皇后杯を振り返る。8対0の爆発と神村学園戦での初黒星
番組冒頭では、アンクラスが戦った皇后杯九州予選が話題になりました。パーソナリティのよしだりょうさんと森田みきさんが、初戦の圧勝ぶりを振り返ります。
初戦のスコアは8対0。森田さんは「爆発してましたね」と、その得点力に驚きを口にしました。
もうなんか昔の日本代表が、アジアのよくわかんない国と対戦してる時とかを思い出しましたね。ぐらいのゴールラッシュ。
コメントでも、サポーターの方から、野球のスコアかと思ったって(声がありました)。
一方で、次の神村学園戦では惜しくも敗退となりました。今シーズンの公式戦では初めての黒星です。
よしだりょうさんは、敗因の背景を推測しています。選手層がぎりぎりのなかで戦っていること、怪我での離脱者がいること、そして長崎までの移動と連戦、暑さが重なったことを挙げました。
ただし森田さんは、これはカップ戦であり、ここからリーグ戦に集中できるとも話しています。リーグ戦は残り4試合です。
監督からGMへ。上田監督の交代と黒澤新監督の誕生
アンクラスにとって大きなニュースが、体制の変更です。これまで指揮を執っていた上田監督がGMに変わりました。GMはゼネラルマネージャーの略で、クラブの編成や運営全体を統括する役割を指すことが多く、現場の監督業とは異なる立場です。
新しく監督を務めるのが黒澤怜さんです。すでに皇后杯では監督代行として指揮を執っており、9月20日から正式に新監督となります。
よしだりょうさんは、多くの人が「黒澤さんってどんな人」と気になっているだろうと指摘しました。森田さんも、現場では関わりがあるものの、じっくり話す機会がなかったと言います。
(黒澤監督が)どういう方なのかっていうのは、なんかお話しする機会がなかったので、少しでも生の声を聞いていただけたらなと思って、今回は新監督にお話を伺ってきました。
コーチから監督へ。変わったこと、変わらないこと
ここからは、森田さんによる黒澤新監督へのインタビューです。まずは監督就任の意気込みから話が始まりました。
黒澤監督は、別のクラブで4年間監督を務めた経験があるため、監督としての役割への移行はスムーズだと話します。その一方で、プレッシャーが一気にのしかかってきたとも語りました。
プレッシャーをもっともっと楽しみながら、選手と一丸となって、サポートしてくれているスタッフ陣とより密にコミュニケーションを取って、一戦一戦しっかり勝ちにこだわってやっていきたいなと思っています。
今シーズンは、コーチ時代から練習のメインを黒澤監督が担ってきました。そのため選手たちにも違和感がなく、「今まで通り」という声があったといいます。
心境の変化を問われると、黒澤監督は練習面では特に変わっていないと答えました。ただ、就任のリリースが出た直後は、選手との距離感を少し感じたとも明かしています。
監督だろうとコーチだろうと、選手との距離感は変わらずやっていきたいなっていうところは自分の中であるので、自分からよりコミュニケーションを取りに行こうかなっていうところは今考えているところです。
仙台で始まったサッカーと、中学時代に描いたセカンドキャリア
黒澤監督の出身は宮城県仙台市です。サッカーを始めたのは小学2年生の頃で、小中高大学まで宮城県で続けました。大学3年次からは女子サッカー部の学生コーチも務めています。
将来の夢を尋ねられると、中学生くらいまではプロになりたいと思っていたと答えました。ただ、高校選択の時点で、プロになれなかった場合のセカンドキャリアも自分なりに考えていたといいます。
珍しいのは、その進路の考え方です。黒澤監督は中学生の頃にはすでに仙台大学に行きたいと考え、付属高校を選んでいました。
さらに当時目指していたのは、指導者ではなくトレーナーの道でした。アスレティックトレーナー ── スポーツ選手の怪我の予防やコンディション管理、応急処置やリハビリのサポートなどを担う専門職。の資格を取りたいと、中学生のときから思っていたといいます。
自分が怪我勝ちだったっていうのもあるので、そこでやっぱりトレーナーで支えてもらったっていうところもあったので、そういう勉強を自分もしていきたいなっていう(のがありました)。
自身が怪我がちで、トレーナーに支えられた経験が、その進路の背景にありました。プロになった際に、自分のコンディション作りにも役立つと考えていたといいます。
学生コーチとして踏み出した指導者への一歩
仙台大学に進んだ黒澤監督が指導者の道に入るきっかけは、先輩からの誘いでした。女子サッカー部のコーチをしていた先輩から興味がないかと声をかけられ、大学の監督からも誘われたといいます。
