なぜ医師の男性育休はいまだに珍しいのか
この回は、妻の産休育休を含めた約1年の休みが明け、仕事を再開するタイミングでの振り返りとして始まります。公開は4月の頭の予定だそうです。
五十嵐家で特別だったのは、医師であるゆいちゃんが約4ヶ月の男性育休を取ったことです。妻はここを振り返りたいと切り出します。
ゆいちゃんによると、大企業ではもう珍しくない時代でも、医師の世界では男性医師が1ヶ月以上取るだけでかなり珍しいと言います。
医者の世界で男性医師がおそらくもう1ヶ月以上取るというだけでもかなり珍しい。多分いないんじゃないくらい。
臨床の現場ではほぼいないのではないか、2〜3ヶ月の期間なら全国探しても10人くらいではないか、とゆいちゃんは話します。ただしこれはあくまで推測だと本人も添えています。
「取ってよかった」の、その心は
育休を取ってみてどうだったか、という妻の問いに、ゆいちゃんはまず一つだけはっきり言えることがあると答えます。
一つ間違いなく言えるのは取ってよかったってことだね。で、男性みんなが取るべきだとも思った。
その理由を「その心は?」と妻が聞くと、ゆいちゃんは取らない理由があまりない、と続けます。育児は二人でするものという価値観からすると、片方だけしか取らないのはいびつだ、という感覚です。
デンマークで見た「男女でどう割ってもいい」育休
話は、三人でデンマークに行ったときのエピソードに移ります。現地で暮らすゆいちゃんの友人(女医)の家に招かれ、向こうの育休文化に驚いたと言います。
その友人はちょうど二人が滞在中に破水して入院し、現地では2日ほどで退院になるため、退院の翌々日にはホームパーティーに招いてくれたそうです。
妻が驚いたのは、その旦那さん(デンマーク人)が破水の日から普通に家にいて、平日のディナーも用意してくれていたことでした。
え、ふと「なんで?あれ?なんでいるんだ?」みたいな。そもそもね。
聞けば、デンマークでは男性が産後2週間は絶対に休まなければならず、その後の産後1年の育休は、男女でどう割ってもいいのだといいます。
妻は、女性が1ヶ月で復帰して男性が11ヶ月休んでもいい、というように、どれくらい休むかを家族ごとの価値観で決められる点に衝撃を受けたと話します。
(デンマークでは)男女がどういうふうにどれぐらい休むかっていうのは、それぞれの家族の価値観でどうぞみたいな感じだったよね。
男性が取ること自体がまだ珍しく、性別で休む期間の前提がある
男性が産後2週間は必須。産後1年をどう割るかは家族の価値観に委ねられる
話し合って決めると、なぜ負担が女性に偏るのか
一方でゆいちゃんは、「話し合って決める」ことには慎重な見方を示します。構造的に負担が女性へ偏りやすいから、というのが理由です。
だって構造的に必ず女性に負担は偏るじゃない。特に母乳だったらさ。話し合って決めたら女性の方が負担が大きくなるに決まってる。
だからこそ、話し合いの前に「基本的に男性が取るもの」という価値観があり、それが社会制度に組み込まれていることが美しいと感じた、と話します。
日本の男性育児も当たり前になっていくべきだし、実際に進んできている。まだ道半ばだが、そこにジョインできたのはよかった、とゆいちゃんはまとめます。
育休を取らないと「当事者意識」は芽生えない
ゆいちゃんは、育休を取らなければ当事者意識は芽生えなかった、とはっきり言います。妻が「どういうところで?」と掘り下げます。
手を動かして共に苦労を分かち合わないと、どんどんやれることとか温度感とか話が合わなくなってくる。
手を動かさないと、育児に関することがだんだん振られなくなり、取り上げられていく。だから育休を取らないと当事者になれない、という感覚です。
SNSの「全部私」という愚痴に感じたこと
妻は、投稿したこともないのに育児関連の投稿がたくさん流れてくるスレッズの話を持ち出します。子育て中のママたちの、夫への愚痴が多いと言います。
