肉の日の朝、牧場は何をしている?
この回のテーマは、リスナーから届いた「交配を繰り返して丈夫な牛を作ると、牛は最高何産までできるのか」という質問です。川上さんはギネス記録の牛を例に、長生きする牛と長く活躍できる牛の違いを話すと予告します。
配信日は10月29日で、川上さんは「肉の日」にちなんでお肉をたくさん食べてほしいと呼びかけます。畜産農家の廃業が続いていて、このままでは国産のお肉が食べられなくなるという危機感も口にしています。
やばいですよ、国産のお肉食べれなくなりますよ。本当に気をつけてください。
この日の川上さんの仕事は、種の販売会社の営業対応、堆肥の販売と配達、月末の支払いや書類仕事です。もうすぐ分娩しそうな牛がいるのに、お乳があまり張っていないのが気がかりだと話されています。
川上さんは、遺伝改良や交配、繁殖管理が牛の仕事の中でいちばん好きだといいます。その話を聞いてきたリスナーが考えた質問が、今回の題材になっています。
前日に話していた営業の件は、無人の自動販売機を扱う会社でした。出雲市で店舗を増やしたいという話で、川上さんは新しい試みとしてチャレンジしてみるつもりだそうです。
牛乳そのものはなかなか販売できないため、川上さんは加工品を自動販売機で売り、そこから牧場の体験や牛の知識につながる仕組みを考えています。自動販売機の新しい使い方を模索している段階です。
お知らせとして、配信を文字起こしして再構成した記事をnoteに毎日載せていることも紹介されます。メンバーシップの支援は、子ども食堂への牛乳支援や食育活動にあてる「#未来の牛乳」の活動に使われるとのことです。
48年9ヶ月を生きた牛、ビッグバーサとは?
お便りコーナーで紹介されたのは、配信アプリSPOONから届いた質問です。
交配を繰り返して丈夫な牛を作り出すと、最高何産まですることができるものですか?
ケンキチポパセリッティ さんから
川上さんによると、日本で産業動物として飼われるホルスタインの平均寿命は6〜7歳くらいです。牛乳を搾ったあと、お肉になって人の役に立つ流れが一般的だと説明します。
そこで川上さんが調べたところ、ギネスワールドレコーズに載っている最長寿の牛は、なんと48年9ヶ月生きていました。アイルランドの国営放送RTEの記録では、その牛は生涯に39頭の子牛を産んでいます。
この牛の名前はビッグバーサです。アイルランド南西部のケリー州で、ジェロム・オリアリーさんという農家に飼われ、1993年に亡くなりました。
ビッグバーサの生年は、ギネスのページでは1944年、RTEなどでは1945年と記載に違いがあるそうです。そのため川上さんは、資料の間で一致している48年9ヶ月という数字を使って話を進めています。
RTEが残す1986年のニュース映像では、ビッグバーサが39回目の妊娠を終えて子牛を産んだことが報じられています。川上さんは、長生きだけでなく繁殖の記録であることに驚いています。
(39頭は)本当に一年に1回、酪農家が頑張って繁殖管理をしてやったとしても、単純計算で39年間もかかるわけですよ。
ただし、ビッグバーサはホルスタインではありません。アイルランドの在来品種のドリーマンという牛で、お乳とお肉の両方に使われてきた小型から中型の牛だとされています。
この品種の協会は、丈夫で長命性があり、10代になっても分娩できる牛として紹介しているそうです。川上さんは、ビッグバーサの記録を見てホルスタインも39産できると考えるのは違う、と念を押します。
ビッグバーサは地元の有名牛でもあり、セントパトリックデーのパレードに登場し、がん研究や慈善活動の募金にも貢献したとRTEは記録しています。川上さんはこの牛を「ほぼ一人の地域住民みたい」と表現しています。
39産が限界?日本の乳牛は平均3産ちょっと
では、牛は最高39産までなのでしょうか。川上さんの答えは、39頭は確認できる有名な記録であって、生物学的な限界という意味ではない、というものです。
牛には「10産になったら必ず繁殖できなくなる」といった明確な回数制限はないそうです。子宮や卵巣、足、乳房、歯、栄養状態、病気などがすべて保たれて妊娠できれば、産次数は重なっていきます。
