「あんこの製造と販売は行ってません」という社名は何を表すのか
「思考旅行」は、経営者の願いや葛藤から、企業や地域に眠る文化資本を掘り起こし、未来に残すべき価値を探るポッドキャストです。今回の対話相手は、株式会社あんこの伊藤羊平さんです。
ポッドキャストに出ることに不安があったという伊藤さんに対し、井上さんは「自分もどこへ行くかわからないまま、考え続けながら話している」と伝えます。伊藤さんとの収録は全4回の予定で、1本目のテーマは「葛藤と動機の源泉」です。
伊藤さんの会社、株式会社あんこは10年目ほどを迎えています。Googleで社名を検索すると、検索結果の説明文に「あんこの製造と販売は行ってません」と表示されるといいます。
(うちは)もうあんこの製造と販売以外はだいたいやっているという会社になります。
和菓子屋かと聞かれるたびに「それだけはやってません」と答える自己紹介に、井上さんは思わず「ふざけてるんですか?」と問いかけます。
伊藤さんの答えは、決してふざけているわけではないというものでした。自分にとって面白いものは何かを突き詰め、これまで見てきた社名や組織の作り方への思いも踏まえて、真面目に考えた結果だといいます。井上さんは、この社名に伊藤さんのスタンスそのものが表れていると受け止めます。
なぜ甥っ子にまで敬語を使うのか
社名に表れたスタンスは昔から変わらないのか。井上さんが学生時代までさかのぼって尋ねると、伊藤さんは「誰に対しても敬語を使う」という習慣を挙げます。甥っ子が2、3歳の頃から、甥っ子にも敬語で接していたそうです。
伊藤さんは中学・高校時代、1つ上の先輩には敬語を使い、1つ下の後輩にはタメ口をきくという切り替えの意味がわからなかったといいます。
右向いて先輩いたら敬語を使って、左向いて後輩がいたらタメ口っていうか命令口調になるって大変じゃないですか。
井上さんは、順番が逆ではないかと指摘します。子どもはまずタメ口が基本で、先輩や社会を知る中で後から敬語を教えられる。後輩ができたときに出てくるのは、もともとのタメ口のほうだという見立てです。
伊藤さんは、その指摘を受けて考え直し、自分の敬語の根っこには序列のようなものへの抵抗感があったのかもしれないと話します。
序列へのカウンターは、なぜタメ口ではなく敬語だったのか
井上さんにとって、序列への反発としてわかりやすいのは、先輩にもタメ口を使うやり方です。例として、本田圭佑さんや中田英寿さんが学生時代に先輩を呼び捨てにしたという話を挙げます。
一方で伊藤さんは、全員に敬語を使うという逆の形を取っていました。若い頃は、敬語のせいで距離を取る人間だと思われたり、いつまでも仲良くなれないと言われたりと、弊害ばかりだったといいます。それでも使い続けてきたそうです。
井上さんは、敬語でカウンターするひねくれ感が、あんこという社名にも通じていると感じます。「静かに中指を立てている」とまで表現して伊藤さんに即座に否定されますが、伝えたかったのはカウンターの仕方が不思議とスマートだという印象でした。
先輩にも呼び捨てやタメ口で接し、上下関係そのものを否定する。井上さんがよく聞くというわかりやすい反発の形
先輩にも後輩にも甥っ子にも敬語で接し、相手によって態度を切り替えない。伊藤さんが学生時代から続けてきた形
伊藤さんはここで、敬語は「スタンス」というより「距離の取り方」なのではないかと言い直します。井上さんは、距離というよりも、相手との関係性の種類を調整しているのではないかと返します。
(距離を)取るっていうか調整してるって感じで。決してコミュニケーションを取りたくないとかっていうタイプではないので。
敬語は自分を守る「ちょっと待って」だった?
