ビズリーチのプラチナスカウトが届き続けていた
今回のこなさんは、1年ぶり2回目の転職を考えているという話から始めます。昨年6月頃にも「転職しようかな」と迷い、少し転職活動をしたものの、「まあこの職続けよ」とうやむやのまま今に至ったといいます。
その転職活動のとき、こなさんはビズリーチに登録していました。登録自体を消していなかったため、職務経歴書などのデータもそのまま残っていたそうです。
ビズリーチでは、登録情報を見たヘッドハンターや企業から「こういう企業どうですか?」というスカウトが届きます。中でも注目度の高いものはプラチナスカウトと呼ばれ、こなさんのもとにも去年6月以降、コンスタントに届いていたそうです。
(プラチナスカウトは)ほぼ既読するどころか既読もしないで捨てちゃうみたいな感じでいたんですけれども、まあそんな感じで来てました。
それでも登録を消さなかった理由について、こなさんは正直な気持ちを語ります。
どっかで自分の中でも「いい職、職っていうか、いいところあったら、まあ転職してもいいかな」って思いながら、まあ登録は消していなかった。
某自動車メーカーからのオファーで気持ちが揺れた
今年8月、某自動車メーカーの人事・採用担当から、こなさんに直接「カジュアル面談してみませんか?」というオファーが入りました。求人票も付いており、内容は自分の職務の範疇内、できることだと感じたそうです。
ここでこなさんは自身の経歴を説明します。自衛官を辞めたあと経営企画で採用され、途中3年ほど総務にいた時期を挟みつつ、基本的には8年ほど経営企画にいるといいます。総務から経営企画に戻ったタイミングで課長に上がりました。
自動車メーカーからのオファーは「管理職級」と書かれており、こなさんは「まあこれ課長だろうな」と見ていました。1件目で迷っていたところに2件目のメールが届き、気持ちが動いたといいます。
「あー、まあこれちょっと話だけ聞いてみようかな」っていう風に、ちょっと揺れちゃいました。
経営企画の居心地の良さと、チャレンジへの迷い
揺れた理由の一つは、今の仕事への「このままでいいんかな」というモヤモヤでした。ただ一方で、今の環境の居心地の良さも、こなさんははっきり自覚しています。
経営企画という部署は役員や社長が近く、カジュアルに話ができる立場だといいます。他部署の課長がフラットに社長と情報交換するのは難しいけれど、経営企画ならできる。依頼をするときも、後ろに社長がちらつくため断られにくいそうです。
(経営企画の立場で依頼すると)まあ大体後ろに社長がちらつくみたいな。まあこれ断れないよねみたいな。
だからこそ、右も左もわからない、業種も違うところへ本当に行けるのかという不安もあります。それでも、そういう場所へのチャレンジに意味を見いだそうとする気持ちも語られました。
私41なんですけど、あと残りのまあ20年弱を、こうレベルアップするっていうのも、そんなに本当に求めてんのかどうかわかんなくてなんですけども、まあそういうチャレンジしてもいいのかなーとか思ったり。
課長6年目、昇進への「もういけるんじゃないか」という思い
揺れた理由のもう一つは、こなさんいわく「結構ネガティブな話」です。今は課長になって6年目で、5、6年ほどで部長に上がるのではと思っていたといいます。
こなさんは若いうちに課長に上がったため、周りには今のこなさんくらいの年齢で部長になっている人もいるそうです。
(自分ぐらいの年齢で部長になってる人がいるんで)なんか俺もいけんじゃねえの?みたいなところが正直あるんですよね。恥ずかしい話ながら。
来年1月には課長7年目に入るこなさんは、「もうちょっと評価してもらってもいいんじゃないか」という思いが少しあり、それが転職を考えるきっかけの一つになったと打ち明けます。
JTC子会社と自動車メーカー、給与テーブルの差
給与の面でも、こなさんは差を感じています。今の会社はいわゆるJTCの子会社で、一方の自動車メーカーもJTC系。ただ給与体系のテーブルは、相手方のほうがやはり良いといいます。
自動車メーカーの課長ならどのくらいもらえるか、こなさんは想像がつくといいます。転職すれば給料も上がる、という現実的な魅力があるわけです。
1年で決心を変える後ろめたさと、辞めることの不義理
一方で、こなさんの中には迷いもあります。去年「残る」と一旦決めたことを、1年でコロンと変えていいのか。今は社内ラジオの企画を進めている最中で、辞めるのは不義理ではないかという後ろめたさもあるそうです。
今、社内ラジオの企画を進めてるっていう中で、なんかこう、辞めるのは不義理じゃないかっていう気持ち、後ろめたさがあるんですよね。
この不義理感について、こなさんは自衛官を辞めたときの経験を振り返ります。同期から「なんで辞めんだよ」と言われ、部隊にも迷惑をかけたかもしれないという思いがあったそうです。
自衛官を辞める前、こなさんは有給を取ってすぐ抜けるのではなく、辞めるまで部隊に残り続けました。やることがなくなり、ぺーぺーの隊員がやるようなシュレッダーかけなどもこなしていたといいます。
当直ってこう、部隊に残るから、めんどくさいというか、負荷高いんすよ。で、もう辞めるんで、最後、当直ぐらいやりますよみたいな感じでずっとやってたり。
そうして辞めるまで部隊に居続けたことで、こなさんは居づらさを味わったといいます。その経験が、今回の不義理感にもつながっているようです。
通勤時間が15分から1時間半に。朝練を続けたい葛藤
話は変わって、こなさんは通勤時間の問題も挙げます。今は家から自転車でドアツードア15分ですが、転職すると1時間半ほどになりそうだといいます。まだ内定ももらっていないのに困っている、とこなさんは自分でも苦笑します。