3年生の時は、プレーヤーと学生コーチを兼ねてスタートしました。1年目に感じたのは、年上の選手とのコミュニケーションの難しさです。伝えたいことはあっても、言葉にするのが難しかったと振り返ります。
それでも、1つ上の4年生の選手たちが温かく、学年に関係なく伝えることができたといいます。
転機は、大学最後の冬の大会であるインカレが終わった後です。インカレはインターカレッジの略で、全日本大学選手権など大学生が出場する全国規模の大会を指すことが多い大会です。プレーヤーとコーチを兼ねていたことで、選手に対して申し訳なさを感じるようになりました。
そこで黒澤監督は、4年生ではプレーヤーを引退し、学生コーチ一本に絞る決断をします。
練習に来てないコーチに言われても響かないなっていうのが、自分がプレーヤーだったら嫌やなっていうところがあったので、その選択をもう早く決めたっていうところですね。
理想の監督像。愛情を持って厳しさを伝える指導観
指導者としての土台を尋ねられると、黒澤監督は大学時代の女子サッカー部の監督を挙げました。指導の勉強や選手とのコミュニケーションの大切さを学んだ、理想とする監督だといいます。
(大学の監督が)僕が理想としてる監督像。超えてやるぞって思える監督と一年目に出会えたっていうのが、僕自身はすごい大きいところですね。
その理想の監督像を、黒澤監督は具体的に語っています。選手とのコミュニケーションが上手で距離感がよく、対話がしっかりできる監督だといいます。
厳しいことも言うんですけど、愛情を持って言ってるっていうところが、選手はその場では気づかないんですけど、後々感じてたりとかっていうところが、すごいいい監督やなって(思います)。
この対話を重視する姿勢は、黒澤監督自身の指導観にもつながっています。アンクラスの選手からも、相談に乗ってもらったという声が聞かれるといいます。
結局ピッチに立つのは選手なので、そこはお互いに対話しながらやっていかないと、うまく築き上げれないかなっていうのはありますね。
京都でのクラブ監督、そして福岡・アンクラスへ
黒澤監督のキャリアは、大学卒業後も続きます。そのまま4年間、大学の女子サッカー部のコーチを務めました。
その間、保健体育の教員免許を持っていたことから、母校で2年ほど非常勤の教員も務めています。母校の男子サッカー部のコーチも兼任していました。
その後、京都のクラブと縁があり、監督として招かれます。アンクラスと同じく地域リーグの女子サッカークラブで、社会人から中学生までが一緒に活動するチームでした。地域リーグは全国リーグの下位に位置づけられる、各地域で行われるサッカーのリーグです。
4年間の監督経験について、黒澤監督は心境の変化はあまりなかったとしつつ、責任感が増したと語りました。
コーチと監督っていうところで、すごい責任感は増したなっていうところと、よりマネジメントをしなきゃいけない(と感じました)。自分の気配り一つにしろ、言動一つにしろ、意識していかなきゃいけないかなっていうところは改めて学びました。
そして今シーズン、黒澤監督はアンクラスにコーチとして加わりました。福岡にゆかりはなく、今年から福岡での生活が始まったといいます。
首位を守る重圧。監督代行として臨んだ皇后杯
話題は、黒澤監督が指揮を執った現在のアンクラスに移ります。チームは首位を走り、開幕の引き分け以降は連勝を続けてきました。
その状況で指揮を執ることについて、黒澤監督は率直に「すごいプレッシャーがあります」と答えました。連勝しているチームで、連勝をストップさせるわけにもいかないという重圧です。
皇后杯の初戦となった国見戦は、前半早々に先制したものの、そこから追加点が遠く、1対0で守り切る展開でした。しかも、怪我人が多く、ゴールキーパーの熊澤選手が入ったばかりという状況でした。
勝利した時の心境を問われ、黒澤監督は選手への感謝を口にしました。
この試合は選手に助けられたなっていうところがすごい多かったので、もう一回僕自身も練習のところから見つめ直して、選手としっかり対話しながらやっていかないといけないなっていうのは、改めて考えさせられた一戦になりましたね。
この試合で得点したのは、田川碧選手でした。怪我からの復帰後、今シーズン初ゴールです。いろいろな選手が得点することが、今年のアンクラスの魅力だと森田さんは話しています。
選手の印象と今シーズンの目標
黒澤監督から見たアンクラスの選手について尋ねると、みんな淡々とサッカーに向き合っているという印象を語りました。
僕自身は、すごいコミュニケーション取りやすい選手たちが多いなっていう印象ですね。
今シーズンの目標について、黒澤監督は皇后杯の本戦出場と、リーグ戦残り4試合を挙げました。九州リーグ優勝への思いも語っています。
