ミルクフェア前日の金曜、届いた質問は?
収録日は10月9日の金曜日。川上さんは、翌10月10日に島根県の中央家畜市場で開かれるミルクフェアの準備と、水・木・金の3日間来ている職場体験の子との作業のどちらを優先するか、少し悩んでいると話します。
この日のテーマは、リスナーからの提案です。国内で脱脂粉乳が大量に積み上がっている問題を受けて、食料自給率が低く貧困に苦しむ国へ援助物資として送ったらいいのではないか、という内容でした。
提案の背景には、戦後の日本がアメリカから脱脂粉乳を受け取り、給食で子どもたちが飲んでいたという歴史があります。日本の酪農にも、相手国にも、国際協力にもなるという考えに対して、川上さんは本当に送れるのかを調べて答えると宣言します。
生産を減らすのにまた税金?脱脂粉乳の積み上がり
川上さんによると、脱脂粉乳の積み上がりは危機的な状況で、ニュースでは生産調整になるのではという話も出ているそうです。年末に牛の頭数を減らすと補助金が出る、といった施策がまた行われるのではと心配しています。
牛乳が売れなくて、(牛乳が)高くて買われないって思ってますけど、その酪農家の生産を落とすために、今度また皆さんの税金が使われるっていう、意味わかんないですから、本当に。
だからこそ川上さんは、牛乳やヨーグルトなど、脱脂粉乳が使われている商品をしっかり食べて応援してほしいと呼びかけています。
番組のお知らせとしては、配信を文字起こしして再構成したnote記事とメンバーシップ、Instagramの「#未来の牛乳」デジタルアート、週1回まとめ記事が届く公式LINEが紹介されました。デジタルアートの売上は、こども食堂への牛乳支援や小中高の食育活動の費用に充てる予定だそうです。
ROBLOXで牧場体験?ミルクフェアの見どころ
乾杯のあと、川上さんは改めて10月10日の酪農ミルクフェアを案内します。脱脂粉乳の積み上がりが大変な今だからこそ、近くの人にはぜひ来てほしいと話しています。
川上さんが担当するのは「デジタル酪農体験」のブースです。小中学生に人気のゲームROBLOX ── ユーザーが自分でゲームや仮想空間を作って公開できるオンラインゲームプラットフォーム。子どもや若い世代に特に人気がありますの中に牧場を作り、そこで酪農を体験してもらう企画で、乳製品の試飲もたくさんあるそうです。
「脱脂粉乳ODAはWin-Winでは?」という提案
お便りのコーナーで紹介されたのは、Stand.fmのリスナー、セイさんからの質問です。
戦後の日本は小麦ではなく、アメリカで余っている脱脂粉乳が欲しいと要請していたかと思います。脱脂粉乳を栄養不足の国に送ると喜びそうですね。日本の時価で送料も込みでODAで〇〇億円相当の食糧(脱脂粉乳)援助を行いました。これはWin-Winなのではないかな?もう少しオチがいりそうですか?
川上さんは、ODA ── 政府開発援助(Official Development Assistance)の略。政府が開発途上国の経済発展や福祉の向上のために行う資金協力や技術協力のことですを、援助を通じて相手国を助け、国際的な友好関係を結ぶ仕組みだと説明します。そのうえで、セイさんのアイデアは良い発想だとしつつ、国際的な問題もいろいろあると前置きします。
川上さんは、戦後の脱脂粉乳の歴史、現在の日本の乳製品問題、そして食料援助は何のためにあるのか、という順に、調べてまとめてきた内容を読み上げていきます。
戦後の日本は本当に脱脂粉乳を求めたのか
まず事実として、戦後の日本は深刻な食糧不足にありました。川上さんは文部科学省の学校給食史をもとに、脱脂粉乳が給食に入ってきた流れを紹介します。
今の日本人にとって脱脂粉乳は「昔の給食で飲んだ、あまりおいしくなかったもの」というイメージが強いかもしれません。けれど川上さんは、当時の子どもたちの栄養を支えたとても重要な食料だったと話します。
一方で、セイさんの「小麦ではなく脱脂粉乳を求めた」という部分には修正が入ります。1950年代の日米交渉の公文書を調べた研究によると、アメリカ側は当初、学校給食向けに脱脂粉乳の贈与を提案していて、日本政府は脱脂粉乳だけでなく小麦の援助も求めて交渉していたそうです。
戦後、日本は脱脂粉乳の援助を受けた。これは正しいんですけども。でも日本は小麦ではなく脱脂粉乳を求めたとまで言うとちょっと違うということですね。
バターは売れて脱脂粉乳は余る、需要のずれ
約80年後の日本では、立場が逆になっています。川上さんによると、農林水産省は2026年10月時点で脱脂粉乳の需要が低迷していると説明する一方、バターの需要は比較的堅調だとしています。
生乳から乳脂肪を分離
バターの原料になる
脂肪を除いた乳成分が残る
脱脂粉乳などに加工される
需要のずれ
バターは欲しいが、脱脂粉乳はそれほどいらない
農水省も2026年度について、バターと脱脂粉乳の需給の不均衡を調整する必要があるとしています。酪農家から見ると、牛乳を搾ってバターは売れても、副産物の側の需要が弱いという、簡単には解決できない問題です。
海外へ送る三方よし、実はスイスが実践済み?
