なぜ人見知りの2人がPodcastを始めるのか
番組はCHEESE STANDの藤川真至と、のもりの山川将弘が、チーズや酪農、経営や日々の出来事を話していくPodcastとしてスタートしました。
開始早々、山川から「話するの苦手じゃない?」と切り込まれ、藤川は「超苦手」と即答します。人前で話すのが得意ではない2人が、なぜあえて番組を始めるのかが最初の話題になりました。
でもさ、話するの苦手じゃない?
いや、だから一人じゃできなかったから、山川くんにお願いして。
藤川がPodcastを始めた理由は、CHEESE STANDのことを雑誌などで取材されることはあっても、自分たちで発信していくことが大事だと感じていたからでした。
(CHEESE STANDの)思いとかを伝えたい、もっといろんな人に聞いてほしい。
藤川は、話を聞いたお客さんがさらに深掘りして聞いてくれたり、未来のスタッフが増えたりすることも期待していると話します。
もう1つの動機は、話すことへの苦手意識そのものでした。藤川はICCというカンファレンスのプレゼンで大ゴケした経験があり、話し慣れたいという思いもあったと明かします。
(ICCのFood & Tech系セッションで)大ゴケしちゃって飛んじゃったの。ちょっと話慣れたいな。
チーズと酪農、それぞれの現場を知りたい2人
番組のタイトル「チーズと牛と笑うこと」は山川が出したもので、当初は「人見知り経営ラジオ」という案もあったといいます。お互い人見知りだから、という理由からでした。
山川は、チーズを作れない自分だからこそ、職人としての藤川の言葉を聞いてみたいと話します。あわせて、職人と経営のバランスをどう取っているのかも知りたいテーマだと語りました。
俺はチーズを作れないからこそ、やっぱり職人としての藤川慎司の言葉っていうのも聞いてみたい。
一方の藤川は、山川が酪農と経営という2つを上手に両立させている点に関心があると話します。酪農には牧歌的なイメージがあるなかで、そのバランスを聞いてみたいといいます。
2人はもともと最近友達になった間柄で、藤川家と山川家で一緒に飲む機会があってから仲良くなったと明かされます。番組は、その延長線上で始まったものでした。
岐阜の料理好きが、バックパッカーでイタリアへ
ここからは藤川の半生に話が移ります。藤川は岐阜県で生まれ、高校時代に大学に行くか料理の専門学校に行くかで迷ったといいます。料理も食べることも好きだったからでした。
進学校だったこともあり、藤川は大学に進みます。大学に行きながらでも料理はできるのではないかと考えていました。
進学先は大阪の山奥の大学でした。藤川は部活に打ち込み、深夜3時から魚市場で働くなど、今のチーズ工房と同じような早朝の生活を送っていたといいます。
ところが大学生活が楽しく、いつしか料理の夢を忘れてしまい、藤川は留年します。当時はバックパッカーが全盛期で、藤川も1年間ブラブラする旅に出ることにしました。
自分探しとか何かかっこいいもんじゃなくて、ただただ一年間ブラブラして。
最初は行き先を決めておらず、全く違う文化圏に興味があったトルコとインドだけを目指して出発します。そこからシベリア鉄道やヨーロッパ周遊のバスを使って各地を回りました。
イタリアの街で出会った「できたてのチーズ」
旅の途中、藤川はパリでオトワレストランの音羽さんの家に泊めてもらう機会もあったといいます。料理をする音羽さんと会ったことで、あらためて料理をやりたい気持ちが強まりました。
毎日ビールを飲んで写真を撮る旅の繰り返しに、藤川は「俺何やってんだろうな」と感じ、一度働いてみたいとイタリアへ向かいます。そしてナポリのピッツェリアに飛び込みで修業させてもらいました。
イタリア語喋れるんで、逆に(店から)その何言ってるかわかんないからって言われて、働かせてもらえた。
ナポリピッツァの修業をするなかで、藤川はピザに乗るモッツァレラの美味しさに気づきます。そしてチーズ工房を訪れ、できたてのチーズを食べる機会がありました。
チーズ工房行ったら、食べてすごく美味しくて。で、チーズを作ろうと思いました。
藤川がチーズを作ろうと決めたのは2004年、21〜22歳頃のことでした。当初は、ナポリピッツァをやってできたてのチーズが作れればいい、という程度の思いだったといいます。
「新しい価値を作りたい」都市でチーズを作るという発想
日本に帰ってきた藤川は、ナポリピザの店で社員のように働きます。卒論だけを残した大学6年目の頃でした。
藤川は若い頃に司馬遼太郎の幕末ものを愛読しており、「生まれてきたからには何か成したい」という思いを抱いていたといいます。本人は若気の至りだったと振り返ります。
その思いが、できたてのチーズを都市で作るというアイデアにつながります。こんなに美味しいものがあるのに、日本ではなかなか食べられない、という気づきが出発点でした。
イタリアで、街のナポリピッツァの近くにチーズ工房があるという体験をしていたことが、この発想の土台になっていました。できたてを届けるなら都市で、と考えたのです。
新しいことをやるなら、文化や情報の発信地である渋谷でやりたい。そう考えた藤川は、渋谷でお店を作ることを決めます。
なぜ渋谷だったのか。工房ができるまでの下準備
渋谷でお店を作ったのは2012年でした。チーズの技術については、藤川は独学の部分が多かったといいます。家で作ったり、八王子の磯沼ミルクファームで自主的に作らせてもらったりしていました。
