なぜホルムズ海峡の封鎖は「桁違い」の事態なのか
2026年2月28日、アメリカとイスラエルがイランを攻撃し、イランはホルムズ海峡を事実上封鎖しました。収録時点の2026年10月でも、事実上の封鎖は8か月続いています。
ゲストの小山堅さんは、この収録日に岩波新書『二十一世紀の石油危機』正式な書名・副題を出版しています。石油をメインにした岩波新書は1980年代ぐらいまで遡らないとないそうで、小山さんは今回をそれに匹敵する出来事だと捉えています。
小山さんによると、中東は石油の生産と輸出で世界で最も重要な地域で、その輸出の大半はホルムズ海峡を通ってタンカーで運ばれてきました。海峡の幅は30キロほどで、タンカーが通れる部分はさらに狭いといいます。
よく[[チョークポイント::海上輸送の要衝となる狭い海峡や水路のこと。ここが止まると物流全体に大きな影響が出るため、エネルギー安全保障で重視されます]]っていう言葉を使うんですけれども。
小山さんの説明では、ホルムズ海峡を通る量は石油が1日あたり2000万バレル、LNG ── 液化天然ガス。天然ガスを冷却して液体にしたもので、タンカーで長距離輸送できます。日本の火力発電の主力燃料ですが年間8000万トンです。どちらも世界全体の供給力の2割ほどにあたり、世界最大の交通量があるチョークポイントだといいます。
佐々木さんが「たった2割」とも考えられるのではと尋ねると、小山さんは、これほど1か所に供給が集中する場所はほかにないと答えます。
これが封鎖されてしまうと、誰かがそれを肩代わりして生産してくれるとか、供給してくれるってことができないんですね。
「イランは封鎖しない」という常識はなぜ崩れたのか
ホルムズ海峡の封鎖は、歴史的に見て一度もなかったと小山さんは話します。海峡の反対側を握るイランが封鎖する心配は常にありましたが、同時に「実際にはやらないだろう」というのが常識だったそうです。
その常識の根拠は、イランにとって封鎖が合理的でないことでした。封鎖すればアメリカが強力な軍隊を送って封鎖を解除し、イランの体制まで倒してしまう。だからイランは自分の首を絞めることになる、という考え方です。
封鎖するぞ、封鎖するぞって脅しはかけるけども、実際にはやらないだろうっていうのはもう常識になってたんですね。
では今回、何が違ったのか。小山さんは、攻撃開始直後にトランプ大統領がSNSに投稿したビデオ演説が封鎖を引き起こしたと見ています。演説は、軍事攻撃の後にイランの国民が立ち上がって政府を掌握せよと呼びかける内容でした。
小山さんの見方では、イラン側はこの演説で、今回の戦争を核施設の破壊のような限定的な攻撃ではなく、自分たちを倒すための戦争だと認識しました。2025年にもアメリカとイスラエルはイランを攻撃していますが、そのときは核開発施設を壊す作戦だったといいます。
核開発施設を壊すための軍事作戦
政権打倒を呼びかける演説を伴い、自分たちを倒す戦争と受け止められた
イラン側からしてみれば、生き残るためにはもう何でもあり。要するにもうこれまで禁じ手と思ってたものをフルにでも使わない限りは生き残れないっていうことになったんだと私は思ってます。
小山さんは、軍事力で大きく劣るイランがアメリカやイスラエルにまともに勝てるはずはないと話します。そこでイランはエネルギーを人質にとるという手段を武器にし、8か月にわたってアメリカと戦っている、という見立てです。
アメリカの逆封鎖と湾岸産油国への攻撃
佐々木さんは、イランによる封鎖に加えて、アメリカによる「逆封鎖」もあったことに触れます。小山さんによると、イランは石油を高値で売って戦費を調達できていたため、アメリカはイランが売る石油も封鎖してイラン経済を締め上げようとしたといいます。
小山さんは余談として、イランがもう一つの禁じ手も使ったと話します。サウジアラビアやカタール、UAEなど近隣の湾岸産油国への激しい軍事攻撃です。
これまでは、イランと湾岸産油国は対立しながらも同じ中東で一緒にやっていく必要があるため、最重要のエネルギーインフラへの攻撃はほどほどにするのが常識だったといいます。今回はその常識も変わり、世界第2のLNG輸出国であるカタールの輸出能力が2割も壊され、直すのに5年かかるという見方もあるそうです。
湾岸の産油国は、ひょっとすると今回の戦争において最も重大な被害を受けた国の一つになるかもしれません。
小山さんは例としてドバイを挙げます。高層ビルが林立するほど繁栄できた大きな理由は安全だったことで、今回その安全に疑問がついたことで、エネルギーに限らず中東のビジネス全体が問われることになったと見ています。
封鎖下でもタンカーはどう動いているのか
佐々木さんは、イラン側が機雷を設置していると言っている点を挙げ、海峡が開放されてもタンカーは簡単に通れないのではと尋ねます。小山さんは、本当の意味の正常化には相当時間がかかると答えます。
一方で小山さんは、8か月の間にいろんな工夫が起きており、最近は実は結構タンカーがホルムズ海峡を通っていると話します。通行を検知されないよう装置を外したタンカーが湾の外に出て、日本などアジア向けのタンカーに石油を積み替えているそうです。
湾内で積み込み
通行を検知する装置を外したタンカーに石油を積む
湾の外へ
タンカーがホルムズ海峡を抜けて湾の外に出る
積み替え
日本などアジア向けのタンカーに船から船へ移す
この船から船への積み替えはShip to Ship ── 洋上で船同士を横付けし、原油などの貨物を移し替える方法。STS(シップ・トゥ・シップ)とも呼ばれますと呼ばれるオペレーションです。佐々木さんが危険と隣り合わせではと聞くと、小山さんは「それでもやらなきゃいけない」と答えています。
前と同じように大量に安定的には輸送できてないんですけど、とにかくもうみんな必死なんですよね。
過去の石油危機と比べて何が違う?
