「どうせやるならちゃんとやらなきゃ」というストップ
前回のざたんは、「私起点の一撃でいい」という話をしました。大きなことではなく、目の前の困っている一人に向けたアプローチでいい、という内容です。
ところが、こうした話をしていると、特に学校の先生と話すときに、また別のストップが出てくるといいます。
こんなことを話していると、また別のストップをかけるやつが出てくるんですね。それが何かと言いますと、どうせやるならちゃんとやらなきゃっていう。
やると決めたら準備を始めて、準備運動のままずっと過ぎていく。「いつやるんですか」と聞かれても「まだ準備が」と返してしまう。完璧に仕上げようとして、なかなか出せない状態です。
のざたんは、これを教育者の「あるある」だと話します。そして厄介なのは、この完璧主義が自分の中だけで止まらないことです。
まず出してみる——生成AIに予定を入れる小さな試し
そこで最近ののざたんは、まずやってみる方がいいと考えているといいます。プロトタイプの状態でいいから、まず出す。まずやってみることが大事だという発想です。
その具体例が、生成AIに自分の予定をカレンダーへ入れてもらう、という毎日の作業です。予定が決まるたびに、生成AIに「この予定を押さえておいて」と頼んでいきます。
最初は仕組みから作ろうとも考えたものの、まずは「これでできる?」と何度も試してみたそうです。すると「これでうまくいくんだ」とわかってきました。
いろいろ仕組みで作ろうかなと思ったんだけど、やってみたらいいんじゃない?みたいな。何回かやってみてたら、これでうまくいくんだみたいな。
繰り返すうちに、伝え方の工夫も見えてきました。フォーマットだけ決めておけば、その通りに入れてくれる。メモ欄にこう残しておいてと頼めば、ちゃんとできるようになる。これは、やる前にはわからなかった気づきだといいます。
小さく始めたから気づけたこと
のざたんは、これは小さく始めたからこそ気づけたことだと振り返ります。困っていたのは、Googleカレンダーを何度も開いて予定を入れる手間でした。
だから形は粗くていいから、とにかく予定を入れてもらう。それを繰り返すうちに、自分でもできるようになり、仕事も早く進んで効率が良くなっていったといいます。
効率が良くなると余裕が出て、頭の中がすっきりする。同時に予定も見えるようになり、抜けにも気づけるようになったそうです。
さらに、頭の中にあるものが外に出て置けるようになると、解像度が上がり、肩の力も抜けると話します。
プロトタイプ的なものが具体的に見えるようになってくると、ああでもないこうでもないが言いやすくなるって言ったらいいですかね。
思っていたのと違うことも起こる。けれどそれでいい、本質は変わっていない、というのがのざたんの受け止め方です。
授業づくりも同じ——想定はする、想定外は受け入れる
この考え方は、授業づくりも同じだといいます。子どもへのアプローチとなると慎重になり、時間をかけがちで、完璧になるまで出せないことが多いからです。
ただし、想定そのものは大事だとのざたんは強調します。こう組み立てたらこうなるだろう、という想像はしっかりする。そのうえで、やってみると想定外が起こる、という前提を置くのです。
ここでのざたんは、ある教育者の言葉を紹介します。
一生懸命に準備をして、こういう育ちをしてほしいというところまで落とし込んで、結果全然違うことが起こるぐらいが一番いいのだと。
想定していたからこそ、ズレがわかる。「あれ?」となれる。その瞬間に、やってみて初めて気づいたことを受け入れている自分がいる、という流れです。
完璧に仕上げてから出すと、思考回数が減る
のざたんは、完璧に仕上げてからやろうとすると、試行回数を減らしてしまうと指摘します。一回で終わらせたい、という気持ちが働くからです。
一回で終わらせたくなり、試行回数が減る。想定の範囲の中でしか終わらず、窮屈になりやすい
試行回数を回せる。やって気づき、改善する中で、本当に届けたい場所への別の道が見えてくる
少しでいいから出してみて、やってみて気づき、改善してブラッシュアップする。その繰り返しの中で、目的に届くための別の道が見えてくるといいます。
想定通りに進むのは気持ちいい。けれど、それは想定の範囲の中でしか終わらない。のざたんは、そこには知らず知らずのうちに強制している面があり、窮屈になると話します。
どうせズレる——「想定外が正常」という受け取り方
のざたんは、我が子に対しても同じことが起きると言います。こう育ってほしいという強い思いで描くほど、想像通りにしようとしてしまう。
その結果、親は強制し、子どもは萎縮していく。それがいいものだとは思えない、というのがのざたんの考えです。
どうせずれるんですよっていう。必ずずれるのであると。想定しないことがいっぱい起こるのであると。
だからこそ、「思い通りにいかない」と思うよりも、「想定外が起きていて、これが正常なのだ」と受け取るのがいい、とのざたんは話します。
ただし、何も考えずに行き当たりばったりでやるのとは違います。想定はしていい。そのほうが、いろんな気づきにつながるからです。
想定して想定通りにするっていうのも窮屈すぎてしんどくなる一方だなと思うので、想定はしてみていいと思います。それがずれてて、ああずれたんだね、という。
ズレたら悔しさや苦しさも出てくる。それでも、「そこまで思いが至っていなかったんだな」というくらいの緩やかな気持ちで考えていく。それがちょうどゆとりでいい、とのざたんは締めくくりました。
まとめ
完璧主義は自分の中で止まらず、子どもにもうつってしまう。のざたんは、生成AIで予定を入れる小さな試しを例に、粗くても出して回数を回すことの効きめを語りました。想定はしたうえで、ズレを「正常」として受け取る。それくらいのゆとりがちょうどいい、という回です。
- 「どうせやるならちゃんとやらなきゃ」は、準備運動のまま止まる原因になる
- 完璧主義は自分だけでなく、子どもにも「その状態でやるの?」とうつってしまう
- 仕組みから作らず、粗くても出して回数を回すと、やる前には見えなかった道に気づける
- 想定はする。そのうえで想定外が起こることを「正常」として受け入れる
- ズレたら「そこまで思いが至っていなかったんだな」くらいの緩やかさでいい




