春の4強がなぜ夏に姿を消したのか
この番組は、朝日新聞の記者が野球の魅力を語る新シリーズです。第108回全国高校野球選手権を、大会を取材した2人の記者が振り返ります。
話し手は、高校野球取材4年目で高校野球班キャップの室田賢記者、そして大谷翔平選手が高校3年生だった2012年から取材を続けてきた山口史朗記者です。今年から現場に戻った山口記者は、久しぶりの現場での取材を振り返ります。
いやいや、やっぱり現場がいいなと思いましたね。
記者たちがまず注目したのは、春の選抜大会で上位に残った4強が、いずれも夏の地方大会で敗退したことでした。4強とは、大阪桐蔭、奈良の智弁学園、千葉の専大松戸、そして愛知の中京大中京です。室田記者によると、4強が夏に1校も甲子園に出られないのは約32年ぶりの珍しい事態だといいます。
この点について、優勝前の智弁和歌山・中谷監督が語った「選抜に出るチームの難しさ」が紹介されました。
春に選抜大会に出るっていうのが決まってくると、どうしても冬の間に3月の選抜大会にピークを合わせるようなチーム作りをしてしまって。
(選抜が終わると)一回こう選抜大会終わると、ちょっと切れてしまうじゃないですけど、もう一度チームを作らないといけない。
もう一つの要因として、中谷監督は選抜でフルメンバーの映像やデータが残ることを挙げました。対戦相手にとっては、そのチームを徹底的に対策できる材料になるため、一点突破で勝ち上がる余地が生まれるといいます。
「波乱」という言葉に感じる違和感
春の4強敗退を、山口記者は安易に「波乱」と呼ぶことに違和感があると話します。理由は、野球という競技そのものの確率の低さにあります。
野球ってすごく確率の低いスポーツで、3割バッターがすごいって言われる時代。
山口記者は、打率2割の打者でも10打席あれば2本ヒットを打つと説明します。3割打者との差はわずか1本で、その1本がチャンスの場面で出るかどうか、いい当たりが正面をつくかどうかで結果が変わってしまうといいます。
特に今年は春の選抜大会の時点で力の差がない代だったため、紙一重のところでゲームの結果が動き、世の中的には波乱に見えたのだろうと山口記者は解釈します。
大阪桐蔭については、大阪大会の開幕直前に、選抜の優勝投手だった川本投手が怪我でベンチを外れたことが、戦略面と選手の精神面の両方に影響した可能性を挙げました。
番組では、優勝予想の難しさも話題になりました。室田記者は、みんなが予想する学校とは違う名前を出したくなると語りつつ、結局何が起きるかわからない点こそ高校野球の面白さだと話します。
大体こう予想が外れた時だけ言われるんですよ。当たっても何も言われないんですけど。
1試合で化ける高校生の成長スピード
記者たちが繰り返し強調したのが、高校生の成長スピードです。3年間、厳密には約2年半のうちに、同じ選手が別人のように変わることがあるといいます。
3ヶ月前と違わない?みたいな。急成長するんで。
室田記者は、地方大会が終わってから本大会が開幕するまでの2週間足らずの間にも選手が伸びると話します。1試合の経験で急に成長する選手を、指導者から何度も聞いてきたといいます。
1試合で成長するって言いますしね。
この「弱いと言われた代が伸びる」という現象は、後半で健大高崎の話へとつながっていきます。
一球で甲子園の空気を変えた織田の156キロ
横浜高校の戦いぶりについて、山口記者は春の時点ではまだチームが伸び悩んでいる印象だったと振り返ります。神奈川大会の4回戦で東海大相模に勝ったあたりから安定感と勢いが出てきたといいます。
この横浜の象徴が、大会屈指の右腕・織田投手でした。日南学園戦で織田投手が156キロを記録し、ノーアウト満塁を切り抜けた場面を、2人の記者は甲子園の空気が一変した瞬間として語ります。
