スーパーの牛乳パックの裏にある問題
スーパーやコンビニでいつでも買える牛乳。そのパックの裏に、どんなストーリーがあるか想像したことはありますか?
今回のテーマは牛乳の余剰問題です。キーワードは「脱脂粉乳」、そしてその背景にある「情報の流れ」でした。
手元にあるのは、ある酪農家とその牧場で働く研修生の対話をまとめた資料。コロナ禍で表面化した牛乳の余剰問題が、なぜ今も解消されないのかが書かれています。
在庫があるのに生産が増えるジレンマ
問題の核心にあるのが脱脂粉乳の在庫です。コロナ禍で学校給食や業務用の需要が急に落ち込んだことが、大きなきっかけでした。
行き場を失った生乳を無駄にしないため、長期保存できる脱脂粉乳に変えたわけですが、そのとき発生した大量の在庫が、数年経った今もかなりの量が残っているといいます。
さらに話はそれで終わりません。生乳の取引価格、いわゆる乳価が上がったことで、生産量の多い北海道などでは赤字を取り戻そうと、むしろ生産量を増やす動きもあるそうです。
一方で、牛乳全体の消費量は残念ながら減少傾向。つまり、飲む量は減っているのに、作る量は増えている、あるいは減っていないんですね。
その結果、また生乳が余る可能性が出てきて、脱脂粉乳の在庫を増やすかもしれない。一種の構造的なジレンマに陥っているわけです。
需要の急減
コロナ禍で学校給食・業務用の需要が落ち込む
在庫化
行き場を失った生乳を脱脂粉乳に変えて保存
在庫が残存
数年経ってもかなりの量が解消されない
増産の動き
乳価上昇で赤字回復のため生産量を増やす地域も
さらなる余剰
消費は減少傾向で、また生乳が余る可能性
本当の原因は「情報の流れ」の滞り
作りすぎたから余った、という単純な話ではなさそうです。ではなぜこんなことが起きるのか。ここが資料の最も重要な指摘の一つでした。
根本的な原因は、生産現場から消費現場までの情報の流れが、スムーズではないことにあるんです。
具体的には、個々の酪農家が日々どれくらい生乳を作っているのか、消費者がどれくらい牛乳や乳製品を買っているのか。そうした需給のリアルタイムなデータが、業界全体で十分に共有・活用されていないという問題です。
つまり、生産する側も消費の実態を正確に把握しきれていないし、逆に小売りの現場も生産現場の状況を詳しく知る術がない。お互いの状況が見えにくいまま、それぞれの判断で動いているわけです。
だから需給調整が後手に回りがちで、作りすぎや足りないといったミスマッチが起こりやすい。それが過剰な在庫を生む構造になってしまっている、と考えられます。
これだけデータ分析技術が発達した現代で、食を支える基幹産業にこうした情報の断絶が続いているのは、少し意外な感じもしますよね。背景には長年の慣習や、生産者・乳業メーカー・流通・小売といった段階ごとの縦割り構造もあるのかもしれない、と読み取れます。
AIを使った「データ循環システム」という挑戦
その情報の滞りを解消しようというのが、資料に出てくる新しい取り組みです。川上牧場が、農業への技術応用を研究するメタグリ研究所と協力して、AIを活用したデータ循環システムの開発を進めています。
仕組みはこうです。生産現場からは、日々の生乳生産量だけでなく、牛の健康状態や飼料の種類といった詳細なデータも集めます。
一方で、スーパーなど小売りの現場からはPOSデータ、つまりどの商品がいつどれだけ売れたかという購買データをリアルタイムで集めます。
そして、それらの膨大なデータをAIが分析し、これからどれくらいの牛乳がいつどこで必要とされるかを高精度で予測します。その予測をもとに生産量の調整や効率的な配送計画を立て、作りすぎも品切れもない供給バランスを目指すというものです。
これは、生乳の流れそのものを未来に向けて再設計する試みなんです。
単に在庫を減らすという対症療法ではなく、生産から加工、流通、消費に至るサプライチェーン全体の情報の流れをデザインし直そうという、野心的な取り組みと言えます。
各段階が別々に判断し、需給調整が後手に回りやすい
生産と消費のデータをAIが分析し、需要を予測して供給を最適化
広まらない理由は、コストと危機感のズレ
これだけ有望そうなシステムなのに、なぜすぐ業界全体に広まらないのか。資料を読むと、いくつかの壁があるようです。