セイさんのアイデアを整理すると、日本は在庫が減って酪農家を支えられ、援助先にはタンパク質やカルシウムを含む食品が届き、日本政府は国際貢献ができる、という「三方よし」に見えます。
実は、これにかなり近いことをした国があります。スイスです。食料援助条約の報告書によると、スイスは2016年に自国の粉乳をWFP ── 国連世界食糧計画。飢餓や災害、紛争で食料が不足する地域に食料支援を届ける国連機関ですやNGOを通じて22か国へ約3976トン提供しました。
現物の粉乳をWFPやNGO経由で各国へ送る
WFPが必要な食料を柔軟に調達できる資金の拠出へ重点を移す
川上さんは、余った乳製品を海外援助に使うという発想自体は突拍子もないものではなく、他国に実例があると話します。
「余っているから送る」は援助の理由になる?
ここからが本題です。酪農家としては日本の脱脂粉乳を海外でも飲んでほしい気持ちがありつつ、国際的な食料援助には重要な原則があると川上さんは説明します。
WTO(世界貿易機関)では、食料援助は受ける側の必要性に基づいて行うのが原則です。援助国の商品を売るための市場開拓と結びつけてはいけないこと、現地の農業生産や市場に悪影響を与えるおそれがある場合は現物援助を控えることも求められているそうです。
つまり、日本で余っていることは援助の理由にならないということ。川上さんは考え方の順番が逆だと指摘します。
日本で脱脂粉乳が余っている。どこか送れる国はありませんか?
この地域のこの人たちに、この栄養が足りない。解決策として脱脂粉乳は適切か?はいなら日本の脱脂粉乳を検討する
余っているものを処分するために援助するのではなく、必要とされるものと日本の余剰が一致した時に使う。ここを逆転させてはいけないということです。
脱脂粉乳は完全栄養食ではない
もう一つ大事な点として、脱脂粉乳を送れば栄養問題が全部解決するわけではない、と川上さんは話します。脱脂粉乳は名前の通り脂肪を取り除いたお乳で、タンパク質やカルシウムは取れても、必要な栄養がそれとは限りません。
エネルギーが足りない人には脂質や炭水化物が必要ですし、微量栄養素が足りない場合は強化食品のほうが合うこともあります。そのため現在のWFPは、穀物だけでなく豆類や油脂、栄養強化食品を組み合わせ、地域の栄養問題に合わせて調達しているそうです。
川上さんのまとめは、栄養不足だから牛乳を送ればいい、という単純な話ではないということでした。
忘れられた「4人目」、現地の酪農家
さらに大きな問題として、川上さんはある国へ日本から大量の脱脂粉乳を無料で送った場面を想像してみせます。子どもたちは飲めて栄養状態も良くなり、日本の在庫も減って、一見大成功です。
でもここにですね、忘れている人がいます。その国で牛を飼っている人です。
大量の脱脂粉乳が流入
無料や非常に安い価格で外国から入ってくる
現地の牛乳が売れにくくなる
牛乳の値段が下がる可能性がある
現地の農家が経営難に
地域で牛を飼っていた農家が続けられなくなるかもしれない
国際食料援助で現地市場を壊してはいけないというルールがあるのは、こうした理由が大きいそうです。FAO ── 国連食糧農業機関。世界の飢餓をなくすことや農業・漁業・林業の発展を目的とする国連の専門機関ですも、援助は現地の食料生産や市場への悪影響を最小限にし、自立を妨げないよう設計すべきだとしています。
川上さんがこのテーマでいちばん伝えたいのはここです。日本の酪農家、援助を受ける人、日本政府の三者が得をしても、4人目に現地の農家がいます。
ただし川上さんは、脱脂粉乳援助そのものが悪いわけではなく、必要な場所ならとても役立つとも話します。大事なのは、誰に、どのくらい、どんな形で渡すかまで設計することです。
ではどう設計すれば役に立つ?
