初ゲストは福岡の授精師タカノさん、つながりはTwitterのぼやき
今回の配信には、川上さんの初ゲストとして福岡で人工授精師をしているタカノさんが登場します。搾乳前の休憩に、研修生の質問に答える会話をそのまま録音するいつものスタイルです。
2人のつながりのきっかけは、全国人工授精師の発表会でした。タカノさんは発表後、自分の発表について検索していて、川上さんのある投稿を見つけたそうです。
発表が終わった後に「今日のことつぶやいてる人いないかな」って検索したら川上さんが。
「なんで俺の発表が評価されてないんだ」って書き込みしてたので、この人めっちゃ面白いと思って追いかけてたんです。
その後、広島大学の繁殖関係のセミナーで初めてしっかり話し、懇親会などを通じて縁が深まっていったといいます。今回はそのタカノさんに、TPIの見方や日本との違いを解説してもらう回です。
海外カタログの読み方、日本にない項目がずらり
本題は、野澤組のホームページからダウンロードできるワールドワイドサイアーズのカタログを見ながら進みます。前日にNTP(日本の種牛)の見方を学んだので、今日はTPI(海外の種牛)の見方を確認していきます。
カタログには、日本のものにはない「TV」「TL」といった表示があります。これは遺伝病に関する記号で、近交係数が高くなると発症しうる遺伝病が回避されていることを示しています。
遺伝病が全部回避されてますよっていう、その遺伝病がこの種牛では出ませんよっていうのが表示されます。
さらに海外カタログには、日本には載っていない項目がたくさん並びます。飼料効率、繁殖指数、娘牛妊娠率、種牛受胎率など、日本のカタログにない指標が並んでいると川上さんは指摘します。
飼料効率なんてないでしょ。日本にない項目がいっぱい入ってんだよね。
飼料効率とは、ざっくり言うと食べた分をどれだけ乳に変換できるかの効率のこと。タカノさんが噛み砕いて説明します。
食べた分をどれだけ乳に変換する効率って考えた方がいいと思います。
日本でも出せるのに、なぜ書けない項目があるのか
では、なぜ日本のカタログには飼料効率のような項目が載っていないのでしょうか。川上さんによると、日本でも数値自体は出せるものの、信頼度が低いため書き出せる段階にないといいます。
アメリカはゲノム検査が普及していて信頼度が高いため、遺伝率や信頼度が低めの項目でも、ある程度信頼できるレベルまで数字が上がります。だからカタログに書けるというわけです。
遺伝率が低かったり信頼度が低かったりする項目でも、ある程度信頼を置けるレベルまで上がるから、こういうふうに書ける。
つまり日本の場合は、省いているというより、ある意味書けないというほうに近い状態だと川上さんは説明します。みんながきちんと報告し、データが積み上がれば書けるようになる項目だといいます。
同じ「体細胞」でも基準が違う、平均値のトリック
ここから、タカノさんが日本と海外の具体的な違いを解説していきます。まず分かりやすい例として挙がったのが「体細胞」です。
海外のTPI表記では、体細胞の平均が3に設定されていて、そこからどれだけ低いかを表しています。数字が低いほど体細胞が低く、良いという読み方になります。
平均を3として、それからどれだけ低いかっていう表記なので。低ければ低いほどいいよっていう風に覚えといた方がいいと思います。
一方、日本のNTPでは体細胞の平均が2.04です。つまり、そもそも基準となる平均値が違うため、同じ「体細胞」という言葉でも数字の意味が変わってきます。
平均が3。そこからどれだけ低いかで表す。低いほど良い
平均が2.04。基準となる平均値がそもそも違う
体細胞で困っている農場に低い種牛を選びたいとき、海外の2.70は低めですが、3.5をつけるとオーダーと逆になってしまいます。基準を知らずに数字だけ見ると、判断を誤ってしまうわけです。
乳量のプラス表記、そもそも比較の土台が違う
乳量の「プラス何キロ」という表記も、NTPとTPIでは比較の土台が違います。タカノさんによると、この2冊のカタログはそのままでは比較できないといいます。
NTPは、日本の2015年の初産の平均からプラス何キロかを示しています。一方TPIは、アメリカの2015年生まれの雌牛グループの平均からプラス何キロかを示しています。
比較対象が全然違うんですよね。
アメリカのほうが2015年時点の雌牛グループの乳量レベルが高いため、同じ「プラス1000キロ」でも、TPIのほうが乳量としては高いことになります。同じ数字でも中身が違うわけです。
うーん、わかりやすーい。
空胎日数と娘牛妊娠率、繁殖の測り方の決定的な違い
繁殖の指標も、日本と海外では測り方が根本から違います。日本のNTPは「空胎日数」で表し、産んでから受胎まで何日かかったかを示します。平均はおよそ135日で、150日と書いてあれば平均より高い(繁殖が良くない)と読み取れます。
これに対しTPIは「娘牛妊娠率(DPR)」で表します。娘牛妊娠率は「発情発見率 × 受胎率」で求められる指標です。
娘牛妊娠率っていうのは、発情発見率掛ける受胎率で表される。
タカノさんによると、空胎日数は「妊娠までに何日かかったか」しか分からず、それが1回のAIでついたのか、5回かかったのかまでは分からないといいます。