(日南学園に)宮崎の学校が勝つんじゃないかみたいな雰囲気が、なんとなくわかるんですよね、甲子園の。
ベンチから颯爽と走って出てきて、バシンバシンと156キロやった時はもう「うおー」ってなって、一気に観客の視線が織田投手の球の方に変わっていく瞬間を体感したんで。
山口記者が驚いたのは、織田投手がその空気の変化を意識して投げていたという点でした。試合後の取材で、一球で雰囲気を変えることを意識していたと語ったといいます。
ノーアウト満塁でいったら、ちょっと焦ったりするもんだと思うんですよ、力んだりとか。
(織田投手は)自分がどういうピッチングしたら球場の雰囲気が変わるんだっていうところまで冷静に見ながら投げてた。
さらに山口記者が優勝を確信したのは、織田投手がこのピンチを抑えた直後にすぐブルペンへ向かったことでした。試合後、6回は勢いで抑えたため、7回以降も勢いだけでいくと良くないと考え、ブルペンで自分の投球を整えていたと語ったといいます。
それを聞いて優勝だなと思ったです。普通の高校生じゃないなと思いましたね。
智弁和歌山の打力を支えたパワーと体づくり
その織田投手に、準決勝で打ち勝ったのが智弁和歌山でした。楠本選手が織田投手の152キロを本塁打にした場面について、山口記者は甲子園史上初めて150キロ以上のボールを本塁打にしたと紹介します。
背中に巻き付くかのような、めちゃくちゃフルスイングでしたもんね。確信歩きして。
智弁和歌山は和歌山大会からずっと苦しい試合が続いていましたが、準々決勝の仙台育英戦で打線が一気に目覚めて11点を取り、最高の状態で横浜と対戦できたと山口記者は指摘します。
だからここがやっぱりこの大会のあやじゃないですけど。(状態が上がらないまま織田君と対戦してたら)やられてたかもしれない。
智弁和歌山の打力の背景について、室田記者は低反発バットへの対応を挙げます。2年前の低反発バット導入で大きな当たりが出にくくなり、多くのチームが苦しむなか、智弁和歌山は体づくりで答えを出したといいます。
飛ばないバットだったら体を飛ばいで飛べるように体にしちゃえばいいじゃんっていう、ものすごく単純な、わかりやすい答え。
室田記者によると、智弁和歌山の選手たちはたくさん食べ、運動し、よく寝ることで体を大きくしたといいます。その象徴が平均体重で、山口記者は高校野球で平均体重を出したのは初めてかもしれないと語りました。
山口記者は、単なる体重増ではなく、脂肪を除いた除脂肪体重が重要だと補足します。栄養バランスを考えながら練習を重ね、それがいい筋肉と体重増につながったと説明しました。
室田記者によると、選手同士で打球速度や筋肉量をランキング形式で月1回公表し、競争意識を持たせていたといいます。それがモチベーションの維持につながり、ピークが甲子園に来たと話します。
体格の話に関連して、山口記者はソフトバンクの山川選手の言葉を紹介しました。
(山川選手は)「大谷選手は長さで飛ばすから、僕は重さで飛ばします」っていうことを言ってた。
最弱世代と言われた健大高崎が決勝まで勝ち上がれた理由
もう片方の山を勝ち上がったのが、初の決勝進出となった健大高崎です。今年の健大高崎は「弱い」「谷間の世代」と言われ続けた代でした。
山口記者によると、この代の3年生は入学以来群馬で負けたことがなかったものの、秋の県大会の準々決勝で初めて敗れ、大きなショックを受けたといいます。キャプテンの石田雄星選手と、副キャプテンでキャッチャーの大岩選手が中心となり、一冬でチームが一気に成長しました。
山口記者は、そもそも甲子園で勝ち上がるのは「強い」と言われた代より「弱い」と言われた代のほうが多い印象だと語ります。例として、大阪桐蔭が春夏連覇した2012年の藤浪投手の代も、新チームのスタート時は弱いと言われていたと挙げました。
