鼻をかむ人とかまない人、何が違う?
この回の入り口は、レンさんとエマさんの鼻をかむ習慣の違いです。エマさんは鼻水がよく出るので毎日のようにかんでいる一方、レンさんはふだんほとんど鼻をかまないといいます。
羨ましいな。私(鼻水が)めっちゃ出るんだよね。
レンさんによると、鼻をかむ目的は気道の異物を外に出すことにあります。鼻をかめば菌やウイルスも外に出されるため、風邪を引きやすいかどうかにも影響するといわれています。
だけど、こうどうやって鼻をかむのかとかも大事らしくて。
この「鼻のかみ方」の研究が、2026年のイグノーベル賞で日本人の受賞研究として話題になりました。研究者の海野徳二 ── 旭川医科大学に在籍していた耳鼻咽喉科の研究者。1977年に鼻のかみ方を測定した論文を発表し、2022年に亡くなっていますさんはすでに亡くなっており、受賞したのは約50年前、1977年に発表された論文です。
エマさんはテレビで、授賞式の会場に集まった人たちが盛り上がって一緒に鼻をかんでいる様子を見たといいます。今回の後編では、前編で紹介した5部門に続き、残りの5部門が取り上げられます。
鼻のかみ方を測ると何がわかったのか
海野さんの論文のタイトルは「鼻のかみ方:鼻の気体動力学的研究」というもので、受賞部門は医学賞です。授賞式には、当時の旭川医大の高原教授が代理で出席しました。
レンさんによると、この研究は鼻をかむという行為そのものに注目し、きちんと測定した初めての研究だったようです。エマさんは、自然な行為なのにそれまで測られていなかったことを意外だと受け止めています。
海野さんが測ったのは、どれくらいの速さで、どれくらいの量の息を、どれくらいの時間をかけて出すのかという点です。呼気流速計を2台使って右の鼻と左の鼻の空気の速さを同時に記録し、耳の穴にはバルーンカテーテルを入れて、鼻をかんだときの耳の中の圧力変化も計測しました。
鼻のかみ方の測定でわかったことの1つは、片方ずつかむことの大切さです。通りの悪い側の鼻は、通りのいい側を塞いで初めて十分な速度が出ます。両方の鼻で同時にかむと、通りにくい側からはあまり空気が出ず、詰まりの解消にもならないといいます。
まあでもさ、鼻かむ時そうだよね、片方塞いでるよね。
もう1つのポイントは、かむ長さです。海野さんは同じ時期に「咳とくしゃみ」という論文も出しており、異物を強制的に外へ出す行為をまとめて調べていました。比べてみると、くしゃみのように短くバッと出すより、大きく長く鼻をかむほうが異物の除去に向いているといいます。
長くかむほうがよい理由は、気道の奥にあります。短い時間だと出口に近いところの異物しか出ませんが、息を吐き続けると気道が縮まり、肺活量いっぱいの空気の最後の3分の1あたりで、奥の異物が一番よく出ていくといいます。
息を吐き始める
最初は出口に近いところの鼻水や異物が出る
息を吐き続ける
空気を出し続けると気道が縮まっていく
最後の3分の1
絞り出すような気流が、気道の壁にへばりついた病原菌などを剥がして運ぶ
最後の方って別にそんなに出てる感じはしないけど、でも目に見えないものがめちゃくちゃ実はちゃんと出てるってことね。
こうした結果から、海野さんの論文では息を吐き切るように長くかむことが推奨されています。さらに別の古い研究では、鼻をかむ習慣をつけた子どもとそうでない子どもで、慢性副鼻腔炎 ── 鼻の奥にある副鼻腔の炎症が長く続く病気。いわゆる蓄膿症のことで、鼻づまりや粘り気のある鼻水などが続きますの罹患率に差があるとされ、子どものうちに正しいかみ方を教えたほうがよいとも言われてきました。
エマさんが「じゃあなんで君はあまりかまないの?」と聞くと、レンさんはふだん鼻水が全然出ないと答えます。エマさんは、逆に鼻水が止まらなくなってつらかった時期があったと振り返っています。
50年前の「正解」は今も正しいのか
レンさんは、海野さんの研究が「古い研究」だという点をあえて強調します。2026年現在、長く片方ずつかむことが絶対に推奨されるかというと、話はまた別だからです。
