていない点を評価しました。北山さんによれば、絵で覚えるタイプの言語聴覚士の知り合いからも好評だったそうです。
試験前にこの本があれば一発で全部覚えられたのにって言ってました。
続編構想と、絵本に楽曲をつけた理由
北山さんは、1冊目はストーリー性と展開の多さを優先したため、肺、声帯、口腔をひと通りめぐる構成になったと説明します。その先に、3冊の続編構想があるといいます。
構想では、歌として出てきた空気ちゃんが再び吸われ、2回目で余裕のある空気ちゃんが肺に残って1冊を過ごします。肺の空気交換は全部が入れ替わるわけではないので、奥に残った空気がほかの空気の出入りを眺める、という形で、肺・声帯・口腔をそれぞれ1冊ずつ扱いたいそうです。
レンさんが「今出ているものは入り口ですね」と言うと、2人は「概論です」と答え、レンさんは「概論にしては細かい」と返しました。
北山さんは自分の授業で、昨日何回食べたか、何回飲んだかを学生に尋ねるそうです。物理的に外のものを取り入れる頻度で比べると、呼吸は飛び抜けて多くなります。
北山さんは、1回1回の呼吸を一度しっかり把握してから無意識に戻る人と、ただ無意識に呼吸している人とでは、人生が違ってくると考えています。川原さんも、瞑想の呼吸のときに横隔膜が肺を下に広げるイメージをしているそうです。
制作の途中で北山さんは不安になりました。専門知識を持つ川原さん、まとめ役の磯村さん、イメージを絵にする牧村さんという「神々の遊び」を特等席で見る中で、自分の役割を見失いかけたのです。
でもなんか途中で、「あれ、俺ここに居続ける理由がないぞ」みたいになって。
そこで北山さんは、絵本を別の角度から説明する楽曲群を作ると宣言してしまいました。
別に我々そんなプレッシャーかけてないですよ。
川原さんによれば、北山さんはその宣言を後悔し、とても大変そうだったといいます。絵本には合言葉が載っていて楽曲を聴ける仕組みになっており、レンさんは「こういう絵本はあまり見たことがない」と驚いていました。
推しは中耳、骨が歌い耳を守る筋肉がハグする
川原さんが印象に残っている曲は、2冊目『きこえる!』に登場する中耳の曲です。耳小骨 ── 中耳にある3つの小さな骨で、ツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨からなります。鼓膜の振動をてこの原理で増幅し、内耳へ伝えますは人体で最も小さい骨が3つつながってテコになり、外の音を大きくする役割を担っています。
中耳のキャラクターはChuchusという名前で、曲の中ではずっと「ホネホネ」と歌っています。
Chuchusが骨であることはもう忘れられないですよね。
レンさんも一番好きな擬人化キャラだと言い、北山さんは3つの骨よりも2つの中耳筋を推していると明かしました。
なんか絵本の中でキヌっていう骨がいて、キヌしか勝たんっていううちわを持ってるファンとかもいて、
川原さんの解説ページもついているため、言語聴覚士の試験に出る骨の名前を楽しく覚えられるといいます。さらに、Chuchusが歌う「体の中で一番ちっちゃな骨だけどなくてはならないバリュアブルな存在」という一節は、牧村さんが書いたセリフでした。
北山さんは絵本と楽曲の歌詞が違うのを嫌い、最初に出てきた言葉の力を重んじて、そのまま採用しました。牧村さんに作詞者として登録してよいかという「聞いたことのない質問」をした結果、牧村さんが作詞名義にも入っています。
当初はアップテンポで、カタカナに感嘆符つきの「ホネホネ」でしたが、北山さんがゆったりした曲調を提案すると、牧村さんがひらがなの柔らかい表記に描き直してくれたそうです。
中耳筋には、大きな音が入ると収縮して骨の動きを止め、耳を守る働きがあります。最初の案では耳小骨だけが空気ちゃんと握手し、中耳筋は立っているだけでした。
コンサートの後の握手会でぼーっと立ってるやつはいないと。だからこいつらになんかさせようってことで。
こうして中耳筋が空気ちゃんをハグする場面が生まれ、耳を守る働きを象徴的に表すことになりました。北山さんは5人組で活動しているぶん、3つの骨と2つの筋肉が5人組に見えているそうです。
やっぱ僕には5人組に見えてるんですよ。
2冊目『きこえる!』、聞く側の体をどう描くか
続編の話が出たとき、北山さんは「歌は届いて、聞いた人の中で完成する」という考えから、聞く側の体で何が起きているかを描きたいと提案しました。こうして2冊目『きこえる! うたうからだのふしぎ』が決まります。
歌っただけでは歌にならなくて、やっぱ届いて、その聞いた人の中で歌が完成するっていう考え方
難しかったのは、鼓膜を震わせた後、音が空気ではなく電気信号になる部分です。アバターにする案や電脳世界にする案など、チームで何十パターンも検討したといいます。
空気だけを主人公にすると途中で離脱してしまうため、2冊目では「概念としての音」のような描き方に落ち着いたそうです。エマさんは、科学を伝える側として正確さとわかりやすさのバランスに苦労しているレンさんにも通じる葛藤だと話します。
口に入れた瞬間の美味しを求めすぎると、なんか噛んでるとまずくなっていくみたいな感じになっていくじゃないですか。
