怒られても使いたい「ドラゴンボールメタファー」
この番組は、世の中の当たり前を懐疑的に捉え直し、世界をちょっとだけ面白くするルールを提案するポッドキャストです。今回は安斎さんからの持ち込みテーマで始まりました。
めちゃくちゃ話したいテーマがありまして、それは、ドラゴンボールメタファー使っちゃダメですか、というテーマでございます。
安斎さんは本や講演、研修などで話す機会が多く、元研究者ということもあって、理論やモデルといった小難しい話をせざるを得ないと言います。
そこで話を和らげるために、たとえ話をよく使うそうです。ドラゴンボールに限らず、『冒険する組織のつくりかた』ではワンピース、『静かな時間の使い方』ではベジータやバガボンドの例も使っていると話します。
この「エンタメ作品を参照するメタファー」は、安斎さんにとって気に入っている芸風です。ところが、特にドラゴンボールを使うと、必ず怒ってくる人がいるのだといいます。
いい本だったけど、なんかドラゴンボールの例えはどうかと思う、みたいな。
星を減らすほどではないが、アニメの例えは読み飛ばしました、みたいな。
一方で、ワンピースの例えがわかりやすかったという声もあり、賛否が分かれると安斎さんは話します。それでもやめる気はなく、この回で「使っていい」という合意を取りたいというのが出発点です。
「例えが伝わらないなら本末転倒」東南さんの疑問
これに対し東南さんは、ダメとは言わないものの一歩立ち止まりたいと切り出します。メタファーはわかりにくいものを別の言い方で理解しやすくするためのものだ、という前提からの疑問です。
その理解をしやすくするという目的に使っているのに、伝わってなかったら、まずドラゴンボールの説明を追加でしたりしません?
つまり、わかりやすくするために例えたのに、その例えが伝わらず、もう一度言い換えることになる。それなら例え自体を飛ばしたほうがいいのでは、という指摘です。
この疑問の背景には、東南さん自身がドラゴンボールを知らなかったという事情もあります。アニメ全般に疎く、社内でも「カルチャーを知らなさすぎる」とよく突っ込まれると話します。
「ドラゴンボールみたいな格好ですね」の事件
東南さんがどれほどカルチャーに疎いかを示すエピソードとして、安斎さんが過去の出張の話を持ち出します。舞台は長岡の地方創生案件で、ちょうどコスプレのフェスティバルが開かれていました。
めちゃくちゃフリーザのコスプレをしている人が通りかかった時に、トーナンさんが「すごいドラゴンボールみたいな格好してますね」みたいな。
フリーザはドラゴンボールの主要キャラクターです。東南さんは当時ドラゴンボールを見たことがなく、「登場人物にいそう」と思ったことをそのまま口にして、コスプレの本人を引かせてしまったといいます。
その後、安斎さんや共同代表の南部さんが少年漫画の例えをよく使うため、東南さんは知らなさすぎるのだと感じ、ドラゴンボールを「履修」したと明かします。
でもやっぱり履修だと思って見てるから、ちょっとやっぱりお勉強になってるんですよね。
魔人ブウまで見終えたものの、ディテールは覚えておらず、元気玉くらいは通じるが細かい例えは分からない、というのが東南さんのリテラシーです。
サザエさんの「磯野、野球しようぜ」は実在したのか
話は社内で使われた別のメタファーに移ります。サザエさんの中島が磯野家に上がり込んで野球に誘う、あの積極性こそビジネスに必要なリーダーシップだ、という例えです。
これを知らなかった東南さんは、真面目に確かめるためにサザエさんを全部見たと言います。しかし、そのシーンは見つかりませんでした。
そんなシーンなかったんですけど。
中島が誘っていた記憶は多くの人が共有していますが、実際の描写を確認できなかった、という展開です。安斎さんはこの東南さんの姿勢を、ディテールを確かめないと気が済まないタイプだと評します。
安斎さんは、この例えは全部を知らなくても伝わるはずだと反論します。「突然野球に誘いに来るメンタリティ」という要点さえ示せば、作品を見ていなくても構造は伝わる、という考えです。
メタファーはコスパがいい?理解特性の多様さ
安斎さんは、メタファーの実利的な効能を具体例で説明します。心理学の用語を重ねた説明はややこしくなりがちだ、という問題からです。
企業でビジネスパーソンが外部に過剰適応して内発的動機が抑圧されて、上から言われたことにただ従ってるだけの状態なんですよ、とかって言うと、ちょっとややこしいじゃん。
これを安斎さんは「サイバイマンみたいな状態」と言い換えます。ベジータに命じられれば飛びついて自爆する、という描写になぞらえた例えです。
ポイントは、メタファーは元の説明と同じ構造を、側だけ変えて言い直しているという点です。新しい情報を足しているわけではないと安斎さんは言います。
構造を変えないまま側だけ変えて説明してるんで、側がよくわかんなくても、側の補足説明していれば伝わると思ってるんですよ。
さらに安斎さんは、理解の仕方は人によって多様だと指摘します。抽象的なまま理解できる人、構造で理解する人、エピソードで理解する人がいて、万人に刺さる説明はないという前提です。
一人ひとりの理解特性に合わせて説明を10通り用意するのは現実的ではありません。抽象的な説明のあとに具体的なメタファーで補足すれば、複数の理解特性をまとめて補完できる。だから安斎さんは「コスパがいい」と表現します。
ドラゴンボールでいいのか、少年漫画とビジネスの相性
東南さんは、コスパの話や理解特性の多様さは理解したうえで、次の疑問に食い下がります。そもそも、その例えがドラゴンボールでいいのか、という問いです。
いろんな認知の層に刺したいという安斎さんの主張の割には、適切なのか。ドラえもんの方がよくない?
