老害になりたくない人は、すごく多い
4、5十代の先輩方とか同世代の人で、「老害になりたくない」と言っている人が本当に多いんですよね。
理由もわかります。自分たちが年上の人から抵抗勢力的に反対されたり、「これ既存の事業どうすんの?」と言われたりして、痛い目に遭ってきた感覚があるんだと思います。
たとえばインターネットが出てきたときに「そんなの来ねえよ」と言われた、みたいな体験ですね。
だから自分はそうならないでおこう、と。若者がいたら応援するし、否定しないし、昔話もしない。そういうことを気をつけている人が多いです。
ただ、それがいいのか悪いのかは、正直よくわからないと思っているんです。
どうせ老人になったら、わからない
というのも、老人になると若い人がやってることは、どうせわからないんですよね。
僕は昔、IT系の経営者はみんな新しいものが好きで技術が好きでキャッチアップが早い人たちなんだろうなと思っていました。
でも今見ると、そうではなかったなと思います。若かっただけなんですよね。同世代と比べて新しいものを取り入れるのが早かっただけで。
IT業界のレジェンドたちが100人ぐらい集まる新年会で、その年に流行ったもので『すいちゃん』というVTuberの話が出たとき、ほとんどの人が知らなかったんです。「誰?」みたいな感じで。
ショート動画を見ている人もそんなにいなかったし、Web3とかもあまりわからない。そういうことが結構起きています。
同世代のちょっと下でいうと、箕輪さんはSNSの対応がめちゃくちゃ早くてSNSで大ブレイクした編集者ですけど、その方が「AIにはついていけてない」と言っていて、そういうのあるよねと思いました。
つまり、新しいものが得意な人がIT業界で有名になったわけじゃなくて、たまたま若かっただけなんですよね。
「倒しやすい老害」がちょうどいい
じゃあどうせわからないなら、むしろ戦うべき敵としてちゃんと君臨していたほうがいいんじゃないか。そんな仮説を、昨日深井さんにぶつけてみたんです。
そこで出てきた結論の1つが、割合が大事だよね、ということでした。
100人中80人が老害だと、数の論理でマジで潰されてしまう。理想は3割ぐらいが老害で、7割ぐらいが理解がある、みたいなバランスですね。
誰も老害がいなかったら、ぬるぬるっといってしまうので逆に良くない、というのもありそうです。
僕の意見として出たのは、老害なんだけど比較的倒しやすいっていうのが一番いいんじゃないか、ということでした。
マジで勝ってしまうと、たとえばイギリスの赤旗法が有名なんですけど、車を運転するときに旗で誘導する人をつけなきゃいけないという、めちゃくちゃなルールがあったらしいんです。
当たり前ですけど、運転してるのに旗を振る人がいたら超邪魔だし意味がない。その結果、イギリスは車産業が全然育たなくて、ドイツみたいなところに負けて、いまだに尾を引いているとも言えるわけです。
そこまで老害が強いと、こういうことが起きてしまう。でも、馬車業界に反対されたけど、反発した若者がエネルギーを持って頑張った結果すごく変わった、みたいな状態のほうが理想なんじゃないかなと最近は思っています。
一番良くないのは、わかった気になっている人
一番良くないのは、「自分は若者のことをわかっていて理解しているよね、だから自分は老害じゃないよね」と思っている老人なんじゃないかと思いました。
僕ももう、20代のセンスとか全然わからないです。でも、わからなくていいと思うんですよね。
わかる人がやったほうがいいので、そういう人たちが活躍しやすい場を作ることが大事なんです。
自分が老害かどうかよりも、若い人が活躍しやすい状況とは何かを考えたほうがいい。いまはそう思っています。
せっかくいい話だったのに録画し忘れたのは本当にもったいなかったですが、こうして書けたのでよしとします。
まとめ
老害にならないよう気をつけることより、若い人が活躍しやすい場を作るほうが大事だと思っています。老害は割合が大事で、倒しやすいぐらいの存在ならむしろあったほうがいいのかもしれません。
- 老人になれば若者のやることはどうせわからない。新しいものが得意だったのはたまたま若かっただけ
- 老害は100人中80人だと潰されるが、3割ぐらいなら世代交代の刺激になる
- 一番良くないのは「自分は理解している、老害じゃない」と思い込んでいる人
- 自分が老害かどうかより、わかる人が活躍しやすい場を作るほうを考えたい





