フォロワー230人の「人事図書館作ります」が広がったわけ
話は、吉田さんが2023年10月22日に投稿した1つのXポストから始まります。「人事図書館作ります」という宣言でした。
人事図書館作りますっていうポストをさせていただいて。で、それがすごく反響をいただいたんですよね。
当時の吉田さんのXフォロワーは230人ほど。人事界隈で見れば、決して大きな発信力とは言えない数でした。
(人事の界隈では)230人の人の発信力とか発言って、そんなに大きなものとしては捉えられないのが普通だと思うんですけど。
ところが、このポストには知らない人からもコメントが次々につき、2、3ヶ月で2000人以上へと一気に広がっていきました。
実は吉田さんは、それ以前から人事にまつわるアイデアを普段からXで発信していました。適性検査について熱く語るなど、そのときどきのテーマを投稿していたそうです。
もう無風です。(それまでは)ポストしても基本無風で何も起こらないし、コメントもいいねもつかないみたいな感じのがずっと続いてました。
では、人事図書館のポストは狙って投稿したものだったのでしょうか。吉田さんいわく、熱量はそれまでと同じくらい込めていて、たまたまといえばたまたまだったと言います。
本当にこれが届いてほしいというふうに思って出したんですけど、やっぱりそれまでの12個とは反応が明らかに違ったんですよね。
自分の周りの知り合いではなく、まったく知らない人が「面白そう」とコメントを重ね、「一緒に作ろう」「働きたいです」という声まで集まりました。まだ何の仕事があるかは、吉田さん自身もわかっていない段階でした。
「知と情熱と仲間」に共感が集まった理由
人事図書館のコンセプトには「知と情熱と仲間」というキーワードがあります。小橋さんは、このコンセプトが刺さったのではないかと問いかけます。
吉田さんは、そのコンセプトに加えて、孤独に頑張る人事の存在が背景にあったと振り返ります。
孤独に頑張っている人事だったりとか、一人ぼっちに感じているみたいなこととか、悩んでいるけど人に話せないみたいなものを抱えてる人たちがすごく多かったのかなっていうふうに思いますね。
吉田さんは独立してからの3年間で、知見の得方がわからない、誰に相談していいかわからないという人事の方に数多く出会っていました。ベンダーに相談してもポジショントークが返ってきて困る、という声もあったといいます。
リクルートにいる時は知見に困るなんていうことはなかったんですね。もう社内にめちゃめちゃたくさん知見があって、本もある、人もいる。誰に聞けばいいかも一発でわかるみたいな環境にいたのに。
ところが外に出てみると、一人でアップデートしきれずに困っている人がたくさんいた。その一人で頑張る人のためになりたいというコンセプトが、初期に多くの共感を集めた理由だと吉田さんは語ります。
クラファンと開館。半年間の舞台裏
共感の輪はどんどん大きくなり、クラウドファンディング、場所探し、開館準備が次々に進んでいきました。ポストから開館までは、およそ半年です。
そのスピードは驚くほどでした。「人事図書館作ります」の宣言から、ビルの契約までは約2週間だったといいます。
発信するまで場所探しすらほぼやってない状態だったんですけど。そこから場所すぐ探して契約して。
最初の投稿では、一緒に作ろうという仲間が170人ほど集まりました。その仲間とプロジェクトがスタートし、コンセプトや進め方を話し合っていきました。
資金が足りなさそうだという話になり、銀行の借り入れやクラウドファンディングの検討が始まります。クラファンの結果が出るより先に、内装の発注をしなければならない状況でした。
集まんなかったら死ぬかもしれないけど、とりあえずクラファンしようみたいな感じだったりとか。
そして2024年4月1日、人事図書館はオープンを迎えます。目まぐるしく規模とスピードが変わる半年間について、小橋さんは、コントロールできない部分も多かったのではと尋ねます。
ずっと楽しかったですね。