一方で現実の日本の乳牛は、農林水産省が2025年に示した資料によると、令和5年度の平均除籍産次 ── 牛が牧場の牛群からいなくなる時点での出産回数。乳牛がどれだけ長く牛群で働いたかを測る目安になりますが約3.21産です。牛群からいなくなる時点で、平均すると3産ちょっとということになります。
農水省の過去の技術資料では、1年1産を繰り返して6産、7産、8産と長命連産できるのが理想という考え方も示されてきました。世界記録の39産と日本の平均3産ちょっとには、ものすごい差があります。
日本の乳牛が3産ほどで牛群を離れる大きな理由は、寿命が来たからではなく、途中で牧場から除籍されるからです。農水省は主な理由として、繁殖障害、乳房炎などの乳器障害、足や蹄の問題、その他の病気、急な死亡事故を挙げています。
例えばものすごくお乳を出す。でも妊娠しません。次の分娩ができない、あるいは乳房炎を繰り返す、足を悪くして立てなくなる。
こうなると、生き物としてはまだ生きられる年齢でも、乳牛として牧場に残るのは難しくなります。ここから川上さんは、この回の大切なポイントとして「寿命」と「生産寿命」の違いを説明します。
家畜改良センターも、乳牛の長命性は寿命を全うする能力ではなく、経済動物としてどれくらい酪農生産に貢献し続けられるかという考え方だと説明しているそうです。
5歳からほとんど妊娠できていないなら、乳牛として最高の長命性とは言わない
毎年安定して分娩し、病気が少なく、足も乳房も丈夫で牛乳を出している牛のほうが価値がある
質問にあった「交配を繰り返して丈夫な牛を作る」という考え方も、ただ寿命を延ばすことが目的ではありません。妊娠しやすく、乳房炎になりにくく、足が丈夫で、暑さに強く、何産しても安定して牛乳を出す牛を増やしたい、と川上さんは話します。
長く残る牛は経営をどう変える?
川上さんによると、日本の育種もすでにその方向に向かっています。現在のホルスタインの遺伝評価には、乳量だけでなく、繁殖性指数、疾病抵抗性指数、在群能力、長命連産効果といった評価があるそうです。
昔はどれだけお乳を出すかがとても重視されていました。たくさん出して2産ほどで牛群を離れる牛と、少し乳量は低くても6〜7産まで安定して残る牛のどちらが優れているかは簡単には決められないものの、長いほうが生産コストは抑えやすいと話されています。
長命連産が大事な理由のひとつは育成コストです。牛が3産くらいで次々にいなくなると、その穴を埋めるためにたくさんの育成牛を育てる必要があります。しかも育成牛が最初の牛乳を出すまでには約2年かかります。
供用年数3.5年。必要な育成牛は58頭
供用年数5年。必要な育成牛は40頭になり、飼料費を年間330万〜365万円程度削減できるケース
この試算を受けて、川上さんは長生きは牛の福祉だけでなく、経営にも直結すると強調します。
ただし、とにかく長生きが正解というわけでもありません。海外の研究では、高泌乳牛群の生産寿命は平均で3〜4年程度とされ、いちばん長く生きること自体が経済性やアニマルウェルフェアの最適解とは限らないとも指摘されています。
高齢になって毎年病気になったり、治療が必要だったり、妊娠しなかったり、歩くのもつらい。それでも長命記録を伸ばすぞと飼い続ける。これは牛にとって幸せなのか、経営にとっていいのか。
そのため川上さんは、目標は最高齢ではなく、健康な期間を長くすることではないかと考えています。
交配だけで丈夫な牛は作れるのか
質問の核心である「交配だけで丈夫な牛を作れるのか」について、川上さんの答えは「できる。でも交配だけではできない」です。
家畜改良センターは、長く牛群に残る能力である在群能力を遺伝率 ── ある性質の個体差のうち、遺伝で説明できる割合。低いほど、環境や管理の影響が大きいことを意味しますの低い形質だと説明しているそうです。遺伝の影響はあるので、長命性や繁殖性、疾病抵抗性、乳房、肢蹄に優れた種雄牛を選んで交配する意味はあります。
ただ、遺伝だけでは決まりません。川上さんは、遺伝評価が高くても管理が合っていなければ能力は発揮されないと、具体例を挙げて説明します。
| 遺伝の強み | 崩れる管理 | 起きること |
|---|---|---|
| 脚の評価が高い | 滑る床、削蹄しない、牛床のサイズが合わない | 脚を痛める |
| 疾病抵抗性が高い | 不衛生な牛舎、暑熱対策なし、過密 | 病気になる |