「これも私、あれも私、全部私」という趣旨の投稿を見るたびに、妻は少し立ち止まって考えると言います。そもそも任せようとしたのか、自分がやっていることを伝えたのか、と。
妻の指摘は、見えないところでやっていることは、言わなければ伝わらない、という点です。分かってくれない男性だけが悪いという話ではない、とも付け加えます。
共有していない時間が長い中で分かってもらおうと思ったら、一緒に経験するか、伝えるしかない。そうしないと温度感はどんどんずれ、育児が「ブラックボックス化」していく、と妻は話します。
肌着で心が離れかけた夫を、粘り強く巻き込む
ゆいちゃんは、妻が自分を巻き込もうとする姿勢が粘り強かったと振り返ります。妊娠中の育児グッズ選びから、その姿勢は始まっていたそうです。
象徴的なのが赤ちゃんの服です。短肌着や長肌着、ロンパースといった種類が分かりにくく、ゆいちゃんは途中から「もうちょっと考えといて」という気持ちになっていったと正直に語ります。
あの辺からさ、なんか買いに行っても、ちょっと買っといてぐらいの気持ちになっていくから、あの辺から心が離れていく。
それでも妻は、保育園の準備でも9割ほど自分が考えつつ、残りの1割で夫を巻き込もうとし続けたといいます。ゆいちゃんは、ほとんどの人はそこで諦めると言います。
でもあれはほとんどの人は諦めると思うね。だってめんどくさいじゃない。
育児と後輩指導は同じ、最初に諦めたらずっと諦める
ゆいちゃんは、この構図が仕事に似ていると気づきます。後輩や部下に仕事を振るか、自分で巻き取るか。自分で巻き取ったほうが楽な場面がある、というのは育児でも同じです。
ただ、長期的に部下を育てようと思えば、面倒でも巻き込むことになる。妻も、後輩に成長してほしいと思えば、自分でやるより遅くても粘り強く教えるはずだと応じます。
これって職場のマネジメントと同じでさ、最初に諦め始めたらもうずっと諦めるね。
だからこそ、育休の本当に最初の数ヶ月をやるかやらないかで、その後の夫婦の乖離感は全然違うのではないか、とゆいちゃんは話します。
最初に手を動かす
共に苦労し、当事者意識と温度感が揃っていく
最初に諦める
育児が振られなくなり、その後もずっと乖離が続きやすい
育休だからこそ分かった「育児は暇じゃない」
妻が、育休を取っていたから離れずに済んだと感じた具体的な場面を尋ねます。ゆいちゃんはいくつか挙げていきます。
一つは、育児以外の食事の買い物なども含めた日中の過ごし方です。自分でやっていなければ「育児って暇じゃん」と思っていたかもしれない、と正直に語ります。
育児、育休に合わせて、もうどっさり家に本持って帰ってきて、めちゃめちゃ読もうと思ってたけど読めない。日中全然読めない。
さらに、合わせて2週間弱ほどのワンオペを経験できたこと、国内外の旅行に一緒に移動して準備や現地の対応をしたことも、育休でなければ味わえなかったと言います。
夜中の対応は「育休中の母」だけの仕事なのか
もう一つ大きかったのが、夜中に起きるのが普通になったことです。育休でなければ、次の日が仕事の自分に配慮して妻が優先的に起きてくれていた、とゆいちゃんは振り返ります。
(育休を取っていなかったら)「任せたわ」とか言って俺、耳栓してもう起きない。起きてるけど起きないみたいな。
妻は、赤ちゃんの活動量が増え、しかも昼寝をしないため、「赤ちゃんが寝ている間に自分も寝る」ことがそもそも難しいと説明します。寝ても15分で、その15分ですぐ眠れるわけでもない、と。
だからこそ妻は、育休中の母だけが夜間対応するのが当たり前、という考えには違和感があると言います。育児も仕事のようにフル稼働で、どちらも同じだ、という感覚です。
これは育休のおかげか、それとも夫婦のスタンスか
ここでゆいちゃんは、話しながら一つの気づきを口にします。これは育休を取ったからというより、妻のスタンスや夫婦の対等さから来ているのではないか、と。
