そもそも人事って何なんだろう
今回のテーマは「人事とは何か」です。小橋さんは、人事の定義が意外とわかりにくいと感じていて、まずは吉田さんの立場から人事の正体を聞くところから対話が始まります。
吉田さんによると、人事の定義は文献や書籍を見てもかなりばらついているそうです。採用の部分だけを人事と呼ぶ人もいれば、労務だけを指す人、経営者のパートナーとして組織を動かす機能だと捉える人もいます。
人事の定義って、いろんな文献とか書籍を見てみても、やっぱり結構ばらついてるんですね、正直。
この回で軸になるのが、株式会社壺中天(虎昼転)代表の坪谷邦夫さんが示す「人を活かして事をなす」という定義です。小橋さんは、この言葉がとてもしっくりきたと話します。
吉田さんは、この定義について、事業として成果を出すことと、そこで働く人たちが活かされることを、葛藤しながら同時に追い求めていくのが人事だと説明します。
坪谷さん自身は、これは職種じゃなくてもいいって話をしてるんですよね。それを思って経営をしていれば人事だし、現場で管理職をやっていたら人事だし、みたいな。
採用から退職まで、人事が担う一連の流れ
一方で、職種としての人事もあります。吉田さんは、採用から退職までの一連の流れを「リソースフロー」と呼ばれる言葉で整理してくれました。
採用・入社
人が組織に入ってくるところから始まります
労務
入社後の労務管理がスタートします
評価・等級・賃金
評価制度や等級制度、賃金制度が関わります
育成・人材開発
人材開発の制度やキャリア選択があります
退職
退社して外に出ていくまでをサポートします
この一連の流れを、人の側面からサポートしたり、人の側面から何かを実現していくのが、一般的に人事と呼ばれる領域だと吉田さんは話します。
なぜ人事と経営は分断してしまうのか
そもそも人事という部署はどう生まれたのか。吉田さんは、最初は経営者自身がその役割を担っていたと言います。
もともと(人事の業務は)経営者が最初は担っていくことがほとんどですよね。それをあるタイミングで人事部とか人事課という形で切り出して担当してもらうことになるわけです。
つまり、元々は経営者が全部つなげて考えていたもののうち、一部の業務を切り出したのが人事です。ところが、ここで分断が起きやすいと吉田さんは指摘します。
経営者は事業を前に進めながら、どう人を採用し、どう残ってもらうかを必死で考えています。でも人事として切り分けられると、「何人取ればいいんですか」「退職率を上げればいいんですね」といった会話になりがちだと言います。
何人取ればいいんですかみたいな会話を聞いただけで、経営者からするとちょっとげんなりするんですよね。
小橋さんも、有機的につながっていたはずの事業と人が、いつしか分離してコミュニケーションが取れなくなるケースがある、と受け止めます。
対立構造にすると、何も前に進まない
この分断は、産業保健の領域とも重なります。吉田さんは、労務担当者が「うちの経営者はわかってくれない」と言うだけでは、事業は前に進まないと話します。
例えば、労務のルールをそのまま通そうとして売上が3割ダウンしたとき、経営者は「その3割をお前が何とかしてくれるのか」と反発します。一方で人事側が「法律違反になるので絶対やらなきゃいけない」とだけ言い、事業をどうするかに踏み込まないと、対立するばかりです。
あいついなくたって同じ課題が発生するから、いる意味あるんだっけ、みたいになっちゃったりとか。
だからこそ、間にいる人事には葛藤が宿命づけられている、と吉田さんは言います。事業を前に進めながら、産業保健や労務の領域もしっかり守る、その両方を実現する方法を考え抜いて経営者に提言していく姿こそが、あってほしい人事の姿だと語ります。
小橋さんは、自分たちの領域でも同じだと共感します。健康診断を100パーセント受けましょうと言っても、それだけでは経営者に響きません。
なんで健康診断を100パーセントしなきゃいけないのか。会社を支えているのは社員さんたちだから、その社員さんが健康で働き続けること、それが組織力になって、事業にも生きるから必要になってくるんだ、と。
