同い年ゆえの距離感と、「真面目な自分」をどう見せるか
この回は、井上拓美さんがホストを務めるPodcast『思考旅行』の第5回です。ゲストは愛媛県の佐川印刷株式会社で後継ぎを務める佐川央晃(てるあき)さんで、今回のテーマは「葛藤と動機の源泉」です。
冒頭、井上さんは「葛藤と動機の源泉」「移動と発見」「失敗と再生」「百年後に残したいこと」という4つのテーマを起点に、経営者の独り言から未来に残したいヒントを探す番組だと説明します。
佐川さんは自己紹介で、現在は父が経営する印刷会社に勤め、世間でいう後継ぎの立場で、営業を主に経営全般を実務で学んでいると語ります。
井上さんはこの真面目な自己紹介を受けて、いきなり「佐川さんって真面目なんですか?」と変わった質問を投げかけます。同い年どうしなのに、友達のようなノリで仕事ができていない気がしているという疑問からでした。
佐川さんなんかもうちょっと同い年だし、なんか友達みたいなノリで仕事しない?みたいな気持ちでいるんですよ。
常に真面目なんですけど、おちゃらけた自分を見せれた方が、思いっきりこっちに一回振った方が、その間をもっと見せれるかな。
佐川さんは、松山と長野で物理的に離れているため直接会う機会が少ないことを「遠恋みたいな」と表現します。半年ほど前に一度、愛媛で家族を交えて寿司を食べたのが唯一だといいます。
井上さんも、家族で行く出張より一人で行くときのほうが相手と仲良くなれると認め、自分のダメな部分も見せられる出会い方の大切さに触れます。
一人で行く時の方が仲良くなってますね。やっぱ感覚的には。
読めない名前「央晃」に隠された、祖父の激怒
井上さんは次に、佐川さんの下の名前「輝明」の読み方の話へと移ります。中央の「央」に日曜日の日と光る光を組み合わせた字で、井上さんは最初どうしても読めなかったといいます。
中央の央が(てる)って読めないんですよ。なのでこれもうほんと無理やり当て字をしていて。
佐川さんによると、この漢字だけを見て名前を言い当てられたことは一度もないそうです。「晃」は祖父の名前から取った字で、「央」は画数などを見てお寺の住職がつけたと聞いています。
井上さんは、自分の「拓美」という名前には「自分で開拓していく」といった由来があると話し、佐川さんにも名前の由来と今の生き方のつながりを尋ねます。しかし佐川さんは、名前のおかげと感じることはないと答えます。
話は佐川家における祖父の存在感へと広がります。祖父は会社を大きく成長させた二代目で、佐川さんの兄の名前に自分の名前が入っていなかったとき、激しく怒ったといいます。
(親が兄の名前を決めた時に)自分の名前が入ってないことにもう激怒したらしく。十年に一度見る激怒みたいな。
その反動もあって、末っ子の佐川さんの名前に祖父の「晃」の字が入ることになったと語られます。それほどまでに、祖父の影響力は佐川家において大きかったといいます。
宇和島の小さな町から始まった、祖父の「野心」と「安全第一」
続いて、二代目である祖父が佐川印刷にどんな存在だったかが語られます。祖父は愛媛県宇和島市の吉田町という小さな町で印刷業を始めた人物でした。
佐川さんは、祖父を文学リテラシーが非常に高い人物だと表現します。文学や歴史を広めたいという思いが強く、自社の印刷設備を使って宇和島の歴史書や文学書を自ら出版していたといいます。
(祖父は)かなり文学的な方だったので、印刷業をこうしながら、こう宇和島の歴史書とかを結構作ったりするような人で。
印刷業の面でも、祖父は県外や海外にも足を運んで勉強し、活版印刷から写植、電算写植、DTPへとデジタル化を進めていったといいます。今の会社のデジタルの核となる技術基盤を築いた人物だと佐川さんは語ります。
