番組の始まりと、井上拓美さんの歩み
この番組「思考旅行」の起点はVoicyでした。井上さんは八、九年ほど前にもVoicyで番組を開設しましたが、当時は続かなかったと振り返ります。
井上さんは高校卒業後、十八歳で飲食店を開業し、二年半経営して売却しました。その後、東京でITスタートアップを立ち上げますが、うまくいかず会社をたたみます。
出資してくれた会社に入社したものの一ヶ月ほどで辞め、株式会社ミッケを創業しました。もうすぐ丸十年になるといいます。
ミッケでは、寝てシャワーを浴びて食事も無料というコワーキングスペース「chatbase」の運営、ホテルや教育プログラム、メディア、老舗銭湯のブランディング、廃ビルの再生など、幅広い取り組みを続けてきました。
去年からは長野県小諸市に拠点を移し、宿泊施設や、地域の人とつながりたいという思いから再解釈したおやき屋さんも運営しています。
そうした活動の中で井上さんが大切にしてきたのは、何かを始める「手前」の時間だといいます。
何かを取り組んだり、何か始めたりする時って、始めることも大事だし、取り組むこともすごく大事なんですけど、やっぱりその手前の前提を理解していくこととか、振り返ること、今僕らどんな状況なんだっけ、みんなどういう気持ちなんだっけ、っていうことを考えていくことがすごく大切だなと思ってて。
完全にゼロから始めることはあまりなく、すでにあるものをどう解釈し直すかが、次へ向かう力になるという考え方です。この「まだこれって何だっけ」と言えるふわっとした時間を大切に使うこと。それが番組を始めた背景でもあると話されています。
あえて「思考旅行しながら」話すという試み
川上さんは、思考旅行を真正面から「それって何ですか」と聞くのではなく、体験してみようと提案します。
せっかくなので体験してみるというか、思考旅行とは何かについて、思考旅行しながら話してみるっていうのがいいんじゃないかな、どうかなって。
井上さんはこの提案を面白がり、「それが思考旅行とも言える」と応じます。まず、思考旅行というテーマから少しだけ距離を取ってみることから対話が始まりました。
考えることが好きになった原点
川上さんは、井上さんがもともと考えることが好きだったのかを尋ねます。答えは意外なものでした。
高校三年生、卒業する前までって、なんか別に考えることが楽しいとか、そういうことを思ったことは一つもなくて。
当時は探究学習のような機会もなく、自己分析や内省という行為そのものを知らなかったと言います。勉強も好きではなく、考えることへの関心はゼロだったと振り返ります。
転機は飲食店を始めてからでした。知識も経験もゼロの中でお店を開き、生き死にがかかった状況に置かれます。
生きていくために考えるじゃないですか。生きてくためのことを。
オープン初月の売上はゼロ。井上さんは人の話を聞きに行き、経営の本を読んでは試すことを繰り返しました。たまにうまくいく瞬間の楽しさが、考えることへの入り口になったと話します。
もう一つ大きかったのが、ITベンチャー時代の先輩の存在でした。「何かを言ってるようで何も言ってない」「考えるのをサボるな」と厳しく言われながら、考え方そのものを教わったといいます。
考えることそのものを変えるだけで、また全然違うものが見えてくるとか、なんかそういう楽しみを徐々に覚えてきた。
他者と話すことで生まれる気づき
井上さんがベンチャー時代に叩き込まれたのは、物事の「親子関係」を整理する考え方でした。
たとえば「Voicyで配信する」と決まったとき、いきなり具体的なアイデアを出し合うのではなく、「誰のために何のために配信したいのか」という前提を先に考える。すると出てくるアイデアが変わってくるといいます。
この整理ができるようになってから、他者と話すことが楽しくなったと井上さんは言います。それまでは、人と話すと話が散らばる感覚があったそうです。
人と話すと、人と考えていくと、進まない、決まらない、なんならちょっと喧嘩になる、みたいな。個人の感想をぶつけ合うみたいな。
どんな前提を共有した上で話すのかを整えるだけで、それぞれから出てくるものが変わる。前提が共有できると、自分が想像していなかった新しい気づきが生まれると話します。
だからこそ、雑談も一律ではないといいます。どんな人と、どんな場で、どんな前提を共有するかで、考えることが楽しくなる雑談にもなれば、そうでなくなる雑談にもなると考えています。
雑談が生まれる場のあり方
井上さんは、雑談そのものよりも「どんな場なら面白い雑談ができるか」を考えていると話します。物理的な条件も大きいといいます。
僕とエイトでカフェで膝を突き合わせて対面で喋るのと、ドライブしながらお互い同じ方向を見て顔を合わせることなく喋るのとでは、不思議なもんで、後者のドライブ中の会話の方が話しやすかったりする。
相手の反応を気にしすぎずに話せる環境が、会話のしやすさを左右するという見立てです。
価値観についても独自の見方を示します。人は一つの価値観を持つのではなく、いくつもの価値観を併せ持っていると考えます。
だとすれば、価値観が合わない人と決めつけるのではなく、合う部分から話が始められる状況を作れば、その人とも盛り上がれるかもしれない。どこでどう出会い、どんな話をするかで雑談はどうにでもなっていける、というのが井上さんの探求テーマです。
雑談と思考旅行、そして「旅」の重なり
