大学中退から社労士へ、吉田さんの原点
今回のゲストは、社会保険労務士法人ワンハートの吉田優一さん。産業医の小橋さんとは顧問契約を結ぶ間柄で、この回は吉田さんの経歴を軸に話が進みます。
吉田さんは2021年、およそ4年前にワンハートを立ち上げて開業。マネーフォワードやキングオブタイム、スマートHRといった労務系ITツールの導入支援を中心に活動しています。
ただ吉田さんによると、ツールを入れるだけでは実際の事業にプラスにならないため、その手前の設計と運用まで一貫して支えるのが特徴だと話します。
(導入の)手前でですね、就業規則をちゃんと作って、会社の働き方っていうのを設計しなきゃいけない。
独立前は勤務社労士として7年半ほど経験を積み、通算では今およそ12年、社労士として活動しているとのことです。
その経歴の出発点は、実はかなり苦しいものでした。中高一貫校から現役で慶應義塾大学に進学するも、やりたいことを見つけられず中退してしまったといいます。
大学に進学するまでは比較的順調な人生だったんですよ。ところが、大学に行ったらやりたいことを見つけられなくて、中退してしまいました。
日本では学歴が重く見られる分、中退後の就職は難しかったと吉田さんは振り返ります。20代は無職の時期もあり、引きこもりや軽い不眠症も経験したそうです。
慶應に行ってた人間なんて有名企業で出世してたりする中で、僕は無職だったりして、ものすごい悲劇の二十代みたいなのを送ったんで。
うまくいかない自分が、労働の面白さに出会うまで
転機になったのは、うまくいかない状況をどう受け止めたかでした。吉田さんは当時をこう振り返ります。
自分の人生うまくいかないと、やっぱ他責になるじゃん。他人が悪い。
そうして「日本の経済が悪いのには原因があるはずだ」と考えるうちに、吉田さんは解雇規制と労働の話に行き着いたといいます。
日本って解雇規制が非常に強いから、労働の活用が硬直的だよね、だからここを直せば日本の経済は良くなるはずだ、っていう論調を言ってる人がいたんです。
その論調に感銘を受けて「労働って面白いな」と感じたのが、社労士への入口でした。調べていくうちに社会保険労務士という資格に出会います。
一度つまずいた人生を立て直すには資格が必要だという思いもあり、20代後半で社会保険労務士の資格を取得。そこから12年あまり、社労士としてのキャリアが続いています。
独立の背景にあった、「遅れている労務」への問題意識
勤務社労士として7年半ほど働くなかで、吉田さんには思うところがたくさんあったといいます。よい環境と同僚に恵まれ、実力が伸びたことには感謝しつつ、業界全体への課題も感じていました。
吉田さんが特に問題だと感じたのは、日本の労務が遅れているという点でした。海外経験があるわけではないと前置きしつつ、そこを変えたい思いが独立につながったと話します。
象徴的だったのが、経営者側の意識です。吉田さんが社労士を始めた頃には、こんな相談も珍しくなかったといいます。
残業代を払わずに済む方法を教えてください、っていう、そういうろくでもない経営者っていうのが結構いたような時代で。
一方で今は、社労士に顧問を頼む経営者の意識が変わってきたと吉田さんは見ています。
(今は)いい会社を作るためにはどうすればいいのか、っていうのをご相談されるような人がどんどん増えてきた。
もう一つの変化が、社労士側のオペレーションです。吉田さんが働くあいだにマネーフォワードやスマートHRといったITツールが急速に増え、アナログだった業務が大きく変わっていきました。
ITツールの広がりと、働き方改革という言葉の登場、そして経営者の意識変化。これらが重なったことで、よい会社・よいオペレーションを作りたい企業を支えたいという思いで独立したといいます。
「社労士は経営者の用心棒」というイメージへの反論
話は、小橋さんが十数年前に見たという社労士のイメージに移ります。労働基準監督官を描いたドラマで、社労士が不徳な経営者と手を組み、社員を不当に辞めさせようとする描写があったと振り返ります。
