景色を「見る」はずが、いつのまにか「持ち帰る」に変わる
今回の『ブレインドライブ』は、前回テーマにした「遠回りの価値」から続けて、人生の豊かさをもう少し掘り下げる回として始まります。
浅山さんはまず、旅行先で綺麗な景色を見たときの行動を問いかけます。多くの人はスマホを出して写真を撮り、「撮れた」と思った瞬間に次へ進んでしまう、と。
(旅行先で綺麗な景色を見たら)皆さんならどうしますか。ちょっと考えてみてほしいんですよね。
浅山さんは、この流れを不思議なことだと指摘します。綺麗な景色を見に来たはずなのに、目的が「景色を持って帰る」ことにすり替わっているのではないか、というわけです。
残すことに夢中になって、なんかその瞬間にいることを忘れてしまってないですかね。
写真やSNSに残すこと自体が悪いわけではありません。ただ、記録することに気を取られて、その瞬間そのものを味わい損ねていないか、という問いがこの回の入り口になっています。
フロムの「持つ」は、物の所有だけを指していない
ここで浅山さんが手がかりにするのが、社会心理学者で精神分析家のエーリッヒ・フロムです。フロムは人間の生き方を「持つこと中心の生き方」と「あること中心の生き方」の2つの視点から考えました。
「持つ」と聞くと、お金や家、物の所有を思い浮かべがちです。しかし浅山さんは、フロムの言う「持つ」はもっと広い範囲だと説明します。
知識を持つ、肩書きを持つ、実績を持つ。そして「経験を持とう」としていないか、と浅山さんは投げかけます。本を読んだ、あの場所へ行った、あの講座を学んだ、あの人を知っている、という具合にです。
行った場所が増え、会った人が増え、知っていることやできることが増える。人生はどんどん豊かになっているように見えます。浅山さんは「でも本当にそうなのか」と立ち止まります。
「たくさん経験する」と「深く経験する」は同じではない
浅山さんは、その経験によって自分が本当に変わったのか、それとも「行った場所・会った人・学んだこと」というコレクションが増えただけなのか、と問い直します。
行った場所、会った人、学んだことという人生のコレクションが増えただけなんでしょうか。
これは自分自身にも問いかけたい質問だ、と浅山さんは言います。忙しく動いていると、予定がいっぱいで、いろんな人に会い、いろんな場所へ行き、たくさん生きているような気がするからです。
しかし、たくさん経験することと深く経験することは同じじゃないと浅山さんは指摘します。何冊も本を読んでも何も変わらないことがある一方で、たった1冊の本で世界の見え方が変わることもあるからです。
たった一人との出会いが人生を変えることだってあるのにです。
たくさんの人と出会っても誰とも深く関わっていないなら、それに意味はあるのか。浅山さんは、経験の量そのものを否定しているわけではありません。
持つことで経験したつもりになるっていうのは、また別の話だよねって。
写真を撮ってもいいし、知識を増やしてもいいし、経験をたくさんしてもいい。ただ「持つことで経験したつもりになる」のは別の話だ、というのがこの回の分かれ目です。
「ある」という生き方は、今どう生きているかを大切にする
フロムの言う「ある」という生き方について、浅山さんは、何をどれだけ持っているかより、今自分がどう生きているかを大切にする考え方だと説明します。
浅山さんは具体的な言い換えを重ねます。花を見るなら「花を見た」という経験を1つ増やすのではなく、ちゃんと見る。本を読むなら「1冊読んだ」を増やすのではなく、その本と出会って考えてみる。
誰かと話すなら「知り合いを1人増やす」のではなく、その日の人の話をちゃんと聞く。ここでの軸は、経験を数えることではなく、その一つひとつに参加することにあります。
つまり、人生を集めるんじゃなくて、人生を生きるっていう。
行った場所・会った人・学んだことを増やし、経験を所有物のように蓄えていく生き方
今どう生きているかを大切にし、目の前の一つひとつを深く味わい参加する生き方
砂場の子どもは、なぜ全部置いて帰れるのか
この「集めるより生きる」という発想が、シーズン5のテーマ「遊ぶように生きる」につながる、と浅山さんは話します。
例として挙げるのが砂場の子どもです。一生懸命に山を作り、トンネルを掘り、水を流す。それでも帰る時間になったら、全部そこに置いて帰ります。
浅山さんは、これは結構すごいことだと言います。あんなに一生懸命作ったのに、残らなくていい。作っている時間そのものが楽しかったから、成果として残す必要がないというわけです。
一方で大人になると、何かをしたら残したくなります。成果にしたい、意味あるものにしたい、次に繋げたい、という気持ちが働くからです。
けれど、何も残らなかったけれど確かに豊かだった時間があるはずだ、と浅山さんは続けます。大笑いした夜、誰かと話し続けた時間、目的もなく歩いた時間などです。
何の実績にもならない、誰にも評価されない、でもその時間をちゃんと生きてきたみたいな感覚です。
豊かさは経験の「数」ではなく「深さ」にある
これらの例から浅山さんが導くのは、人生の豊かさは経験の数ではなく、経験の深さなのかもしれない、という見方です。
だとすれば、増やすのではなく、今あるものをもう少し深く味わう豊かさもあるのではないか、と浅山さんは提案します。
この回で持ち帰ってほしい問いとして、浅山さんが挙げるのがこの一文です。経験を増やす方向に向かいがちな日常を、いったん立ち止まって見直すための問いになっています。
今日の実践は「増やさずに、深める」
番組の締めくくりとして、浅山さんは「ミニマルドアチャレンジ」を提示します。この回のお題は「増やさずに、深める」です。
具体的な行動として、浅山さんはいくつかの小さな置き換えを挙げます。増やす代わりに、すでにあるものへ丁寧に向き合うという形です。
- 新しい本を探す代わりに、今読んでいる1冊をもう一度開く
- 新しい人と繋がるより、目の前の人の話をちゃんと聞く
- 新しい場所へ行くより、いつもの場所を少し丁寧に見る
- 写真を撮る前に、その景色をしばらく自分の目で見る
何かを増やさなくていいんです。ただ、今ここにあるものを少しだけ深く経験してみる。
浅山さんは、遊ぶように生きるとは、目の前の人生にちゃんと参加することなのかもしれない、とこの回を結びます。人生に何かを足し続けることとは別の豊かさが、そこにあるという示唆です。
人生はどれだけ集めたかではなく、どれだけそこにいたか。
まとめ
この回は、経験を「集める」ことと「生きる」ことの違いを、フロムの『持つことか、あることか』を通して考える内容でした。増やすことをいったん止めて、今あるものを深く味わう視点が示されています。
- フロムの言う「持つ」は物の所有だけでなく、知識・肩書き・経験を蓄えることも含む
- たくさん経験することと、深く経験することは同じではない
- 砂場の子どものように、残らなくても豊かな時間がある
- 豊かさは経験の数ではなく、深さにあるのかもしれない
- この回の実践は「増やさずに、深める」。目の前の人生にちゃんと参加する



