スポーツの日の牧場と、ミルクフェアの手ごたえ
10月12日、スポーツの日の朝。川上牧場の川上さんは、祝日も休まず仕事をしています。最高気温27度の晴れで、出雲市では恒例の出雲駅伝も開かれるスポーツ日和です。
この日の川上さんの予定は、牛の堆肥の切り返し、生まれたばかりの子牛の移動と耳標・ワクチン、出生届、それに溜まった書類仕事です。
配信のテーマは、リスナーからよく質問が来る「牛のゲップのメタンガス」。海外の事例を見たリスナーからの質問に、日本の事例も踏まえて答えると予告しています。
先日の島根酪農ミルクフェアは大盛況で、川上牧場のデジタル酪農体験ブースにも最後まで人が絶えなかったそうです。そのぶん、川上さんには気疲れのようなだるさが残っていると話しています。
今週末の10月17日には、東京の豊洲公園で開かれる大型イベント「土日ミルクフェス」にも川上牧場が参加する予定です。
応援の声と、売れない牛乳のギャップ
ミルクフェアのようなイベントについて、川上さんは消費者と直接顔を合わせられるのが嬉しいと話します。一方で、それだけ応援してくれる人がいても、牛乳の消費は伸びていないという現実があります。
あんなに応援してくれる人がいるのに、脱脂粉乳が積み上がってるんですよね。牛乳は売れてないんです。
川上さんはリスナーに、1日コップ1杯の牛乳を呼びかけています。スポーツをした日なら2杯、3杯飲んでもいいそうです。
牛のゲップはなぜメタンになるのか
お便りコーナーで紹介されたのは、LINEの質問フォームから届いた、質問フォームネーム「関心」さんの質問です。
調べ物をしていたら、牛さんの餌に海藻なんてものを見ました。デンマークで研究されているようですが、飼料からメタンを減らす取り組みのようですが、これにもメリットデメリットがあると思います。深掘りをお願いします。
川上さんは以前の配信で、カシューナッツの殻の抽出液を使ったメタン削減飼料を取り上げていました。カシューナッツはほぼ国内で採れないため、海外から運ぶ燃料を考えると意味がないのでは、と疑問を投げかけていたそうです。今回は国内で進む取り組みも紹介するといいます。
川上さんが先に示した結論は、海藻でメタンを大きく減らせる可能性はあるものの、海藻なら何でもいいわけでも、メタンが減れば成功でもないというものです。種類、量、食い込み、乳量、乳成分、安全性、価格、大量生産まで見ないと、酪農で使える技術かは判断できないと話しています。
牛からメタンが出る仕組みは、牛の胃のルーメン ── 牛など反芻動物が持つ4つの胃のうち、いちばん大きな第一胃。たくさんの微生物が住み、草の繊維を発酵・分解していますにいる微生物の働きにあります。微生物が草の繊維を発酵させ、酢酸・プロピオン酸・酪酸といった短鎖脂肪酸を作り、それが牛のエネルギーになります。
牛の胃の発酵では、途中で水素と二酸化炭素もできます。それを使ってメタンを作るのが古細菌 ── 細菌とは別系統の微生物のグループ。メタンを作る「メタン生成菌」もこの仲間に含まれますで、できたメタンが口や鼻から出ていくのが、いわゆる牛のゲップです。
草を食べる
人間がほぼ利用できない草の繊維を食べる
ルーメンで発酵
微生物が分解し、短鎖脂肪酸が牛のエネルギーになる
水素と二酸化炭素
発酵の途中で副産物としてできる
古細菌がメタン化
水素などを使ってメタンを作り、ゲップとして出る
川上さんによると、農研機構の資料では、お乳を出している牛1頭から1日およそ500リットルのメタンが出ることもあるとされています。メタンは牛が悪さをして出すものではなく、草を消化できるすごい仕組みの副産物だと説明しています。
海藻で注目されているのは、アスパラゴプシス ── 紅藻の一属。ブロモホルムを多く含み、牛のメタン削減飼料として世界的に研究されていますという紅藻の仲間で、日本ではカギケノリがこれにあたります。カギケノリに多く含まれるブロモホルムが、メタンを作る微生物の代謝を強く抑えると考えられています。
デンマークの海藻でメタンが減らなかった理由
質問にあったデンマークの事例として、川上さんはオーフス大学の研究を紹介します。北欧で生産される3種類の海藻を、4頭のデンマークホルスタインに乾物ベースで2〜4%程度与えたものです。
デンマークの研究で使われたのは、サッカリナ・ラティッシマ、アスコフィラム・ノドサム、サルガッサム・ムティカムの3種類です。結果は、メタンは減りませんでした。
デンマークの研究では、乾物摂取量や乳量に大きな変化はなかった一方、一部でタンパク質や繊維の消化率が下がりました。さらにヨウ素・カドミウム・ヒ素の含量が高く、その条件の海藻は市販の乳牛群にそのまま与えられる水準ではない、という結論だったそうです。
川上さんは、ニュースでは「海藻でメタン90%削減」のような部分ばかりが目立つと指摘します。オランダで64頭の乳牛に北西ヨーロッパ産の海藻3種類を与えた研究でも、メタンの削減は確認されませんでした。
ワカメでも昆布でも何でも牛に食べさせれば環境対策になるという話ではないんです。
大事なのは、海藻にどんな有効成分がどれだけの濃度で含まれ、ルーメンの微生物にどう作用するかだと、川上さんは話しています。
カギケノリを日本で量産するには?