まず現実的な問題として、導入コスト。各牧場にセンサーを設置したり、データを収集・分析するシステム基盤を作ったりするには、それなりの初期投資が必要です。経営が厳しい酪農家には大きな負担になりかねません。
そしてさらに根深い問題として、業界全体での危機感の共有の難しさが指摘されています。
すべての酪農家さんが、同じレベルで危機感を抱いているわけではないんです。
「うちは規模が大きいから大丈夫」「今のやり方でなんとかやっていけている」と考える方も少なからずいるそうです。個々の経営努力だけでは解決できない問題なのに、その認識が広まりにくいんですね。
加えて、クラウドファンディングのように一般の消費者から開発資金を募ろうとしても課題があります。「脱脂粉乳の在庫が大変だからAIシステムを作りたい」と言われても、多くの消費者には遠い世界の出来事のように感じられてしまう、というわけです。
脱脂粉乳と言われても、普段の生活で意識することはまずないですからね。その問題がなぜ自分たちの食生活や社会と関わっているのか、その意義を理解してもらうこと自体が高いハードルになっています。
酪農の未来への投資として
だからこそ、この取り組みは単なる技術開発プロジェクトではない、と川上さんは強調します。彼はこれを、明確に酪農の未来への投資だと位置づけています。
情報の流れが滞った構造を変えられなければ、意欲ある若い世代が酪農に飛び込んできても、同じ需給のミスマッチや価格変動に翻弄されてしまう。それでは持続可能な産業として未来を描けない、という強い危機感があるそうです。
酪農は命を預かる尊い仕事であると同時に、天候や国際市況、消費者の嗜好の変化など、経済の波に最も影響を受けやすい産業の一つ。だからこそ、勘や経験だけに頼らず、データという客観的な羅針盤と現場の知恵を結びつける仕組みが必要だと訴えています。
目指すのは、生産者も流通に関わる人も、牛乳を飲む私たち消費者も、みんながハッピーになれる健全な循環を作り出すことなんです。
さらに彼は、酪農を単に牛乳を生産する産業ではなく、地域社会や食文化をつなぐインフラのようなものだと捉えています。
これからの酪農は、牛という生き物とデータという情報、そしてそれに関わる人の心、この三つをつないでいくことが重要になる時代なんです。
技術だけが先行してもダメで、それを扱う人々の意識や協力体制が伴ってこそ、初めて未来が開ける。技術とそれを使う人間の思い、両方が大切だということですね。
いきなりお金ではなく、共感から
このデータ循環システムのプロジェクトには、具体的な計画もあります。資料によれば、来年の春頃を目安に、開発資金を募るためのクラウドファンディングも準備しているそうです。
ただ、彼らが重視しているのは「いきなりお金を出してくださいとお願いすること」ではないといいます。
なぜ今このシステムが必要なのか、この取り組みが目指す未来はどんなものなのか。その背景や意義を、一人でも多くの人に丁寧に繰り返し伝えていくことから始めたいんです。
まずは情報発信や、運営しているnoteのメンバーシップなどを通じて、問題意識と目指すビジョンへの共感を広げていく。その土台があってこそ、支援の輪も広がっていくのかもしれません。
時間はかかるかもしれませんが、地道な対話と理解の積み重ねが、この大きな挑戦を成功させる鍵になりそうです。
今回の酪農のケースのように、私たちの社会や経済のいろんな場面で、情報の非対称性やコミュニケーションの断絶が原因で非効率が生じている領域は、他にもたくさん隠れているのかもしれません。そうした見えにくい構造に、一人ひとりが関心を持つことも、実はとても大切なことなのかもしれませんね。
まとめ
脱脂粉乳の在庫が減らない本当の原因は「情報の流れ」の滞りにあり、川上牧場とメタグリ研究所はAIによるデータ循環システムでそれを変えようとしています。技術だけでなく、コストや危機感、消費者の理解というハードルも見えてきた回でした。
- 脱脂粉乳の在庫は、コロナ禍の需要減で生まれ、消費減と増産の動きで解消されにくい構造にある
- 根本原因は、生産から消費までの需給データが業界で共有・活用されていない「情報の流れ」の滞り
- 川上牧場はメタグリ研究所と、生産データとPOSデータをAIで分析するデータ循環システムを開発中
- 普及の壁は導入コストと、酪農家・消費者の間での危機感や意義の共有の難しさ
- 来春を目安にクラウドファンディングを準備中だが、まずは共感を広げることから始めたいという姿勢