一方、娘牛妊娠率は受精機会がどれだけ与えられ、そのうち何パーセントで受胎したかまで反映されます。研修生さんはこれを野球にたとえて理解します。
なんか打率じゃないですけど。四打席で二安打。
日本の空胎日数はいわば「点を取るまでの日数」だけを見ている感覚で、150日なら何回かやってつきにくい子、120日ならつきやすい子、とやんわり考える形です。
六打席目でようやく今日初ヒットみたいな牛っていうのは優秀ではないです。
発情発見率には「そもそも打席に立ちましたか」もカウントされます。サボって発情を見逃すと、その牛の打席すら回ってこない、という違いが生まれます。
産んでから受胎まで何日かかったか。何回のAIでついたかは分からない
発情発見率×受胎率。受精機会と受胎率の両方が反映される
報告方式の違いが精度を生む、日本で妊娠率が出しにくい理由
この測り方の違いの背景には、報告方式の違いがあると川上さんは見ています。アメリカはワールドワイドサイアーズと契約した農場で、会社側が種牛選定から種付けまで行う契約型が多いといいます。
何も頼まなくても、誕生日に来ちゃったら、その人(授精師)がプッと種付けして帰っていく。
一方、日本の牛群検定は農家さんが言った通りに検定員が入力する方式です。しかも、次の受精がなければ妊娠したとみなす報告方式のため、90日何もアクションがなければ妊娠と仮定されてしまいます。
このため、日本では妊娠率という指標が出しにくく、精度も高めにくいと川上さんは説明します。牧場内で個人的に出すことはできても、みんなで共有できるレベルにはなりにくいわけです。
全部いい種牛は存在しない、乳量と繁殖は相反する
繁殖指数は娘牛妊娠率を含んだ数字で、経産牛受胎率や初産分娩月齢なども含めた繁殖の総合指標です。高いほど良いとされます。ただし、すべての形質が優れた種牛はなかなか存在しないとタカノさんは言います。
乳量って自分の子供を育てる本来の力で、繁殖って次の子供を作る力のベクトルなので、本来相反するんですよ。
子供を育てる力(乳量)と、次の子供を作る力(繁殖)は両立しづらいため、乳量が極端に高い種牛は繁殖が低くなりがちです。体型が良いと成長にエネルギーを取られ、飼料効率が下がる、といった凸凹も生まれます。
だからこそ、それをバランスよくまとめるのが総合指数だと川上さんは整理します。NTPやTPI、ネットメリットなど、目的に応じた重み付けの指数を選べるようになっているわけです。
換算して初めて比べられる、「1ドルは何円?」問題
NTPとTPIは物差しが違うため、2冊のカタログをそのまま並べても比較になりません。川上さんは、海外の成績をNTPに換算した数値を使って比べる方法を紹介します。
例えばミリントンという種牛の場合、TPIの乳量プラスをNTPに換算すると1003。北海道の別の種牛サムのNTP乳量1052と比べると、サムのほうが乳量が出る、と正しく判断できます。
研修生さんは、この換算作業を飛ばしてしまいがちだと振り返ります。「日本でいうとこれだ」と単純に置き換えるのではなく、重み付けの違いまで踏まえる必要があると気づいたといいます。
一ドルは何円ですか?みたいな。日本でいうとこのこれやんっていう変換だけでいいと思ってしまいがち。
授精師のお任せが落とし穴、乳脂肪が下がった失敗談
話は、授精師としての種の選び方に移ります。タカノさんは地域で「お任せ」で頼まれることが多いものの、お任せには落とし穴があると自身の失敗を明かします。
お任せって結構授精師の好みに左右されてしまう。
タカノさんは以前、乳量と体型を重視していて、乳脂肪をあまり見ていませんでした。ところが自分の牧場(師匠のところ)の乳脂肪の成績が一番悪いことに、後から気づいたといいます。
酪農は人が利用できないものを牛を介して動物性の脂肪とタンパクに変える仕事で、乳代は乳脂肪と体細胞でほとんど決まります。乳脂マイナスの種をつけ続ければ、当然ペナルティにつながります。
乳脂肪をラインナップにしてちゃダメだろって途中で気づいたんです。
しかも乳脂肪は遺伝率が高く、影響がすぐ出てしまいます。乳量の遺伝率が0.5、乳脂肪が0.49と、乳量と同じくらい下がりやすいと川上さんは補足します。
「どういう牛群にしたいか」を聞き取る、一件一件違う改良方針
この失敗をきっかけに、タカノさんはゲノムを測ることを入り口として、農家さんに「どういう牛群にしていきたいか」を丁寧に聞き取るようになりました。改良方針は一件一件違うといいます。
北海道と福岡・島根では条件が違い、フリーストールかつなぎ飼いかでも変わります。体細胞で困っているなら体細胞のウェイトを高くし、乳脂で困っているならそちらを重くする、という具合です。
まずあなたの牛群の欠点は何で、自分が飼いやすいっていうのはどういうのなんですか、をすごく聞き取るようにしてます。
一方で、農家さんの要望が改良の理屈と食い違うこともあります。パイプラインに背中が当たるほど体高が高い牛群なのに「まだでかい牛を飼いたい」と言われたら、どうするのか。川上さんが尋ねます。
いや俺はまだでかい牛が飼いたいんだっていう要望とかってどうするんですか?
