和食に続く「100年フード」という制度
日本の和食文化は、フランス料理や地中海料理と同じように、2013年12月にユネスコ無形文化遺産へ登録されました。
一方で、歴史が古い食文化は文化財として認められても、比較的近代に生まれた食文化は文化財として保護されてきませんでした。
そうした近代以降の食文化も含めて認定するために、文化庁が2021年に始めたのが「100年フード」という制度です。
最近、三重県の津ぎょうざがこの100年フードに認定されました。今回はこれまでに認定された餃子文化を紹介していきます。
100年フード認定の3つの要件
100年フードに認定されるには、3つの要件を満たす必要があると小野寺さんは説明します。
さらに100年フードには3つの部門が設定されています。江戸時代から続く「伝統」、明治大正に生まれた「近代」、そして昭和以降に生まれ100年続くことを目指す「未来」の部門です。
今回紹介する餃子文化はいずれも戦後に生まれたものなので、「未来の100年フード部門」にあたります。
餃子の都・宇都宮餃子の始まり
これまで100年フードには宇都宮餃子、福島餃子、大阪の高槻うどん餃子が認定され、最近そこに津ぎょうざが加わりました。
栃木県宇都宮市は餃子の都として知られ、多くの餃子店が存在します。その始まりには戦争が関わっていると小野寺さんは話します。
第二次世界大戦の時期、宇都宮には陸軍第14師団が駐屯していました。この部隊が満州へ出兵して餃子を知り、戦後に宇都宮へ引き揚げてきた人たちが餃子を売り始めたのが起点です。
1951年には餃子も提供する喫茶店「みやさぼう」が、1953年には餃子をメインにした屋台「蘭陵」が始まりました。翌年には「忠治」もオープンします。
その後、1958年に「みんみん」、1965年に「馬佐地」がオープン。最初の3店舗は今はなくなりましたが、みんみんと馬佐地は今も人気店です。宇都宮市内には現在、300店舗ほどの餃子店があるといいます。
戦後に餃子専門店が増えた背景には、食糧難の中で手軽に栄養とスタミナをつけられたこと、そして夏は暑く冬は寒い内陸型の気候があったと考えられています。肉や白菜、ニラといった食材が手に入りやすかったことも理由に挙げられます。
全国に知られるようになったきっかけは、町おこしを考えた市役所職員の沼尾さんが、家計調査で宇都宮が1位ではないかと気づいたことでした。奔走の末に宇都宮餃子会が生まれ、山田邦子さんの番組で取り上げられたことなどで、餃子の街として全国に広まっていきました。
福島の円盤餃子と高槻うどん餃子
続いて紹介されたのが福島の円盤餃子です。現在は13店舗が福島餃子の会に参加しています。
円盤餃子も満州からの引き揚げが起点でした。菅野勝江さんが1953年、フライパンで餃子を円盤状に焼いて提供する屋台を始めたことがきっかけです。
見た目や香り、そして酒のつまみにちょうどよいことから、夜に人気となりました。戦後に人が集まる中でカウンター営業に変わり、それが現在の「まんぷく」というお店につながっていきます。
周りにも餃子店が増え、2003年に福島餃子の会が設立。2022年に円盤餃子が100年フードに認定されました。
もう一つが高槻うどん餃子です。餃子の餡に刻んだ茹でうどんを混ぜ、皮を使わずにお好み焼きのように焼くのが特徴です。
1980年代に高槻市の主婦たちが手軽に作れる餃子として作り始めたのがきっかけで、2008年には市民と市内の飲食店で高槻うどん餃子の会が形成されました。2023年に100年フードに認定されています。
本日の主役・津ぎょうざは給食から生まれた
そして本日の主役、三重県の津ぎょうざです。2024年3月に100年フードに認定されました。
津ぎょうざの見た目は、とにかく大きいのが特徴です。15センチの皮を使うことと、油で揚げることが定義になっています。
通常の餃子の皮は大判でも10センチ程度なので、その1.5倍ほどの大きな皮に、たっぷりの肉と野菜を包んで揚げる揚げ餃子です。餡も多いため、中まで火が通るようにたっぷりの油でゆっくり揚げていきます。
なぜこの餃子が生まれたのか。実は、給食で提供するためでした。
開発の条件は、一品で子供たちに必要な栄養素がたくさん取れること、給食室で手作りできること、そして何より子供たちがワクワクするメニューであることだったといいます。
作るスタッフの手間を減らすため、一つを大きくし、焼くのではなく揚げる形になったと小野寺さんは説明します。
給食から街へ、津ぎょうざ小学校の活動
その後、2008年に津市内のお祭りで津ぎょうざが発売されると大好評でした。小学校の給食以外で食べたことがないという人が多かったのです。
給食だけではもったいないという声から、津市内の飲食店でも津ぎょうざをメニューに出そうという動きが生まれました。
プロモーションのため、2014年に市民活動団体「津ぎょうざ小学校」が設立されます。スタッフは小学生の体操着やランドセルを身につけ、全国のイベントで津ぎょうざを宣伝しています。
パフォーマンスだけでなくホームページも凝っていて、遠足や音楽会、給食室といった小学校モチーフのページがたくさん作られていると小野寺さんは紹介しています。
餃子で日本を元気に
100年フードに登録される餃子は、これからも全国各地で増えていくと小野寺さんは見込んでいます。
焼き餃子協会も、全国の餃子文化を世界に広めることをミッションに立ち上げられました。各地の餃子文化を100年フードへ登録するための支援をしていきたいと語ります。
まとめ
津ぎょうざの100年フード認定を機に、戦後の日本各地で生まれた餃子文化とその成り立ちが紹介された回でした。それぞれの街の事情や工夫が、餃子という一皿に表れています。
- 100年フードは、近代以降に生まれた食文化も認定するために2021年に始まった文化庁の制度です。
- 宇都宮餃子と福島の円盤餃子は、いずれも満州からの引き揚げをきっかけに戦後生まれました。
- 津ぎょうざは15センチの皮を油で揚げる大きな揚げ餃子で、学校給食のために開発されました。
- 津ぎょうざ小学校などの団体が、地域の餃子文化を継承し全国へ広める役割を担っています。
