なぜ経営者は「自分の言葉」で語る必要があるのか
今回のテーマは「ビジョンの語り方とそのジレンマ」です。よくある経営者像は、自分の言葉で夢を描き、人を巻き込み、社会を魅了する存在です。この番組でPodcastという形式を選んだことにも、宇尾野さん自身の意図があると池原さんは切り出します。
組織論って、ある程度誰が語っても同じものになりやすかったりする。それをどうやったら面白く楽しそうにやれるか、という文脈をうまく届けたいと思ったときに、Podcastが自分にとって非常に相性が良かった。
宇尾野さんは、ビジョンには構造的なジレンマがあると指摘します。経営者はビジョンを語る機会が多く、何が一番届くかを日々考えている一方で、作り込むほど別の問題が生まれると言います。
(ビジョンを)作り込めば作り込むほど、実態と乖離するとか、なかなかそれが全社員には届かないみたいなこともあったりする。
だからこそ、この回では言葉の磨き方とジレンマの両方を扱うことで、聞き手にとってのヒントになればと宇尾野さんは話します。
反応を見て微調整する、言語化力の育て方
池原さんは、宇尾野さんが具体的な話をふわっと抽象的な言葉にはめ込む感覚をいつも感じていると言い、その言語化のサイクルをどう身につけたのかを尋ねます。宇尾野さんの答えは、聞き手の反応を観察しながらの微調整でした。
この言葉で伝えると「うんうん」って感じになる話もあれば、全然伝わってないなという話もある。反応を見ながらちょっとずつ微調整して、次に同じような話になったときはこの伝え方をしようと意識してやり始めたら、徐々に精度が上がっていった。
池原さんは、気持ちや考えをぴったりくる言葉にする力は、書店にも関連本が多く、多くの人が共通して関心を持つテーマだと補足します。特に経営者は、成し遂げたいことや求める人材、資金の必要性を言葉で伝える場面が多く、言語化力が重要だと整理します。
宇尾野さんは、自分の経験に加えて、上手な人の作法や所作を参考にしたと言います。過去に所属した会社の代表や、数多くのピッチを見る中で「人を引き込むのが上手い人」の共通項を取り込み、修練していったと振り返ります。
池原さんもまた、多くのビジネスコンテストやピッチに出てきた経験を語ります。3分間で自分と会社の魅力、社会をどう変えるかをパワーワードで伝え、賞や採用につなげる場数を踏んできたと言います。
ナラティブ、その人らしいストーリーを経営に乗せる
宇尾野さんは、ビジョンを語るときやジレンマを解消する手立てとして「ナラティブ」という要素を挙げます。聞き慣れない人もいる言葉ですが、宇尾野さんは平易に言い換えます。
一言で言うとストーリー、その人らしいストーリーみたいなものを、会社の経営や運営、ビジョンにどれだけうまく盛り込めているか、というところが大事。
池原さんは、これを具体例に置き換えて確認します。「人と組織に寄り添う会社です」と機能だけを語るのではなく、思いや作りたい社会、起業の経緯といったストーリーを乗せて語ったほうがよい、という理解です。
宇尾野さんは、リーダー自身の物語の構造を示します。困難や原体験、転機があり、それにどう向き合うと決めたか。その価値観形成のプロセスから使命を発見し、チームや商品を通じて世界を変えたいと語る流れです。ただし長く語るのではなく、コンパクトにシンプルに伝えることでナラティブの力が増すと言います。
原体験・困難
こんな困難やこんな原体験があった
転機と決断
転機があり、どう向き合うか決めた
使命の発見
だからこんなことをやった方がいいと思った
チーム・商品へ
一人ではなくチームや商品で世界を変えたい
では、このナラティブを一人でどうトレーニングするのか。宇尾野さんは、個人の内面にある感情や過去の原体験を引き出し、より良い形で届けることが言語化だと言います。そのために、コーチングで引き出してもらったり、ジャーナリングで定期的に内省する時間を取ることを挙げます。
同じ出来事でも、苛立ちを感じることもあれば、新しい希望を見いだして次のアクションにつながることもあります。宇尾野さんは、そうした感情を言葉にしたうえで、実際にフィードバックを受けることが大切だと続けます。
