そもそも企業はなぜ理念を作り始めるのか
番組本編のスタートとして、井上さんが持ち込んだテーマが「理念はなぜ浸透しないのか」でした。まずは根本から、そもそも企業や組織がなぜ理念を作り始めるのかという問いからスタートします。
パーパス、ミッション、ビジョン、バリュー、昔で言う社是。理念にまつわる言葉はいろいろあります。井上さんは、そういうものをなぜ急に作り始めるのかと小林さんに問いかけました。
(組織を)ある程度一定期間やり続けてると、「何のためにやってるんだっけ?」っていう問いが頭をもたげてくるのかなって思って。
小林さんは、知り合いの企業でも「売上は立った、成長している、でもこの先何をすればいいんだっけ」と迷ってしまう例が結構あるようだと話します。理念づくりは、そんな問いから始まるのかもしれません。
理念を作らなかった会社に訪れる「最悪の世界線」
続いて井上さんは、逆の角度から問いを立てます。理念が必要になった企業が、それを作らなかったとき、どんな最悪のケースが生まれるのか、という視点です。
「何のためにやってるんだっけ?」のまま、とりあえず売上作るかっていって、あちこち売上を作ろうと。(略)気づいたら疲弊していって、いつの間にかちょっと売上も立たなくなり。
小林さんは、うまくいった理由の再現性がないまま手を広げ続け、やがて疲弊して売上も立たなくなる姿を挙げました。井上さんは、これを事業という観点から整理し直します。
世の中が変化しているのに事業が変わらなければ、事業は形骸化していく。本当は変化していく必要があるのに、どう変化していくかのスタート地点が見当たらない状態が生まれてしまう、というわけです。
だからこそ、変化が多い時代であればあるほど、自分たちが変化していくための羅針盤としての理念が重要になる。井上さんは、理念を策定することの意味がむしろ増している可能性を指摘しました。
小林さんは、これに外向きの効果も加えます。ブレブレの企業より一本筋が通っている企業のほうが、お客さんも付きやすく、採用の面でも人が入ってきてもらいやすい、という視点です。
理念の話が「人間とは何か」につながっていく
組織の空中分解も、理念を作らなかった場合の最悪のケースとして挙がりました。「この会社で働く意味って何なんだっけ」という問いが崩れてしまうイメージです。
ここで井上さんは、理念の話を突き詰めると「人間って何なんだろう」という話になりそうだと感じ始めます。小林さんも「働くとは、とかね」と受けました。
井上さんが持ち出したのが、人間は飽き性であるという根本的な話です。社会構造が変わろうが変わるまいが、同じ事業を同じ環境でずっとやり続けるのはしんどいのではないか、という見立てです。
ずっとルーティンの仕事とかルーティンな暮らしとかっていうのに対して、耐えうるその人って結構少ないと思ってて。
井上さんは、新しい情報が見えてしまう今の時代背景も理由に挙げます。もし鎖国のような状態なら関係ないかもしれないけれど、ペリー来航 ── 1853年、アメリカのペリーが軍艦を率いて日本に来航し、開国を迫った出来事。鎖国体制が揺らぐきっかけとなった。で新しい世界観が見えてしまえば、このままのやり方でいいのかと考えざるを得ない、という比喩です。
個人なら「俺ってこのままどう生きていくんだっけ」、組織なら「俺らって何のために会社やってんだっけ」。事業が立ち行かなくなる話とは別に、人間である以上そこを否が応でも考えてしまう、というのが井上さんの見立てです。
自分は誰に何を与えるんだとか、自分は何を作るんだみたいな問いは常に背負わざるを得ない生物だと思うから。
身分が固定されていた時代と「理念人類解放時代」
井上さんは、幕末やそれ以前の時代に話を広げます。当時は身分が明確にあり、なぜ生きるのか、なぜ武士なのか、なぜ農民なのかを考えても仕方がない状況が強かったのではないか、という見立てです。
そういうことを考えていいかどうかみたいなことが、人間に開かれてなかった気がするんですよ。