川上さんは、雑談のあり方と思考旅行がどう重なるのかを問います。井上さんは重なると答えます。
そういう雑談が生まれる状況や環境、流れ、お題、なんかそういうものをいろんな形で考えていける場を、思考旅行と呼びたいと思っていて。
そうした時間が、個人の生活の中にも、企業や仕事の中にも、さらには街という単位で暮らす人たちの間にも増えたらいい、と井上さんは語ります。
「旅」というあり方についても話が広がります。旅に行くと環境も視点も気持ちも変わる。同じ人同士でも、東京で出会うのと旅先で出会うのとでは、つながり方が変わるといいます。
日本人二人が出会った時に、アメリカで出会うのと日本とでは全然違ってくる。もっと大げさに言うと、地球人が火星で出会えば、地球人同士っていうので仲良くなれちゃうんじゃないか。
読書も同じだと続けます。十年前に読んだ本と十年後に読んだ本では、その人自身が変化しているから感じ方が変わる。その変化そのものも思考旅行だと話されています。
考えることを楽しめるようになるには
川上さんは、考えることをどうすれば楽しめるようになるのかを尋ねます。井上さんは、思考旅行的な時間を通じた成功体験の実感が大事だと答えます。
たとえば「カフェよりドライブの方が話しやすい」と気づくこと。お腹が空くとストレスを感じやすい、朝食を抜いた方が調子がいい、といった自分の状態への気づきもそうです。しかもそれは五年後には変わっているかもしれません。
自分や他者の「いい状態」を、環境や仕組み、行動を通じて探っていく。その結果が気づきや関係性の変化として返ってくると、楽しくなってくるといいます。
組織でも同じで、月に一度の振り返りの場を設け、繰り返すほど「筋力」がついてくる感覚だと表現します。
試しながら実践して、気づいては振り返って、またやってみて変えてみて、っていうことを日常の中で繰り返していく。繰り返していくほど筋力がついてくるみたいな感覚。
思考旅行の「逆」から見えてくるもの
川上さんは、思考旅行の逆にあたる行動や態度をイメージできるかと問います。井上さんはいくつかの例を挙げます。
一つは、イライラの理由を探らずに感情のまま出してしまうこと。井上さんは、どうしたらご機嫌になれるかを自分や他者の力を借りて考えるようにしているといいます。
もう一つは組織の例です。SNS広告の施策がうまくいかなかったとき、その理由を分けて考えずに、翌年はまったく別の施策に切り替えてしまうこと。
SNSの広告がうまくいかなかったのか、広告の打ち方が違ったのか、そもそも媒体が間違ってたのか、ターゲットが間違ってたのか。どこが反省点だったのかを共有し合うことなく次の施策に移っちゃうと、ただお金を流しちゃっただけになっちゃう。
人材育成も同じで、「育たないから切る」ではなく、なぜ育たないのかを組織側やビジネスモデルの問題まで含めて考える。つながっているものを縦割りで分け、短絡的に判断してやめてしまうことを、井上さんは思考旅行ができていない状態だと感じています。
促すでもなく、一緒に考える
川上さんは、学生や井上さんに悩みを相談しに来た人にどんなスタンスで向き合うのかを尋ねます。
自分だけが考えるでもなく、相手が考えられるように促すでもなく、ただ一緒に考えるっていう感じのスタンスかもしれない。
井上さんは、その人の中にある悩みやモヤモヤを、その人だけのものとは捉えていないといいます。チームメイトが体調を崩せば自分たちも困る。だからそれは「どっちの問題でもある」と考えます。
そのうえで、どうすれば一緒にいい形にできるのかを探す。相手が変わることもあれば、自分たちがアプローチすることもある。そのための方法を一緒に探すアプローチが多いと話されています。
初回を終えて。思考旅行という番組のこれから
一通り話し終えて、井上さんは「すごく思考旅行でした」と手応えを口にします。冒頭で川上さんが提案した「ど真ん中から聞かない」進め方も、思考旅行的な技術の一つだと振り返ります。
一見関係なさそうなところから迂回して、気づいたら問題にまた帰ってくる。企業とかだったら「それ何のアジェンダですか」ってなっちゃうんだけど、その話にならないといいよね。
井上さんは、この番組自体が「思考旅行とは何か」を探索し続ける活動であり、そのプロセスそのものが思考旅行になっていくだろうと話します。
聴いている人にとっても、その時間が思考旅行になり、それぞれの中に新しい気づきが見出されていくといい。そんな思いを込めて、初回は締めくくられました。
まとめ
初回は「思考旅行とは何か」を、あえて定義せず対話しながら探る回でした。井上さんにとって思考旅行とは、何かを始める手前の前提を考える時間であり、雑談や旅や読書のように、環境や関係性の変化を通じて新しい気づきが生まれる場のことです。
- 思考旅行とは、何かを始める「手前」の、まだ言葉になる前のふわっとした時間を大切に使うこと。
- 井上さんが考えることを好きになった原点は、飲食店経営という生き死にのかかった実践と、考え方そのものを教えてくれた先輩の存在にある。
- どんな人と、どんな場で、どんな前提を共有して話すかによって、雑談は考えることが楽しくなる時間にもなる。
- 試す、気づく、振り返る、また変えるを繰り返すほど、考える「筋力」がついてくる。
- 相談への向き合い方は、促すでも自分だけが考えるでもなく、「一緒に考える」ことにある。