強い弱いを、印象としては中学生の時の実績で決めてるんですよ。この代は弱いとか。
その中3の時点での力差なんていうのは、高校2年半あればあっという間にひっくり返せる。
自分たちが弱いと自覚している代のほうが一生懸命練習し、ハングリー精神も強いため、結果的に一気に伸びるのだろうと山口記者は分析します。実際、春に初めて健大高崎を見たときは「どこが弱いのか」と思ったのに、選手たちは口々に「弱い」と言っていたといいます。
自由な寮が育てる自己責任と自立
健大高崎の強さを語るうえで、記者たちが注目したのが独特の寮生活です。室田記者が山口記者と共同で取材した記事によると、寮のルールは驚くほど少ないといいます。
室田記者によると、外食も友達との外出も自由で、朝練もなく、部屋では携帯も使え、お菓子やカップラーメンも食べているといいます。門限やスリッパを揃えるといった最低限の決まりはあるものの、一般的な寮の厳しいイメージとは大きく異なります。
自由でこんだけ気持ちが緩まないのかなって思っちゃったんですけど。
室田記者は、自由だからこそ、何かしないと周りに置いていかれるという意識が働くのではないかと解釈します。練習するかしないかは自分次第で、置いていかれたくない選手が自ら奮い立つ力を備えているといいます。
山口記者も、強制された練習は終わればそれまでだが、自分の判断で考えてやる練習は身につくものが違うと補足します。
何かを強制されてたら、それが終わればもう自由だみたいになるけど。(自分の判断でやるから)同じ1時間の練習でも身につくものが違ってくる。
一方で、記者たちはこの方針が指導者にとっては勇気のいる決断であることも指摘します。自由にすると選手が何をするかわからず、大人はつい規律で縛りたくなるからです。
楽っていうかね、(ルールを)作らない不安みたいのがある。
山口記者によると、この自由な方針はコロナ禍を機に始まったといいます。それ以前は多くのルールがありましたが、最初にルールを外した代のキャプテンや選手が良く、その良さが先輩から後輩へ伝統としてつながっていったと説明します。
石田キャプテンと大岩の役割分担
今年のキャプテンについて、室田記者は西田優征選手を挙げ、去年秋の取材時とは別人のように引き締まっていたと振り返ります。
そして決勝の8回、一時逆転となる2ランを放ったのがキャプテンの石田雄星選手でした。1対2とリードされた場面での逆転本塁打に、室田記者はこの瞬間に健大高崎の優勝を確信しかけたといいます。
打った瞬間、「これ入ったらやばいよ」って思ったら、そのまま逆転ホームランになったんで。
悩んで苦しんだ健大高崎が、最後キャプテンの一発で全てここに凝縮されたと思っちゃいましたね。
山口記者は、この本塁打の重みをさらに深く受け止めていました。石田選手は6月ごろに右手首を骨折し、群馬大会の開幕には間に合わず、準々決勝からスタメンに復帰した状態だったからです。
右手首に負担のかからない打ち方みたいなのを模索しながら、この夏を戦っていた。
石田選手のキャプテン像について、山口記者は「プレーで引っ張るタイプ」だと語ります。1年生からレギュラーで圧倒的な力を持つ一方、本人は周りに強く言えないことを自分の短所だと自覚していたといいます。
その役割を補ったのが、キャッチャーの大岩選手でした。嫌われ役を買って出て、きついことでもどんどん言っていくことを自覚してやっていたといいます。
大会中もライトのベースカバーが遅れたりしたら、すぐ大岩君が「ああいうとこで負けるんだぞ」みたいなことを言ってきてた。
室田記者は、大岩選手の熱さと言葉の力がチームを一枚岩にしたと語ります。夏のメンバー発表でベンチ入りできなかった3年生の思いを、メンバー外の選手たちが受け止めた場面が紹介されました。
(メンバー外の子たちが)「こいつらのために俺たち何でもやってやるから」って気になったらしい。