採用も「何人取ればいいか」が目的になるのではなく、こういう事業を進めるならこれくらい取るのがいいのでは、とつなげて提案してもらえるとありがたい、と小橋さんは話します。
100パーセントは、ゴールではなくスタート
吉田さんは、健康診断が100パーセントになったことを「もう大丈夫」と終わりにしてしまうと、それはそれで不安だと指摘します。
100パーセントが安心ではなくて、100パーセントになった時に何が見えてきて、どう手を打っていくのかみたいな話が本来的には大事で。
これからの世の中では、働く人の高年齢化が当たり前に訪れます。一人ひとりが健康で働き続けられるかどうかは、大きな事業リスクをいかに潰していけるかと同じになっていく、と吉田さんは話します。
だからこそ早め早めに手を打つ必要があるのに、「100パーセントいきました、終わりです」「人ですね、取ります」で止まっていると、環境が変わったときに不満が噴き出しやすいと言います。
事業環境が悪くなったんだから、人取ったら人件費上がるじゃん。(そこで)じゃあ何人にしたらいいんですか、じゃなくて、事業の状況を見て考えてほしいなみたいな気持ちになったりとか。
同じものを見て判断できていない感覚が溜まると、お互いにすごく疲れてくる、と吉田さんは言います。人事側は事業が見えていない、経営者側は人への関心が薄い、というすれ違いが起きやすいのです。
信頼して情報を渡す。知りに行く
では、トップ側は何を意識すればいいのか。小橋さんの問いに、吉田さんはまず「情報をどんどん渡していくこと」を挙げます。
例えば、会社のキャッシュがいくらあって、このままの売上だと3年後にキャッシュアウトする、といった情報があるなら、それを共有しておく。すると「とにかく10人取りましょう」という話にはならず、真剣に考えるモードに変わると言います。
当事者意識が持たれてないとか、経営者意識が足りないみたいなことを言われる時に、一番足りてないのって情報だったりするんですよね。
一方で、人事を担う人には「知りに行ってほしい」と吉田さんは言います。会社が今どういう状況で、経営者が何を見て判断しているのかを知れば知るほど、人は考えられるようになるからです。
自分と同じだけの情報を捉えたら、自分と似たようなことを考えてくれたりとかっていうのは起こっていくんだっていうことは信じてほしい。
小橋さんは、よく言われる「経営者目線を持て」も、そもそも情報に格差があれば持ちようがない、透明性ってすごく大事だと受け止めます。
いきなり道行く人に、吉田家に今何が必要か教えてくださいって言っても、家族構成どうなってるんですか、って。いろいろ聞かないと想像すらできないじゃないですか。
人事の知見は、いつから積み上がってきたのか
話題は、人の問題は昔からあったのか、うまくいく法則のようなものは体系化されているのか、へと移ります。吉田さんは「だいぶある」と答えつつ、体系化されたのはここ100年ほどの話だと補足します。
もっと昔は、単発の学びとしてたくさんありました。吉田さんはいくつかの例を挙げます。
さらに吉田さんは、「三つ子の魂百まで」ということわざも例に挙げます。これは、人の基本的な属性はなかなか変わらないという学びでもあると言います。
(基本的な特性は変わらないけど)じゃあどこが変わるんだっけ、逆にここは変わらないんだったら、むしろ強みとしてどうやって発揮してもらえるんだっけ、みたいなことを考えていく。
こうした断片的な知見が、特に産業革命以降、人が数百人・数千人単位で働くようになったことで、諸問題を科学し始め、学問として固まってきた、というのが吉田さんの整理です。
新しい課題と、繰り返される課題
今のいろいろな人事の課題に対して、ベースになる考え方の引き出しはあるのか。小橋さんが聞くと、吉田さんは、過去の人類が経験したことのない新しい類いの組織問題はなかなかない、と答えます。
その上で、今まさに新しいテーマとして、人口減少と生成AIの2つを挙げます。人口減少は近代化以降初めての事象であり、生成AIによる人間の代替も、これまで向かったことのない課題だと言います。