北山さんは、正確さとわかりやすさの完全な両立は無理だとしたうえで、関わった全員が今できるベストを尽くしつつ、正解かどうかはわからない状態で世に出したと振り返りました。
報われた瞬間、難聴の子どもたちとMRIアニメ
絵本は評判も良かったものの、北山さんが「やりたかったことはこれだった」と思えたのは、ある1通のメッセージでした。川原さんのオンライン講演会に、難聴の小学生に発音を教える先生が参加し、画面越しに絵本を振って見せていたのです。
その子たちが絵本を見て、あ、この音の時にはこうなってるんだとか、あ、僕の発音ってこうなっちゃってるから、少し他の人と違うのかなみたいな気づきを自分でしてくれたんですって報告をしてくれて。
川原さんは、この報告で報われたと感じたといいます。北山さんも、耳で自分の声をチェックしながら上達してきた立場から、その意味を語ります。
要するにその自分のフォームを確認する鏡がない、もしくはあんまりちゃんと映らない子たちっていうのがいるわけじゃないですか。
耳の代わりに目で自分をチェックし、高めていく手伝いができたことに2人は感激し、お礼を伝えに子どもたちに会いに行きました。すると今度は「動いている空気ちゃんが見たい」「口の動きを動画で見たい」とリクエストされます。
MRI動画ありますよって話をしたら、あの、小学生には怖いんですよって言われたんですよね。
研究で見慣れていた川原さんには意外でしたが、MRI動画には頸椎も映り、見にくさもあります。川原さんが諦めかけたところ、北山さんがVTuberの技術を使い、牧村さんの絵をMRI動画の動きに合わせて動かせばよいと提案しました。
プロジェクトは一気に進み、日本語のほぼすべての発音を可愛いMRIアニメで解説する動画がYouTubeで公開されています。北山さんは、自分の感覚との違いを知ることは、違う形でもできるという「引き出し」になると話しました。
レンさんにも、子どもに読み聞かせたら興味を持った、親子で口の形を確かめ合った、といった感想が届いているそうです。自分たちが当たり前にしていることを知る面白さが子どもに伝わるのは良いことしかない、とレンさんは語りました。
「さしすせそ」の呪い、気づくと宇宙がある
最後に北山さんがどうしても話したいと切り出したのは、日本人が英語の歌を歌うときの「sea」と「she」の問題です。聞き分けや発音が難しいだけでなく、できる人でも入れ替わってしまうことがあり、北山さんは長年その理由が疑問でした。
川原先生との対話の中でハッとしたことがあって。だから日本語の「さしすせそ」が僕は良くないっていうことに気づいたんですよ。
北山さんによれば、子音を「S」でそろえるなら本来は「さ、すぃ、す、せ、そ」になるはずです。ところが日本語では「い」の段だけが「SH」の「し」になり、2つの系列が合体しています。
| 系列 | あ段 | い段 | う段 | え段 | お段 |
|---|---|---|---|---|---|
| Sの系列 | さ | すぃ | す | せ | そ |
| SHの系列 | しゃ | し | しゅ | しぇ | しょ |
| 日本語の「さ行」 | さ | し | す | せ | そ |
北山さんは、「た、ち、つ、て、と」はさらに複雑で、「は、ひ、ふ、へ、ほ」も子音が違うと指摘します。それを「母音だけが変わる同じ行」と教えていることに、ここ3年ほどで腹が立ってきたと語りました。
本来「すぃ」と言うのが肉体的に自然な場所で「し」と言うよう刷り込まれているからこそ、英語のseaとsheが入れ替わってしまう、というのが北山さんの見立てです。
で、気づくと突然そこに宇宙があるんですよ。
川原さんは、難聴の子どもたちが「しとひは何が違うの?」と容赦なく質問してくれることで、MRIと牧村さんの絵を使って違いを伝える挑戦が生まれ、それが北山さんにも還流していると話します。
僕はもうこのプロジェクトに関わって学びしかないんで、ほんとに僕が一番得してるんですよ。
1時間を超えてもまだ話が尽きず、リスナーからの質問コーナーは後編に持ち越しとなりました。レンさんは、「さしすせそ」の話を聞いた人は全員、明日から同じ呪いにかかるだろうと締めくくっています。
まとめ
ゴスペラーズの北山陽一さんと音声学者の川原繁人さんは、オンライン授業での偶然の出会いから、声の仕組みを子どもに伝える絵本と楽曲、MRIアニメへと活動を広げてきました。前編を通して語られたのは、科学は歌の魅力を損なうものではなく、悩む人の「お守り」になりうるという考え方です。
- 北山さんは川原さんの授業でMRI動画を見て、自分の感覚と実際の舌の動きが違うことに衝撃を受けた
- 「あい」で声が飛ぶ悩みのように、体の仕組みで説明できれば歌い手個人の責任ではなくなると2人は話す
- 絵本『うたうからだのふしぎ』は空気を主人公にし、後で正確な知識を学ぶときに邪魔しにくい「嘘」を選んで作られた
- 難聴の子どもたちが絵本で自分の発音に気づいたことが、MRIアニメ制作へとつながった
- 日本語の「さしすせそ」に2つの子音が混ざっていることが、英語のseaとsheの混同につながると北山さんは考えている