具体案として川上さんが挙げるのは、WFPなどと組んでまず現地の栄養状態と市場を調べ、脱脂粉乳が必要な地域にだけ使うやり方です。
- 学校給食
- 難民キャンプ
- 災害のとき
- 現地で乳製品が十分に作れない場所
ほかにも、現地の穀物や豆と組み合わせて栄養強化食品として使う仕組みなら、かなり可能性があるのでは、と川上さんは話します。
日本は現在もWFPを通じた食料援助をしていて、2026年度にはパレスチナ、ギニア、イエメンなどで実施されているそうです。既存の仕組みと日本の乳製品問題をうまくつなげられないかは、検討する価値のあるテーマだとしています。
「〇〇億円相当」より何人に届いたか
セイさんの「日本の時価で送料込み〇〇億円相当の援助」という見方についても、川上さんは考え方を変えたいと話します。援助の価値は、日本でいくらしたかではなく、現地で何人の栄養改善につながったかで見るほうがいいという考えです。
100億円分送ったが必要とされず余った、地元の農業を壊した
10億円でも現地調達と組み合わせて必要な子どもに届き、地域の農家にもお金が回った
最後に川上さんは、戦後の日本がアメリカやユニセフの脱脂粉乳で子どもたちを支えられたこと、今度は日本が必要とする国へ返していくという発想自体はとても良いことを確認します。
今日、一番覚えて帰ってほしいのはですね、援助は余っているものを送ることではないということですね。
日本の酪農家、援助を受ける人、日本政府、援助先の酪農家。この4者ができるだけ一緒に良くなる「Win-Win-Win-Win」の仕組みを作ることが大切だと川上さんは話します。
千羽鶴と同じ?善意と生産コストの壁
質問への回答を終えた川上さんは、国際情勢の難しさを身近な例に置き換えます。地震などの災害のとき、千羽鶴や不要な日用品が大量に送られてきて、善意であっても現地の人を困らせてしまうことがある、という話です。
もう一つの壁は、日本の乳製品の生産原価の高さです。輸入の餌や、ガソリン・オイルなど輸入の燃料を使っているため、国際的な価格で比べるとかなり高くなってしまうそうです。
(援助として日本がやれるのは、)日本の脱脂粉乳を送るより、他の国の余ってるやつを日本が援助してお金出すんでみたいな形にする方が、まあ間接的にはいいのかな
川上さんは、リスナーが解決策を一生懸命考えてくれたことに感謝し、牛乳を飲むだけでなく少しずつアクションにつなげてほしいと呼びかけて締めくくりました。告知として、Kindle本『酪農未経験者のために』とそれを読み込ませたFarmEcho AI、登録者数が70名を超えて80名に近づく黒毛和牛の近交係数アプリ「和牛交配チェック」も紹介されています。
まとめ
余った脱脂粉乳をODAで送るアイデアは、スイスにも実例がある発想です。ただ、国際的な食料援助は受け手の必要が出発点で、現地の農業を壊さないことが前提だと川上さんは話します。
- 戦後の日本はアメリカやユニセフから脱脂粉乳の援助を受けたが、小麦ではなく脱脂粉乳だけを求めたわけではなかった
- バターの需要に対して脱脂粉乳が余る「需要のずれ」は、酪農の構造上なかなか解決できない
- 援助は「余っているから送る」ではなく、必要な栄養と日本の余剰が一致したときに使うのが正しい順番
- 現地の酪農家という「4人目」まで含めて良くなる仕組みでなければ、本当のWin-Winとはいえない
- 援助の価値は日本での金額ではなく、現地で何人の栄養改善につながったかで測る



