留学経験者マッチングから始まった学生起業
高校のサッカー部の後輩がCTOになるまで
なぜ留学マッチングは「うまくいかなかった」のか
留学を諦めさせる、情報以外の壁
バーチャル留学というピボットの着想
留学で「あなたは何者か」と問われた原体験
日本で感じていた「正しい行動」への息苦しさ
TikTok経由でインドネシア人が一気に流入した日
雑談文化「ノンクロン」とグローバルサウスの英語ニーズ
リアルの人生を変えるメタバースという構想
やりたいことがないまま、ミッションにたどり着く
番組「エととと」後編では、前編に続いてfondi代表の野原樹斗さんが登場します。イギリスの大学在学中に学生起業へ挑戦した野原さんが、どんなサービスから事業を始めたのかを、聞き手の森下明さんが振り返るところから対話が始まります。
大学在学中に、どういったサービスをまず作られたんでしたっけ?
野原さんが最初に作ったのは、留学経験者と留学希望者をマッチングするウェブサービスでした。
野原さんがこのサービスを着想した背景はシンプルでした。自身の留学経験から、もっと後輩に相談したかったという思いと、自分のプロジェクトを一度やってみたいという気持ちが重なったと話します。
自分がやっぱ留学してて、もっと後輩の人とか相談したかったなみたいな。でもやっぱ自分のプロジェクトを一個やってみたいなっていうのがベースのニーズだったんで。
イギリスの大学に通いながらできることを考えた結果、留学経験者と希望者のマッチングという、わかりやすいアイデアに落ち着いたといいます。
その後、プロジェクトにフルコミットするため日本へ戻ります。当初はリリースしきれなかったプロダクトを、今度こそ世に出すことがゴールだったと野原さんは振り返ります。
昔僕一人でやってたんで、それを(プロダクトを)リリースしきるぞというのがそのゴールだったんで、まずエンジニアを探すところから始めようっていう感じでした。
日本に戻った野原さんが最初に直面したのが、エンジニア探しでした。学生起業のためコネクションが少なく、野原さん自身もエンジニアではないため、相手の技術力を見抜けないという壁がありました。
エンジニアのケイパビリティとかって見抜けないかなと思って。その辺どうされてたんですか?
見抜けないですね。
野原さんが取った方法は、良さそうな人にひたすら声をかけ、信頼できる知り合いからの紹介をたどり続けることでした。この地道な繰り返しの先で、現在の共同創業CTOと出会います。
そのCTOは、野原さんの高校のサッカー部の後輩でした。東大に進学し、フィリピンに留学してエンジニアリングを学んだという人物です。留学経験者かつエンジニアという条件が重なり、声をかけたといいます。
留学経験者かつエンジニアということで声をかけて、別に高校時代に仲良かったわけじゃないですけど、「よかったら手伝ってくれませんか?」っていうことで一緒にやり始めたのが最初ですね。
当時、そのCTOも実務経験があったわけではありませんでした。勉強したことを活かして何か作ってみたいという後輩と、やりたいことがある野原さん。開発は彼が全部やって、それ以外は野原さんが全部という役割分担でスタートしたと話します。
この相棒との出会いは、日本に戻ってから半年後ほどのタイミングでした。
日本に戻ってからどれぐらいのタイミングで巡り合えたんですか?
半年後とかですか。
最初の留学マッチングサービスは、その後1年半ほど、形を変えながら試行錯誤が続きます。野原さんが持ち続けた軸は「いかに留学に意思決定をする人を増やせるか」という一点でした。
資金は自己資金だけではありませんでした。一番最初は野原さんの親がエンジェル投資をし、その後ファーストインベスターも加わって、合計で1000万円ほどを調達したといいます。
この最初の調達は2018年のことでした。小さなチームで事業を続けながら、野原さんはサービスの実態と向き合うことになります。
留学マッチングを続ける中で、野原さんはユーザーがどんな相談をしているかを分析します。そこで見えてきたのは、ちゃんと相談できる人は、どうせ留学する人だったという矛盾でした。
相談で、僕らのサービスがあったから留学できたっていう人を増やしたかったんですけど、ちゃんと構造的に理解して相談できる人って、まずめちゃくちゃ頭がいいんですよね。
構造的に相談できる人は、すでに選択肢の情報収集を終えていて、留学することはほぼ決まっている人でした。一方で、まだ決めていない人は「留学っていいですか?」といった漠然とした質問になり、相談する側からは「もう少し調べたら?」となってしまいます。
意思決定をもっと簡単にしたいという狙いと、実際に起きていることが矛盾していた、と野原さんは分析します。そこで、留学初心者側が意思決定しやすくなる方向へと舵を切りました。