一方で、佐川さん自身にとっての祖父は、松山から会いに行く「遊んでもらったおじいちゃん」でした。経営者としての姿は想像がつかず、会社に入ってから写真などを通じて初めて知っていったといいます。
遊んでもらったっていうおじいちゃんっていう記憶しかないですね。なんか経営者としてのじいちゃんっていうのは全く想像つかないです。
祖父は名古屋大学まで進学しており、宇和島の吉田町から松山に出るのにも汽車で何時間もかかった時代に名古屋まで行くのは大きな挑戦だったと佐川さんは振り返ります。
設備選びでも、祖父は価格だけでなく安全性を重視し、当時としては非常に高い投資となるドイツ製の印刷機を、現物を見て導入したと伝えられています。印刷業が「3K」と言われた時代の判断でした。
安全性が高いんだっていうことを現物を見て決めたって聞いてるんで。すごい現地現物思考でもあるし。
継いだつもりのないイズムが続いている、という不思議
井上さんは、名前を継いだ佐川さんが大事にしたい自分自身のアイデンティティと、祖父のイズムが色濃く残る佐川印刷のアイデンティティが、どこで重なり、どこで葛藤になるのかを尋ねます。
佐川さんは、祖父の言葉がまとまって残っているわけではないため想像の世界だと前置きしつつ、会社としての大きな志を常に感じると語ります。小さな吉田町の印刷会社が、今は愛媛県全域の仕事をするまでになったことに、祖父の野心を見ています。
さらに佐川さんは、祖父から代々、単なる技術志向・成長志向ではなく、社員の安全や健康に強く気を配ってきたと教えられてきたといいます。そのイズムは純粋に引き継いでいきたいと話します。
井上さんは、こうした話から不思議さを感じ始めます。佐川さん自身は海外の事例に触れ、前職でインバウンド系の会社に勤めるなど、四国という島にとどまらない視点を体で得ようとしている点が、祖父の姿勢と重なるからです。
そのイズム、なんか継いでるはずじゃないのにちゃんと続いてる感。不思議じゃないですか。
佐川さんは、「印刷を通じて地域社会に貢献する」という言葉が父も祖父も使っていた佐川印刷イズムだと明かします。地域の文化を残すことにコミットする祖父を見て育った父、その父を見て育った自分、という連なりがあるといいます。
デジタル化の時代に、あえて「物理」へ戻る理由
井上さんは、祖父の時代と佐川さんの時代で決定的に違うのはデジタル化だと指摘します。祖父の時代は行かないと分からなかったが、今は行かなくても見られ、知れる環境が整っています。
それでも佐川さんは身体的に「行く」ことを選び、デジタル化を進めてきた印刷会社でありながら、段ボールのテーブルを作るなど、あえて物理の領域に向かおうとしているように見えると井上さんは語ります。
そこから井上さんは一つの仮説を投げかけます。デジタル化で誰もが知った気になれる時代だからこそ、「本当に知っているのか」という意識が佐川さんにはあるのではないか、というものです。
遠くのものを見に行くのって、お金もかかるし、時間もかかるし、ちょっとリスクもあるし、ちょっと何なら不安もある。
(自分が一度やっちゃうと)他の人にもそれくらいやんないとって思っちゃってる自分がいるのかもしれないです。
佐川さんは、一度インターネットを超えた物理的な体験を味わうと、それを自分のスタンダードにしてしまうと認めます。かっこいいことは何もないが、本心としてあるかもしれないと語ります。
井上さんは、会社を存続させる上でウェブサイトや映像の制作は大切だと前置きしつつ、それでも印刷機を回すことへの佐川さんのこだわりを強く感じると話します。身体性が感じにくいものを作ることへの、ある種の問い直しがあるのではないかと踏み込みます。
もしかしたらそういう自分でも無意識的に感じている佐川印刷らしい仕事っていうものに若干自分が引っ張られている可能性は確かにあるなと思いますね。
デジタルを物理に戻す会社、というアイデア