メンバー外の選手が支える見えない絆
岸上MCは、テレビで映るのは背番号のある20人だが、その裏には多くのメンバー外の選手がいることに触れます。少し前まで同じ場所で練習していた仲間が、アルプススタンドで応援しているのが高校野球だと語ります。
室田記者は、メンバー外の選手たちが練習補助として甲子園で果たす具体的な役割を紹介しました。対戦相手のピッチャーの映像を研究し、投げ方を真似て仮想投手を務めるのだといいます。
右投げの子は相手ピッチャーの右投げの子の真似をして投げるんですよ。投げ方を真似して。
試合でヒットが出た背景には、練習でその投手のイメージを持たせてくれた選手がいると室田記者は説明します。縁の下の力持ちがチームを支えていると話しました。
石田キャプテンには、7歳下の妹・サラさんがいます。山口記者によると、サラさんは石田選手が小学6年生のときに急性リンパ性白血病にかかり、2年ほど抗がん剤治療を続けた時期があったといいます。
妹のそういう病気と闘う姿を見てたら、自分がこんなところでへこたれたらダメだみたいな感じで。
妹は現在、治療の甲斐もあって寛解状態で元気に小学校へ通えるようになっているといいます。石田選手は、この夏にかっこいい兄の姿を見せることを目標の一つにしていました。
被災地から来た有明高校の躍動する足の野球
健大高崎に準々決勝で敗れたのが、春夏通じて初出場の熊本・有明高校でした。熊本地震の影響で、バスで福岡へ移動してから甲子園入りするなど、移動にも苦労があったといいます。
記者たちが強調したのは、有明高校が被災地の代表という空気だけで勝ったわけではないという点です。特に走塁のスピーディーさが観客を魅了したといいます。
その空気だけで勝ったわけじゃなくて。有明高校のすごいスピーディーな野球というか、躍動感のあるプレーに観客が魅了されて。
室田記者は、1番セカンドの永田選手を挙げ、球場を味方につけることを狙って走っていたと語ります。相手投手の癖を研究し尽くし、難しいとされる三塁への盗塁を100%決めていたといいます。
ピッチャーが2回こっち見たらもう牽制ないからっていうのも、地方大会の映像も全部見て研究して、癖も破って。
有明高校は3試合連続で、しかも終盤の逆転勝ちを重ねていました。室田記者は、足でかき回す野球が球場を盛り上げ、仲間を鼓舞していたと分析します。
足でかき回すっていうのは、より球場が盛り上がる感じがするというか。
岸上MCは、盗塁は打者が打たなくてもランナーが進む点で、見る側にとっても特別な魅力があると話しました。
高校野球で異例のビデオ判定はどう機能したか
その有明高校と健大高崎の準々決勝は、タイブレークでのサヨナラ決着となり、最後はビデオ検証による判定が絡みました。今年から高校野球にビデオ判定が導入されたことも、記者たちの話題になりました。
室田記者は、審判の負担の大きさを指摘します。高校野球の審判は普段は会社員や公務員として働き、限られた時間で見慣れない映像を確認し、大観衆の前で説明しなければならないからです。
これをさらにマイクの立って4万人とかの前で説明しなきゃいけない。自分がもし審判だったら、できるかっていうと大変ですよね。
今大会のビデオ検証は全体で17件あり、判定が変わったのは6件でした。室田記者によると、この割合はプロ野球の審判が語る年間の変更率とほぼ同じ水準だといいます。
見る側にとっても、判定が覆る場面には納得感があると記者たちは話します。室田記者によると、選手や監督からはほとんど好意的な意見が寄せられたといいます。
選手たちが「アウトだと思ったけど、映像見たらセーフだった。映像見てすっきりしました」って言った選手もいますし。