当時はSEOが盛り上がっていた時代でした。「留学 アメリカ」などで検索すると、エージェント運営のサイトが並び、一般的な説明ばかりが出てきます。具体的な選択肢を知るには、まずエージェントに相談する必要があり、情報格差が大きすぎると野原さんは感じていました。
そこで野原さんが作ったのが、留学版のPinterestのようなツールでした。簡単なフォームに答えると、具体的な留学プランと費用まで表示され、いいねをするほど興味に近いプランがソートされる仕組みです。
簡単なフォーム入力
大学生か、何目的で行きたいかなどに答える
プランと費用が表示
入力に合わせた具体的な留学プランと費用が出てくる
いいねでソート
興味に近いプランが並び替わって出てくる
エージェントに相談
気に入ったプランが決まった時点で相談へ
このサービスがワークしたかどうか、野原さんが見ていた指標は「使い始めた人の何パーセントが留学に行くか」でした。
一般にエージェントに相談した人の1〜2パーセントが留学すると言われる中、fondiの前身サービスは13パーセントほど。悪くはないものの、サービスがあったからめっちゃ留学が増えるという状況は難しいという数字でした。
使ってくれた人が留学しなかった理由をヒアリングすると、情報とは別の壁が見えてきました。先輩に「就活準備は大丈夫?」と言われて不安になった、10万〜20万円の留学費用を親に説得できなかった、といった声です。
そもそも情報取得じゃないレイヤーでの留学を諦める要因っていうのがあまりにも多いんだなっていうのが気づきだった。
情報の取得順序を変えるだけで留学者を圧倒的に増やすのは難しい。この気づきが、事業をストップする判断につながります。もともと「このタイミングでこれぐらい留学に送れないならやめる」と決めていたため、そのタイミングでピボットを決断しました。
ピボットのアイデアをどう思い浮かべたのか、森下さんが思考のプロセスを尋ねます。野原さんによれば、共同創業のCTOが休学から復学し、学生をやりながら一緒にアイデアを考えるタイミングだったといいます。
半年ほどかけて広くアイデアを考えたものの、具体的に何を検討したかはほとんど覚えていない、と野原さんは正直に振り返ります。
考えるって言っても、なんか机の上で24時間うーんってやってるわけじゃないじゃないですか。
その中で着想としてあったのが、留学できないなら、バーチャルで留学的な体験ができればいいのではないか、というアイデアでした。数字が厳しいと感じ始めた段階で、代わりの形を探る中で浮かんだといいます。
野原さんは、既存の体験を触りに行きます。言語交流アプリのHelloTalkを使ったり、当時立ち上げ初期だったミラティブが発信していた「常時接続SNS」という考え方に触れたりしました。
留学とは、現地に行けば常に英語の環境に置かれることでもあります。この「常時接続、常時英語の環境」を再現できれば、新しい英語学習であり留学的体験になるのではないか。野原さんはそう考え、VRを買ってテストするなど試行錯誤を重ねました。
こうして現在のアイデアに近づいていったのが2019年の終わり頃でした。最初はアバターの絵を自分で作り、ウェブで音声だけつながる簡易デモを用意します。HelloTalkで知り合ったユーザーに使ってもらいながら、テストを進めていきました。
そして2019年から2020年にかけて、VCから資金調達を実施します。調達直後からアプリ化に取り組み、自社のアバターを作り始めたといいます。
ここで森下さんは、形を変えても一貫している「留学支援」という軸に、なぜやりがいを感じるのかを尋ねます。野原さんの答えは、自身の原体験にありました。
自分が留学をする前とする後でめっちゃ人生変わったなっていうのが結構強かった。
野原さんは、恵まれた環境で「ちゃんとしたレールの上に乗って生きる」という価値観で育ちました。その息苦しさを抱えたままイギリスの大学へ進み、特に1年目のファンデーションプログラムが大きかったと話します。
そこには、カメルーンやコロンビアなど世界各地から、それぞれの思いを持つ人が集まっていました。カメルーンの銀行家の息子、ドバイの建築財閥の息子、コロンビアの政治腐敗をなくすために母国へ戻ると語る人などです。
多様な人々と出会う中で、野原さんは「あなたは何者か」と問われる体験をします。逆説的に、自分は何をやりたいのかと向き合わざるを得なかったといいます。
自分らしい生き方でいいよねっていうのが、日本の時にはなかった生き方を選ぶことができたのが留学のおかげだった。
この原体験が、留学的な体験を広げたいという思いの根底にあります。森下さんはさらに、日本で感じていた息苦しさを言語化できるかを尋ねました。
野原さんが挙げたのは、コンプレックスでした。姉はピアニストで、好きなピアノに向き合い成果を出して生きている。それに対して自分は、正しいことはしているが、勉強を好きだと思ったことも、サッカーを心の底から好きだったとも言い切れなかったといいます。
