備蓄の呼びかけから、ジャガイモ輸入の現状へ
番組の冒頭で野村さんが取り上げたのは、日本とイギリスで国民に食料や水の備蓄を呼びかける動きが相次いでいるというニュースです。日本では細野防災担当大臣が11月2日に緊急要請を出す考えを示し、イギリス政府も3日分の備蓄を呼びかけています。
野村さんは、日英の備蓄の呼びかけについて、差し迫った情報を両国政府が共有したからという陰謀論ではないと説明します。日本は防災庁が発足する11月2日に合わせた動きで、イギリス政府は停電や断水、サイバー攻撃などへの備えを案内しています。
日本ではサイバー攻撃は理由に挙げられていません。それでも野村さんは、悪質なハッキングで物流網が麻痺し食料供給が止まるリスクは日英で変わらないとし、今回の備蓄を現代ならではの見えない脅威に向けたものとも考えられると述べています。
ここから本題として野村さんが取り上げたのが、アメリカ産ジャガイモの輸入解禁をめぐる議論です。日本は植物防疫法 ── 海外からの病害虫の侵入や国内での蔓延を防ぐための法律。輸入植物の検査や、特定の植物の輸入禁止などを定めていますに基づき、病害虫の侵入を防ぐため、原則として生のジャガイモの輸入を禁止しています。
日本のジャガイモ輸入は、2006年にポテトチップスなどの加工用に限って条件付きで解禁されました。ただし、スーパーなどで売られる一般流通用は依然として輸入が認められていません。
アメリカ政府は2020年から一般流通用の輸入解禁を求めており、農林水産省は大きく3段階の審査手続きを進めてきました。先月18日に農水省が開いたオンライン説明会では、リスク管理が必要な21種類の病害虫を特定し、3段階中の第2段階が完了したと報告されています。
今後の審査は、病害虫の侵入をいかに防ぐかを検討する最終の第3段階に入ります。
上の年表は、加工用の解禁から最終段階に入るまでの流れを、番組で紹介された出来事の順に整理したものです。
アメリカの期待と、日本の生産者が恐れるシストセンチュウ
アメリカの農業界は、日本の手続きの進展に注目しています。全米ジャガイモ協議会は、日本市場が開放されれば年間1億5000万ドルの新たな輸出が見込めるとしており、これはアメリカのジャガイモ輸出額全体をおよそ10%押し上げる規模です。
NHKの報道によると、9月上旬に農水省の幹部が訪米し、アメリカ通商代表部 ── USTR。通商交渉を担う大統領直属の機関で、貿易協定の交渉や相手国への市場開放要求を主導しますや農務省の幹部と面談した際、全面解禁に向けた作業の加速を求められました。背景には、今年3月にアメリカ議会の関係議員がトランプ大統領に書簡を送り、日本の市場開放を求めたことがあるとされています。
一方で日本の生産者が懸念しているのが、病害虫の侵入です。中でも特に警戒されているのが、ジャガイモシストセンチュウの仲間だと野村さんは説明します。
科学誌『サイエンティフィック・レポート』に掲載された研究では、ジャガイモシストセンチュウの仲間が世界各地で農業被害をもたらし、さらに広い地域に分布する可能性が指摘されています。日本国内でも発生が認められています。
ジャガイモシストセンチュウの駆除が難しいのは、シストと呼ばれる極めて強固な殻を作る点にあります。シストは、メスが死ぬ間際に自らの体を硬く変化させて作る、数百個の卵を守るカプセルのようなもので、乾燥や温度変化から中の卵を保護します。
シストは、餌となるジャガイモがなくても、土の中で10年から最長30年もの間、休眠状態のまま生き延びることが確認されています。大きさは0.5ミリ程度と小さく、土に混ざると肉眼で見分けるのは困難です。
土に混ざる
0.5ミリ程度で、肉眼では見分けにくい
運ばれる
雨に流されたり、長靴の裏や農機具のタイヤに付着したりする
生き延びる
餌がなくても土中で10〜30年休眠できる
上の図は、小さく頑丈なシストが気づかれないまま拡散していく経路を整理したものです。アメリカで最もジャガイモの生産が多いアイダホ州でも、シストセンチュウ対策は長年の課題になっています。
シストには薬剤の効果も届きにくく、今のところ特効薬はありません。薬剤処理だけでなく、抵抗性品種の活用や継続的な調査など複数の対策を組み合わせる必要があり、一度入り込んだシストセンチュウの根絶には何十年もの時間がかかります。
輸入制限は国際ルール違反なのか
野村さんは、国際的な貿易ルールにも触れています。アメリカは日本に早期解禁の圧力をかけていますが、実はアメリカ自身も病害虫を理由に、日本産の生のジャガイモの輸入を禁止しています。
アメリカは生鮮の果物・野菜について、輸入を認める品目や原産国を細かく指定しています。日本産のジャガイモは、その輸入を認める品目に指定されていません。
WTO(世界貿易機関)には、SPS協定 ── 衛生植物検疫措置の適用に関する協定。食品の安全や動植物の健康を守るための輸入規制を認める一方、科学的根拠のない規制で貿易を妨げないよう求める国際ルールですというルールがあります。SPS協定では、自国の動植物の生命や健康を守るため、科学的根拠に基づく輸入制限、つまり検疫措置を行うことが各国の権利として認められています。
そのため、日本もアメリカも、科学的なリスク評価に基づいて輸入を制限すること自体は国際ルール違反ではありません。今後は、害虫の侵入を防ぐための措置を日米で具体的に検討することになります。
農林水産省は結論ありきではなく、科学的根拠に基づいて判断すると説明しています。ただ、一度侵入すれば根絶には多大な時間とコストがかかるため、野村さんは拙速に判断せず、徹底的な科学的検証をすることが日本政府に求められているとまとめています。
最後に野村さんは、食料安全保障という観点で、冒頭の備蓄の話題とジャガイモの検疫の話題は根底にある考え方が同じだと述べます。
見えないサイバー攻撃による物流ストップを意識した備え
見えない病害虫から国内の農業基盤を守るための備え
野村さんは、食卓に上る食べ物がどのように届けられているのかを実感する2つのニュースだったと締めくくっています。
まとめ
アメリカ産生鮮ジャガイモの輸入解禁は、審査が最終段階に入り、アメリカ側からの圧力も強まっています。一方で、駆除の難しいシストセンチュウなどのリスクがあり、科学的根拠に基づく慎重な判断が求められています。
- 日本は一般流通用の生鮮ジャガイモの輸入を禁止しており、審査は3段階中の最終段階に入った
- 日本市場が開放されれば、アメリカは年間1億5000万ドルの新たな輸出を見込んでいる
- ジャガイモシストセンチュウは土中で最長30年生き延び、特効薬がなく、根絶に何十年もかかる
- SPS協定のもとでは、科学的根拠に基づく輸入制限は日米どちらにとっても国際ルール違反ではない
- 備蓄と検疫は、どちらも見えないリスクから社会を守る防波堤と位置づけられている