リーグ戦も残り四試合というところで、四試合全て勝って九州リーグ優勝したいっていうのはありますけど、やっぱり目先の一戦一戦を大事にしていきたいなというところですね。
福岡での暮らしと、来年へ向けた思い
インタビュー後半は、福岡での暮らしの話になりました。黒澤監督は福岡を「すごい住みやすい街」と表現し、すぐに馴染めたといいます。ご飯が美味しく、交通機関も駅が近くて生活しやすいと話しました。
休みの日はドライブや、博多などの街に出て買い物をしたりするそうです。趣味は釣りで、福岡でもそろそろやりたいと語っています。スタッフの松坂さんや上田監督とは、食事やサウナに一緒に行くこともあるといいます。
一方で、話題はクラブの残念なニュースにも及びました。成績は首位を走っているものの、ライセンス面から来年のナショナルリーグ昇格の切符を取れなかったのです。ナショナルリーグは地域リーグの上位に位置づけられる全国規模のリーグで、昇格には成績だけでなくクラブとしてのライセンス要件を満たす必要があります。
来年へ向けた思いを問われ、黒澤監督は昇格できなかった悔しさと、自分自身への反省を口にしました。
来年の昇格に向けて、もう一回足元をしっかり固めて築き上げていきたいなというところで、精一杯頑張っていきたいなと思っています。
よしだりょうと森田みきが読み解く、黒澤監督の強み
インタビューを聞いたよしだりょうさんが、まず口にしたのは「メタ認知力」でした。メタ認知は、自分の思考や行動を、もう一人の自分が客観的に見つめるように把握する力です。黒澤監督には、自分を俯瞰して見る力があると感じたといいます。
その根拠として、よしだりょうさんは選手目線と指導者目線の切り替えを挙げます。黒澤監督は中学時代、プレーヤーをしながらサポートする側の目線を持っていたと推測しました。
選手の時にはそう思ってたのに、いざコーチになってみたら、その選手の時の気持ちを忘れてしまってるとか、よくある話じゃないですか。
仕事の場面でも、マネージャーになった途端にメンバーの気持ちを忘れてしまう人がいる、とよしだりょうさんは指摘します。それに対し、黒澤監督は選手目線から自分の状況を俯瞰していると評価しました。
この短期間で選手から信頼を勝ち得てるっていうのが、なんかそういうところがあるのかなって思いますね。
森田さんは、インタビューで印象に残った言葉として「愛情」を挙げました。理想とする監督が愛情を持って指導する人だったと聞き、ホッとしたといいます。
森田さんは、コーチ時代から黒澤監督が選手の相談に乗り、監督と選手の間に入る役割を果たしていたと振り返ります。理想の監督像を語った言葉と、その姿がつながったと感じたようです。
もう一つ話題になったのが、伝え方です。黒澤監督は物腰が柔らかく、伝え方が上手だと森田さんは話しました。
それを意識するかしないかじゃないですか、伝え方って。上手い方っていうのは、多分すごく考えてらっしゃる(と思うんです)。
二人は、京都時代の話などをまた別の回で聞きたいと締めくくりました。よしだりょうさんも交えたスタジオでの振り返りを予定しているといいます。
9月20日はホーム再開試合。イベント情報とお便りの案内
最後は今後の予定の案内です。9月20日は久しぶりのホーム試合となり、会場は東海大学付属福岡高校です。キックオフは12時を予定しています。
試合の前には、大きなイベントも予定されています。福岡リゾート&スポーツ専門学校の学生が企画した、元Jリーガー3人対100人の子供たちのイベントです。
このイベントは、現時点で50人ほど集まっており、あと50人の参加を募っています。番組では、子供の参加とイベントの拡散を呼びかけました。
試合情報は、アンクラスの公式SNSや公式LINE、アプリ「アンクラスPort」で発信されています。番組ではお便りも募集しており、推し選手や推しポイント、選手に行ってほしい福岡のおすすめスポット情報を求めています。
まとめ
今回は、9月20日から正式に監督となる黒澤怜さんへのインタビュー回でした。仙台でのサッカー人生から京都での監督経験を経て福岡へたどり着いた歩みと、選手目線を忘れず対話を重ねる指導観が語られました。
- アンクラスは皇后杯初戦を8対0で制したが、神村学園戦で今季公式戦初黒星。リーグ戦は残り4試合
- 上田監督がGMに変わり、コーチだった黒澤怜さんが9月20日から正式に新監督となる
- 黒澤監督は中学時代からセカンドキャリアを考え、当初はアスレティックトレーナーを志していた
- 理想の監督像は「愛情を持って厳しさを伝える人」で、選手との対話を重視している
- 9月20日は東海大学付属福岡高校でのホーム再開試合。キックオフ前に子供向けイベントも開催される