もうそれは従いますよ。ショーで勝ちたいっていう要望が裏にあるので、それは僕も汲み取ります。
ただし、そのまま黙って従うわけではなく、一言添えるといいます。あくまで農家さんの行きたい方向を手助けするのが授精師の仕事だという姿勢です。
これつけたら多分次もパイプライン担ぎますよ。神輿みたいになりますよみたいな(小言は言う)。
ゲノムとGMSは改良に詳しくない人ほど効く
ここで川上さんは、NTPとTPIの違いに関わる実際の運用を尋ねます。ゲノムを調べるとTPIの数値が出ますが、産んで検定するとNTPになります。信頼度は検定したNTPのほうが高いのに、どう自分の方向へ導くのか、という問いです。
タカノさんが福岡でゲノムTPIを使う理由は、地域の生産背景にありました。福岡は暑熱地帯で、近郊酪農でスペースも自給飼料も少なく、堆肥処理も大変。だからできるだけ牛に長く働いてもらいたいといいます。
さらにNTPは乳脂肪「量」で計算されますが、暑熱地帯では乳脂「率」が下がりやすく、3.5を切るとペナルティになります。こうした背景から、タカノさんは分かりやすい指標としてTPIを選びました。
もう一つの理由は、地域で物差しを統一したかったことです。NTPとTPIが混ざると、インチとセンチのように比較できません。同じTPIに統一すれば、隣の農家さんと比べたり、県内での位置づけを示したりできます。
川上さん自身は、ゲノム育成時のTPIをGMSという交配プログラムで自分の飼いやすい牛に変換し、産んで検定した後はNTPを同じGMSで選び直しているといいます。娘牛の成績を全部GMSという同じ物差しに変換して種を選ぶわけです。
タカノさんは、ゲノムとGMSの組み合わせは、むしろ改良に詳しくない人ほど効果を発揮すると考えています。血統や近交回避を細かく考えなくても、要望を汲んで種を選んでくれるからです。
川上さんはこれを「オートモードを使えるみたいな感じ」と表現します。自分で考えるとどうしても周りの評判やSNSの娘牛を見てブレてしまうため、目的地を変えずに進むための仕組みとして使っているといいます。
みんながいいなって言っとるの見ると、あ、良さそうって思っちゃう。それは経営にとってマイナスだから、そこをブレさせないために使ってる。
みんなで酪農を盛り上げたい、食料を手放さないという思い
締めに、川上さんがタカノさんに最後のメッセージを尋ねます。返ってきたのは、業界への率直な思いでした。
みんなで酪農を盛り上げていきたい。
タカノさんは、畜産は風当たりが強いものの、人が利用できないものを牛を介して動物性の脂肪とタンパクに変える仕事だと語ります。かつて亡くなった年配の農家さんから聞いた言葉も紹介します。
昔はお金出しても食料を買えない時代があったんだぜみたいな話を聞かされると。今ワクチンだってお金出したって入ってこないじゃないですか。
川上さんは搾乳前の忙しい時間に来てくれたタカノさんに感謝し、また改良の話を続けていきたいと締めくくりました。この配信自体が、仕事中の搾乳前の休憩に録られたものです。
まとめ
今回は、日本のNTPと海外のTPIという2つの種牛評価指標が、なぜそのまま比較できないのかを、授精師タカノさんの解説で読み解きました。数字は同じように見えても、基準も測り方も報告方式も違います。大事なのは、換算して同じ物差しに揃えること、そして「どういう牛群にしたいか」を軸に選ぶことです。
- NTPとTPIは基準や算出データが違うため、換算せずに数字だけ並べても比較にならない
- 体細胞は平均値が違い(TPIは3、NTPは2.04)、乳量プラスも比較対象の集団が違う
- 繁殖は日本が空胎日数、海外が娘牛妊娠率(発情発見率×受胎率)で、測っているものが根本から違う
- 乳量と繁殖は相反しやすく、全形質が優れた種牛はほぼない。総合指数でバランスを取る
- ゲノムとGMSの組み合わせは、改良に詳しくない人ほど「どういう牛群にしたいか」を軸にブレずに選べる