東南さんは、ドラゴンボールが伝わりやすいのは特定の層に偏っているのではないかと感じています。より広く伝えたいなら、ドラえもんやアンパンマン、桃太郎のほうが振り落とさないのでは、という提案です。
安斎さんも、教科書に載っている桃太郎のような例のほうが伝わりやすいことは認めます。ただし、とっさに構造の一致する例を引き出すのは創造的に難しいタスクだと言います。頭の中を検索して桃太郎がヒットすれば桃太郎を使う、というのが実情です。
そのうえで安斎さんは、少年漫画がビジネスの説明と相性がいい理由を挙げます。
少年漫画って、主人公が仲間と協力して友情・努力・勝利しながら敵を打ち破ったり価値を生み出していく。だからビジネスの説明のメタファーとして有効なものが多いんですよ。
元気玉は全員で協力するプロジェクト、精神と時の部屋は短期間の成長、界王拳は長期を犠牲にした瞬発力。ビジネスで力を発揮したり成長したりする場面と重ねやすい、というわけです。
命令に従い自爆する兵隊。過剰適応で内発的動機を失った状態の例え
全員で協力して力を合わせる、部門横断のプロジェクトの例え
不利な状況で短期間に成長しなければならない状況の例え
長期的な負担を犠牲にして瞬間的に乗り切ることの例え
理解ではなく感情の問題、そして分断
安斎さんは自分も歴史や哲学のメタファーを知らないと打ち明けます。坂本龍馬やシェイクスピア、ジャック・デリダを例に出されても分からないが、それを「知らないから」とは言わないと話します。
それがその知らない文学とか歴史とか、ジャック・デリダがとか言われても、「いや知らねえから」とかって言わないじゃん。
鳥山明さんの功績は坂本龍馬と比べても難しいレベルだ、というのが安斎さんの見立てです。だからドラゴンボールは、補足説明はしつつも遠慮なく使っていいのではないか、と主張します。
そして安斎さんは、この論点の本質を言い当てます。
理解のためだけなら、メタファー部分は読み飛ばして元のメッセージを理解すればいい。問題は、知っていて当然という態度で「フリーザ知らないの?」と言われることのほうにある、という整理です。
一方で東南さんは、メタファーには別の副作用もあると指摘します。強すぎて一人歩きしやすい、という点です。
集客何人を達成しようとか、そっちが主眼のはずなのに、タイトルが元気玉プロジェクトみたいになっちゃうのよ。
「元気玉プロジェクト」では、みんなで頑張ろうというニュアンスだけが残り、達成すべき目標が抜け落ちてしまう。だからメタファーは強いから、その功罪を理解して使うべきだと東南さんは話します。
さらに、知っている人どうしの連帯や共感を生むメタファーは、裏を返せば分断も招くという論点も出ます。安斎さんは、コスプレ事件のときに東南さんへ突っ込みを入れたことを、10年越しに謝罪しました。
安斎さんはこれを「カタカナが多すぎる」と急に怒り出すのに近いと例えます。自分の知っている範囲でしか説明されたくない、という態度もまた閉じている、というわけです。
今回のルール「使ってもいいが、寛容であれ」
番組の最後は、会議の内容を踏まえて世界をちょっとだけ面白くするルールを一つ提案します。安斎さんは、芸風の人だから許してほしい、寛容な社会を作りたいと語ります。
ガンダムを知らなくても、ガンダム好きなんだなと思って聞く。そんな相互の歩み寄りが、今回の着地点になりました。
東南さんからは、知らない人にも伝わる努力をしてほしい、分断になりすぎないよう興味を引くように使ってほしい、という願いも添えられました。履修した結果としてドラゴンボールを楽しめていれば、文句は出ないはずだ、という話です。
まとめ
理解のためのメタファーが、なぜ怒りや読み飛ばしを招くのか。その正体は認知ではなく感情であり、知っている側と知らない側の双方に寛容さが求められる、という結論に落ち着いた回でした。
- メタファーは元の説明と同じ構造を側だけ変えて言い直す技術で、理解特性の多様さに対応しやすい
- 理解のためだけならメタファー部分は読み飛ばせるが、問題は「知っていて当然」という態度にある
- 少年漫画は友情・努力・勝利の構造がビジネスの説明と相性がよいと安斎さんは考えている
- メタファーは連帯を生む一方で分断や目標のすり替えも招くため、功罪を理解して使う必要がある
- 今回のルールは「ドラゴンボールメタファーは使ってもいいが、寛容であれ」