やりたいことがない自分みたいなところに、面白いレールの上に乗っかってるだけみたいな不満感、モヤモヤ感みたいなのがずっと根底的にはあって。
森下さんは、野原さんが何度か口にした「正しい行動」という言葉の意味を確かめます。それは世間一般で良しとされる、という意味でした。
ドグマに沿った、これは社会的に良しとされる行動みたいな、そんなイメージですね。
森下さんもこの息苦しさに共感を示し、「よくある話」だと2人はうなずき合います。この個人的なモヤモヤが、後のプロダクトの思想へとつながっていきます。
現在のfondiはインドネシアを第一フォーカスに展開していますが、当時はインドネシアという市場を想定してもいなかったといいます。もともとは「3カ国ほどのユーザーがいれば英語を話す環境になる」というくらいの発想でした。
どの国のユーザーに刺さるかは、まったくわかっていませんでした。留学希望者や英語学習者など周りの人に声をかけ、国際交流サービスの濃いユーザーにヒアリングするところから始め、雑多に色々な国の人が入ってくる状態だったといいます。
転機は偶発的に訪れます。デザイナーも加わり、少人数で1年ほどかけてプロダクトを整えていた頃、インドネシアのTikTokユーザーが動画で紹介してくれたのです。
一気に、あんまりこうじわじわと人が(増えていたのが)ドーンみたいな。「これ今日バグったね」「何の問題起きてるんだろう」みたいな感じで見てたら、アプリ開いたらめっちゃ人いるみたいな。
開いてみると、大量のインドネシア人が入ってきて、しかもよく喋る。なんでこんな喋るんだろうという驚きから、野原さんはユーザーヒアリングを始めます。
火種となったのは、大きなインフルエンサーの動画ではなく、アバターで英会話できるサービスを淡々と紹介したレビュー動画でした。当時のTikTokはバズりやすく、それが一気に広がったといいます。
なぜインドネシア人がこれほど喋るのか。野原さんが分析して見えてきたのが、雑談文化とグローバルサウス特有の英語ニーズでした。
インドネシアには「ノンクロン」と呼ばれる雑談文化があります。エンタメの少ない環境で、たわいもない話をして長い時間を過ごすことへの耐性が高い国だと野原さんは説明します。
日本みたいに都市部だろうが田舎だろうが、エンタメがあんまない環境の中で、たわいもない話をして長い時間を過ごすっていうのに耐性がすごくある国なので。
コンテンツが何もない状態でも「ちょっと話せて嬉しい」と使い続けてくれる。英会話コミュニケーションへの距離がとても近いサービスだったことが、雑談文化とハマったといいます。
もう一つが、英語ニーズの質の違いです。日本や韓国、台湾ではTOEICのような資格としての英語が人気ですが、グローバルサウスの地域では事情が異なります。
インドネシアやインドでは外資系企業の参入が進み、英語でボスにレポーティングできる人材であれば給料が倍になるような環境があります。言語学習の実利としてのニーズが強いのだと野原さんは話します。
TOEICなど資格としての英語が人気。試験のスコアが目的になりやすい
外資参入で、英語が話せると給料が倍になるなど実利としてのニーズが強い
この兆しに気づいたのは2021年の夏頃でした。2020年に立ち上げたサービスが1年半ほどじわじわ盛り上がり、掘り直してユーザーを集め始め、2022年に向けてこの層へのヒットが広がっていったといいます。
野原さんは今も現地調査を続けています。先月も先々月もインドネシアを訪れ、AI会話サービスが増える中で、対人の英語コミュニケーション能力という強みをどう生かすかを探っています。
そこで見えてきたのが、リアルな人とつながり、社会貢献をしたいというニーズの強さでした。地域によって色があり、ジャカルタやスラバヤのようなビジネス都市と、ジョグジャカルタのような地域とでは、コミュニケーションのベースが違うといいます。
山岳地帯など、お互い助け合わないと生きていけない環境だった地域では、学んだことを地域に還元したいという思いが強いと野原さんは話します。その具体例が、fondiユーザーが立ち上げたNPOのような活動でした。
バンドンっていう地域のユーザーが、fondi上で会ったユーザー14、15人を集めて、みんなでその地域の孤児に英語を教えようみたいな団体をfondiユーザーでやってるんですよ。
このNPOのインスタグラムには、メンバーのリアルな写真と並んで、fondi上のアバターが並ぶ画像も作られているといいます。バーチャルで出会った人々が、リアルな地域活動へと踏み出しているのです。
こっち側に、その子たちのアバターが並んだこういう画像を作って、「こういう団体です」みたいなのを自分たちでやるみたいな動きがfondiユーザーのネットワークの中から出てきている。