ここから話題は、過去の石油危機との違いに移ります。小山さんが挙げる一番わかりやすい違いは、途絶した供給量が今回は桁違いに大きいことです。
1973年の第1次石油危機 ── 中東戦争の際、アラブ産油国が消費国への石油禁輸や価格引き上げを行ったことで起きた危機。日本ではトイレットペーパー騒動などで知られますは、中東での戦争とアラブ産油国の禁輸で起き、途絶量はだいたい430万バレル程度でした。1978年のイラン革命による第2次石油危機では、当時世界4位ほどだったイランの生産が全部止まり、途絶量は560万バレルだったといいます。
過去2回の危機の途絶量は全体の供給量の1割未満でしたが、今回は2割にあたります。小山さんはこれを「桁が違う途絶」と表現しています。
期間の長さはどうか。ホルムズ海峡危機以前で最大の途絶は、2019年にサウジアラビアの石油施設が攻撃されたときの570万バレルでしたが、実際の途絶は1日か2日で設備がすぐ直ったそうです。今回は2000万バレルの石油と8000万トンのLNGの通行が8か月にわたってまともにできていません。
それでも「なんとかなっている」のはなぜか
これほど大きな途絶なのに、なぜ今のところ何とかなっているのか。小山さんが挙げる理由の一つは、危機直前の市場の状況です。
今回は危機の直前まで原油価格が下がり続け、市場に石油が溢れていました。一方、第1次石油危機のときは、危機の前から価格が上がり続けて需給が逼迫していたところにクライシスが起きたといいます。
第1次石油危機: 価格が上がり続け、需給が逼迫していた
今回の危機: 価格が下がり続け、市場に石油が溢れていた
今回は余っていた石油を取り崩し、8か月を食いつないできました。ただし小山さんは、その分だけ在庫はものすごく減ったと指摘します。今後は減った在庫で、いつ解決するかわからない危機に対処しなければならないといいます。
佐々木さんは、ロシアへの制裁が続くなかでも石油が余っていたのかと尋ねます。小山さんによると、ロシア産の石油を日本やヨーロッパ、アメリカが買わなくなった分を中国やインドが買っており、世界全体の供給量は変わっていないそうです。
ロシアの石油は国際石油市場に流れ続けてるっていうのが、この4年間の大きな流れであると見ていただいていいのかなと思うんです。
日本の中東依存93%はなぜ生まれたのか
ただ、日本にとっては事情が違います。日本の原油輸入に占める中東の割合は2025年に93%で、直前には96%まで上がっていたと小山さんは話します。
その背景には、ウクライナ戦争前は日本がロシアの原油を結構輸入していたことがあります。G7の一員としてロシア産を買わないと決めたとき、ほかに買える先は中東しかなかったといいます。
佐々木さんは、産油国トップがアメリカであることに触れ、アメリカから買えばいいのではと尋ねます。小山さんによると、実際に危機後は中東原油に頼っていた国がみんなアメリカに行って一生懸命買っているそうです。
小山さんはアメリカのシェール革命 ── 頁岩(シェール)層に含まれる石油やガスを、新しい採掘技術で取り出せるようになったこと。アメリカのエネルギー生産を大きく押し上げましたを、頁岩層の石油を取り出す新技術による増産だと説明します。
例えば日本が石油を売ってくれって頼みに行くとですね、いいよと。で、いくら払うの?ということになって、
小山さんによると、アメリカは危機後に石油の輸出を約200万バレル増やしており、そのうち50万バレルは国内生産の増加分、残り150万バレルは国内の備蓄や在庫を取り崩した分です。より高く買う相手に国内の石油が回る、非常にアメリカのビジネスらしい動きだと話しています。
佐々木さんは、アメリカでもガソリン価格の上昇が中間選挙の争点になっていると指摘します。小山さんは、特に農業州でトラクターの燃料になる軽油の値段が上がれば批判が出るため、アメリカからの輸出がそれほど出てこなくなる心配もあると話します。
ナフサショックはなぜ起きた?