昔の研究には、例数が少ない、鼻をかむ習慣のある子どもとない子どもをランダムに分けられていないなど、設計が甘いのではないかという指摘があります。副鼻腔炎については差が言えた一方、ほかの病気では差がないとする研究もあり、現在のガイドラインで特定のかみ方が推奨されているわけでもありません。
だからこれ曖昧ですよねっていう結論ではあるな、正直。
エマさんは、ここで論点を整理します。1970年代の海野さんの研究が示したのは「大きく長く、片方ずつかむのがいい」ということで、それがどれほど効くかを確かに言えないのは、実験の症例数などの問題があるからだ、という理解です。レンさんもその整理に同意しています。
レンさんは、大規模に鼻のかみ方を研究する人がいないのかもしれないと話し、この受賞を研究自体への課題提起のようだと受け止めます。エマさんも、これを機に続きを研究する人が現れれば分野が進むかもしれないと期待を寄せます。
でも知りたいわ。鼻のかみ方の最適解みたいなのがあったら。
エマさんは、花粉症などで鼻をかみすぎて鼻の周りの皮が破けてしまう人もいると指摘します。レンさんは、長くかむのがよいといっても、強すぎたり長すぎたりするのはおそらく良くなく、推奨ラインはまだ曖昧だと補足しました。
一方で、新しい研究も動き始めています。耳に水が溜まる子どもの病気について、鼻をかむことや咳をすることの効果を検証する試験が2025年から始まっているといい、レンさんは今後も鼻をかむ研究は出てくるだろうと見ています。
日本人20年連続受賞と、たまごっちの経済学賞
イグノーベル賞での日本人の受賞は、今回で20年連続になります。エマさんは「今年は日本人がいないとなって、昔の研究を引っ張ってきたのでは」と冗談めかし、レンさんも「あり得るっちゃあり得る」と応じています。
日本人の受賞例として、レンさんはたまごっちやバウリンガルを挙げます。たまごっちは1997年に、世界中の人が仮想ペットの世話に膨大な時間を費やしたとして経済学賞を受けました。レンさんは「研究なのか」と笑いつつも、経済への影響は確かにあったと話します。
話は育成ゲームの思い出に広がります。エマさんはたまごっちに憧れながら一度も持ったことがなく、今のWi-Fiにつながるタイプを含めて少し欲しいといいます。レンさんは1998年発売の「ポケットピカチュウ」を持っていて、万歩計のように振って遊んでいたと振り返りました。
連続受賞の始まりについて、レンさんは2007年に牛の糞からバニラの香り成分バニリン ── バニラの主な香り成分。現在は多くが化学合成でつくられ、お菓子や香料に広く使われていますを抽出した研究を挙げ、そこから20年連続だと説明します。
日本の文化と相性いいのかもしれない、イグノーベル賞が。なんか面白がってるもん、みんな。
エマさんは、日本には研究機関がきちんと整っていることも理由ではないかと付け加えています。
赤ちゃんはなぜいい匂いがするのか
2つ目は「嗅覚賞」です。受賞論文のタイトルは「赤ちゃんは親にとって素晴らしい匂いがするけど、ティーンエイジャーはそうではない」というもので、2017年に発表されました。
この嗅覚賞の研究では、200人以上の親とその子どもを対象に、子どもの体臭を親に評価してもらいました。その結果、乳幼児が最もいい匂いと評価され、とくに4歳未満は高いスコアになり、14歳を超えるとポイントが下がっていました。
ただしレンさんは、この嗅覚の研究には勘違いも多いと指摘します。よく言われる「母親は息子の匂いを、父親は娘の匂いを嫌がるようになる」という近親交配回避説とは関係がなく、親や子の性別は結果に有意な影響を与えていませんでした。
また、この論文はティーンエイジャーが臭いと言っているわけでもありません。ティーンエイジャーの匂いはパートナーの匂いと同じくらいの評価で、むしろプラスの評価です。赤ちゃんのポイントが際立って高いというのが実際の結果です。
普通の人になるっていう感じ。
レンさんは、これだけではモヤモヤが残るとして、2024年に出た別の研究も紹介します。乳児18人と平均15.5歳の思春期後の子ども18人に、脇に綿パッドを縫い込んだTシャツで一晩寝てもらい、吸着した匂い成分を分析したものです。
