なぜ「HR」ではなく「ピープル」なのか
今回のゲストは、株式会社ispaceのCPO(Chief People Officer)で、株式会社ソノマ代表取締役社長、ミネルバ式リーダーシッププログラムのファカルティでもある今村健一さんです。前回に続く2回目の出演で、今村さんは「前回は硬かったので、もっと崩して臨みたい」と笑います。
番組ディレクターが用意したテーマは、「CPOとCHROはどう違う?人事(HR)のリーダーが今学ぶべきテーマとは」。台本では、CPOは最高人材責任者として従業員と組織文化の醸成を担い、最高人事責任者であるCHRO ── Chief Human Resource Officerの略。経営陣の一員として人事戦略全般を統括する役職で、日本では最高人事責任者と訳されることが多いですとは役割が異なるとされています。
黒川さんによると、今村さんは以前、Zホールディングスという巨大な組織で最高人事責任者を務め、現在はispaceでCPOを担っています。大谷さんは、そのCPOという肩書きに何かこだわりがあるのかを尋ねました。
(人を)ヒューマンリソースっていうのが昔から嫌いなんだよね。人のことリソースっていうのが、ちょっと。
言語の問題なのかもしれないけれども、ちょっと嫌いで。だったら、もうピープルっていう風に自分の肩書きはしたいなと思って。
今村さんはispaceへの入社時に自らCPOという肩書きを使い始め、現在に至るといいます。大谷さんは、今村さんがリクルート時代の最後に立ち上げた「ヒトラボ」も「人」という言葉を使っていたことを思い出します。
今村さんにとって、人の「肌感」は自分の中の軸の一つです。人を軸にビジネスや組織をどう動かすかという考えを、肩書きや組織名に昔から込めたがるタイプだと話しています。
CPOは具体的に何をしているのか
人事領域に詳しくないリスナーに向けて、大谷さんはCPOの具体的な仕事内容を尋ねました。今村さんの答えは「一言で言うと人事にまつわること全部」です。
たとえば採用もその一つですが、今村さんのチームには採用のプロやマネージャーがいて、役割を分けています。今村さんが担うのは役員クラスの採用で、ispaceのアメリカとヨーロッパの拠点の社長の採用や、社外取締役の構成を考えて招聘することなどです。
組織開発、人材開発、評価、報酬、育成といった他の領域も、採用と同じ構図で分担されています。今村さんは上のレイヤーに集中し、下のレイヤーの施策のデザインはメンバーが担っています。
役員クラスや海外拠点の社長の採用、社外取締役の招聘、社長を含む評価やリーダーシップ開発の支援
採用のプロやマネージャーを中心に、現場レイヤーの採用や施策のデザインを担当
今村さんは、ispaceにはCFOやCTOなどのCスイート ── CEO、CFO、CTOなど「Chief ◯◯ Officer」の肩書きを持つ経営幹部の総称ですがいると説明したうえで、CPOの役割を次のように表現しました。
宇宙ビジネスの人事OKRはどう決まる?
ispaceでは今年からOKR ── Objectives and Key Resultsの略。達成したい目標(Objective)と、その達成度を測る主要な成果指標(Key Results)をセットで管理する目標管理の手法ですを導入しています。今村さんは、CPOのOKRは社長と握るというより「会社と握っている感覚」だと話します。
ispaceのOKRは、まず会社全体のオブジェクティブとキーリザルトがあり、そこからCPO部門のオブジェクティブが5つほど設定されます。そのOKRは今村さん個人ではなく、CPO部門の全員で持っているといいます。今村さん自身は、このOKRに他の要素も加えて評価されています。
会社全体のOKR
会社としてやりたいことのオブジェクティブと、それを測るキーリザルトを決める
CPO部門のOKR
会社のOKRから、5つほどのオブジェクティブを設定する
チームで共有
今村さん個人ではなく、CPO部門の全員でOKRを持つ
黒川さんは、宇宙ビジネスは翌月の業績で動くような事業ではないと指摘し、人事のキーリザルトも「こういうエンジニアを何人輩出する」といった長期的なものになるのかを尋ねました。
今村さんによれば、宇宙ビジネスのオブジェクティブ自体の納期は確かに長いものの、キーリザルトは半年に1回のサイクルで回し、半年で測れる計量的な数字をできるだけ置くようにしています。たとえば「強いチームを作る」というオブジェクティブなら、半期の採用人数や、VPクラスで「このポジション3つは絶対マスト」といった目標がチームで共有されます。
人事施策の効果は本当に測れるのか
黒川さんは、クライアント企業ともよく議論になる問いを投げかけました。人事のKRを定めても、それが育成などの施策によって達成されたと、どこまで確からしく言えるのかという問いです。
今村さんは、人事はそもそも確からしさを示すのが難しい領域だと前置きします。人が育ったことを何で測るかは結局難しく、今村さんは「人は人を評価できない」と基本的に考えているタイプだといいます。
(人事の効果測定は)「なんとなく」でしかやっぱないよね。
そのうえで今村さんが重視するのは、評価の数字そのものよりもプロセスです。「なんとなくこれぐらいだよね」という感覚を上司や周囲と握り、半年や1年に1回だけ話すのではなく、継続的にフィードバックをやり取りすることが大事だと話します。
経営戦略と人事戦略はなぜ断絶するのか
黒川さんは、Learner's Learnerの顧問で、以前パナソニック コネクトの社長を務めていた人物から聞いた話を紹介します。日本企業には、経営戦略と人事戦略が断絶している会社がとても多いという指摘です。
人的資本投資のストーリーを経営の指標につなげて語れていない状況について、今村さんも「割とそうかもしれない」と同意しました。原因は複合的だとしたうえで、日本の人事領域の慣習や体質、法規制による制約、そしてハイコンテキストな文化を挙げています。
エクスペクテーションマネジメントも、クリアにローコンテクストでできないとか。いろんな得手不得手があって、複合的な課題なんだと思うけどね。
黒川さんは、数字でクリアに整理される経営に対し、人事には制約や習慣、人間関係やお付き合いがあり、うまく転換しきれないのではないかと受け止めました。
今村さんは、うまくやっている日本企業もあると認めつつ、傾向としての課題を指摘します。人事の成功事例として語られるのはGoogleやAmazon、Netflix、ヨーロッパの企業などで、日本発の事例はトヨタの改善以降出てきていないといいます。
人事はいずれいらなくなる?