山口記者は、初めてビデオ検証で判定が覆り、勝敗に直結した白樺学園対東日大昌平の試合を紹介します。セカンド牽制がアウトからセーフに変わり、直後に決勝タイムリーが生まれました。
その試合で投げていた白樺学園の後藤投手が、恨み言を言わず前向きに受け止めていたことを山口記者は評価します。
(ビデオ検証を待つ間は難しかったと言いつつ)大学とか社会人プロを目指す上ではすごいいい勉強になりました。
当該の二塁塁審への取材では、あと一歩ずれていれば見えていたかもしれないという言葉があったといいます。山口記者は、ビデオ判定が審判にとっても技術向上の気づきの機会になっていると解釈します。
岸上MCは、高校野球では試合を早く進めがちだが、判定のように時間をかけるべきところはきちんとかけるべきだと感じたと述べました。
決勝を象徴した6人ずつの継投と複数投手育成
決勝は智弁和歌山と健大高崎の対戦となりました。山口記者が新しい傾向として注目したのは、両校が使った投手の人数です。
山口記者によると、両校とも大会で6人の投手を登板させ、決勝でも互いに3人ずつの継投を見せました。これまで最も多くても5人だったといい、日本高野連が30年以上呼びかけてきた複数投手の育成がはっきり形になった決勝だったと語ります。
1人のエースにかかる負担が減ったことは、過去の投球数との比較でも明確です。山口記者が具体的な数字を挙げました。
| 投手 | 大会・年 | 総投球数 |
|---|---|---|
| 松坂投手 | 横浜 | 767球 |
| 斎藤佑樹投手 | 早稲田実業・2006年 | 948球 |
| 脇投手 | 智弁和歌山・今年 | 290球 |
| 石垣投手 | 健大高崎・今年 | 約300球台 |
山口記者は、今年の優勝投手の投球数が松坂投手らの半分以下だと指摘します。試合数の差はあるものの、1人にかかる負担は確実に減ったといえます。
室田記者は、複数投手を作ること自体はできても、大人がそれを実際に使えるかが難しいと語ります。勝ちを優先してエースに投げさせたくなる指導者は多いからです。
(エースに)いけるかって聞いたら「いける」って言うんですよね。
その難しさについて、山口記者は智弁和歌山の中谷監督の言葉を紹介します。エースが投げるかどうかは、打線の心理にも影響するというのです。
エースが投げてる安心感で打線が打てる。エースが投げてないから今日は自分たちが点を取らなきゃいけないっていう不安とか焦りで、逆に打線が力んで点が取れない。
それでも一人の投手に負担をかけないため、監督が勇気を持って決断する必要があると山口記者は説明します。今大会は両校の監督がそれをやりきったと評価します。
室田記者は、控え投手を普段の公式戦から大事な場面で起用してきたことが両校の強みだと指摘します。健大高崎が3回戦で1年生の大橋投手を先発させた例を挙げ、勝利と育成を両立させる決断力の重要性を語りました。
三振した側が勝つ、決勝8回裏の心のあや
決勝の8回、石田選手の逆転2ランで健大高崎が初めてリードしましたが、その裏に智弁和歌山が同点・逆転を果たします。記者たちは、この回を勝負を分けた心のあやとして詳しく振り返りました。
室田記者によると、健大高崎のマウンドにいた2年生左腕の北田投手は「このまま勝つ流れだ」と感じていた一方、智弁和歌山の選手たちは全く動じていなかったといいます。
(智弁和歌山は)「いけるやんな、いけるやんな」みたいなこと言ってて。
北田投手は先頭打者に死球を与えてしまいます。その後、織田投手から本塁打を打った楠本選手が、バントを2球失敗しながらも低めのボール球を引っ張ってセンター前へ運びました。
その後、代打のキャプテンが送りバントを決め、1死二三塁の場面で川原選手がスクイズを試みます。1球ファウルにして緊張で顔がこわばった川原選手は、仲間に鼓舞されて泣きそうになったといいます。