当時はYouTubeもなく、どこかのチーズ工房で修業したわけでもありませんでした。山川が「どこで修業して」と尋ねても、藤川は人に聞いて歩き回りながら独学で身につけたと答えます。
独学。その時だってYouTubeとかもないからね。
山川は、料理をやっている人が作るチーズは感覚が違って美味しい、というイメージがあると話します。藤川も、チーズ業界でも料理人が作るチーズは美味しいと感じると応じました。
渋谷という立地には、話題性だけでなく計算もありました。藤川は、NHK周辺は日中に2万人ほどの人口がいるビジネス街でもあると説明します。
チーズをやるんだったら、そういう場所(人が集まる場所)ってのをちょっと選んだ。
NHKの関連会社などのランチ需要を取り込めることに加え、周辺には大使館が多く外国人も多いことも、チーズを扱ううえでの立地の理由になっていました。
商店街だった街が、チーズから変わっていく
藤川がお店を選んだのは、渋谷といってもわちゃわちゃした場所ではなく、代々木公園の緑を感じられる立地でした。CHEESE STANDはNHKの目の前にあります。
代々木上原方面へ抜ける道は、今でこそいい店が並ぶ通りですが、藤川が始めた頃は普通の商店街でした。隣は古い電気屋、その先には豆腐屋があったといいます。
僕が始めた頃、(今のいい店が並ぶ通りも)古い電気屋さんだったり、豆腐屋さんがあったり、普通の商店街。
山川は、その街がいい店の並ぶエリアへと変わっていった一端に、CHEESE STANDの存在があったのではないかと話します。チーズがあるから、と店を出す人もいたかもしれない、という見立てです。
藤川には、いいエリアには本屋のようにカルチャーを作る何かがある、という持論があります。栃木県の黒磯にある正蔵珈琲やチャウスのように、文化を作る人たちの存在を例に挙げました。
山川がCHEESE STANDを初めて訪れたのは、2013年か2014年頃のことでした。会社のメンバーと2人で、街の中でチーズを作っているらしいと聞いて足を運んだといいます。
(店の)目の前で作っていて、その前で食べて、買ってく人がいて。NHKの人みたいな方たちが食べに来てて。うわ、面白いと思って。
4拠点へ。工房が広がっていった経緯
現在のCHEESE STANDは複数の拠点で展開しています。1号店で製造していたチーズは手狭になり、歩いて5分ほどの「&CHEESE STAND」で作られるようになりました。1号店は店舗と菓子製造所として、チーズケーキなどを作っています。
2022年には、熟成チーズを作る工房を世田谷区の尾山台に開きます。ここは購入もできますが、販売スタッフは常駐しておらず、チャイムを鳴らすと店員が出てくるような形の工房です。
その翌年の2023年には、福岡の山の上にチーズを作る拠点を開きました。藤川は、福岡の街自体がとても好きだったと話します。
藤川が福岡を選んだ理由は直感でした。飲食店のレベルが高く、ネーミングやメニューも面白い。東京よりもクリエイティブだと感じ、チーズの可能性があると考えたといいます。
(福岡は)東京よりもクリエイティブだと思っていて。ここでチーズ、すごい可能性あるんじゃないかなと思って。
これらの拠点はすべて直営です。マネジメントも直接行っているため大変だと山川が指摘すると、藤川は「めちゃ大変」と応じました。この点は改めて深掘りしたいテーマとして残されます。
すべての土台にある「まず美味しいこと」
最後に藤川は、渋谷でやっているという話題性だけで語られがちなことに触れます。CHEESE STANDには10周年の時に作った「テンプリンシプル」という10の原則があるといいます。
その一番最初に置かれているのが「美味しいこと」でした。食に携わる以上、美味しいものをちゃんと提供しなければいけない、という考えからです。
チーズの質は、国内外のコンクールで良い賞を受けていることにも表れています。山川が「本当に毎回取るもんね」と言うと、藤川はそれをスタッフの力だと話しました。
クリエイティブな取り組みの根っこにも、まず美味しいことがあると藤川は強調します。思いはいろいろありながらも、やっぱり美味しいことがベースにある、という姿勢でした。
番組は1回あたり10〜15分ほどのペースで続けていく予定です。次回は山川将弘自身と、のもりの話が語られる予定だと予告されました。
まとめ
第1回は、藤川真至がイタリアでできたてのチーズに出会い、独学と計算を重ねて渋谷でCHEESE STANDを立ち上げ、4拠点へと広げるまでの半生が語られました。話すのが苦手な2人が、それでも自分たちで発信するために始めた番組であることも伝わる回でした。
- 藤川がPodcastを始めたのは、CHEESE STANDの思いを自分たちで発信し、話すことにも慣れたかったから
- 料理好きの青年がバックパッカーでイタリアに渡り、ナポリでの修業中にできたてのチーズと出会ったことが原点
- 「都市でチーズを作る」という発想と、文化の発信地・渋谷という立地への計算がCHEESE STANDの出発点になった
- 渋谷1号店から世田谷・福岡へと拠点を広げ、いずれも直営で運営している
- 話題性だけでなく、10の原則の一番最初に「美味しいこと」を置くことが、すべての取り組みの土台になっている