大谷さんは、外資系企業では人を数値化し、投資へのリターンを測る指標を作って改善を回す動きがあり、データに強い人事が求められていると整理します。そのうえで、文化によって受け取り方が違う人間を扱う人事には、AIが進展するなかでどんな力が必要かを尋ねました。
今村さんは「一つ大きな仮説」と前置きして、意外な答えを返します。
今村さんがリーダーシップ開発に取り組む理由もここにあります。人事制度に頼らず、自発的に動けるリーダーが現場ごとにいれば、総体としての組織や会社はうまくいくと思いたい、という希望を持っているそうです。
今村さんのいうリーダーとは、新人から社長まで全員のことです。AIができる人事の仕事はどんどんAIに任せればよく、人事が考えるべきことは、現場でリーダーシップが生まれ、育まれ続けるにはどうしたらいいかだけだと話しました。
組織開発か、人材開発か
黒川さんは、ある大手人材育成会社の社長が「組織はいい、結局リーダーシップが大事で個人に振り切っている」と話していた例を挙げます。一方で、リーダーシップという現象が起きる組織をどう作るかという観点もあるとして、今村さんの考えを尋ねました。
今村さんの答えは「両方」です。ただ、組織は人の集まりで構成されるため、どちらが先かといえば人の開発が先だろうと考えています。
AIだけでその人のリーダーシップは育まれるわけでもなく。人事の仕事が残るんだったら、そこのリーダーシップ開発ぐらいなのかなっていう気もするよね。
大谷さんは、人事は制度や人事デザインのスキルを高めるべきだという話を想定していたため、驚いたといいます。人事がいないほうが、現場で本当の意味でリーダーシップが発揮され、集団が活性化する時代が来るのではないか、と大谷さんは今村さんの考えを受け止めました。
AI時代に人事データの限界はどこにあるのか
今村さんは改めて「人は人を評価できない」という前提に戻ります。人ができないのだから、評価点をつけることはAIにも当然できないと考えています。採用もAIで効率化はできても、100点は出せないといいます。
今村さんは、人事データやIT人事といったキーワードが10年、20年と叫ばれてきたことにも触れ、そこには限界があると考えています。
それ(データ活用)だけをやってたら、多分人的資本の指標ってどれぐらい社員数を減らすかになると思う。
今村さんは、1000人の会社を100人にするような振り切った会社があってもいいとしつつ、AIが得意な領域はAIに流れる一方で、現場のリーダーシップへの希望は捨てたくないと語ります。
今村さんがかつて文化人類学 ── 人間の文化や社会を、現地での観察や参与を通じて理解しようとする学問ですやエスノグラフィー ── 研究者が現場に入り込み、人々の行動や文脈を観察・記述する質的な研究手法ですの手法を大学で学ぼうとしたのも、ITやAIによる人事の定量化には無理があると感じたことが背景にあったそうです。
評価から解放されたら、何が残るのか
大谷さんに感想を求められた黒川さんは、「人は人を評価できない」がこの回のキーワードだったと振り返ります。そこから、そもそもなぜ人は人を評価するのかを考えたといいます。
黒川さんの仮説では、他者による評価は、資源の配分比率を決めるコンセンサスのために行われています。AIによって働く人が徐々に減り、限られたパイをどう分けるかを考えなくてよくなれば、人は評価から解放されていくかもしれません。
限られたパイの配分を決めるコンセンサスのために、人が人を評価せざるを得ない
評価から解放され、その余白をリーダーシップや、会社と生き方を重ねて考えることに使える
大谷さんも、制度やルールメイキングが人の力を引き出すと思っていたものの、究極的には個人のリーダーシップやあり方がその場その場で一番いい状態を作るのだと納得し、面白いと語りました。
人事のリーダーがいま学ぶべきテーマとは
番組のテーマである「人事のリーダーが今学ぶべきこと」について、今村さんは迷わず答えました。
今村さんによれば、組織やチームで最も予測できない構成要素は人です。だからこそ、システムをどう捉え、自分がどう働きかけてチームのパフォーマンスを上げるかというシステムシンキング ── 物事を個別の要素ではなく、要素同士のつながりや相互作用からなる全体として捉える考え方ですは、どのレイヤーの人でも鍛えるべき力だと話しています。
大谷さんは「人事のリーダーが今学ぶべきテーマはシステムシンキング」とまとめ、番組を締めくくりました。
まとめ
今村健一さんは、人をリソースと呼ばない姿勢をCPOという肩書きに込め、人は人を評価できないという前提から、人事の未来をリーダーシップ開発に見ています。そのうえで、人事のリーダーが学ぶべきものとしてシステムシンキングを挙げました。
- CPOは社長がやる仕事の人事パーツを担い、役員採用や経営層の評価・育成に集中している
- 人事施策の効果は厳密には測れず、継続的なフィードバックのプロセスが大事だと今村さんは考えている
- AIや人事データには限界があり、人事に残る仕事は現場のリーダーシップ開発ではないかという仮説が語られた
- 人事のリーダーがいま学ぶべきテーマとして、今村さんはシステムシンキングを挙げた