学んで終わりではなく、身につけた人が他のユーザーの力になり、惹かれた人がローカルで集まってまた新しい活動を始める。ローカルtoグローバルだけでなく、ローカルtoローカルのつながりも生まれていると野原さんは語ります。
森下さんは、この稀有さに触れつつ競合の有無を尋ねます。野原さんによれば、温度感のある言語学習コミュニティをアバターのメタバースで作るという切り口では競合はいないものの、同じ用途で使われるサービスは増えているといいます。
音声通話で世界中とつながる国際交流マッチングサービスや、オンライン英会話などが選択肢に入ってきます。fondiは価格が高めではあるものの、競合はたくさんあると野原さんは冷静に見ています。
今後どうしていきたいかという問いに、野原さんはあえて「メタバースは死んだと言われる」という切り口から語り始めます。
なんかメタバースって結構死んだって言われるんですけど、体験フォーマットにすごいポテンシャルがあるなというふうに思っていて。
野原さんの見立てでは、多くのメタバースは「リアルからの逃避」という文脈で語られてきました。リアルの人間関係に縛られず、バーチャルに逃げ出す場としてのSNSです。
一方でfondiのバーチャルは、リアルの逃避先ではなく、リアルの延長線上にあると野原さんは位置づけます。そこでの体験がリアルの人生を良い方向に変えることが、基本的にやりたいことだといいます。
リアルの人間関係から逃避する場。VRChatやclusterなどの文脈で語られやすい
リアルの延長線上にあり、そこでの体験がリアルの人生を良い方向に変える場
インドネシアのユーザーと会うと、日本人に比べて「今日より明日が良くなる」と強く信じ、英語やスキルの習得で人生が好転するという動機が強いと野原さんは実感しています。
fondiのおかげで英語への自信が持てて、転職できたとか、そういう人たちがいる中で、人生の変化点の一歩の最初のきっかけになっているなっていう実感はすごく強くある。
森下さんは強く共感を示します。社会性のある人間にとってフィジカルな結節は必要な一方、生きづらさも増える中で、身体性を伴うコミュニケーションを支える構想は貴重だと語ります。
最後に森下さんは、対話の中盤で出た「やりたいことがない」という悩みに立ち返ります。やりたいことがないまま続けた結果、それが本当にやりたいことになる感覚があるかを尋ねました。
野原さんの答えは、実感に裏打ちされたものでした。「サービスのおかげで人生が変わった」というユーザーからの長文の感謝メッセージが届く中で、それが人生のミッションになっているといいます。
やりたいことみたいなレベル感を結構超えて、このプロダクトが広がるといいなっていうことが、かけたいミッションっていう感じになる。
だからこそ、調達やVCの環境がどうこうよりも、サービスがいい価値を発揮しているので、その価値をいかに広げていくかでやれることを全てやろう、という姿勢で挑戦を続けているといいます。
そしてこのミッションは、最初から見えていたわけではありませんでした。立ち上げ当初はインドネシア人が英語をあまり話せないことすら知らず、インド人と同じく皆話せると思っていたほどだと野原さんは打ち明けます。
それはもう結果論的に自分のミッションになってきたっていう感じかなと。
現在はインドネシアの次にインドの市場が伸びています。地域貢献への強さという観点では、インドの北よりネパールに近い地域が、インドネシア人の特性に少し近くなるのではないか、と野原さんは見立てています。
森下さんは、インドネシアやインドの土地勘、そしてfondiの今後の構想を熱く聞けたと後編を締めくくりました。番組は各種プラットフォームで毎週木曜日に配信されています。
まとめ
留学支援サービスから英会話メタバースへ。野原樹斗さんが語ったfondiの軌跡は、数字と向き合ってピボットを決断し、偶発的なインドネシア流入を分析して掘り下げてきた過程そのものでした。リアルの人生を変えるメタバースという構想が、個人の原体験と結びついていました。
- 最初の留学マッチングは「ちゃんと相談できる人は、どうせ留学する人」という矛盾に直面し、情報以外の壁の大きさからピボットを決めた
- 共同創業CTOは高校のサッカー部の後輩で、留学経験者かつエンジニアという条件から声をかけて始まった
- インドネシアのTikTokレビュー動画をきっかけにユーザーが一気に流入し、雑談文化「ノンクロン」と実利としての英語ニーズが背景にあった
- fondiはリアルからの逃避ではなく、リアルの延長線上でローカルtoローカルのつながりや地域貢献を生むメタバースを目指している
- 「やりたいことがない」まま続けた結果、ユーザーの人生が変わる実感がミッションになり、サービスの価値を広げることに挑戦している