社労士の先生っていうのは、どちらかというと不徳経営者みたいな方と手を組んで、不当に社員を辞めさせようとしてるとか。
吉田さんは、それはドラマの誇張だとしつつも、当時の時代背景として100%間違いとは言いきれない描写だったと認めます。経営者の用心棒として経営側に有利なことを言うのが社労士の役割だ、と唱える人もいたそうです。
ただ、その立場を吉田さんはこう問い返します。経営側にだけ有利な会社で働きたいかと考えれば、人は集まらず、結局は会社が発展しないという見方です。
8名体制の今と、規模を広げることへの葛藤
現在のワンハートは、4月入社予定のスタッフを含めて吉田さんを入れて8名体制です。社労士事務所としては比較的大きいほうになってきたといいます。
今後は中間管理職を置くなど、組織らしい運営に挑戦し、そのノウノハウをお客さんにも提供していきたいと吉田さんは語ります。
ただ、規模の拡大には葛藤もあると率直に話します。大きくするほどサービスが上がるとは限らず、むしろ低下するケースが多いという見方です。
大きくすれば大きくするほど、サービスが上がっていくのかっていうと、一般的にはサービスが低下していくケースの方が多い。
だからこそ、組織だからできる付加価値を出すために教育をしっかり行い、スタッフと一緒に挑戦したいといいます。急拡大はせず、待遇や売上利益の面も考えて少しずつ広げていく方針です。
模範となる社労士法人を、自ら実践してみせる
今後の労務業界について、吉田さんは人口減少と人手不足を挙げ、労務にしっかり取り組む流れはより加速していくと見ています。人の問題で困る会社はたくさんいる、という実感です。
そのなかで吉田さんが大切にしているのが、自分たち自身が模範になるという考え方です。よい人に入社してもらえるよい職場を作り、それをお客さんに見せていくという発想です。
模範となる法人を作ってサービスを提供できれば、自分たちも豊かになり、お客さんにとっても参考になる。そこにチャレンジしたいと吉田さんは話します。
社員ゼロで社労士に相談した産業医、その出会い
ここから、小橋さんと吉田さんの出会いに話が移ります。きっかけは2023年2月ごろ、ちょうど2年前のことでした。
当時の小橋さんは、まだ一人で産業医活動をしていました。これから社員を雇い、保健師と産業医のセットでサービスを広げたいと考えたタイミングだったといいます。
小橋さんは、マネーフォワードの社労士検索でワンハートを見つけ、ポッドキャストを聴いてそのまま勢いで問い合わせたと振り返ります。
吉田さんは、この問い合わせが強く印象に残っていると話します。スタッフを雇う前の段階で社労士に相談する人は、とても少ないというのです。
(社労士への問い合わせは)5名10名雇っています、で、なんとなく勢いで来ちゃいました、っていうお客さんが多い。
多くの場合、残業代をきちんと払えていなかったり、給与計算が手に負えなくなってから相談に来る、と吉田さんは説明します。そのなかで小橋さんの動きは異例だったといいます。
吉田さんは、これは産業保健を生業にしている人だからこそ出てくる判断だったのではないかと見ています。
なぜ労務は後回しにされるのか
小橋さんは、なぜ計画的に動けたのかを語ります。産業医として普段から働く人を見ているため、自分の組織がガタガタでどうする、という思いがあったといいます。
さらに、休職満了間際の対応をたくさん経験してきたことから、労務の基盤や労働契約をおろそかにする怖さを人一倍感じていたと話します。
吉田さんは、こうした発想を持てる社長は少ないと指摘します。多くの経営者はマーケティングや営業出身のビジネスサイドで、労務は後回しになりがちだというのです。
売り上げを作ってなんぼとかで、特に労務なんて一番最後になるんです。最後の最後に残るのが労務なんです。