ここから対話は具体的なアイデア出しへと移ります。井上さんは、佐川印刷がクライアントのウェブサイトを作るなら、そのウェブサイトを紙にしたものまでセットで納品してはどうかと提案します。
佐川さんも、ウェブサイトのデザインを見るとき、縦に伸びるデザインを見て「あ、ページだな」と感じることがあると応じます。動きやスクロールを前提とするはずのサイトが、静止した紙面のように見える瞬間があるといいます。
井上さんは、自身のPodcast『思考旅行』を書籍にしたいという構想を例に挙げます。録音した音声をAIで文字起こしし、記事として編集して書籍向けのコンテンツにするといった流れは、以前より圧倒的にスピードが上がっていると語ります。
そこから、LINEマンガのようなデジタル漫画を紙の本にしたり、Podcastを書籍にしたり、ウェブサイトを会社パンフレットにしたりと、デジタルのものを物理へ変換していく方向が面白いと盛り上がります。
デジタルのものをひたすら物理にしまくってる佐川印刷みたいな。だからデジタルも紙もどっちもやれるっていう。
佐川さんは、これをさらに一歩進めたアイデアを口にします。物理として残っている祖父の言葉や古い書物、写真を、一度デジタルに置き換え、そこから出てきたものを現代風に再びアナログへ戻すという構想です。
物理で古い書物として残っていたら、それを一度デジタルに置き換えて出てきたことを再アナログにさせる。
二人は、こうした作業自体が会社のカルチャーやDNA、評価軸になっていく可能性を語ります。読まなくなった記録をデジタライズし、AIに読み込ませ、それをネタに社内Podcastで話し、さらに編集してコンテンツにする、という循環のイメージです。
物理の記録
祖父の言葉・古い書物・写真など、読まれなくなった資産を集める
デジタル化
スキャンやAI学習で、テキスト・データとして扱える形にする
編集・再構築
抽出したキーワードや文脈をもとに、現代風に編集し直す
再アナログ化
書籍やパンフレットなど、触れられる物理の形にして届ける
井上さんは、これは会社に限らず、地域や小さなお店、さらには個人の自分史にも応用できると広げます。亡くなる前の祖父母にインタビューして自分史を残す事業の例にも触れ、いろいろな単位で実現できそうだと語ります。
20年続くフリーペーパーと、営業装置としての「物理」
佐川さんは、自社の強みが生きそうな例として、20年ほど続けている地域の魚を紹介するフリーペーパーを挙げます。今どき珍しく書き続けており、毎月魚が変わる企画だといいます。
地域の魚を紹介するフリーペーパーを書き続けてるんですよ。なんかそういう、胆力があるんですよ、ずっと続く。
そのフリーペーパーには、漁港や漁師、料亭それぞれの思いが込められており、ライティングや取材で培ったものが別の発信の仕方にも生きるはずだと佐川さんは語ります。
井上さんは、営業装置としての物理の強さを具体的に語ります。ウェブサイトを作る過程で得たクライアントの考え方や取材内容は、そのまま紙にできるプロセスであり、それを「作ってみたんですけど」と持っていける点に価値があるといいます。
「作ってみたんですけど」って言って持ってってみたくないですか、一回。いや、すごい営業装置になると思うんですよ、佐川印刷としての。
さらに井上さんは、「配れる」ことの強さを指摘します。ウェブサイトを見てくださいと言われるより、中身を本にまとめ、読み物として価値あるコンテンツも入れて渡されたほうが嬉しい、というのです。
営業っていう手段で見た時にどっちの方が正しいですかって話なんですね、多分。
佐川さんの根っこにある「身体性」と、動機の源泉
対話の終盤、井上さんは「葛藤と動機の源泉」というテーマに立ち返り、この日感じたことをまとめます。佐川さんを表す言葉として、身体性や物理がすごくしっくりくるといいます。