| 繁殖能力が高い | 分娩後に餌を食べられず極端な負のエネルギーバランス | 受胎しにくくなる |
遺伝子は壊れにくさの設計図で、飼養管理はその設計図を実現する環境と、そんなイメージに考えていただけたらいいかなと思います。
川上牧場でも遺伝改良に熱心に取り組み、ゲノム検査もしています。ただし、乳量がいちばん高い牛だけを残すのではなく、繁殖性、疾病抵抗性、乳房、脚、長命性など、いろいろな数字を見ているそうです。
次世代に残したい牛には性選別精液 ── 生まれる子牛の性別がメスに偏るよう処理された精液。後継牛を効率よく残したいときに使われますを使います。それ以外の牛は受胎率や産次、分娩難易度などを見ながら、ホルスタインを交配するか、和牛の受精卵移植をするかを判断しているといいます。
川上さんは、いまの交配が5年後、10年後に何産まで元気に残れる牛群になるかにつながっていると話しています。
目指すのは39産より「もう1産」
では、ビッグバーサのような牛を育種目標にすればいいのでしょうか。川上さんは「そうは思わない」と答えます。世界記録になるほどの外れ値で、しかもホルスタインとは違う在来品種であり、管理環境も乳量も現代の酪農とは違うからです。
川上さんが大きな意味があると考えるのは、3産でいなくなる牛を4産へ、4産の牛を5産へと、健康なままもう1回分娩できる積み重ねです。
7産、8産まで残っている牛は、何度も妊娠と分娩を繰り返し、暑い夏を越え、乳房炎や代謝病、繁殖のリスクをクリアしてきた牛だといいます。
だから高産次の牛を見ると、単におばあちゃん牛というより、何年も選抜を勝ち抜いてきた牛という見方ができます。
一方で、高産次なら必ず優秀とも限りません。高齢になるほど病気や事故のリスクは変わり、若い世代にはより新しい遺伝的改良が入っているため、昔の牛を永遠に残すのが正しいわけでもないそうです。川上さんは、ここが育種の面白くて難しいところだと話します。
何産もできる丈夫な牛を作るなら、川上さんは乳量だけでなく、次の5つを重視するといいます。日本の長命連産効果も、複数の形質を組み合わせて評価しているそうです。
- 繁殖性(毎年きちんと妊娠できる)
- 乳房(乳房炎になりにくく、搾乳しやすい)
- 脚・肢蹄(何年経っても歩いて餌を食べに行ける)
- 疾病抵抗性
- ボディコンディションを維持する能力
つまり、長寿の遺伝子がひとつあるわけではない、というのが川上さんの見方です。ビッグバーサについても、39回近く分娩を乗り越え、長い期間脚が使えて体を維持できた点にこそ、本当の丈夫さがあると話しています。
川上さん自身は、39産する牛を作ることにはあまり興味がないそうです。それより、10年後の川上牧場で6産、7産、8産になっても普通に食べて歩き、妊娠して牛乳を出す牛が増えていたら、いい牛群になっていると言えると話します。
最後に川上さんは、ビッグバーサの39頭を黒毛和牛の子牛で考えたら、1頭80万円として約3億円になると試算し、「夢がある」と笑います。長命連産を目指して酪農の世界に飛び込んでほしい、と呼びかけていました。
あわせて、Kindle本『酪農未経験者のために 遺伝改良と飼養設計編』や、そのデータを読み込ませたFarmEcho AI、86の牧場で使われている和牛の近交係数計算アプリ「和牛交配チェック」も紹介されています。
まとめ
「牛は最高何産できるのか」という質問への川上さんの答えは、明確な上限はないけれど、目指すべきは記録ではなく、健康なまま「もう1産」を積み重ねることでした。そのためには、遺伝で壊れにくい牛を作り、飼養管理で壊れないように育てる、その両方が必要だと話されています。
- ギネス記録の牛ビッグバーサは48年9ヶ月生き、39頭の子牛を産んだ。ただしホルスタインではない在来品種で、極端な例外
- 牛に生物学的な産次の上限はないが、日本の乳牛の平均除籍産次は約3.21産。主な理由は繁殖障害や乳房炎、肢蹄の問題による除籍
- 寿命と生産寿命は別物。長く働けると育成牛や飼料費が減り、経営にも直結する
- 丈夫さは交配だけでは完成しない。遺伝改良と床・蹄・暑熱対策・分娩管理などの飼養管理がそろって初めて実現する
- 目標は最高齢ではなく、3産を4産へ、4産を5産へと健康な期間を延ばしていくこと