伊藤さんが関係性の調整を選んできた理由について、井上さんは防衛だったのか、何か出来事があったのかを尋ねます。伊藤さんが挙げたのは、子どもの頃から、いきなり距離が近い人に違和感を覚えていたという記憶でした。
まだ子供だったし、その感覚がわかってないから、自分で自分の感情みたいなのを整理できてないんで。
伊藤さんにとって心地よいのは、自分の主導で少しずつ近づいていくコミュニケーションです。ずっと距離を置いておきたいわけではありません。井上さんがそれを「ちょっと待って、ちょっと待って」という感覚だと言い表すと、伊藤さんはそのとおりだと応じます。
今でも伊藤さんの近くには距離感の近い人がいて、仲良くなることもあるそうです。その場合も調整はしていて、その手段の1つが敬語なのだと伊藤さんは話します。遊びに誘われても、行くときは行き、断るときは断るという線の引き方も、昔から変わらないといいます。
いきなり距離を詰められると、子どもの頃は言葉にできない違和感があった
自分の主導で、ある距離感から徐々に近づいていく。その調整の手段の1つが敬語
流されることを嫌った子ども時代と「お前はどう思うんだ?」
井上さんは、防衛が必要だったのは、伊藤さんの中に揺らいではいけない何かがあったからではないかと問いかけます。伊藤さんは、こだわりは思いつかないとしつつ、小さい頃から「立ち位置」をとても意識していたと答えます。
クラスのみんなが左って言うじゃないですか。(それで)左に行くのが嫌でした。右に、右に行ってました、一人だけ。
伊藤さんは、別に右に行きたかったわけではないと付け加えます。一度立ち止まって、左か右かを自分でちゃんと考えたかった。流されるのがすごく嫌いだったことが、小さい頃からの立ち位置の原点でした。
井上さんはこの感覚を「反発ではなく、留保させてくれという態度」と受け止め、子どもの頃にそれが芽生えた理由を尋ねます。伊藤さんが思い出したのは、父親からいつも言われていた言葉でした。
テレビの何かがあったら「お前はどう思うんだ?」って。息が抜けない、あの、食卓だったんですよ。
伊藤さんの家では、楽しかったことを親に報告するときに「みんなが」と言うと、ひどく怒られたといいます。井上さんは、テレビのニュースを小さくしたものがクラスであり、自分で考える習慣が家庭で育てられていたのではないかと見立てます。
井上さんは、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ ── Facebook(現Meta)の共同創業者でCEO。ハーバード大学在学中の2004年にFacebookを立ち上げたことで知られますの親も「みんな持ってるから」という理由では物を買い与えず、本人がやりたい理由を話したものには投資したという話を紹介します。伊藤さんは「親のアプローチは近かったかもしれないけど、アウトプットの結果が違った」と笑って返します。
組織に「飲み込まれない」関わり方はどこから来たのか
伊藤さんは株式会社あんこを作る前、写真や制作の仕事をしたり、子会社の社長を務めたりと、さまざまなキャリアを歩んできました。井上さんは、伊藤さんが組織や経営者との関わり方の距離感をとても気にしていると感じています。
たとえば井上さんの会社のメンバーや役員になる可能性を話したときも、伊藤さんは「それはやらないほうがいいと思います」と答えたといいます。伊藤さんは、これも立ち位置を意識した結果かもしれないと話します。
会社拡大するから入ってよとかって言われたら、なんかすごく飲み込まれていくじゃないですか。
伊藤さんにとっては、外部パートナーとして距離を保ち、客観的に見ながらサポートするほうが、良い関係を作りやすいといいます。井上さんが「そのほうが伊藤さん自身もいいパフォーマンスが出て、相手にとってもいい」とまとめると、伊藤さんは、自分には人に囲われるとアレルギーが出る性質があると認めます。
社会構造と合わない人は、どう生き抜いてきたのか
井上さんは、伊藤さんのような人は今の社会構造の中では生きにくいのではないかと問いかけます。すでにある波に乗るほうが、お金を稼ぐうえでは近道だからです。
「ちょっと考えるから待って」という生き方は、今の社会のスピード感に乗りにくい。距離の取り方を守りながら食べていくには、普通の人が身につけなくてもいい力をつける必要があるはずだ、というのが井上さんの見立てでした。
