家から往復4時間、それでも遠い場所を選んだ理由
僕が本屋をやっているのは、福岡県田川郡香春町の、勾金駅という無人駅の前です。
店の名前は『ARBOR BOOKS』。木金土日の週4日だけ開けている、小さな本屋です。
家は福岡市にあるので、車で2時間かけて店に行って、営業が終わったらまた2時間かけて帰る。往復4時間の、ちょっと変わった生活をしています。
じゃあなんでそんな遠い場所を選んだのか。まず一つは、本当にたまたまご縁がつながったのが田川だった、というのがあります。
最初に間借りで始めさせてもらったカフェが田川郡添田町にあって、そこで小さく活動していたら、イベント出店で知り合った香春町の空き家を管理しているチームの代表の方が、空き家を紹介してくれた。そんな流れでした。
そのうえで、遠い場所ならではの理由もありました。一つは、単純に固定費が安いこと。
福岡市でお店をやろうとすると、まず家賃がネックになります。離れていけばいくほど、ランニングコストは抑えられる。ミニマムでもやれるかなという感覚があったんです。
もう一つは、自分の知らない場所でゼロから何かを開拓できること。香春町でつながった人たちは、僕のルーツにはどこも引っかからない、店を始めてから出会ったご縁ばかりなんですよね。
自分のコミュニティの外に行って、ゼロから人間関係が生まれていく。それって面白いことだし、次の展開にもつながっていくなと思ったんです。
無人駅前という場所に惹かれた、ちょっとやましい気持ちも含めて
もう一つの「なんでこの場所で?」は、無人駅前という場所そのものについてです。
空き家を紹介される前に、一回自分で外観だけ下見に行ったんですよね。高校が近くて、駅に高校生が溜まっていて、空はすごく広くて。
その穏やかでスローな空気がすごく良くて、そこに惹かれました。無人駅前で生まれるスローな時間みたいなものに、憧れたんです。
それと、正直に言うと、無人駅前の本屋って名前としてすごくキャッチーだなというのもありました。ちょっとやましい気持ちではありますけど。
いろんな本屋に行きたいと思っている感度の高い人が、「無人駅前に本屋があるらしいよ」と聞いたら、ちょっと耳に引っかかるんじゃないかなと。
僕自身がそういうタイプなんですよね。だから、多少遠くても、その距離を乗り越えて来てくれるんじゃないかと思ったんです。
速さの時代に、あえて一番遅い場所へ
なんでスローさに惹かれたのか。それはやっぱり、今の時代背景があると思うんです。
何でもかんでも、速さとか分かりやすさに収束していく時代だなと感じています。AIの台頭もそうだし、コストパフォーマンス、タイムパフォーマンスという言葉も増えました。
速い方がいい、効率がいい方がいい。その良さに向かって競争していく空気感が、企業間だけじゃなくてSNSの流れでもある。
じゃあ本屋がその時代に歓迎されるかというと、まあ無理だなというか、そもそもベクトルが違うなという感覚があります。
僕自身、本屋には落ち着きたいから行っていました。心が休まる場所だったんですよね。
そう考えると、これからどんな本屋が価値を感じてもらえるか。時代の対極に行く方がいいと思ったんです。
速さやコストがどんどん先細っていくにつれて、その対極にある遅さの価値は逆に上がってくる。これはもう絶対にあると思うんですよね。
デジタルデトックスという言葉が出てきたり、パソコンから距離を置く時間を大事にしようという流れもある。その部分として、本屋はすごく価値があるなと。
なら極端に遅い場所でやってみよう。そういう場所でしか得られない価値は、きっとあるなと思って、実際にやってみています。
本屋のお金を、生活に直接結びつけない
今の僕は、フリーランスとしてデザインや写真、映像の仕事をしています。月火水は家や現場で仕事をして、木金土日に本屋を開けている感じですね。
もともとフリーランスの活動が先にあって、その後で本屋をやることになったので、受けていた仕事を3日間にぎゅっと圧縮して、無理やり営業日を作ったという形です。
最初は本屋のためのお金も、フリーランスの仕事が支えてくれていました。今は、フリーランスのお金をそこまで削らなくても本屋が回るようになってきた感覚があります。
要するに、今は兼業本屋という形です。もともと大きい規模で本屋をやるイメージはなくて、自分の手に負えないサイズの在庫は抱えられないと最初から思っていました。
お金のことで最初に決めてよかったなと思うのは、本屋のお金を、直接生活に結びつけないことです。
「この一冊が売れないと今日のご飯は納豆だけです」みたいな環境にはしたくなかったんですよね。
場所が場所なので、お客さんと喋る時間も結構あります。近所のおじいちゃんやおばあちゃんが、散歩の休憩でうちに来ることも、毎日のようにあるんです。
そうなったときに「喋ってるんだから本買ってくださいよ」なんて思いたくない。経済圏を分けておけば、そこを直接影響させないでいられるんじゃないかなと思ったんです。
おかげで、いろんな方とのんびり話して、わかってくれた人が本を買っていく。ずっと機嫌がいい、健康な環境が作れているなという自負があります。
まとめ
遠い場所、無人駅前、遅さ。全部あえて選んだものですが、まだ正解かどうかはわかりません。ただ、今のところ「なんかいい感じ」になってきたなというのが正直な所感です。この場所で生まれている空気を、少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
- 遠い場所を選んだのは、固定費の安さと、ゼロから人間関係を作れる面白さのため
- 無人駅前のスローな空気に惹かれ、キャッチーさにも正直ちょっと惹かれた
- 速さの時代だからこそ、一番対極にある遅い場所に価値があると思っている
- 本屋のお金を生活に直接結びつけないことで、機嫌よく続けられている