井上さんは、佐川さんは単に情報を共有するより、一緒に見て、触れて、感じてほしいというこだわりがあるのではないかと投げかけます。佐川さんはそれを強く肯定します。
見てるもの、景色を、僕なりにはこういう言葉にして表現できますが、(相手が)見る一次情報は僕の経験と、また僕の言葉とは違う表現の仕方をするだろうなと思うと、僕が説明することがすごくノイズだなと思う。
だからこそ、自分の思いを説明するより、その人が同じ景色を見て何を発するかのほうにワクワクすると佐川さんは語ります。ここに、身体性へのこだわりの核がありました。
井上さんは、佐川印刷は情報を伝える会社というより、どこかに誰かを連れていくためのチケットを作る会社に近いのではないかと表現します。伝えるのではなく、人が動いてしまう入り口を作る、という捉え方です。
佐川さんは、この感覚の原体験が前職のインバウンド旅行業にあると明かします。海外の人が日本で何を感じ、自国に戻ってどう変わるのか、それを自分の知る土地で起こせたら嬉しい、というのが本当にやりたかったことだといいます。
海外の人が日本に来て、何を感じ、何を得て、自国に戻ってどう変わるのかみたいなところとかが。欲を言えば、それがなんか自分のあまり知らない土地ではなく、この知ってる土地でそれが起きたらさらに嬉しい。
井上さんは、佐川さんが外で見てきた景色を地域に実装するには、方法は大きく2つしかないと整理します。人をそこへ連れていくか、見てきたものをこの土地に作るか、というものです。
人を実際にその場所へ行かせ、自分の目で見て触れて感じてもらう
見てきたものを地元で再現・翻訳し、触れられる物理として実装する
佐川さんは、SNSで写真を拡散しても本質的には満たされないと語ります。写真だけでは足りず、リアルではないと感じるためで、大事なのは相手を連れていけているかどうかだといいます。
この絵だけじゃ足りないんだよっていう。これリアルじゃねえんだよと。
「この土地に作る」ほうについて、佐川さんは単に向こうのものを持ってくるのではなく、創造的に翻訳したいと語ります。アメリカと愛媛の掛け算で生まれる融合が理想だといいます。
井上さんは、佐川さんの目に映った時点でアメリカと愛媛はすでに融合していると指摘します。だから物理に落とすには、向こうのものをそのまま持ってくるのではなく、佐川さんの頭の中で融合した景色を実装しなければならない、とまとめます。
最後に井上さんは、佐川印刷は「どこかに誰かを連れていくための何か」と「そこに誰かが触れられる何か」を作る会社だと整理し、それをいい言葉で言えるようになりたいと語ります。佐川さんも、そういう言葉にたくさん出会いたいと応じ、収録を聞き直して自分の言葉の中からヒントを探すことを約束しました。
まとめ
祖父の名前も、祖父が築いたイズムも「継いだつもりはない」と語る佐川さんですが、対話を通じて、身体で見に行き、物理として届けるという姿勢が、確かに祖父から続いていることが浮かび上がりました。デジタル全盛の時代だからこそ、あえて物理と身体性にこだわる動機の源泉が語られた回です。
- 佐川印刷の祖父は、宇和島の小さな町から県外・海外まで足を運んで学び、安全を重視してドイツ製の印刷機を現物を見て導入した「現地現物思考」の経営者だった
- 「印刷を通じて地域社会に貢献する」というイズムは祖父・父・佐川さんへと受け継がれ、継いだつもりのないまま続いている
- デジタル化が進む今だからこそ、「本当に知っているのか」を問い、身体で見に行き、物理として残すことに佐川さんはこだわっている
- デジタルのものを物理へ、物理をデジタルへ往復させる循環は、営業装置にも会社のカルチャーにもなりうる
- 佐川さんの動機の源泉は、情報を伝えることより、人を動かし、同じ景色を見た相手が何を発するかにワクワクする点にある