吉田さんは、バンド活動やリクルート時代の仕事もすべてプロジェクトだったため、規模が大きくなっても感覚はあまり変わらなかったと語ります。プロジェクト自体への恐怖はなかったそうです。
最終日まで解消されなかった2つのプレッシャー
プロジェクトへの恐怖はなかった一方で、吉田さんが最もプレッシャーを感じたことが2つありました。1つはクラウドファンディングです。
人生でクラウドファンディングをやったことがなく、自分のアイデアと自分自身にどれだけお金が集まるのか、まったく見当がつかなかったといいます。しかもリターンはほぼ「名前が載ります」だけでした。
さらに、約1000万円分の内装費用の支払いが先に決まっていました。クラファンは目標に届かなければ0円になる方式で、達成できなければ費用だけをかぶることになる状況だったのです。
もう1つのプレッシャーは、開館後に本当にお金を払ってメンバーシップになってくれる人がどれだけ来るか、でした。作るところまでは勢いでいけても、有料の利用となると話は別です。
みんなワーって盛り上がって作るところまでは勢いでいけると思うんですけど、でもお金払うほどじゃないかなってなったら、そこでも大爆死する可能性があるわけですよ。
結果的には、どちらも最終日に大きく伸びました。クラファンは目標の1000万円に届くかわからない状態から、最終日に1160万円まで到達します。
メンバーシップは300人を超えたいと言い続けていたものの、前日時点で200人でした。スタッフの一人が「300は厳しいですかね」とこぼす中、吉田さんは迷いなく言い切ります。
絶対300行くから。行くから、最後上がろう。
最終的にメンバーシップは330人まで伸び、スタートを切ることができました。2つの不安は両方とも最終日まで解消されず、その時はぐったりしていたそうです。
営業時代から自分がマネージャーやってた時まで、ずっと僕のやってた数字の達成率って最終日に達成っていう。これすげえ繰り返してんなみたいなことも思いましたね。
なぜ人事図書館は匿名で名刺交換もNGなのか
人事図書館は、いわゆる本というツールだけでなく、オンラインのSlackで生の声を相談し合えるコミュニティでもあります。小橋さんは、運営で気をつけていることを尋ねます。
大きな特徴は、匿名性です。館内ではニックネームしか使えず、名刺交換も禁止されています。そこにはいくつかの理由があると吉田さんは説明します。
匿名性にすることによって、一つは営業されないっていうことですね。
名刺交換ができると、営業目的の人が集まってコミュニティが崩壊し、いわゆる草刈り場になってしまう。それを避けたかったといいます。
もう1つの理由は、社名を出すと言いづらくなることが多い点です。有名企業の労務担当者が、自社の社長のパワハラについて大っぴらに話せば問題になってしまいます。
社名を出すことによって本当に相談したいことが相談できなくなるということが起こる。
匿名で名刺交換もNGにすることで、本当に相談したいことに集中して話せる。吉田さんは、そこに「鎧を脱ぐ」効果もあると言います。
何々会社のまるまる部長みたいな人ではなくって、一人のマサさんっていう人になったりすると、なんか肩肘張らなくてよくって。
産業医も同じで、「産業医です」と名乗ると、相手は「先生に失礼があってはいけない」という雰囲気になりがちです。人事図書館では、肩書きや所属を意識せずフラットにいられることを大切にしています。
メンバー700人超。コミュニティ運営の課題感
匿名性のプラス効果がある一方で、小橋さんは今のコミュニティ運営での課題感を尋ねます。吉田さんは「毎日課題感を感じている」と率直に答えます。
メンバーは当初の330人ほどから、今は700数十人へと増え続けています。増えること自体はありがたい一方で、初期の2倍、3倍の勢いで情報が出ているかというと、そうではないといいます。
人数増えるほど発言しにくくなるっていう感覚もまあわからなくはないし。
さらに、現地で会えないオンラインメンバーが疎外感を感じないようにする工夫や、後から入った人ほど疎外感を抱きやすいという課題もあります。毎週のスタッフミーティングは、毎回時間が足りなくなるほどだそうです。