伊藤さんは20代半ばから会社員として働き始め、31歳でフリーランスになるまで、5年で8社ほど転職したといいます。働いている間は評価もされ、社長と飲みに行くこともありましたが、1年ほど経つと組織の「正解」とされるレールに違和感が出てきたそうです。
でも会社を変えても、変えても結果同じ結果が出るんで、「あ、僕が悪いんだ」って思ってフリーランスになったっていうのがフリーランスになった理由なんですよね。
伊藤さんがどうしてもできなかったのは、毎日同じ場所に決まった時間に行くことでした。その日の仕事内容を考えて「行かなくていい」「自分はここに必要ない」と、自分で判断してしまうのだといいます。
遅刻する人、意味を考えてしまう人に残された2つの道
井上さんは、自分のチームのメンバーともよく話しているという考えを紹介します。遅刻する人やミーティングで話せない人がいても、それ自体は構わないと井上さんは考えています。
ただし、自分では正しいと思っていても、周りからは「遅刻するやつ」「ノルマを達成できないやつ」と見られるかもしれません。その環境で生きていくための道は、大きく分けて2つしかないといいます。
遅刻はしないようにするなど、わかりやすく行動を変えて相手の信頼を得る
変えられない部分はそのままに、そこ以外で存分に価値を出す。井上さんいわく「いばらの道」
井上さん自身は、完全に後者だったといいます。お金がない時期も、信頼や理解を得られない時期もあったものの、別のやり方で結果を残し、力をつけるしかなかったそうです。
井上さんは、意味を考えてしまう人の中にも、別の力をつけられる人とつけられない人がいて、今は前者が限りなく少ないと感じています。若い世代が「若い奴は」と片づけられる一方で、考えすぎて頭でっかちになり、別の方法を探すところまで行けない人も見てきたといいます。
だからこそ井上さんは、別の力や別の方法を見つけるしかなかった伊藤さんに、「よく生きてきたな」「どうやってきたんだろう」という関心を向けます。
開き直りとディズニーランドが変えたもの
伊藤さんは、29歳ごろに「問題は自分なんだ」と気づいたとき、むしろ潔く開き直れたといいます。それまでは外的な要因ばかりに目が向いていましたが、あとは自分が磨いていくだけだと思えたそうです。
他者は関係なかったんです、僕の中で。
ただ、2008年ごろに独立した当初は、当てにしていた仕事が入らず、半年ほど無収入が続きました。リーマンショックの影響なのか、自分の思い違いなのかはわからないといいます。
転機になったのは、6月ごろに妻からかけられた「そんなに暇ならディズニーランド行かない?」という一言でした。それまで斜に構えていて行ったことがなかったディズニーランドが、めちゃくちゃ楽しかったそうです。
そこでなんか、さらに開き直ったんですよ。
そこから伊藤さんは、デザインを主軸にした営業先を考え直します。選んだのは、デザインが苦手そうな会社でした。UIの相談が来るエンジニアの会社や、営業に強いけれどデザインは弱そうな会社など、300社ほどをリストアップしてテレアポしたといいます。
無収入の半年
2008年ごろに独立したが、当てにしていた仕事が入らない
ディズニーランド
妻の誘いで初めて行き、楽しさからさらに開き直る
営業リスト
デザインが苦手そうな会社を中心に300社ほどリストアップ
テレアポ
営業をかけ、その後5年ほどは楽しくて仕方ない時期が続く
意味を問う若者に、伊藤さんならどう声をかけるのか
井上さんは、ディズニーランドのように自分が開き直れる刺激に触れられるかどうかが大事だと感じます。そのうえで、能力がないまま「なぜ出社するのか」「なぜこの仕事をするのか」と言っている若者が目の前にいたら、伊藤さんなら何と声をかけるかを尋ねます。
伊藤さんは難しい質問だとしたうえで、まずは相手の「社会不適合の度合い」を見ると答えます。自分は度合いが高かったと思う一方で、会社勤めがそこそこできるのに、少し嫌だからという理由で独立したい人もいるからです。
だからまず何か言葉をかけるというより、まずヒアリングするっていうか。
伊藤さんは、相手がどんな人で、極端に言えばどのくらいの闇を抱えているのかを、じっと観察するところから入るといいます。井上さんが、人の話を聞いて一緒に考えることに興味があるのかと尋ねると、伊藤さんは、まず人に対する興味があり、相手の話をずっと聞いているタイプだと答えます。