一方で現代は、YouTubeをはじめ、多くの人が自分で考え、自分の人生を自分で歩んでいます。井上さんはこれを「理念人類解放時代」と表現しました。小林さんも「職業選択の自由」を引き合いに、選択肢が出たからこそだと応じます。
だからこそ、と井上さんは逆説を語ります。人が自由に考えられるからこそ、組織やコミュニティ、チームは、昔よりも理念を問い直す機会を作り続けないといけないのではないか、というのです。
好きに考えちゃうし、考えられちゃうから。むずいよね。すっごい。
小林さんは、理念があることで自由の中に一つの制約が生まれ、そこで働く理由が自分の中に得られるかもしれないと受け止めました。
昔より「組織が生産を繰り返す」難易度が上がっている
井上さんは、働くことや生きることの尺度が増えている点にも触れます。企業側は、自由に選べる人たちとの関係性を強く持つための仕組みを、給料や制度とは別の形で設けていかないと厳しい、という話です。
さらに井上さんは、高度経済成長期のような単純労働の仕組み化とは状況が変わったと指摘します。かつては目立った理念も、今は理念があるだけでは目立たない。むしろ理念がないと組織を保てない可能性がある、という逆転です。
昔は、ルールと仕組みとわかりやすいお金のような動機があれば、組織は生産を繰り返せた。しかし今は人がいろんなことを選べるようになり、組織が生産を繰り返すことの難易度がめっちゃ上がっているというのが井上さんの見立てです。
ルール・仕組み・お金といった動機があれば、人は選ばずに働き、組織は生産を繰り返せた
人がいろんなことを選べるようになり、生産を繰り返すには理念という仕組みが必要になっている
小林さんは、この話を「自分たちはどこに向かって何を作ってどうしたいのか」をセットしないと、いざ何を作ればいいのかという状況になってしまう、と言い換えました。
理念の賞味期限が短いのは「人が飽きるスピード」のせい
ここから、本題の「理念はなぜ浸透しないのか」に話がつながっていきます。井上さんは、理念が形骸化するスピードが上がっている気がすると切り出しました。
価値観の変容、社会構造の変容、技術の変容。それに合わせた人の考え方の変容が早すぎて、理念の賞味期限が短くなっているのではないか、という見立てです。
理念そのものが賞味期限が短いというよりは、理念を理解する人側のスピードが早まってるみたいな。
つまり、理念という言葉そのものよりも、それを受け取る人が飽きるスピードが上がっているのではないか、という整理です。小林さんも、理念の再定義の相談を受けるとしつつ、理念の寿命はどのくらいがいいのかと考え込みます。
藤原印刷「深札」に見る、賞味期限の長い言葉
賞味期限が長い言葉の例として、井上さんが挙げたのが長野県松本市の印刷会社・藤原印刷。創業者にあたる先代が掲げた「心に印刷の刷」と書いて「心刷」という言葉を、今の三代目が使い続けているといいます。
藤原印刷はおよそ60〜70年の歴史があり、井上さんはその言葉の賞味期限の長さに驚いたと話します。小林さんも、理念は骨太で耐久力のある普遍的なものにしなきゃと思って作っている、と応じました。
創業のね、起点、起源から遡ると必然的にある程度耐久力が出るみたいなのはあるかもしれないな。
井上さんは、ここで「心刷」を二つの側面に分けて考えます。言葉そのものの耐久性と、その言葉を「めっちゃいい」と再興させた三代目の存在です。
三代目が「心刷」を今の自分たちの取り組みに合わせて再解釈することで、言葉の賞味期限がさらに伸びている。意味を現代的に再解釈することで理念の寿命が伸びる、というのが井上さんの仮説です。
理念づくりに必要な「骨太さ」と「再解釈の余地」
井上さんは、理念を策定し浸透させる話には二つの考え方があると整理します。骨太で耐久性の高い理念をどう作るかという観点と、言葉の意味を再解釈するプロセスや環境をどれだけ作れるかという観点です。