今話しながら思ったけど、これ育休取ったことっていうよりも、ナギちゃんのスタンスだよな。
妻は、それでも育休を取っていなければ「俺は仕事なんだ、昼間寝れるだろ」と思ったはずだと切り返します。ゆいちゃんも、育休をしっかり取ったからこそ温度感が揃いやすかったとは認めます。
温度感が揃っている効果は、復帰後にも表れています。妻が一人の時間を欲しがって取るというより、大変さが分かっているゆいちゃんのほうから「飲みに行っておいで」と提案してくれる、と妻は話します。
自分もやったからこそ、育児が休みには全くなってない、むしろすっげえ大変ってことがわかってるから、休ませてあげたい。
育休は「取るか取らないか」の交渉である
話が進む中で、二人は「育休だけを取り出すのは難しい」という結論に近づいていきます。取る前後の姿勢やコミュニケーション、仕事の振り方まで、すべてがつながっているという見方です。
そのうえでゆいちゃんは、男性の育休は完全に「交渉(ネゴシエーション)」だと言い切ります。取るか取らないかが自分の選択になる分、職場からは仕事へのネガティブな姿勢と受け取られやすい、と。
そもそも育休ってのはさ、男性の場合、完全に交渉なのよ。ネゴシエーションなのよ。職場との。
男性は「仕事に逃げられる」ともゆいちゃんは指摘します。キャリア、人手不足、経済的な事情など、取らない言い訳はいくらでもあるからです。
だから、パートナーに向かって「うちの職場では取れるわけない」と言った時点で、すでに分かれ道は始まっている、というのがゆいちゃんの見立てです。
「決めてから考える」夫と、迷って諦める側の話
妻は、自分は何でも迷い、周りへの迷惑を考えて主張から逃げるタイプだと打ち明けます。一方でゆいちゃんは、良くも悪くも先に決めてしまうタイプだと言います。
いや、そんなんできるできないじゃなくてやるんだよ。決めてから考えるんよ、どうせ。どうやってそこを乗り越えるか。
妻は、日本人には自分のように迷うタイプが多いと感じています。周りへの迷惑という名のもとで、自分の判断から逃げてしまいがちだ、と。
ゆいちゃんは、そもそも職場は交渉するものではない、与えられるものだと思っている人が多いと補足します。医師の世界では、頑張っても1週間ほどというのが実感だと言います。
ワンオペはできる。でも二人のほうが「文化的」
妻は、夫が家にいるより働いて稼いでくれたほうが合理的だと考える女性もいるだろう、と冷静に見ています。それでも自分はいてくれてよかったと感じている、と続けます。
妻がよく引き合いに出すのが、ワンオペでは「健康で文化的な最低限度の生活」がちょっと厳しい、という言い回しです。できるけれど、それをやりたいか、それでいいと思うかは別だと言います。
やっぱりワンオペって健康で文化的な生活ちょっと厳しいんだわ。最低限度の。
二人でやったほうが楽しいし、心が休まるし、赤ちゃんにも優しくできる気がする。二人で育児をしたほうが、全ての健康と人生のためにいいというのが妻の実感です。
ゆいちゃんも、1ヶ月は取らないと分からない世界があると言い、できるだけ長いほうがいいという考えを示します。
まとめ
五十嵐家の育休振り返りは、「取ってよかった」で終わらず、「育休だけを取り出しても意味がない」という気づきにたどり着きました。制度の前に、巻き込む側と分かろうとする側、その両方の姿勢と温度感がそろって初めて機能する、という話です。
- ゆいちゃんは約4ヶ月の男性育休を取り、「取ってよかった」「男性みんなが取るべき」と振り返っている
- 育児は二人でするもので、話し合いより前に「男性も取る」前提と制度が必要だという見方が示された
- 見えない育児は言わないと伝わらず、粘り強く巻き込むかどうかで夫婦の温度感が分かれる
- 育児と後輩指導は似ており、最初に諦めるとその後もずっと乖離が続きやすい
- 育休は取る前後の姿勢や職場との交渉まで含めた文脈全体の中にあり、二人でやるほうが健康にも人生にもいいと語られた