(その言葉は)ちょっと話が長いですなのか、こういう風に言うといいかもしれません、というのを、いろんな人の角度からもらって、言葉を形にしていくことが大事。
キラキラビジョンと細かい現場、生まれるギャップ
池原さんは、研修や講演の仕事でも、限られた時間で誰に何をどんな言葉で伝えるかをシミュレーションすることで言語化が上達すると語ります。そのうえで、最近よく聞く悩みへと話を移します。
その悩みとは、社外への発信や年頭所感などでビジョンを語ることは大事でも、日々の業務がいつもキラキラしたビジョンで回るわけではない、というものです。
こんなに綺麗なこと言ってるけど、現場ではもうちょっと細かいよねとか、すごい粒度のちっちゃいこと言ってくるよね、というギャップやジレンマに、スタートアップの経営者が意外に多く悩んでいる。
宇尾野さんも、この構図に強く共感します。周囲にはすごい会社になると喧伝している一方で、社内では資料の細かい指摘をしている。その細部がなければ会社経営は成り立たないからこそ、ギャップが生まれると言います。
池原さんは、聞く事例にはパターンがあると整理します。一つは、社外でも社内でもビジョナリーなのに事業成長が全く追いついていないケース。もう一つは、会社を回すために社内で粒度を下げて細かく入ると「ビジョナリーじゃないじゃん」とがっかりされるケースです。いずれも理想と現実のギャップだと言います。
弱さを認め、ビジョンと現場を編集する
このギャップにどう立ち向かうか。宇尾野さんは、大きく2つの行為が大事だと言います。1つはリーダー自身の弱さを認めること、もう1つはビジョンと現場の間を編集することです。そしてその編集は、マネージャーが助けてくれるものだと位置づけます。
リーダー自身が不安や不足を自己開示し、助けを求める隙間を作る
ビジョンと現場の間を、意味を付けてつなぎ直す。マネージャーが担う
まず1つ目の「弱さを認める」について、宇尾野さんはリーダーシップ論で使われる脆弱性(Vulnerability)という言葉を挙げます。高らかなビジョンを掲げつつ、それを語る自分の不安や不足も自己開示するという意味です。
(自分は)こういうところは不足してると思っていて、なので助けてほしいと自己開示する。フォローしてくれる方々の信頼を作るプロセス、入り込む隙間を作ってあげることが、ビジョンがキラキラなほど大事。
池原さんは、リーダーも人間であり、ビジョンは持っていても到達点には力を貸してほしいと示すことが1点目だと受け止めます。そのうえで2点目を「通訳者を置く」と言い換えます。リーダーが細かいことをしなくていいように、あるいはなぜ細かいことに入るのかという意味を、経営側に立ってメンバーに伝えるマネージャーを置くという話です。
外で語ってるメッセージが、この仕事に対する意味としてこういうことがあるんだ、というところまで落とし込める人を別で置くことは、かなり重要な機能。
結節点になるマネージャーが組織を強くする
池原さんは、ありがちな対立構造として、マネージャーがメンバー側に立ち「なんでリーダーはビジョナリーなのにこうなんだ」となってしまうと良くない、と指摘します。宇尾野さんも同意し、マネージャーには「結節点」になることを求めます。
(経営陣の言葉を)そのまま伝えても、メンバーは多分こう感じるなということを理解した上で、言葉を少し変形してあげる力。この結節点ならではの動きをどう作れるかが、強いマネージャーがいる組織かどうかのポイント。
マネージャーは、社長の登壇に一緒について行ってプレゼンを聞くことも大事で、それをメンバーがどう受け取るかを踏まえて言葉を変形する、と宇尾野さんは説明します。池原さんは、こうした結節点を設計することで、経営者は自分の言葉を磨き続けながら、現場もきちんと回せるようになると受け止めます。
AI時代だからこそ問われる「その人らしい言葉」