井上さんは、伊藤さんが社会に適合できない中で身につけた距離の取り方や、企業との関係性の作り方を、生きていくための術だと捉えています。今の時代にこそ必要な考え方であり、もっと多くの人に共有してほしいと伝えますが、伊藤さんは「全く言語化できてないですけどね」と返します。
教室の一番後ろの席から見ていたもの
伊藤さんは、学生時代に立ち位置を確保したかった理由を振り返ります。今思えば、クラスをどうすればより良く運営できるかを考えていたのだといいます。
席は必ず一番後ろに僕は座るようにしてて。
井上さんが「監督だ」と反応すると、伊藤さんは、社会不適合だからと自由にやっていると思われがちでも、自分は社会にそっぽを向いているわけではないと話します。
子どもの頃の伊藤さんにとって、クラスが社会でした。みんなの状態をしっかり見たい、この人は調子が悪そうだと気づく。そうした観察を、ずっと続けていたそうです。
井上さんは、人には環境によって合ったポジションがあり、それを見つけるための距離の取り方や観察の仕方があるのではないかとまとめます。伊藤さんは、みんなを一括りにして進むことに違和感があったのだと応じ、それは社会人になっても同じだと話します。
外部パートナーとして組織を整える視点
井上さんは、伊藤さんが企業と仕事をするときも、チームの状況や関わる人の立ち位置を意識しているのではないかと尋ねます。伊藤さんは、意識していると思うと答えます。
長く関わる企業で、外部パートナーでありながら半分中の人のような状態になると、打ち合わせで気になったことを伝えることもあるといいます。井上さんはその姿を「外部の人事」「外部の監督」のようだと表現します。
(クライアントの会議で、経営層と開発部の話し合いが)営業部にとって不利な状況になったりとかするじゃないですか。その時に調整かけたりとか、なんかしますね。
伊藤さんは営業部とも別に会議をしていて関係があるため、その場にいない部署の立場も踏まえて調整をかけるのだといいます。客観的に見られる距離を保ちながら、組織全体を見ているわけです。
チームのリフレクションに伊藤さんが関心を持つ理由
井上さんは今、伊藤さんにチームのリフレクションのサービスなどについて相談しています。伊藤さんがAIを起点にした事業を手がけながら、なぜその分野に関心を持つのか、ようやくわかってきたといいます。
入り口が何であれ、伊藤さんの関心はチームや組織の中にいい循環をどう生むかにあるのではないか。井上さんは、その関心が学生時代の距離感の取り方やクラスの観察とすべてつながっていると感じたと話します。
学生時代
誰にでも敬語を使い、教室の一番後ろからクラス全体を観察する
会社員時代
組織に飲み込まれることへの違和感から、5年で8社ほど転職する
外部パートナー
距離を保ちながら、部署間の調整などで組織を見る
現在
チームのリフレクションなど、組織にいい循環を生む仕組みに関心を持つ
井上さんは、だからこそ伊藤さんには「AIの便利屋さん」でいてほしくないと伝えます。伊藤さんは、井上さんが作ろうとしているものが、学生時代からモヤモヤしながら「社会にないから、あったらいいのに」と思っていたものに見えたと話します。
僕もじゃあそこは何かしら自分の力を使いたいなと思ったっていうのが最初の多分きっかけではありますね。
これに井上さんが「じゃあいっぱい売ってください。僕売るの苦手なんで」と返し、伊藤さんが「売るんですね」と笑うやり取りで、シリーズ1本目の対話は締めくくられました。
まとめ
株式会社あんこの伊藤羊平さんの葛藤と動機をたどると、誰にでも敬語を使う習慣、流されずに一度立ち止まる姿勢、組織に飲み込まれない距離の取り方が、一本の線でつながっていることが見えてきます。その線の先に、チームや組織にいい循環を生む仕組みへの関心があります。
- 伊藤さんの敬語は、序列への抵抗感と、自分の主導で少しずつ距離を縮めるための調整の手段だった
- 「お前はどう思うんだ?」と問われ続けた家庭環境が、流されずに自分で考える姿勢を育てた可能性がある
- 5年で8社の転職を経て「問題は自分だ」と開き直ったことが、フリーランスとして動き出すきっかけになった
- 外部パートナーとして距離を保ちつつ組織全体を見る姿勢は、教室の一番後ろからクラスを観察していた頃から続いている
- チームのリフレクションへの関心は、学生時代から抱えてきた違和感とつながっている