佐々木さんは、ニュースでよく耳にしたナフサや、スーパーで見かけたモノクロのパッケージに触れ、ナフサショックはもう過ぎたことなのかと尋ねます。小山さんは、一時のパニックのような状況は収まったものの、ホルムズ海峡からの供給停止という根本の問題は解決していないと答えます。
小山さんの説明では、ナフサ ── 原油を精製して得られる軽質の油で、プラスチックなど石油化学製品の原材料になります。粗製ガソリンとも呼ばれますの入手方法は、国内で原油を精製して作るか、製品として輸入するかの2つです。日本では製品輸入が供給の中心で、その最大の部分が中東から来ていたため、それが止まってしまいました。
国内の精製でもナフサは増えにくい事情があります。原油を精製するとナフサやガソリンが同時に出ますが、作る側は一番儲かるガソリンをたくさん作るため、その分ナフサはあまり出てこないといいます。
小山さんは、こうして輸入も国内供給も細ったナフサを巡り、サプライチェーンの全段階で「売るのを控えよう」「少し余分に買っておこう」という動きが起きたと説明します。全体量はそれなりにあるのに手に入りにくくなる、目詰まりの状態です。
輸入の途絶
供給の中心だった中東からの製品輸入が止まる
国内供給の限界
精製ではガソリンが優先され、ナフサは増えにくい
不安による行動
売り控えや余分な買いがサプライチェーン全体で起きる
目詰まり
全体量はあるのに手に入りにくくなる
対策として必要だったのは、まず供給を全体で確保し、それを周知し、企業を一つずつ回って安心感を持ってもらうことだったと小山さんは話します。この対策で、ナフサの問題はとりあえず凌いできているといいます。
電気代はなぜ石油と関係するのか
佐々木さんは、小山さんの本には石油と暮らしの密接な関係が多く書かれていると紹介し、電気代を例に挙げます。小山さんによると、日本では石油による火力発電は極めて少なく、中心はLNG火力、次が石炭火力です。
それでも電気代が石油と関係するのは、火力発電の中心であるLNGの値段が原油価格で決まるからだと小山さんは説明します。
原油の輸入価格
輸入した原油の値段が決まる
LNG価格
3〜4か月ほどのタイムラグでLNGの値段が決まる
電気代
さらに若干のタイムラグを経て電気代が変わる
日本では、ドル建ての原油価格の上昇に円安も重なり、電気の値段がじりじりと上がってきているといいます。佐々木さんは、原油価格が商品先物の中心にあり、ほかのエネルギーやコモディティの価格にも影響していると補い、小山さんもそれに同意しています。
戦争の行方は3つのシナリオに
まだ戦争の終わりが見えないなか、どれくらい危機感を持てばいいのか。小山さんは、正直わからないところがいっぱいあるとしたうえで、場合分けしたシナリオで考えていると話します。
一言で言うと、全面戦争でもないし、平和でもない。この状況が続いていくっていうことになるとすると、やっぱり地政学リスクが残りますから、原油価格はそのまま高止まり。
| シナリオ | 状況 | 原油価格 |
|---|---|---|
| メインシナリオ | 頻繁な衝突はあるが全面戦争には至らない状態が続く | 高止まり |
| 正常化 | 和平協議が行われ、問題解決に向かう | (言及なし) |
| 全面戦争への逆戻り | 3月、4月のような全面戦争に戻る | どれほど上がるか見当もつかない |
小山さんは、どちらに転ぶかを左右する決断はトランプ大統領にあると見ています。突然「撃ち方やめ」となるかもしれないし、中間選挙の後に全面戦争に戻るかもしれず、日本の暮らしや経済にとって相当心配な状況もあるといいます。
佐々木さんは、中間選挙前に戦争を終わらせて支持率回復につなげるというシナリオはどうやら不可能になったと述べ、来年以降もエネルギー危機がポイントになりそうだと締めくくりました。
まとめ
ホルムズ海峡の事実上の封鎖は、過去の石油危機を大きく上回る供給途絶を生みました。それでも危機直前の供給余剰や必死の工夫で8か月を凌いできましたが、在庫は大きく減り、先行きはトランプ大統領の判断次第という不透明な状況が続いています。
- ホルムズ海峡は世界の原油とLNGの約2割が通る最大のチョークポイントで、肩代わりできる供給源がない
- 小山さんは、政権打倒を呼びかけたトランプ大統領の演説が、イランに「禁じ手」の封鎖を選ばせたと見ている
- 途絶量は1日2000万バレルで、第1次・第2次石油危機の430万・560万バレルを大きく上回る
- 危機前の石油余剰を取り崩して凌いできたが、その分在庫は大きく減っている
- ナフサの目詰まりや電気代の上昇など、影響は原油価格を通じて暮らしに広く及んでいる