日本で注目されているカギケノリは、国内にも自生する紅藻で、ブロモホルムを蓄積できるのが特徴です。川上さんによると、国際農研と長崎大学は2026年3月、カギケノリの大規模養殖の基盤となる海面養殖用の種苗の生産技術を発表しました。
国際農研と長崎大学の研究は、温度と日の長さを調整して、海面養殖に向いた配偶体を計画的に育てるものです。日本のカギケノリ研究は「メタンが減るらしい」段階から、どう大量に安定生産するかという次の段階へ進みつつあります。
1頭あたりは少量でも、日本中の乳牛や肉牛に毎日与えるとなれば膨大な量になります。天然のカギケノリを採りまくれば海の資源を壊すため、生産の仕組みを一からつくる必要があると川上さんは説明します。
さらに、カギケノリの有効成分ブロモホルムは、保管条件によって濃度が変わることが研究で問題になっています。同じ1kgのカギケノリでも、効き目がいつも同じとは限らないということです。
海藻飼料のメリットは3つ
メリットの1つ目は、メタンを大幅に減らせる可能性です。適切なアスパラゴプシスを適切な量と形で与えれば、大きな削減が期待でき、2026年の乳牛の研究でも削減が確認されていると川上さんは紹介します。
アスパラゴプシスの効果の大きさは研究によって違うものの、強力な候補であることには研究の蓄積があるそうです。酪農をやめずに、同じ牛から出る環境負荷を下げられる点が大きいと川上さんは評価しています。
メリットの2つ目は、捨てていたエネルギーを減らせる可能性です。メタンにはエネルギーがあり、農水省の技術資料でもメタン発生はエネルギーの損失と位置づけられています。そのエネルギーがお乳や体重に回れば面白い、と川上さんは話します。
ただし川上さんは、メタンを30%減らしたからといって乳量がその分増えるわけではないと念を押します。むしろ採食量が落ちる研究もあるため、飼料効率が必ず良くなるとは言わないほうがいい、という立場です。
メリットの3つ目は、海と畜産がつながることです。漁業者や海藻養殖業者が海藻を作り、牛が食べてメタンが減り、新しい海藻産業も生まれる。日本でもカギケノリの養殖・加工・飼料利用をつなぐ事業が進んでいるそうです。
ここは個人的にかなり面白いと思います。酪農の環境問題を酪農だけで解決しない。
メタン30%削減でも、牛が食べなければ本末転倒
デメリットの1つ目は嗜好性、つまり牛が食べてくれるかどうかです。2026年に発表された乳牛の研究では、アスパラゴプシスを乾物の0.5〜0.75%与えると、1日あたりのメタンは最大約30%減りました。
一方で、その研究では乾物摂取量が最大22%落ち、牛乳の生産にもマイナスの影響が出たそうです。川上さんは、メタン30%削減という数字だけで判断してはいけないと強調します。
川上さんが出した例えはこうです。餌を20kg食べてメタンを400g出していた牛が、海藻を入れてメタン300gになれば25%削減。でも餌を15kgしか食べなくなっていたら、食べなかった分だけメタンが減っただけかもしれません。
餌20kgを食べて、メタン400g
メタン300g(25%減)。ただし餌は15kgしか食べていないかもしれない
そのため研究では、1頭1日あたりのメタン量だけでなく、乾物摂取量1kgあたり、さらに牛乳1kgあたりのメタン量まで見ていくそうです。
デメリットの2つ目は、乳量や乳成分まで確認が必要なことです。海藻はルーメンの発酵そのものを変えるので、メタンだけをピンポイントで抑えて他は変わらない、とは限りません。
実際、アスパラゴプシスの研究では、メタンが減ると同時に水素が大きく増えたり、揮発性脂肪酸の組成が変わったりした例があります。川上さんは、乳量・乳脂肪・乳タンパク・乳糖・MUN ── 乳中尿素窒素。牛乳に含まれる尿素の量で、餌のタンパク質とエネルギーのバランスを見る指標として使われます・乾物摂取量・糞・反芻まで全部見るのが大事だと話しています。
ブロモホルムとヨウ素、安全性はどう見る?