それ以外の部分に関しては、ほとんど誰かが何かの時にぶつかっているし、なんならみんなが小さい頃からどこかでは味わってきているものの再生産みたいな感じはすごくありますよね。
小橋さんは、変わらないものは過去の知見を知っておくことで、必要以上に組織のミスをしなくなるのでは、と応じます。
なぜ人事だけ、経験ゼロからやり直すのか
ここで吉田さんは、人事の世界の「もったいなさ」を語ります。人の話は聞いた方がいい、目標は少しストレッチな方がいい、といったベーシックな知見はみんな知っているのに、実際には使われていない、と言うのです。
ベーシックなことでみんなも知っているし聞いたことはある、みたいなことってめちゃめちゃいっぱいあるんですよね。ただ、それ使ってますか、っていうと、なんか急に使ってないみたいな。
他の分野と比べると、その差はよくわかります。物理では「これ電気じゃない?」から始めていたらスマホは作れず、基礎を学ぶから一直線に進める。医療も、葉っぱが効くかを試す段階からがん治療薬にはたどり着けません。
人事の世界だと、なぜかゼロリセットで個人の経験からスタートするっていうのがめちゃくちゃ多い。
なぜ経験ゼロからやり直してしまうのか。小橋さんが問うと、吉田さんは恋愛に似ていると答えます。
人事は恋愛に似ている
吉田さんは、恋愛も学習しなくてもできてしまうし、自分なりの勝ちパターンや失敗パターンがある、と話します。だからこそ、人に口を出されると腹が立つのだと言います。
そこそこうまくできてるから、人に口出されると腹立つわけですよ。もっとこういう風にした方がいいよ、と言われるとイラッとするから、受け付けたくない。
そして、自己流の一番の弱点は、環境変化に弱いことだと吉田さんは指摘します。付き合っている時はうまくいっても、結婚したり子どもができたりするとうまくいかなくなる。環境が変わったのに、ワンパターンで攻めてしまうからです。
自分なりの勝ちパターンを持つこと自体は悪くありません。ただ、先人が失敗した大量のデータベースにアクセスしないまま、N=1の1事例だけを積み重ねると、うまくいかない場面が増えてしまう、と吉田さんは言います。
すべての組織に、人事のプロを
小橋さんは、こうした知見はすべてのビジネスパーソンが知っておいて損はないと感じつつ、みんなが体系的に学べているわけではないからこそ、組織には人事の役割が必要なのでは、と受け止めます。
吉田さんもそこに同意します。前回話していた「基礎的な学問を義務教育ぐらいにしたい」という思いは、最低限これぐらいは知っているという共通言語を、みんなに持っておいてほしいということでした。
例えば医療に直接関わっていなくても、投薬がどんな影響を与えるかはイメージが湧く。その基礎的なレベルは全員に持っていてほしい。一方で、複雑な局面を組み立ててリードするのはプロフェッショナルの仕事だ、と吉田さんは分けて考えます。
これが、人事図書館が掲げる「すべての組織に人事のプロを」という言葉の背景です。職種としているかどうかは別として、その役割を担う人が必要になっている、というのが吉田さんの見立てでした。
まとめ
「人を活かして事をなす」を起点に、人事と経営の分断、そして先人の知見を活かす大切さを掘り下げた回でした。事業と人を切り離さず、情報を共有し合い、過去の知見に学ぶことが、信頼される人事の条件として浮かび上がります。
- 人事とは「人を活かして事をなす」こと。事業の成果と、人が活かされることを同時に追い求める役割です
- 人事と経営は、対立構造にすると何も前に進まない。間に立つ人事には両立の提言が求められます
- 当事者意識に一番足りないのは情報。経営者は信頼して情報を渡し、人事は自ら知りに行くことが大切です
- 人事の知見はここ100年ほどで体系化された。過去の学びを使えば、不要なつまずきを避けられます
- 自己流は環境変化に弱い。先人が失敗した大量の事例に学ぶことが、信頼される人事の土台になります