宇尾野さんは、この論点がAIの普及と結びついていると言います。AIで軽く叩けば言葉が出てくる時代だからこそ、なぜそう編集したか、社長が何を感じ、現場が何を感じているかを理解した上で届け方を変える必要があると指摘します。
言葉自体の開発は多分簡単なんですけど、それをどう伝えるか、どういう意味を付加して渡すかというところに、ナラティブの運用の仕方の差が出てくる。
池原さんは、AIで出した言葉は「AIっぽいな」とわかると言い、宇尾野さんも「一目瞭然」と応じます。だからこそ、自分の言葉を磨く軸と、結節点で伝える軸の両方が必要だと2人は確認します。
宇尾野さんは、識別が簡単にできる人ばかりではないとも付け加えます。そこで、自分の言葉の発信やプレゼンを、きちんとフィードバックできる人に見てもらうことが大事だと言います。
これってAIの言葉なのか経営者の言葉なのかを、具体的に識別できる人からのフィードバックじゃないと、なんとなく社長の言葉っぽくないと言われても、何を変えていいかわからなかったりする。
池原さんは、内部だけで賄えない場合は経営者を壁打ちして言葉を引き出す役割の仕事もあると言い、事業人の仕事もまさに経営者の思いを言語化してナラティブを引き出すものではないかと投げかけます。宇尾野さんは、課題解決の方法を探すというより、その人らしいプロセスや考え方を表に出す手伝いであり、結果的に喋るトレーニングにもなっていると答えます。
俳句や失敗の言語化、言葉を磨く実践法
池原さんは余談として、経営者ほど自分の思いを短い言葉に凝縮して発信するトレーニングをすると言語化が磨かれるのではないかと語り、一時期やっていた俳句の話を持ち出します。
短い言葉でいろんな情景を表す、そういう練習って面白いなと思う。制約の中で何をするかなので、ちょっと斜めから自分の言葉を磨く練習をしてもいいかもしれない。
宇尾野さんも、俳句のように制約の多い形での言語化に面白さを感じます。自身の実践としては、コーチをつけて、自分が失敗だと思うことを言語化する制約をかけていると明かします。
自分の失敗をちゃんと振り返って、言葉にして、初めての人にそれを伝えるみたいなことって、意外に意識しないとやらなかったりする。
宇尾野さんは、経営陣が自ら失敗やミスを語ることは、弱さを見せる話にもつながると言います。普段振り返らないテーマを定期的に棚卸しすると、より良い物語の伝え方ができると考えています。
池原さんは、メンタリングも同じだと応じます。アドバイスや経験のシェアを、できるだけ短い時間で一言にする練習をするといい、「教訓を言って詳細を言う」といった型を紹介します。短い時間で相手に響くものを出す訓練は面白いと語ります。
- 聞き手の反応を見ながら伝え方を微調整する
- ジャーナリングで感情や原体験を言葉にする
- 識別できる人からフィードバックを受ける
- 俳句など制約のある形で言語化を練習する
- 自分の失敗やミスを定期的に棚卸しして語る
最後に宇尾野さんは、経営者がどういう言葉を発するか、それをどう支える仕組みを持つかによって、ジレンマの難易度が変わると締めくくります。池原さんは、言葉の磨き方だけでなくジレンマまで話せたことで、みんな同じ悩みを抱えているのだと痛感したと振り返りました。
まとめ
経営者のビジョンは、キラキラした語りと細かな現場業務の間で必ずギャップを生みます。この回では、そのジレンマを消すのではなく、ナラティブで語り、弱さを開示し、結節点となるマネージャーが編集することで乗り越える道筋が示されました。
- 組織論のような誰が語っても似た内容こそ、その人らしいナラティブを乗せることで届き方が変わる
- ビジョンと現場のギャップには、リーダーが弱さを自己開示し、助けを求める隙間を作ることが有効
- 経営の意図を現場の言葉に変形して伝える「結節点」となるマネージャーが、組織の強さを左右する
- AIで言葉が量産できる時代だからこそ、その人らしい言葉かどうかを識別できる相手からのフィードバックが重要
- 俳句や失敗の言語化など、制約のある練習が、経営者の言葉を磨く実践的な訓練になる