小橋さんも、初期から関わるメンバーへの感謝がある一方で、一部の人だけが目立つと後から来た人との距離ができてしまう難しさを、いろいろなコミュニティで見てきたと共感します。
その対策として、フラットに交流できる機会を増やしたり、初めて来た人への「ウェルカムインタビュー」という一対一の面談を用意したりしているといいます。人事の集まりらしく、オンボーディングの考え方で設計しました。
最近はめちゃめちゃオンボーディングのところが良かったっていう風に言ってもらえることが増えてきたり。
吉田さんが今いちばん課題に感じているのは、知見の「還流」です。誰かの困り事は、たいてい誰かが一度は試したことがある。その知見をもっと循環させたいと考えています。
誰かの困り事っていうのは、絶対誰かが一度はトライしてることだったりとかするので、それをもっともっと環流させていきたいんですけど。
出張人事図書館と、義務教育まで広がる展望
どんどん新しい取り組みを進める人事図書館について、小橋さんは今後の展望を尋ねます。吉田さんは「言えない範囲は特にない」と、考えていることを語り始めます。
今年のテーマは「出張人事図書館」です。高知、徳島、広島、静岡など、たくさんの地域から声をかけられて出向いているといいます。
昨年が東京・人形町の場を立ち上げた1年だったのに対し、今年は「外に出よう」を掲げています。中学校の廃校をリノベーションした施設で2日間の「人事祭」というお祭りを開いたり、300人以上が集まるカンファレンス的なイベントも予定しています。
もう1つ力を入れたいのが、学びの質を高めることです。人事は仕事の幅が広く、薄く広くやってしまうと自信にも実感にもつながりにくい、という悩みがよくあるといいます。
人事はプロとしてはどうやってやっていけるんだっていうところの学びをもっともっと質を高めていって、実際人事図書館に行っている人事の人たちがいる会社はめっちゃうまくいくよねっていうふうになっていくようなことも実現したい。
そしてかなり大きな夢として、吉田さんは義務教育に「人や組織に対する学び」を入れたいと語ります。大人は必ず組織と関わって生きるのに、チームや仲間とうまくやる方法をストレートに学ぶ機会はほとんどありません。
学校で慣れているのは、リーダーが指示を出し他の人が動くピラミッド型の組織のやり方だと吉田さんは指摘します。それ以外のやり方も世の中にたくさんあるのに、それを学ばないまま大人になってしまう、というのです。
吉田さんは、これをサッカーのフォーメーションにたとえます。1つのフォーメーションしか知らずに人を入れ替えるだけでは、相手に勝つのは難しい、という例えです。
小学生とか中学生の時にピラミッド型じゃなくて、ボトムアップ型の組織をみんなで試してみようぜみたいな機会とかっていっぱい作れると思うんですよね。
学生のうちにいろいろな運営方法を積み重ねておけば、大人になった後の自由度が上がる。誰も犠牲にならない組織とかチームを当たり前にしていくという吉田さんのライフテーマに、義務教育への思いはつながっています。
吉田さんは、ここまでを振り返って、幼少期から最近までを一気に走ってきたような時間だったと語ります。若い頃から人や組織へのこだわりを持ち続けてきたことを、改めて実感したそうです。
まとめ
フォロワー230人の1つのポストから半年で開館した人事図書館。その裏には、孤独な人事に寄り添うコンセプトと、匿名コミュニティならではの工夫や、日々続く運営の課題への向き合いがありました。
- 吉田さんの「人事図書館作ります」の投稿は、フォロワー230人から2、3ヶ月で2000人以上へ広がった
- 共感の背景には、孤独に頑張り相談先のない人事を支えたいというコンセプトがあった
- クラファンとメンバーシップという2つの不安は最終日まで解消されず、どちらも最後に大きく伸びた
- 匿名・名刺交換NADにすることで、本当に相談したいことに集中して話せる場をつくっている
- 今年は出張人事図書館やイベントで外に出つつ、義務教育での組織の学びまで見据えている