デメリットの3つ目は安全性で、川上さんがいちばん慎重にすべきだと話す点です。カギケノリの強い効果を生むブロモホルムは、効き目が強いからこそ、牛への安全性、牛乳への移行、人が飲んだときの安全性まで確認する必要があります。
川上さんによると、過去には与え方によって牛乳からブロモホルムが検出された研究もあれば、検出限界以下だった研究もあります。2025年の毒性学レビューでは、低濃度で適切に管理すれば人へのリスクは小さいと評価されているそうです。
危険だからダメでも、天然の海藻だから絶対安全でもないというところですね。
もう1つの注意点が、ヨウ素などのミネラルです。牛は海藻を健康食品としてではなく、毎日決まった量の餌として食べます。海藻によってはヨウ素・ヒ素・カドミウムが多くなる可能性があり、デンマークの研究でも実用化の大きな壁になりました。
別のアスパラゴプシスの研究でも、与える量が多いグループでは牛乳中のヨウ素や臭素の濃度が大きく上がったそうです。自然素材だから安心ではなく、飼料分析がとても重要だと川上さんは話しています。
捨てていたギンナンの果肉が牛の餌になる?
海藻以外の日本の研究として、川上さんが「ものすごく面白い」と紹介するのが、北海道大学のギンナンの果肉の研究です。茶碗蒸しなどで食べるのは中の種で、外側のぐじゅぐじゅした果肉は普通は捨てられる部分です。
ギンナンの果肉には、アナカルド酸という抗菌性物質が含まれています。ルーメン液を使った培養試験では、果肉の抽出物でメタンが減り、プロピオン酸が増えることが示されているそうです。
未利用の果肉
臭いが強く、基本的には処分されていた
牛の餌
抽出物をメタン削減飼料に使う
メタン削減
牛のお腹と、糞尿由来のメタンの両方に使える可能性
さらにギンナンの果肉を牛の糞尿に加え、糞尿から出るメタンを抑える可能性も調べられています。ゴミがメタン削減の餌になるかもしれない点に、川上さんは大きな可能性を感じています。
川上さんによると、愛知県は2026年、農業総合試験場にメタン測定設備を整え、ギンナンなどの特産品や食品製造副産物を使ったメタン削減飼料の開発を本格化させました。乳牛では分娩後から約200日間の長期給与試験を行う計画です。
愛知県はさらに、民間牧場でメタン削減飼料を試し、その牛乳を環境に配慮した高付加価値牛乳として試験販売する計画も進めています。削減したメタンをJ-クレジット ── 省エネや温室効果ガス削減の量を国が認証し、売買できるようにした日本の制度。削減した側が収入を得られますとして酪農家の所得につなげられないかも検討されているそうです。
メタン50%削減の飼料、川上さんなら何を見る?