(川原選手がベンチに戻ったら)「もう顔死んでるやんけ」みたいな。「緊張しすぎやろ」みたいな。「いけるいける」みたいな。
試合中断のあと、川原選手はすぐスクイズを決めて同点に追いつきます。さらに智弁和歌山の応援曲「ジョックロック」が鳴り響くなか、健大高崎の投手が捕手のサインとは違う球を投げて暴投となり、これが決勝点になりました。
室田記者は、大観衆の前で平常心を保つ難しさに触れつつ、智弁和歌山が動じなかったことを称賛します。
この心の動きの背景として、室田記者は苦しんで勝ち上がってきた経験と、仙台育英戦でピークを持ってこられた巡り合わせを挙げます。どちらが勝ってもおかしくない紙一重の試合だったと語ります。
岸上MCは、記録上の不思議さを指摘しました。健大高崎の硬さについて、隙を見せまいとする意識が先頭打者への死球につながったと分析します。
「隙を見せちゃいけないんだ」っていうのがちょっとした硬さになる。
さらに、勝ち越し点が生まれた場面は智弁和歌山の記録上は三振でした。楠本選手のバント失敗が結果的にセンター前ヒットにつながり、空振り三振した側に得点が入って勝つという展開になったのです。
一つ一つの勝負を切り取っただけだと、「え、これどっちが勝ったの?」みたいな記録になる。でも勝敗は逆に出る。
山口記者は、フィルダースチョイスの場面でも同じ心理が働いたと補足します。一塁でアウトを取れば同点で終わっていたかもしれませんが、投手が前のめりになりすぎて本塁にしか投げられなかったといいます。
ほんの一瞬の何かの普段との変化で、勝敗にまで影響してしまうというか。怖いですよね。
悔しさを糧にする選手たちと高校野球という文化
智弁和歌山が5年ぶり4回目の優勝で幕を閉じた大会でしたが、記者たちの視線は敗れた選手たちのその後にも向けられます。
岸上MCは、健大高崎の2年生・神崎選手を取材した経緯を紹介します。ドラフト候補と目される好ショートですが、決勝は4打数ノーヒットでエラーも一つあり、取材に来る記者はいなかったといいます。
「自分の力が出せませんでした」と。このままだと上の世界で通用しないと思ったってことを言ってて。
岸上MCは、この全国の舞台で味わった悔しさが、新チームでの成長にどうつながるかを楽しみにしていると語ります。
室田記者は、メジャーへ渡った村上宗隆選手も高校1年時に夏の1回戦で敗退していた例などを挙げ、高校野球で悔しく終わった選手たちのその後を追い続けたいと話します。
最後に、番組冒頭で現場復帰の喜びを語った山口記者が、取材の姿勢の変化を明かしました。若い頃は好きな選手を追うだけだったのが、今は野球への恩返しを考えるようになったといいます。
山口記者は、単に勝った負けただけではない、文化としての高校野球の魅力を伝えていきたいと語りました。高校野球の取材は、負けた選手たちの成長を追い続ける限り終わらないというのが、この回の結びとなりました。
まとめ
第108回大会は、織田投手の156キロに象徴される横浜の力を智弁和歌山の打力が上回り、決勝では選手たちの心のあやが勝敗を分けました。番組では、勝敗の記録だけでは見えない選手の心理、投手起用の変化、そして敗者のその後にまで目を向けて、高校野球の奥深さが語られました。
- 智弁和歌山は低反発バット対策として体づくりに取り組み、平均体重83キロというパワーで織田投手に打ち勝った
- 決勝は智弁和歌山・健大高崎ともに6人の投手を起用し、複数投手育成が形になった大会だった
- 決勝8回裏は、隙を見せまいとする健大高崎の硬さと、動じない智弁和歌山の心理差が勝敗を分けた
- 今年から導入されたビデオ判定は、選手・指導者から好意的に受け止められ、審判の技術向上の機会にもなった
- 記者たちは勝敗だけでなく、敗れた選手のその後と、文化としての高校野球の魅力を追い続けたいと語った