分析では40種類以上の共通の化合物が見つかり、基本的な成分は似ていました。そのうえで、思春期後の子どもと乳児とでは、割合の高い成分に違いがありました。
カルボン酸系の化合物の割合が増える。ヤギ臭と呼ばれる4-エチルオクタン酸や、チーズっぽい匂いの成分など
スミレのような甘い香りのα-イソメチルイオノンなど、乳児のほうが多い成分がある
なぜ違いが出るのかはわかっていません。エマさんは、母乳を飲む赤ちゃんと肉などを食べる大人では食べているものが違うからではないかと推測し、レンさんも食べ物は影響しそうだと応じています。
キスはいつ、なぜ生まれたのか
3つ目は、エピソード説明によると「生体力学賞」です。受賞したのは、キスの起源を系統樹 ── 生物の種が共通の祖先から枝分かれしてきた関係を、木の枝のような図で表したもの。進化の道筋を考える基本的な道具ですから復元するという研究で、2025年にオンライン公開された論文です。レンさんは、自身のポッドキャストでこの論文を取り上げていたといいます。
キスの研究で最初に難しいのは、キスの定義です。口と口が触れることをすべてキスにすると、口移しで餌を与える行動や、魚が口でつつき合う「キスファイティング」、犬が人間の口を舐めるような種を超えた接触までが含まれ、起源をたどるうえでノイズになります。そのため、こうした例は除外されています。
そのうえで、類人猿を中心に、現在生きているどの種がキスをするかを調べ、そこから共通祖先がキスをしていた確率をさかのぼって推定しました。
定義を絞る
口移しや魚の攻撃、種を超えた接触などを除外する
今いる種を調べる
類人猿などのどの種がキスをするかを確認し、系統樹の枝先を埋める
確率を逆算する
キスをする種としない種の共通祖先が、キスをしていた確率を計算する
年代を推定する
確率をたどって、キスが始まったおおよその時期を割り出す
推定によると、キスが生まれたのは2150万年前から1690万年前ごろ、ゴリラや人の区別がまだない大型類人猿の共通祖先の時代とされます。レンさんは、除外した例を除けば、ほかの哺乳類にはおそらくキスはないだろうと話しています。
キスが生まれた理由については結論は出ていないものの、有力な説が3つあるといいます。
| 仮説 | 考え方 | 根拠として挙げられた点 |
|---|---|---|
| 相手の品定め説 | 唾液や匂いで相手の健康状態などがわかる | 交配のシステムと相関がある |
| 口移し説 | 食べ物の口移しから発展した | キスが確認された種は例外なく、咀嚼した食べ物を子に与える |
| 毛繕い説 | 毛繕いの最終段階から発展した | 猿は毛繕いの最後に口で汚れを吸い取るような動作をする |
口移しについて、エマさんは映画『君の名は。』に出てきた、米を噛んで酒にする場面を思い出します。レンさんは「口噛み酒」だと答え、文化によっては人間にも口移しに近い習慣があるかもしれないと話しました。
レンさんは脱線として、人間の文化でもキスは当たり前ではないと紹介します。2015年に168の文化圏を調べた研究では、恋愛的・性的なキスがあるのは46%だけで、アフリカやアマゾンにはキスを気持ち悪いと感じる集落もあるといいます。傾向として、階層社会のほうがキス文化を持ちやすく、平等主義的な狩猟採集民では少ないそうです。
そう、だから人類不変じゃないんだよね。
さらに、同じ猿の種でも、飼育下ではキスをするのに野生ではしないといった例もあります。エマさんは、文化なのか本能なのかわからなくなると話し、飼育下のほうが清潔だからキスするのではという仮説も出します。レンさんは、2000万年前の起源なら本能に近いのではと考えつつ、この研究はあくまでコンセプト的なもので実証されたわけではないと補足しました。
ミルクを出すゴキブリと「スーパーフード」騒動
4つ目は、ゴキブリの研究です。エマさんはゴキブリが卵で生まれるものと思っていましたが、レンさんによると、卵ではなく母親の体内で育ってから生まれる胎生のゴキブリが1種だけいて、母親がミルクで子に栄養を与えているといいます。
哺乳ゴキブリってこと?