耐久性が高く、賞味期限の長い理念そのものをどう作れるか
言葉の意味を再解釈するプロセスや環境を、組織の中にどれだけ作れるか
小林さんも、自分が理念を作るときに考えていたことだと共感します。時代への耐久性を、骨太さと解釈の余地のどちらで担保するか。意味を決め込みすぎると動いていかないので、汎用性や転用性を考えている、というのです。
その解釈の余地をどう作るかとか、なんか組織にどんなシーンでも応用できるかみたいな、汎用性、転用性みたいなのを結構考えてるなって思って。
「浸透させる」より「個人が飽きない仕組み」を作る
井上さんは、理念をいかに浸透させるかというのは、あくまで手段の話だと整理し直します。組織の空中分解や事業が立ち行かなくなる可能性を見越して、再生産のための羅針盤として理念を作るのが目的だ、というわけです。
だとすれば、理念を作って浸透させることよりも大事なことがある。経営者自身や働く人たち自身が、いかに飽きずに再解釈し、考える時間を作り直せるかだと井上さんは言います。
浸透するっていう、その組織から個人へのアプローチって考え方じゃなくて、やっぱ個人が飽きないための仕組みとか、個人が再解釈していくための環境みたいなものが組織の中に同時に必要になってくる。
小林さんは、その仕組みづくりは研修などかもしれないとしつつ、解釈の余地を作り、言葉を口に上りやすくすることが大事だと受け止めました。
「作る」を「更新する」に変えたら問いが生まれた
小林さんは、既存の理念があった会社の理念を作らせてもらったときの経験を語ります。「作る」ではなく「更新する」という言葉を選んだところ、いい意味で問いが生まれたといいます。
「作る」だとどこからどこまでが作ったのかになりますが、「更新する」ならビフォーとアフターが明確に存在します。だから「あれ、俺たちって更新してるんだっけ」という問いが生まれる、という狙いです。
みんな更新する更新するってその場でめっちゃいろんな口に出してて、何を更新したらみたいな。結構もうその状況がある意味成功だったかなみたいに思って。
理念は「上から下ろす」より、日々の中でつながる瞬間を作る
井上さんは、理念を口にするときにありがちなこととして、決まった理念を上から降ろして現場と紐付ける視点を挙げます。一方で、組織として働いている中で起きるのは、その逆の瞬間だといいます。
全然関係ない仕事の話をしている中で「あれ、これつまりあの理念のことじゃん」となる瞬間です。井上さんの会社では、日々の取り組みの中で「これミッケってことじゃん」と気づく場面がよくあるそうです。
日々取り組む中で、え、これなんかすごいね、これ。超伏線回収じゃん。ミッケってそういうことじゃんみたいな。
決まった言葉を浸透させる視点よりも、日々の仕事の中で意味がつながってしまう瞬間を作る。井上さんは、大企業の例なら「これトヨタウェイじゃん」となるような感覚だと説明します。
小林さんも、上から下ろすだけだと解釈の幅が広がらないけれど、いろんな文脈で理念が解釈されるようになると、理念自体がより深く豊かになっていくと共感しました。
まとめ
理念が浸透しない背景には、変化の速い時代の中で人が飽きたり再解釈したりするスピードが上がっている、という事情がありました。だからこそ、上から浸透させるより、個人が飽きずに意味を問い直し続けられる環境をどう作るかが問われる、という対話でした。
- 企業が理念を求めるのは「何のためにやってるんだっけ」という問いと、変化の時代の羅針盤が必要になるから
- 理念が形骸化するのは言葉そのものより、受け取る人が飽きるスピードが上がっているため
- 理念づくりには「骨太で耐久性のある言葉」と「再解釈できる余地」の両方が要る
- 藤原印刷の「心刷」のように、意味を現代的に再解釈し続けることで言葉の賞味期限は伸びる
- 「浸透させる」より、個人が再解釈できる環境や、日々の仕事の中で意味がつながる瞬間を作ることが大切