川上さんは、環境対策を農家の負担で終わらせてはいけないと話します。1頭1日300円高くなる新しい飼料で、乳量も乳価も変わらず、「地球のために酪農家が払って」となったら普及しないだろう、というたとえです。
メタン削減飼料が続く技術になるには、J-クレジット、環境配慮型の牛乳、乳業メーカーとの契約、消費者が選べる表示など、削減した環境価値がお金になる仕組みが必要だと川上さんは説明しています。
では、川上牧場に「メタンを50%減らせる新しい飼料があります」と営業が来たらどうするか。川上さんは「すごいですね、買います」とは言わず、6つの点を見ると話します。
川上さんはさらに、ライフサイクルも見たいと話します。海藻を陸上養殖し、乾燥・冷凍・加工して遠くへ運ぶときに大量の電気や燃料を使えば、牛のゲップを減らしても社会全体の温室効果ガスは思ったほど減らないかもしれないからです。
メタン削減は目的ではなく手段
川上さんのまとめでは、カギケノリのようなブロモホルムを多く含む海藻には大きな削減効果が期待される一方、どの海藻でも効くわけではありません。効いても、食い込みや乳量の低下、残留物、大量生産、価格の問題があれば実用化はできないといいます。
川上さんが考える目的は、牛が健康に長く生き、酪農家が経営を続けながら、同じ牛乳を作るときの環境負荷を少しずつ下げることです。メタン削減はその中の1つの手段だと位置づけています。
日本ではカギケノリ、ギンナン、食品副産物、脂肪酸、メタンの少ない牛を作る育種まで、さまざまな研究が進んでいます。農研機構も飼料だけでなく、栄養管理や育種を含めた複数のアプローチを進めているそうです。
未来の酪農は「魔法の餌で全部解決」ではなく、餌、遺伝、ルーメン微生物、飼養管理、海藻養殖、食品副産物、カーボンクレジットを組み合わせる形になるのでは、と川上さんは見ています。
日本の海で作ったカギケノリと地域で捨てられてたギンナンや食品副産物を使って牛乳を作りながら環境負荷も下げる。
そしてその努力に対して農家にもきちんとお金が返ってくる。そこまでできたら、ただの温暖化対策ではなく、新しい酪農の価値になるかなと思います。
ギンナンは臭くて食べない?リスナーとのやりとり
回答のあと、川上さんはギンナンのプロジェクトについて、人間が食べられないものを牛に食べさせ、人が食べられる牛乳や肉に変えるのは酪農の根本で、そこが尊重されている事業を応援したいと話しています。
やっぱギンナンの嗜好性がやっぱ悪い。それ食べないですよね、あの臭いの。
ギンナンの果肉の嗜好性も、今後改良されていくのではと川上さんは期待しています。牛の育種でも飼料効率の改良が進み、牛がいることで温暖化を抑えるところまで、酪農業界は全力で取り組んでいると語ります。
配信中には、リスナーからコメントも届きました。
メタンが減っても酪農家さんのコストが上がったら誰も取り入れないですよね。ギンナンの方が進んでいるのですね。
このコメントに川上さんは、ギンナンは牛が食べないのが課題だとしつつ、持続性のある取り組みを始めたときには消費者に応援してほしいと答えています。
夏場の食欲促進する飼料ができて、なおかつコストが下がるものができたらいいよ。
夏場の食欲についてのコメントには、ルーメンのメタンの活動をうまく抑えられれば発酵熱も下げられる可能性があり、夏の餌食いが良くなることもあるかもしれない、と川上さんは答えています。
最後に川上さんは、Kindle本『酪農未経験者のために』と、その内容を読み込ませたFarmEcho AIを紹介しました。「うちの餌でどうやったらメタン削減できるかな?」と相談してみてほしい、とのことです。
まとめ
牛に海藻を食べさせるとメタンが大きく減る可能性はありますが、川上さんは「海藻なら何でもいい」「メタンが減れば成功」ではないと話します。食い込み、乳量、乳成分、安全性、コスト、そして餌を作って運ぶところまで見て、はじめて酪農で使える技術かどうかがわかる、という回でした。
- メタン削減の主役候補はブロモホルムを含むカギケノリなどの紅藻で、デンマークやオランダの北欧系海藻ではメタンは減らなかった
- メタン30%減でも乾物摂取量が最大22%落ちた研究があり、牛乳1kgあたりなどで見ないと判断できない
- ブロモホルムやヨウ素の残留は「危険」とも「安全」とも決めつけず、量と品質を科学的に管理する必要がある
- ギンナンの果肉や食品副産物を使う研究も進み、愛知県は長期試験やJ-クレジット化まで検討している
- 川上さんの結論は、メタン削減は目的ではなく、牛の健康と酪農経営を続けながら環境負荷を下げるための手段ということ