ゴキブリは3億2000万年前からいるとされ、卵生のもの、その中間でカンガルーに近いもの、そして胎生のものがいるとレンさんは説明します。受賞したのは、この胎生のゴキブリのミルクに含まれるタンパク質の結晶構造を明らかにした研究で、番組がコラボしたこともあるKEK ── 高エネルギー加速器研究機構の略称。茨城県つくば市にあり、加速器を使った物質や生命の構造研究などを行う日本の研究機関ですのほか、フランス、アメリカ、インドなどの研究機関が参加しています。
タンパク質を結晶にするのは本来難しいのですが、このゴキブリのミルクは、子が飲むと体内で勝手に結晶になるといいます。結晶になるほどタンパク質の密度が高いため、同じ質量でもタンパク質の量が非常に多いことがわかりました。
ここから話が膨らみます。2016年ごろ、「ゴキブリのミルクは牛乳の3倍のエネルギーがある」として、完全栄養食やスーパーフードになるのではと大きな話題になりました。昆虫食やコオロギが話題になった流れとも重なりますが、レンさんは当時から言い過ぎだったと話します。
まあ実際論文はね、一言もそんなこと言ってないと。
このゴキブリのミルクの論文は、あくまでタンパク質の構造解析の研究です。レンさんは、論文が言っていないことまでメディアが盛り上げてしまった例として考えさせられると話しています。昆虫食としての活用はそれとは別に研究されているそうです。
エマさんはミルクがどこから出るのか気になりますが、レンさんによると人間のような乳房はなく、染み出してくるような形らしいとのことです。2人とも画像検索はしたくないとしつつ、ゴキブリを研究する人にとってはとても面白い研究だろうと話しています。
毒ヘビを踏む実験と、撤回論文の受賞
最後は生物学賞で、毒ヘビを踏んだときにどこを踏むと一番噛んでくるかを調べた、2024年のブラジルの研究です。ブラジルで最も危険な毒ヘビによる事故が実際に多く起きているため、その生態を調べる目的がありました。
エマさんは最初、ヘビを倒すときにどこを踏めばいいかの研究だと思っていましたが、実際は人がジャングルなどでうっかり踏んでしまったときを想定し、どこを踏むと危ないかを調べるものでした。研究者は安全ブーツを履き、ヘビをそっと踏む実験を、条件を変えながら繰り返しています。
踏む場所によって反撃の割合は大きく変わります。ただエマさんは、誰も踏もうと思って踏むわけではないと話し、レンさんも見てわかるならそもそも気をつけるはずだと笑っています。
番組では「4万回以上踏んだ」というのは、ブラジルの研究者個人の回数で、116匹のヘビで踏む実験を続けたと紹介されています。
毒ヘビの論文は2024年に発表されましたが、その半年ほど後、研究所の動物倫理委員会が、承認された範囲を超える実験をしたのではないかと問題にしました。研究者側は申請をしたうえで、時間を空けてそっと踏むなどの配慮をしていたと主張しましたが、揉めた末に論文は撤回されています。
エマさんが「それでもイグノーベル賞に選ばれているの?」と驚くと、レンさんは、撤回された論文への授賞はこれまであまりなかったと答えます。
イグノーベル賞側からしたら、受賞対象がその論文ですよって言ってるというよりかは、その論文がもたらした議論に与えられてるって感じらしい。
エマさんは、鼻のかみ方の研究も同じだと気づきます。論文の結論だけでなく、その後の議論や社会への影響まで含めて評価されているという理解に、レンさんも同意し、ノーベル賞も社会へのインパクトを評価の対象にしていると補足しました。
レンさんによると、毒ヘビ論文はデータの捏造などの不正ではなく、倫理審査をめぐる「コミュニケーションエラー」と言われる手続きの問題でした。エマさんは、研究者が委員会ときちんとコミュニケーションを取るべきだという注意喚起にもなっていると受け止めています。
キャッチーな研究とどう付き合うか
10部門を紹介し終えたレンさんは、今年のラインナップは去年よりも考えさせられると振り返ります。研究そのものだけでなく、メディアがそれをどう扱うのかという点にもメッセージ性を感じたといいます。
エマさんは前編で紹介した「高級車に乗る人ほど非倫理的になる」という研究にも触れ、SNSで拡散されやすいキャッチーな話題をそのまま受け取ってよいのかを考えさせられたと話します。
レンさんは、情報があふれる社会でニュースを見るときにこそ、この視点が重要だと強調します。新聞やウェブ記事は本来元の文献を載せるべきなのに、載っていないことが多いといいます。
なんか鵜呑みにしすぎるのは良くないよねっていう話ではある。本当に。
最後にエマさんは、今回いちばん衝撃だったのは胎生のゴキブリだったと話します。レンさんも「胎生のゴキブリがいるらしいよ」は飲み会のネタになると笑い、気に入った研究があれば自分でも調べてみてほしいと呼びかけて、この回は締めくくられます。
まとめ
イグノーベル賞2026の後半5部門は、笑える題材の裏に、研究の限界や報道との距離、研究倫理の手続きといった論点を抱えていました。受賞は論文そのものより、論文が呼んだ議論に向けられているという見方が、この回全体を通す軸になっています。
- 海野徳二さんの1977年の研究は、片方ずつ、大きく長く鼻をかむと異物を除去しやすいことを測定で示したが、現在のガイドラインで推奨されるほどの決着はついていない
- 赤ちゃんの匂いは親にとって際立って高評価で、ティーンエイジャーは臭いのではなくパートナー並みの「普通」になる
- キスは約2000万年前の大型類人猿の共通祖先で生まれたと推定されるが、人間の文化圏でも半数以下にしかない
- ゴキブリのミルクは「スーパーフード」と騒がれたが、論文はタンパク質の構造解析で、そうした主張はしていない
- 撤回された毒ヘビ論文への授賞は、研究が社会にもたらした議論を評価するというイグノーベル賞の姿勢を示している