通勤時間が延びると影響するのが朝練です。こなさんは今、最長で2時間半から3時間ほど朝練をする日もあるそうで、それが最長1時間になるのは嫌だといいます。一方で「この朝練をいつまで続けるのか」という問いも自分に向けます。
でもまあkentさんとか見てると、50歳を超えても必ず朝練をするっていうのはあるからなぁ。
年を取ったらできなくなるから早くやめる、という判断も微妙だと感じているようです。こなさんは、続けられるなら朝練を続けたいと語ります。
自分の体力を落としたいわけではないので、そこは一つ、転職を阻むポイントになっちゃうのかなっていう感じです。
カジュアル面談は終了。年収は「1000万ぐらい欲しい」と伝えた
実は、こなさんはすでにカジュアル面談を終えていました。相手は部署の人ではなく採用担当・人事の方だったため、仕事の詳しい内容までは聞けなかったそうです。
面談の準備には、会社で使っているTeams経由のマイクロソフトのコパイロットを使い、どんな質問を考えておくべきかをまとめていました。ただ、担当者が人事だったため、部署に対する質問はできなかったといいます。
面談では、声をかけてもらったきっかけや福利厚生的な面などを聞き、逆に相手側からは希望年収を尋ねられました。こなさんは、はっきりと希望を伝えたそうです。
(希望年収を聞かれて)はっきりと1000万ぐらい欲しいですねって話をしたら、まあまあレンジ内なので、お出しできない額ではないと思いますみたいな感じで返されて。
求人票にもそのくらいのレンジで書かれていたため、大丈夫だろうとこなさんは受け止めています。
ほぼ自分の稼ぎだけ。今の会社では届かない年収
お金の話について、こなさんは家庭の事情も明かします。奥さんは扶養の範囲で、フルタイムでは働いていないため、家計はほぼ自分の稼ぎだけ。少しでもお金がもらえたら嬉しいというのが正直な気持ちだといいます。
お金はやっぱりあればあるほどいいですからね。バブリーなことは決してできないっていう感じで、少しでもお金もらえたら嬉しいなっていう感じは正直あります。
さらにこなさんは、今の会社の給与テーブルでは部長に上がっても転職先の課長ほどはもらえず、1000万に届かないんじゃないかと見ています。この差も、気持ちを揺らす要因になっています。
職務経歴書を追記して提出。面接まで進みたい
カジュアル面談自体はカジュアルに終わり、こなさんはビズリーチに出していた職務経歴書に追記してプッシュする流れになりました。求人票に書かれた職務や求める能力に沿う形で、少し追記したといいます。
職務経歴書と履歴書は昨年6月時点で作っていたため、こなさんは日付のミスに注意しました。「2025年6月何日」といった古い日付が残っていないよう気をつけたそうです。
履歴書の写真については、スマホで撮って加工するのかと思っていたところ、写真添付は不要とメールで来たといいます。こなさんは、それを合理的だと受け止めています。
今逆に顔写真とかつけてくれっていう方が、なんで?っていうのに答えられなくて、っていうのがあるのかもしれない。
どう転ぶかわからない。お祈りメールが来たら報告する
この転職の話は、引き続きラジオで話していきたいとこなさんはいいます。声に出すことで自分の輪郭を探るこの番組で、今もっともウェイトの高いテーマだからです。
ただ、こなさんはこの先どう転ぶかわからないとも言い添えます。書類選考で終わる可能性も十分あり得るとしつつ、できれば面接まで進みたいという本音を語ります。
職務経歴書を見て声かけてきたくせに、職務経歴書出したら「いや、いらないです」っていうのも、ちょっとそれもどうかなっていう気はする。
もし不採用のお祈りメールが来たら、それはそれで報告するとこなさんは笑います。
(お祈りメールが来たら)2分ぐらいのポッドキャスト作って、皆さんにお話したいと思います。
家族との摩擦。「変化は摩擦だ」と感じた
最後にこなさんは、転職周りのモヤモヤが1年ぶりに来たこと、自衛官のとき以来11年ぶりに味わっていることを、あんまり気持ちよくないと振り返ります。
そして家族への向き合い方についても語ります。自衛官から今の職に転職したとき、こなさんは奥さんに面接があることぐらいから伝え始め、結構怒られたそうです。パートナーに秘め事をされるのは気持ちのいい話ではない、と反省したといいます。
その反省から、今回はカジュアル面談のオファーが来た段階で「受けてみようと思うんだよね」と早めに話しました。それでも、やや怒られ気味だったそうです。
いやなんか、そんな1時間半も通勤すんの?みたいな。近いところ、職住接近で家建てたんじゃないの?とか言われちゃったり。
こうしたやり取りを経て、こなさんは変化そのものが持つ性質を一言でまとめます。
まとめ
1年ぶり2回目の転職を考えるこなさんは、自動車メーカーからのオファーを前に、給料・昇進・通勤・家族といった要素を一つずつ声に出して整理していきました。まだ書類を出した段階で、結論は出ていません。
- 昨年6月にも転職を迷い、ビズリーチの登録を消さないままプラチナスカウトが届き続けていた
- 自動車メーカーの管理職級オファーで気持ちが揺れ、給与テーブルの差や昇進への思いも背中を押した
- 一方で経営企画の居心地の良さ、1年で決心を変える後ろめたさ、辞めることの不義理感が引き止めている
- 通勤が15分から1時間半になり、続けたい朝練の時間が削られることも転職を阻むポイントになっている
- 希望年収1000万を伝えてカジュアル面談は終了し、職務経歴書を追記して提出。結果次第でラジオでも報告する予定




