「仕事のやり方」が教えてもらえないのはなぜか
そもそものきっかけは、若い方から届いたある疑問でした。
「仕事のやり方ってなぜ教えてもらえないのか」というものです。ツールの操作や社内ルールは研修で教わったけれど、資料をどの順番で考えるのか、打ち合わせで何をメモすべきかといった頭の動かし方は、誰も教えてくれない。聞くと「見て覚えて」と言われる、と。
これは会社の怠慢なのか、それとも本当に教えられない種類のものなのか。僕の答えは、両方あるかな、というところです。
ツールの操作や社内ルールは、言語化しやすいところですよね。「どこにファイルを置いてる」とか「このツールはこうやって使う」とか。
でも「資料をどの順番で考えるか」みたいなものは、経験者によっても順番が統一できないし、その人のスタイルによっても違う。いわゆる暗黙知で、なかなか言語化しにくいんです。
もう一つあるのが、教育コストの話です。暗黙知になっているものを言語化するのは、誰かがどこかでやらなきゃいけない未来への投資なんですけど、直接お金を生むわけじゃない。
しかも、ノウハウを持っている人が必ずしも言語化が得意とは限らないんですよね。言語化は苦手だけどノウハウはすごい、という人もいる。だから全部を言語化するのは、なかなか難しいところなんです。
マニュアル化できるのは「型」だけ
そもそもすべてのマニュアルが、教科書にできるかというと、僕はできないと思っています。なぜなら時代でどんどん変わっていってしまうからです。
たとえば同じお客さんが去年300万で何かしたいと言うのと、今年300万で何かしたいと言うのとでは、世の中の事情が変わっているかもしれない。コロナの時なら良かったけど今はやらない、みたいな話もありますよね。何が大事かも変わってしまうわけです。
マニュアル化できるのって、結局「型」なんですよ。その型をどう崩すか、どう破るかは、経験を積んでやっていくしかない部分だと思います。
前に『X』でつぶやいたことがあるんですけど、「マニュアル化なぜしないのだ、学校だって教科書があるじゃないか」という話があって。でも裏を返すと、教科書があるのに、なぜ生徒は全員100点を取れないのかという話になるんですよね。
結局、その個人がマニュアルにどう向き合っているか、というところが最後に出てくる。だから自分の型は自分で作らなきゃいけないし、精度をマニュアルだけで100点まで持っていくのは、多分不可能なんだと思います。
「見て覚えて」を待たずに、こっちから聞きに行く
じゃあどうすればいいか。「見て覚えて」と言われたときに、ただ見続けて待つのをやめて、こっちから質問を投げましょう、というのが僕の答えです。
たとえば「なぜこの順番で資料を作ったんですか」とか、「さっきの打ち合わせ、僕はここをメモしたんですけど、これはどうですか」とか。「押さえておいた方がいいところがあれば教えてください」とかね。
これはマニュアルじゃなくて、先輩が暗黙知としてやっている判断基準を聞いているわけです。「俺だったらあの部長のセリフは後で質問が来るからメモしてたよ」みたいな答えが返ってくるかもしれない。
「なぜあなたはそう判断したのか」を自分なりに聞いて、言語化してもらう。これが大事なんじゃないかと思います。
だから教えられない種類、というより、降りてこない種類なのかもしれません。言語化できる人が聞かれていないだけ、という場合もあるので。言語化が上手だと思う先輩には、もうガンガン聞きに行った方がいいですよ。
デザイン仕様が公開される時代の「参考」と「抜き取り」
さて、ここからがもう一つの話です。冒頭のデザインギャラリーサイトの件ですね。
「参考にするのと抜き取るのは違うはずなのに、その線引きが曖昧になった」という声があったんですが、正直に言うと、これはちょっと違うんです。
参考にするのと抜き取るのは、今に始まったことじゃないんですよ。むしろウェブはそれがしやすい。HTMLを見ればわかるし、CSSもJavaScriptもダウンロードできますよね。レンダリングされているものは、1994年や1995年の頃から見ようと思えば全部見れたんです。
僕もHTMLを学び始めた1994年頃は、ソースを見てメモ帳にコピペして、自分で書き換えて、っていう模写をずっとやってました。本当にもう30年ぐらいですね。
『Google』のマテリアルデザインとか、『Apple』のヒューマンインターフェイスガイドラインも、仕様書として公開されてますよね。だからAIで何が変わったかというと、AIがめんどくさい手間を全部削ってくれただけなんです。
今まで、読み解いて模倣する作業に時間と技術力がめちゃくちゃかかっていた。だからみんなそんなことをやらなかっただけなんですよね。
だから曖昧になったんじゃなくて、今まで手間に守られていた境界線が、手間がなくなったことで初めて可視化された、というのが今だと思います。
数値の裏にある「なぜ」を逆算できるか
じゃあデザイナーは何を学ぶべきか。配色やフォント、行間といった表面上の数値は、正直どっちでもいいかなと思っています。
もちろん黄金比とか、人が美しいと感じるセオリーを学ぶのは大事ですよ。僕も色彩検定を受けたことがありますし。
でも、それ以上に大事なのは、その数値に至った理由です。なぜその企業はこの配色がいいと思ったのか、なぜこの行間にしたのか。そこですね。
同業や競合がいる中で、なぜそのデザインでブランドポジションが作れたのか。ユーザーリサーチをどうやったのか。社内でボツになった案もきっとあると思うんですけど、そういう僕らには見えない過程の部分をどう逆算できるか、だと思います。
答えはわからないですよ。もしメルカリの方にセミナーで会うことがあれば聞いてみたらいい。でも仮説を立てて、自分の次の案件にその文脈を最適化する。それができるかどうかなんです。
数値だけをコピーしていったら、参考資料がないと何も作れない人ができてくるだけだと思います。
これは僕がウェブディレクター育成講座でもよく言っているんですけど、企画脳を作るには世の中の目に映ったもの全部に突っ込んでくれ、と。「なんでやねん」と突っ込んでくれ、ってね。
人間が作ったものには必ず誰かの意図があるんです。使いやすいか使いにくいかは別として、その形になるまでには意図が明確にある。「なんでこうなってんねん」と仮説を立てられるか、ということです。
実は僕自身、2000年代前半に、インタラクションデザインだけを追いかけてしまった時期があるんですよ。使う人のための体験があるのに、この動きがかっこよさそうだから、と手段と目的が入れ替わってしまって。その時期は本当にデザインが通らなかったんです。
なぜそのデザインになったのか。この問いは、クリエイティブに関わる全員に必要なことだと思います。表面上のことじゃないところを汲み取れるようになれば、きっと素敵なデザイナーさんになっていただけるんじゃないかなと思っています。
まとめ
仕事のやり方が教えられないのは、暗黙知が言語化されていないから。そしてデザイン仕様が丸見えになった今こそ、数値の裏にある「なぜ」を仮説として立てられる力が問われるんだと思います。
- マニュアル化できるのは「型」だけで、精度を100点にするのは個人の向き合い方次第
- 「見て覚えて」を待たず、先輩の判断基準をこっちから聞いて言語化してもらう
- デザインの参考と抜き取りの境界は、AIが手間を消したことで可視化されただけ
- 学ぶべきは配色や行間の数値ではなく、そこに至った理由を逆算する仮説力