ただし業種によっては労務こそが最重要だと吉田さんは補足します。特に労働集約型の仕事は、働き方が設計できていないと会社が発展しないため、本来はそこに投資すべきだといいます。
では、数ある社労士のなかでなぜワンハートを選んだのか。小橋さんは、自社との親和性を重視したと答えます。
小橋さんは、フルリモートやフルフレックスを基盤にしつつ、必要なときにお客さん先を訪問できる労務体制を作りたいと考えていました。そのうえでワンハートの実践に注目したといいます。
吉田さんは、自社で実践してきたことがお客さんの問い合わせのきっかけになったのはよかったと受け止めていました。
自信を持って産業医を紹介できる先がなかった
出会いのあと、今度は吉田さんの側から産業医との連携を持ちかけ、小橋さんはワンハートの専門家連携に加わることになりました。その背景には吉田さんの悩みがありました。
(お客さんから)ストレートに産業医を紹介してくださいって聞かれた時に、自信を持って産業医を紹介できる先がなかった。
産業医の紹介センターは数多くあります。ただ吉田さんは、誰が紹介されるか分からない点に紹介責任の観点から不安があると話します。
もう一つの理由が、副業で産業医をしている先生が多いことです。副業だから実力がないと決めつけるつもりはないと断ったうえで、専業の人のほうが顧問先には紹介しやすいと吉田さんは言います。
その理由として吉田さんは、中小企業の経営者の多くが事業に人生をかけている点を挙げます。だからこそ、同じように事業へ人生をかけている専門家を紹介したい、という考え方です。
その事業に人生かけてるような人の方が紹介しやすいです。
社労士の紹介は、なぜお金より人間関係で動くのか
小橋さんは、産業医の業界では仲介業が中心になっている部分があると説明し、社労士の世界では珍しい光景ではないかと尋ねます。
吉田さんは、社労士は紹介料を払えないためビジネスとして成り立ちにくいと答えます。そのうえで、紹介のあり方そのものが違うと話します。
紹介センター経由ではなく、信頼している顧問税理士や顧問弁護士から紹介されるケースが多い。つまり、密な人間関係のなかで紹介に発展するというのです。
話は、社労士のもとに寄せられるメンタル不調者対応の相談にも及びます。産業医面談を勧めても、その産業医がメンタルを対象外にしていて困る、という声を小橋さんはよく聞くといいます。
吉田さんも同様の困りごとがあると応じます。ただ、その悩みは大きく2パターンに分かれると整理します。
産業医の関わりが薄く、対応が進まないケース
熱心すぎて、お客さんの温度感と合わないケース
吉田さんは、どちらも産業医が悪いのではなく、お客さん側と産業医が合っていないだけだと見ています。真面目にやるのも、温度感に合わせるのも、どちらも大切だといいます。
問題は、そのマッチした産業医を選べていない、そもそもどう選べばいいのか分からないこと。それがお客さんの本当の悩みだと吉田さんは指摘します。
今回は経歴と出会いを中心にした回でした。吉田さんは「ほとんど自分語りですみません」と笑いつつ、次回はちゃんと実務的な話をすると予告しています。
まとめ
この回は、大学中退という挫折から社労士にたどり着いた吉田優一さんの歩みと、その経験から生まれた「自ら模範となる法人を作る」という考え方が語られました。あわせて、産業医の小橋さんとの出会いを通じて、労務が後回しにされやすい現実や、専門家同士の紹介が人間関係で成り立つことも見えてきます。
- 吉田さんは大学中退後の苦しい20代を経て、労働への関心から社労士の道へ進んだ
- 社労士は経営者の用心棒ではなく、中立的で経営者が気づかない一言を言える存在だと考えている
- 規模拡大とサービスの質は両立が難しく、だからこそ自ら模範となる法人を目指している
- 小橋さんは社員を雇う前から計画的に社労士を入れ、労務基盤を設計してから採用に踏み切った
- 社労士から見た産業医の課題は、専業か副業か、そしてお客さんとの温度感が合うかどうかにある


